第70話 幕間 師匠再び

 ティアとの話が終わると、辺りは既に暗くなっていた。夕食を一緒に食べないかと提案されたが、今日の宿をまだとっていないので帰ると伝えた。しかし、泊まっていって良いとまでティアに言われた。とはいえ、あのお父さんと顔を合わせるのは気が引けたので、それとなく用事があることを匂わせておいとまさせて貰った。


 悲しげな顔をして別れの挨拶をするティアを見ると心が痛んでしまうが、ぐっと我慢して帰路についた。その日は冒険者時代に定宿にしていた『風の癒し亭』に部屋をとり、久しぶりの女将さんの夕食に舌鼓をうった。看板娘のカリンちゃんに学園生活のことを聞かれたので、友人も出来て楽しくやっているよと話すと、彼女も早く学園に行ってみたいと期待に胸を膨らましていた。女将さんは貴族との接触を気にしていたのだが、クラスや食堂、寮にいたるまでほとんど別々になっており、滅多に顔を合わせることが無いと言うと、安心したようだった。やはり、平民にとって貴族とは相容あいいれない存在なのだろう。



 翌日———


 宿を出ると、一路いちろ僕が暮らしていた魔の森へと向かった。魔道バイクで移動しようとも思ったのだが、魔の森が近づくにつれて舗装されなくなっていくので、普通に走っていくことにした。


(僕には普通の移動手段だけど、一般的にはありえないか・・・)


 走りながら一瞬すれ違う馬車で移動している人々を目にすると、僕の移動手段はちょっと非常識なんだとふと気が付く。一応視認されないような速度で走っているのだが、僕が通りすぎた後は突風が発生しているようで、よく後ろから悲鳴が聞こえてくる。そのため、周りへの影響を抑えるために風魔法も併用していく。


 その日の夕方には、かつて過ごした師匠の家まで辿り着いた。王都へ初めて行った時には2日程かかったのが、今では半日ほどしか掛からないので随分と【才能】が成長したのだと実感できた。師匠と暮らした家を見ると、この森を出て2年しかたっていないので、外観はまるで変わっていない。ただ、なんとなく懐かしさが込み上げてくる。


(師匠はいるかな?)


 扉をノックしようとした瞬間に、背後に殺意を伴った存在を認識する。


「くっ!」


振り向きざまに収納していた銀翼の羽々斬を取り出し応戦する。


「ほう、空間認識ができるようになったか?少しは成長したようだな」


そこには2年前からなにも変わっていない姿の師匠があった。そして、剣を避けるどころか刃を摘まむようにして僕の反撃を制していた。


「・・・さすがですね師匠。これでも結構成長した自覚はあったんですが、まだまだのようです」


「前にも言ったが、そう簡単に私を越えさせるつもりはないぞ」


「今はまだですが、いずれは越えたいと思います・・・よっ!」


 そう言って僕は刃を摘ままれている剣を手放し、雷の剣を作り出すが、師匠はそれを察知したかのように、気づけばいつの間にか僕から距離を取っていた。そして地面に突き立つ銀翼の羽々斬に雷が向かってしまっていた。


(師匠の動きは今の僕でも全く認識出来ないな・・・まるで突然そこに現れるようだ)


師匠との力の差に感心していると、僕の持つ雷の剣を批評してくれた。


「それは魔法ではない自然現象か・・・よくぞ独自に作り上げたものだ」


「ありがとうございます!バハムートとの戦いで思い付いたんですが、まだまだ不安定ですね・・・」


僕の意思とは関係なく金属に雷が向かっていってしまうので、扱いが難しい。形も未だ剣とは言い難いので、もっと鍛練が必要なのだ。


「ドラゴンを倒せるようになったか・・・私に聞きたいこともあるだろう、成長を見るのはこのくらいにしておこう。入りなさい」


少し穏やかな表情になった師匠に促されて、かつて生活していた懐かしい家へと入った。



「さて、1年半ぶりか。王都へ出て少しは見聞は広がったか?」


 テーブルにお茶を出されて落ち着くと、師匠が僕の王都での生活について聞いてきた。


「友人も出来ましたし、この森では経験できなかったことも体験しましたから、見聞は広まったと思いますが・・・」


「ん?どうした?」


「いえ、そうやって知り合った方々から考え方が、その・・・心配だと言われました」


「ふははは!そうか、お前の精神年齢は見た目通りだが、その実力とは掛け離れているからな。そう思われるのも無理はない。お前も外に出て、いかに自分がこの世界にとっての異常な存在か理解できただろう?」


師匠はあまり見ることが無い笑顔で僕のことを異常者扱いしてくるが、その僕が未だ手も足もでない師匠は一体この世界にとってどんな存在なんだろうと思う。


「師匠は僕以上の非常識的存在ですけどね。ところで、先日エルフの国に行ってきて才能の書物を読んだんですけど、・・・師匠って今いくつなんですか?」


 あの本には【速度】の才能は自分の老化速度を遅くらせることができると書いてあった。僕と同系統の才能を持っているという師匠はきっと見た目通りの年齢ではないと考えていた。


「・・・私が書いた手紙は読んでいないのか?」


「読んだのですが、書いてあった本は禁書指定されているらしくて、王族の許可がないと閲覧できないと言われました」


「そうか・・・あの公国の本にはそれほど細かく書いていないからな。まぁ、王国の本も本気で見ようと思えばいくらでも可能だろう?」


「いえ、強引にやってしまうと王族に喧嘩を売るということですし、今のところそこまで敵を作るつもりはないです」


「そうか。お前の質問だが、お前の想像以上に長生きしているとだけ教えてやろう」


 僕が思っていた通りの答えだったが、想像以上と言われると一体師匠は何歳だというのか。それこそ長命と言われているエルフよりも長生きしているのだろうか。


「僕も師匠と同じくらい生きられるんですか?」


「・・・お前がそれを望めばな」


 そう答えたときの師匠の瞳は、無感情と思わせる無機質なものだった。長く生きるというのがどれだけ精神に影響するのか今の僕には分からないが、一緒に住んでいた時に、ほとんど感情の揺らぎが感じられなかったのは、長生きしていることの弊害なのかもしれない。


 その後も、師匠に聞きたかったことを色々聞いてみたのだが、師匠の才能やどんな人物でなぜこんな魔の森といわれる場所に住んでいるのか。師匠にまつわることについては、話をはぐらかされてしまった。また、友人が師匠に会ってみたいということを告げると、誰にも会うつもりはないのだという。


(師匠に拒否されたらしょうがない。フリージア様たちには申し訳ないけど断ろう)


 また、僕が使用した雷の剣についてだが、あれは派生魔法と定義されているらしい。実際にそういう魔法があるわけではなく、あくまでも学術的な定義なのだという。簡単に言うと、魔法を放つ際に、具現化した魔法の余波から起こりうる自然現象なのだそうだ。バハムートが使ったブレスの余波である空気の衝撃もそれに該当するだろう。そういった魔法から生じた現象について名前等は無く、僕の雷の剣も自分で名前をつけて良いのだそうだ。そして、それを世に広めるかどうかは自分次第だとも言われた。


「まぁ、広めるにしても、もう少し安定した状態に出来なければいくらでも対処可能だがな」


師匠の言葉はもっともで、僕もまだまだ鍛練が足りないと感じていることだ。それでも今回師匠に使ってみせたのは、自分の成長を見せるためだったこともある。


「今のところ広めようとは考えていませんが、もっと鍛練して使いこなしてみせます」


「まぁ、あまり頑張りすぎて人の枠から外れ過ぎぬようにな」


 師匠の言わんとしていることは分かる。自分でも既にはみ出しつつある実感があるので、なるべく鍛練は人に見せない方がいいだろう。


「・・・師匠はそんな力を持っていて、幸せでしたか?」


 人の枠から外れた力を持っている。それは幸せなのか、不幸なのか。目の前には実際にそんな力を持っている師匠が居るのだから聞いておいて損はないだろう。


「・・・無いほうが良かったかもしれんが、今となっては分からんな。人が生きていく上で常に幸せということはない。それは逆も然り。今の私はその答えを出さないように、既に世を捨ててしまっている・・・」


「そうですか・・・」


 僕も今までを思い返すと、この才能でなければもしかしたら幸せに暮らしていたかもしれないと考えることがある。親の跡を継いで領主になって、誰かと結婚して子供を作り、家族に看取られながら一生を終える。普通で平凡かもしれないけど、案外幸せなんじゃないかと思えてしまう。


 でも、今の僕は人の枠から外れそうな程の力を持ち、僕の行動の結果の影響力は計り知れない。寿命もエルフ並みかそれ以上となると、僕は将来人並みに誰かを好きになれるか自信がない。周囲を気にしながら行動し、友人も想い人が出来ても皆先に居なくなってしまう。


(僕って幸せになれるんだろうか?)


落ち着いて色々考えると、将来が心配になってきた。そんな僕の考えを見透かしたように師匠が言ってきた。


「馬鹿者。まだ16年程度しか生きていない子供のお前がそれを考えるのは早すぎる。せめて、飽きるくらい生きてから考えろ」


「飽きるくらいですか?」


「そうだ。食べることに飽きる。人と話すことに飽きる。戦うことに飽きる。恋をすることに飽きる。そして、生きることに飽きる。その時人生を振り返ってみろ」


「・・・師匠はもう飽きてしまったんですか?」


「まぁ、お前の選択を見るくらいの興味は残っている」


 一緒に生活していた時、全てに興味がないような顔をしていたのはこういうことだったのかと今になって分かった。そんな中、自分と同じ様な存在の僕に少しだけの興味があったんだろう。


「・・・また来ます!次は師匠にかすり傷くらい負わせるように成長してきます!」


「ふん、どうせなら身長も成長してこい」


「それは気にしてるんですから言わないで下さい!」


「ふっ。そうだ、バハムートを討伐したのだ、素材があるだろう?」


「はい。牙と鱗を何枚か」


「お前の剣を強化してやるから、その牙と鱗を一枚出しておけ」


「ありがとうございます師匠。とことで、師匠の打ってくれた剣が、ドラゴンの魔法を吸収したら変形したんですが、あれはなんだったんですか?」


「そういう剣なだけだ。言うなれば、吸収した魔法を一番効率的に切れ味に変換するために、剣自身が形を適応させたといえるな」


「なるほど」


そう言われ納得したので、収納からバハムートの素材と銀翼の羽々斬を取り出してテーブルへと置いた。


「あとは私がやっておこう。出来るのは明日の朝だな・・・今日は泊って、明日王都へ帰ると良い」


「ありがとうございます!」



 久しぶりの師匠との夕食は懐かしく、楽しかった。別に会話がそうあったわけではないのだが、なんとなく居心地が良かったのだ。



 一夜明け、強化してもらった剣を受け取った。見た目はそんなに変わらないように感じるが、何だか刀身の艶が増したようだ。感謝と別れの挨拶を師匠に告げて王都へと戻る。相変わらずの無表情のなかにも、師匠を知ることで少しだけ感情が見えるようになった気がする。次に来るときには段違いに成長してやろうと思いながら王都へ走った。


 ちなみに、あの雷の剣の名前は天の雲から降り注ぐ雷を思い浮かべ、天叢雲あまのむらくもと名付けることにした。

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