第44話 学園生活 10

 3つ上がった信号弾の内、一番近場に到着したのは光を確認してから10秒ほど後の事だった。しかし、不可解なことにわずかな時間で来たにもかかわらず護衛の冒険者はおろか、Bクラスの生徒も誰も居なかった。既に逃げ出した後なのか、代わりにそこに居たのは・・・


「ゴブリン!?しかも200匹近い大群じゃないか!なんでこんな入り口付近の表層に?」


『ギギャギャギャ』と鳴き声を喚き散らすゴブリンたち。大群の為に耳障りな大合唱になっている。これだけの大群がなぜ今まで誰にも気付かれずにいたのかははなはだ疑問だが、今は考えている時間がない。なにせ他にも2カ所から信号弾が上がっているのだ。もし、この瞬間もクラスメイト達は逃げ出している最中で、この軍勢を放置した結果追いつかれてしまうのは厄介だ。


「数は多いけど所詮は最下級魔獣のゴブリン、さっさと片付ける!」


 少し数が多いので撃ち漏らしを避けるために、ゴブリンの大群を一気に第四位階土魔法〈堅牢なる大地のソリッド・ウォール〉で広範囲にまとめて高さ10mの壁でぐるっと囲ってしまう。壁の頂上に立ち、その囲いの中心に土魔法と風魔法の魔法〈星屑のスターダスト・ストーム〉を放つ。この魔法は風魔法の嵐の中に土魔法で作り出した大量の硬質な石を混ぜ合わせたものだ。本来は複数人で協力し合って発動すると図書館の書物に記載されていたものだ。ゴブリン達は嵐の中で身動きできず、目にも止まらぬ高速で飛んで来る数多の石に撃ち抜かれていく。数十秒で魔法を解除すると、そこには体中穴だらけなったゴブリンや、原形を留めない肉片が散らばっているだけだった。


「ゴブリンの肉は食べれないし、討伐しても安いからこれでいいか!よし、次だ!」


ここで2分ほど使ってしまったが、まだ2ヵ所ある。直ぐに次の信号弾の場所に移動した。


「・・・ここもか」


 信号弾が上がっていたはずの場所に到着すると、先程と一緒で誰もいない。そしてまたしても魔獣達が群れとなっていた。


「今度はアルミラージか・・・」


 アルミラージは体長1m程のウサギの様な魔獣だ。その強靭な脚力で森の中を縦横無尽じゅうおうむじんに素早く駆け巡る為、その動きに付いていけず姿を見失ってしまい、死角から攻撃されて大怪我を負う冒険者が後を絶たないらしい。最大の特徴はその耳で、身の丈もあるその耳は普段は垂れ下がっているのだが、戦闘態勢になるとピンと真っ直ぐになり、そのスピードから放たれる耳の一撃は並の剣以上の切れ味という。本来はもう少し奥で1,2匹で行動している下級魔獣でも中位に位置するアルミラージが戦闘態勢で僕の前に50匹ほど群れをなしていた。


「機動力が面倒だ。まだ完璧じゃないけど、空間魔法で片付ける!」


 自分の思考速度や反射速度、移動速度を上げて『キュイキュイ』鳴きながら縦横無尽に飛び掛かってくるアルミラージの攻撃を避けていく。思考速度を30倍に上げていると、周りの速度が30分の1の速さに感じられるので、アルミラージの素早い動きを認識するのも苦ではない。その攻撃を避けながらも一度に2,3匹を照準して〈空間切断ディメンション・スラッシュ〉で真っ二つにしていく。この魔法は他の魔法と比べて、攻撃が着弾するまでのタイムラグがなく逃げることを許さないが、こう縦横無尽に辺りを飛び回れると視界に入る対象は2,3匹が精々なので時間が掛かってしまう。


「ダメだ、時間が掛かる・・・目に映るものに集中し過ぎるな・・・自分を中心とした空間を意識して・・・フライトスーツから見下ろしている様な感覚で・・・」


 師匠からはよく空間魔法は目に頼りすぎるなと言われていた、とはいえ今まで目に頼った鍛錬をしていたのでなかなかその真意を理解できずにいた。フライトスーツで自由自在に飛び回っていた経験と、他にも助けに向かう必要がある焦りを覚える状況で最適な討伐方法を模索していた僕は、頭の中のピースがはまるような感覚にとらわれる。


「!?空間全体が認識できる?」


ふと、自分を中心としたある程度の範囲の空間にあるものが分かるようになった。地形や風の流れ、そして敵の位置や大きさなども何故か把握できている。それは僕を中心に半径50m程の空間だが、全てのアルミラージが僕に向かってきているので、この範囲の中に納まっているようだ。


「集中・・・すべてに照準をして・・・今っ!!」


僕が認識している空間の全てのアルミラージを対象に〈大空間切断エリア・スラッシュ〉を放った。すると、僕に襲い掛かってきていた全てのアルミラージは真っ二つに切断されてバラバラと地面に落ちていった。


「よし、次だ!」


自分の成長に笑みを浮かべながら、最後の場所へと移動した。


 最後の場所は大森林に流れる川の岸だった。そこではマシュー達が護衛冒険者の手助けをしながらキラービーと言われる体長50cm程の蜂型魔獣と奮戦していた。その周りには既に討伐したと思われるキラービーが多数転がっていた。この魔獣の厄介なところは、お尻の先にある毒針攻撃なのだが、空を動き回ると言ってもその動きは単純なので、冷静に対処すれば決して倒せない魔獣ではない。ただ獰猛なその姿と『ブーン』という羽根音は人の恐怖心を煽るらしく、足がすくんで動きが鈍くなってしまうらしい。それは今日初めてこの森に入ったマシュー達に顕著に表れていた。数は20匹程なので多過ぎて対処できないというわけではないだろうが、護衛の冒険者は学生4人を守るのが手一杯の様で、中々攻勢に転じられず攻めあぐねていた。心配なのはみんなが防御態勢を取っている輪の中心に居るシルヴィアがうずくまっていることだ。


「遅くなった!援護するので、冒険者の方はそのまま防御に徹してください!」


「っ!?ダリア!た、助かったぜ!」


「「ダ、ダリア君!」」


「分かった!私たちはこのまま学生たちを守っている!頼みます!」


冒険者も了承したので、先程取得した空間魔法による自分を起点とした空間の認識から、キラービーの位置を確認して第三位階水魔法〈水の連矢ウォーター・ハイアロー〉で撃ち落としていく。昆虫系の魔獣は火が弱点なのだが、この魔獣の羽と毒針はそこそこの値段で買い取ってくれるので羽と毒針を傷付けないように討伐する。ここが川のそばという場所なので、水魔法の威力が上がり制御も楽になるからこそのこの魔法だった。数秒でこの場の魔獣を制圧したので、蹲っているシルヴィアに駆け寄った。


「ゴメン、遅れた!シルヴィアは大丈夫なのか?」


「そ、それが・・・毒針に刺されて・・・」


マシュー達は危機が去ったことと、戦いの疲れで地面にへたり込んで答えられずにいたので、女性冒険者から状態を話してもらった。


「刺されてどのくらい経つ?」


「えっと・・・10分くらいです」


シルヴィアの服をたくし上げ、刺された腹部を見ると、刺された跡の周辺が濃い紫色に変色して広がり出していた。


「解毒薬は持っていますか?」


「それが、戦いながら使ってしまっていまして・・・」


さすがに僕が来るまで全くの無傷だったというわけではなく、負傷しながらも回復薬や解毒薬を使っていたという事らしい。


(しまったな・・・僕は光魔法で回復してたからそういう物は持ってないんだよな・・・あれ?という事は結構前から戦闘状況になっていた?でも信号弾が上がってくるまでに5分程度で来ているはずなのに・・・)


時間的な辻褄が合わないと疑問に思ったが、まずはシルヴィアの回復を優先しなければならない。


「そうですか、光魔法を使える方はいますか?」


「すみません、私たちはその才能が無いので・・・」


「・・・分かりました。では後は僕がやります」


「早く拠点に連れて行った方が良いのでは?」


「いや、少し時間が経ち過ぎていますし、後遺症がないように急がないと」


そう言いシルヴィアの顔を覗き込むと、真っ青な顔色に脂汗をダラダラと流していてかなり衰弱している様子だった。


「う・・・ダリア・・君?」


「直ぐ治す、安心して」


「う・・ん。ありが・・とう」


彼女の腹部に手をかざし第三位階光魔法〈毒回復ポイズンキュア〉を発動させる。すると腹部の濃い紫色がスッと引いていき、健康的な肌色になっていった。さらにシルヴィアの顔色も見る見るうちに良くなっていった。


「す、すごい!これって第三位階光魔法?でもこんなに早く効果が出るなんて・・・」


「えっ、さっきの水魔法も第三位階だったよね!?」


僕の魔法を見ていた冒険者が驚きの声を上げた。


「うっ・・・あ、温かい・・・」


少しして治療を終えたので、捲っていた彼女の服を元に戻した。


「・・・苦しく、無くなった・・・?」


「もう大丈夫!治ったよ!」


体を起こし、刺された腹部をさすった彼女は傷跡も無いことに驚いていた。


「凄い!治ってる!ダリア君、ありがとう!」


感極まったのか、シルヴィアは涙目で隣にしゃがんでいた僕に抱き着いてきた。


(・・・柔らかい)


彼女の大きな胸が僕に押し付けられてきたので、その感想を素直に思ってしまった。


「・・・間に合ってよかった。落ち着いたら拠点に戻ろうか」


そう言うと自分の行動を鑑みたのか、真っ赤になりながら離れた。


「ゴ、ゴメンなさい!!」


「いいよ。さ、キラービーの素材を集めようか!羽と毒針でお小遣いくらい稼げるよ」


僕がそう言うと地面に這いつくばっていたマシュー達も、冒険者たちに剥ぎ取り方法を教わりながら素材を採取していた。

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