第193話 ヨルムンガンド討伐 31
優しい風が頬を撫でる。甘い香りが鼻孔をくすぐり、後頭部から伝わる柔らかい感触は、意識の覚醒を拒んでしまう程の抗い難い誘惑へ
(・・・僕は、ここで何をしていたんだっけ?確か戦っていたような・・・っ!!そ、そうだ!)
「ヨルムンガンドはっ!!?」
ガバッと勢いよく上体を起こすと、そこは直前まで戦っていた記憶のある荒野だった。遠目には僕が討伐したヨルムンガンドの頭部が見えた。胴体が無いところを見ると、僕の攻撃によって消し飛んでしまったのだろう。周りを見渡せば、僕を取り囲むように5人の女の子がこちらを覗き込んでいる。1人は地面に正座しているところを見ると、どうやら僕は彼女に膝枕をされていたようだった。その女の子は薄い水色の長い髪をしていて、静謐そうな佇まいとその服装から、教会のシスターのようだった。
「目が覚めましたか?」
彼女は優しい言葉で僕に語り掛けてくる。その美しい容姿もあって、ドキッと心臓が脈打ち、すぐに言葉が出てこなかった。
「・・・あっ、はい・・・大丈夫です」
「それは良かったです。激しい戦いでしたから、どこか身体に異常があれば言って下さい。これでも第三位階の光魔法が使えますので」
「ありがとうございます」
そう言うと少し落ち着き、改めて自分の置かれている状況を確認する。彼女達はどうやらヨルムンガンドとの戦いを近くで見ていた人達のようだ。みんな揃いも揃って美女、美少女で、そんな人達に見つめられているのは少々恥ずかしい。
そんな彼女達を順に見ると、一人は金色の瞳が目を引く、緑色の髪の女の子だが、その耳は尖っていて、彼女がエルフだということが分かる。エルフは人間とは仲が良くないと思っていたが、まるで友人のように一緒に居るところを見るとそうでもないようだ。
その隣に、桃色のボブカットで大きな胸をした可愛らしい女の子が僕の方を心配そうに見ていた。戦場だったこんな荒野に居ることが似つかわしくない女の子だが、不思議とこの5人の中に居るのが当たり前のような印象を受ける。
そしてさらにこの場に相応しくない女の子が隣にいる。僕と比べても頭一つは背の低い少女で、肩に掛かる鮮やかな赤い髪が特徴的だった。その体型もあって、桃色の髪の子と比較してしまうと、5歳位年下なのだろうかと思うのだが、やっぱりこの中に居ることに違和感が感じられなかった。
最後の女性はこの中で一番大人なのだろう、大柄な女性で艶やかな黒髪をした美人だ。その姿勢や重心の置き方などから、彼女が戦い馴れている人物だというのは一目で分かる。女性に対しては失礼だが、この荒野にいて一番馴染んでいるような印象を抱いてしまった。
しばらく彼女達を観察していると、座ったままなのは失礼と気付き、立ち上がって彼女達に挨拶をした。
「介抱して頂き、ありがとうございます!初めまして!僕はダリア・タンジーと言います。あなた達は?」
自分の口から出た、『初めまして』という言葉に何故か違和感を覚えたが、今はこの状況と、彼女達の目的を知ることの方が重要だと思い直した。
「初めまして。私はフロストル公国王女、マーガレット・フロストルです」
「私はシルヴィア・ルイーズです」
「ん、ティア・ロキシード。王国の人間」
「初めまして!私はジャンヌ・アンスリウムだ!エリシアル帝国の人間だ!」
彼女達は順々に自分の名前を名乗ってくれた、最後に僕を膝枕してくれていたであろうシスター姿の女の子が立ち上がり、にこやかに自己紹介をしてくれた。
「私はフリージア・レナードと言います。初めまして、人類の英雄・・・ダリア・タンジー様!」
彼女は僕の名前を言う際に若干口ごもり、それを隠すように大きな声で様付けされて名前を呼ばれてしまった。ただ、それよりも気掛かりなことがあった。
(・・・あれ?僕は彼女達の名前を既に知っている・・・。でも、会ったこともないのにどうして・・・?)
彼女達の名前を聞いたとき感じた違和感は、初めて聞いた名前ではなく、思い出したという感覚だった。
(いつ、どこで知っていたんだ?何で彼女達の顔を見てもすぐに思い出せなかったんだ?)
もし以前に会っていたなら、『初めまして』という挨拶は失礼だ。でも彼女達も初対面なような口調だったので、やはり僕の勘違いなのだろうか。戦いの影響で精神が疲れているのかもしれない。そう考え、少しの時間物思いに
「あ、あのダリア・タンジー様、少しよろしいでしょうか?」
「あ、はい。大丈夫です。何かな、メグ?」
「っ!!」
無意識に口から出てきた呼び名だった。まるで彼女にはそう呼ぶのが当たり前のように身体に染み込んでいるようだった。さすがに一国の王女に対して不敬だと、すぐに謝罪しようとしたのだが、エルフの彼女は驚愕の表情をして、手で口を覆っていた。その頬には一筋の涙が流れていた。
「あ!す、すみません!!王女様に対して不敬でした!」
彼女の様子に謝罪のタイミングが遅れてしまったので、慌てて謝った。
「い、いえ、私の方こそすみません。・・・メグは私の愛称なのですが、どうしてそれをご存知なのですか?」
「・・・それが、あなたを見たら無意識に・・・」
「・・・そうですか。私も何故かあなたから愛称を呼ばれたとき、懐かしいというか、嬉しいというか・・・何とも言えない感情が湧いてきてしまったものですから、私の事を以前から知っていたのではないかと・・・」
「いえ、そうではないと思うのですが・・・」
そう前置きをして、彼女達を順に見やりながら名前を口に出していく。
「シルヴィア・・・ティア・・・ジャンヌさん・・・それに、フリージア」
「「「っ!!」」」
名前を呼ぶと、彼女達もマーガレットと同じような反応をしてしまった。僕も自分の口から出た彼女達の名前を耳にすると、とても懐かしいような、それでいて安心するような感覚に囚われた。何より、彼女達の事をもっと良く知りたいとさえ思ってしまっていた。
(初対面・・・だよな?でもどうしてこんなに彼女達のことが気になるんだろう?変な人と思われるのは嫌だけど、どうしてだろう?気になって仕方ない・・・)
一人考え込むようにうんうん唸っていると、気を取り直したマーガレットが姿勢を正してきた。
「そ、それでダリア様、この世の災厄とまで言われるヨルムンガンドを討伐した功績を、是非我が公国にてお祝い申し上げたいのですが、いかがでしょうか?」
マーガレットの申し出に少し考えると、出席した方が良いように思えた。何より今の僕にはきちんとした生活基盤が無い。公国の前王女の病気の治療に必要な素材の確保を手伝ったということで、公国にこの身を置かさせてもらっているが、反逆者として王国を追われ、神人として各国の戦争に介入したりとやりたい放題この上ない振る舞いをしていたので、どこかの国が身元引き受けしてくれないと困る立場だったのを思い出した。仮面で顔を隠していたけど、結局のところ正体は僕だとバレている。
(・・・あれ?僕は何で王国を追われたんだっけ?何であんなにも戦争を止めようと躍起になっていたんだ?)
忘れるばずの無いことが、どうにもぼんやりとしている。何より僕の側にはいつも誰かがいて、楽しかった気がするのだが、まるで記憶に霞がかかっているようだった。僕が反応せずにいると、ジャンヌさんとティアも僕に提案してきた。
「ダリア・タンジー殿!帝国としても貴殿をお祝いしたい!よろしければ是非我が国へも来て欲しい!国賓級の歓迎を約束しよう!」
「ん、王国も同じ。あなたと王国は揉めた過去があるけど、ヨルムンガンドを討伐した英雄を無下にすることはありえない」
3人の言葉を検討するに、とりあえず案内されるまま国に行っても良いだろうと考えた。各国とも歓迎してくれるというのなら、自分が住みやすいところに腰を落ち着けられそうな気がする。何より僕の目的は幸せになることだ。その前段階としては、安心して暮らせる環境が必要だった。
「では、お三方の提案を受けます。まずはどこに行ったら良いですか?」
そう投げ掛けると、マーガレットが口を開いた。
「先ずは女王陛下に連絡し、各国とも情報を共有した後に歓迎する順番などが決められるでしょう。なので先ず公国へ向かっていただけますか?」
彼女は公国の王女だけあって、段取りがしっかりしていて分かりやすかった。
「分かりました。ではヨルムンガンドの頭部を回収してから〈
そこで空間魔法を使用とした瞬間、異変に気づいた。
(魔力制御ってこんなに難しかったっけ?おかしい、何だこの違和感?)
魔法が発動できないわけではないが、どうにも魔力の制御に違和感が生じてしまう。とはいえ、師匠から血反吐を吐くまで鍛えられた技術なので、少し感覚を調整することで、普段通りの魔力制御が出来るようになった。そんな僕の姿を不思議そうにシルヴィアが見つめていた。
「あ、あの、あの、大丈夫ですか?」
「あ、うん。大丈夫!じゃあ、先ずはフロストル公国へ移動しましょう。〈収納〉、〈
彼女達を包み込むように魔法を発動させ、不安と違和感を抱きながらも僕達は公国へと転移したのだった。
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