最終章 幸せ

第194話 絆 1

 フロストル公国の王城へ転移すると、騎士達から歓声が上がり、その歓声を聞いた周囲にいた住民らも僕達の周りに集まってきて、熱烈な歓迎を受けた。やはりみんな僕とヨルムンガンドの戦いを映像で見ていたようだった。公国だけあってエルフしかいないが、僕がリバーバベルをバハムートから救ったこともあってか、その瞳には国や世界を救った英雄に向けるような感謝の念が込められているように感じた。


 門番の騎士から連絡を受けたメイドさんの案内の元、僕達はそのまま謁見の間へと案内された。そこには既に女王陛下や文官、武官などの数十名の為政者達が待ち構えていた。壇上の女王の座る玉座の手前まで進むと、宰相から指示があり、みんなと一緒にその場で臣下の礼をとった。


おもてを上げてください」


女王陛下の優しい声掛けで、僕達は一斉に玉座に座る女王へ視線を向けた。


「この度のヨルムンガンド討伐、誠に大義でした。これで大陸を脅かしていた驚異は消え、再び平和に暮らせることが出来るでしょう!これも全て、それを成したダリア・タンジー殿の力に他なりません。公国を治める代表として貴殿に最大級の感謝を申し上げます!」


「勿体ないお言葉、感謝いたします」


僕は恭しく頭を下げ、女王の言葉を受け取った。そこには、きちんとした生活基盤を確保したいという思惑もあるのだが、今はそれを極力表情に出さないように努めている。


「本来であれば貴殿に公国の住民権を与え、この公国にて腰を据えて頂きたいと考えておりますが、これほどの偉業を成した人物を公国だけで囲い込むようなことをすれば他国の反発を招くやも知れません。そこで後日、3カ国での合同会談を開きたいと思います。その場にご参加いただけませんか?」


「是非もありません。参加させていただきます」


女王の言葉はもっともで、僕の存在が各国との力関係に大きく影響してしまうことから、無用な争い事の種になるのは僕も望まないことだ。三カ国で上手い落とし所を考えてくれるなら、僕には何も言うことはなかった。


「ありがとうございます!では、日程が決まり次第お知らせしますね。本日はお疲れでしょうから、部屋でしっかりとお休みください」


「お心遣い感謝します」



 頭を下げて謁見の間を退出すると、扉の外に待っていたのは案内してくれた2人のメイドさんに加え、さらに2人、計4人のメイドさんに部屋へと案内されることになった。僕と共に戦場にいた彼女達はここで別行動となった。そのことに何故か違和感を抱いたが、それがどうしてなのか分からず、頭を捻りながらも案内のメイドさんに付いて行った。


部屋に案内され、休む前に食事とお風呂の準備が出来ている旨を伝えられたので、まずはお風呂をお願いした。するとメイドさん達が湯浴ゆあみのお手伝いとして一緒に浴室に入ってこようとしたので、なんとか丁重にお断り願った。


「ふ~・・・」


湯船に浸かり天井を見上げながら物思いに耽る。頭に浮かんでくるのはあの5人の女の子の事と、違和感のことだ。


(何かおかしい・・・)


何故かあの5人に会いたくて仕方ないし、別行動した時にも僕は一緒に行動するのが当然なのにという違和感があった。それはまるで、昔からそうしていたような当たり前の感情だった。


(あの戦場で初めて知り合ったはず・・・だよな・・・?)


答えの出ない自問自答に、『バシャッ!』と自分の顔にお湯を掛けて一先ず疑問を先送りにしてお風呂を終えた。その後、メイドさんに見守られながら一人で豪勢な食事を摂り、ふかふかのベッドで身体を休めたのだが、何故か心にぽっかりと穴が開いているような感覚だった。


(・・・食事って、あんなに寂しいものだったっけ・・・?)


 目を閉じるその時まで違和感があったのだが、依然として答えを導き出せないままに、この日は眠りについた。




side 女性陣


「ねぇ、何か変じゃないかな?」


 ここは公国の王女であるマーガレットの私室。そこに戦場から戻った5人が集まって、現状を話し合っていたのだが、シルヴィアが言うようにその主題はやはり先程から感じる記憶の齟齬だ。


自分達が昨日ヨルムンガンドに捕らわれたのは、ダリア・タンジーをだったらしいが、会ったこともない人物に自分達が囮として何故捕らわれたのか分からなかった。


「それは私も感じています。特に彼から初めて名前を呼ばれた時に・・・」


マーガレットもシルヴィアの違和感に同意しながら部屋にいる皆を見ると、一様に頷いているので、皆も同じ気持ちなのだということが分かった。


「確認ですが、私達は彼に会ったことってありませんよね?」


フリージアが自分の思い違いなのかも知れないと疑問を呈する。


「ん、そのはず。思い返しても彼の事は記憶に無い・・・」


「そうだな。男の子であんな可愛らしい顔をしているなら、記憶に残っていてしかるべきだ・・・」


ティアとジャンヌがフリージアの疑問に肯定の言葉を返すが、2人ともその返答にどこか自信無さげだった。


「その、私、こう言うのも何ですが・・・彼を見た時から、その・・・もっとそばに近寄りたいって感じていて・・・変、ですよね?」


シルヴィアのその言葉に反論する者は誰もいなかった。むしろ自分も同じ気持ちを抱いていたため、ただ目を丸くして彼女を見つめるしかなかった。


皆が見つめるシルヴィアの頬はほんのり赤みを帯び、その潤んだ瞳から恋する乙女のようだと察する。それを感じ取った皆は、彼女に対し、まるで恋敵に抱くような感情を持ってしまった。


「そ、それは一目惚れですかね?いくらなんでも初めてお会いした男性にそんな感情を抱くのは淑女としてはしたないかと・・・」


マーガレットがシルヴィアを嗜めようとするが、その言葉に力はなく、どことなく歯切れが悪い。まるで自分の大切なものを取られまいと牽制しているように周りには聞こえていた。


「そ、そうですよね。あまり女性から殿方にアプローチをするのは・・・ねぇ?」


「そ、そうだな。彼はまだ成人もしていないようだし、もしかしたらそんな女には驚いてしまうかもしれないからな・・・」


フリージアとジャンヌはもっともらしい言い分を広げ、マーガレットと同じ手法でみんなを牽制しているようだったが、その目は動揺に揺れ動いていた。


「ん、それなら私は彼と少し話してみようかな・・・」


「「「ティアさん!!!!?」」」


周りが抜け駆けしないように予防線を張ることで牽制を行うなか、一人暗黙の了解が形成されつつあった空気を読まないティアがそんなことを言い出した。その言葉を聞いたみんなは焦るように待ったをかける。


「えっと、私達の話って聞いていました?」


マーガレットが確認するようにティアに聞く。


「ん、当然。でも大丈夫。私はそんなにガツガツしていない。ちょっと興味があるだけ」


「いえ、それがですね・・・彼にとってはちょっと驚いてしまうかもしれないというか・・・」


「そうですそうです。まだ会って間もない女性から、あんまり話し掛けられるのはきっと彼も上手くお話出来ないと思います」


「そ、そうだぞ!きっと彼も女性相手に何を話して良いか困惑してしまうかもしれん。・・・う、う゛ん!私なら【剣聖】として、その方面の話は合うかもしれないが・・・」


「「「ジャンヌさん!!!?」」」


今度は別の理屈をこねて抜け駆けしようとするジャンヌに、皆の言葉が重なった。そうしてしばらく、同じようなやり取りがこの部屋で行われていたが、とりあえず勝手に抜け駆けしないという淑女協定が結ばれ落ち着くと、ふとティアが先程から考えていた疑問を口にした。


「ん、でも私達って何でこんなに仲が良かったんだろう?」


その疑問に皆閉口してしまう。先ほどの話題のことといい、お互いに気心知れない間柄なのだが、何故ここまで仲良くなったのかと問われても、明確な返答が出来ない。何かきっかけがあったような事は記憶にあるのだが、それが何だったのかがさっぱりと消えているのだ。


「改めてそう言われると・・・どうしてでしょう?」


マーガレットも思い出せないようで首を捻りながらうんうん考え込んでしまった。


「そう言えば、私の愛読書を皆さんに紹介したことで盛り上がった記憶はありますよ?」


フリージアの言葉に皆がハッとする。


「確かにそうでしたね。でも、もっと仲良くなった原因があったような気もするのですが・・・」


シルヴィアがフリージアの言葉に首肯するも、もっと重要な何かがあったはずだと、また考え込む。


「う~ん、私は一番最後に皆と知り合ったが、最初は何かのことで対立していたような記憶があるぞ・・・」


ジャンヌも自身の記憶が無いことに困惑を見せる。その後、彼女達は皆との記憶のすり合わせを行うも、決定的な解決には至らなかった。



 彼女達は知らない、想い出を失う原因となった〈あの力〉そのものも記憶から無くなっていることに。そしてそれは彼も同様だった。大切な想い出は消え去り、ぎはぎだらけの記憶が彼と彼女達に混乱を招いていた。


しかも、彼との事を忘れないようにと書いていた日記も、その内容の恥ずかしさから誰にも見つからないように隠してしまっていた為、彼女達自身もその本の存在に気づけなくなってしまっている。本来、ヨルムンガンドとの戦闘が始まれば見つけやすい場所に置こうとした事が、急に攫われてしまった為に準備が出来なかったのだ。


 そして更にヨルムンガンドがこの世から去ったことで、世界に大混乱をもたらすことになり、その責任論が始まろうとしていた。

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