第45話 学園生活 11

 最後の信号弾の場所でシルヴィア達を助けた後に大量のキラービーの素材を持って大森林入り口の拠点に戻ってきた。というのもシルヴィア達は精神的にも憔悴して、冒険者達の装備も破損し、解毒薬や回復薬も手持ちがなくなったので安全の為に戻ってきたのだ。


 信号弾について聞いたのだが、最初キラービーは3匹程で襲ってきていたので、充分に対処できていたのだが、次から次へと現れて対処が追い付かず、最終的にキラービーの群れに囲まれてしまったということだった。そこで、信号弾を使用したのだが、なんと3つとも不良品のようで使えなかったらしい。仕方なく防御に徹して、誰かが偶然来る奇跡を祈っていたのだが、当然無傷とはいかず少しずつ回復薬や解毒薬を使用して耐えていたが、ついに薬が尽きたところでシルヴィアが毒針の餌食になってしまい状況が切迫してくると、自分達の近くで信号弾が上がったので援護の希望が見え、なんとか耐えていたら僕が現れたということだった。


(あれっ?じゃあ最後の信号弾はシルヴィア達じゃなかった?班には3つ信号弾があるからまだ戦闘中ならもう一度上がるか?それとも既に全滅を?いや、そもそも表層にそんな強い魔獣なんて・・・)


そこまで考えて、万が一の事もあるのでもう一度周辺を確認するために大森林へ戻ることにした。


「マシュー、シルヴィア!僕はまた様子を見に戻るから、先生に状況を説明してその後も訓練を続けるのか指示を仰いでおいてくれ!」


「わ、分かった。助かったよ、ありがとな」


「ダ、ダリア君!」


シルヴィアが大森林に行こうとする僕の手を掴んで潤んだ瞳を向けてくる。


「ど、どうしたの?」


「あっ、その、き、気を付けてね・・・」


「?ありがとう!行ってくるよ!」


掴んでいた手を離し、手を振る彼女に背を向けて消えるようにその場を後にした。



「・・・いないな・・・」


 数秒で先程の場所まで戻り、更に周辺を見回っているのだが、危機に陥っているような班や冒険者はいなかった。そもそもこの信号弾は学園の生徒しか持ち合わせていないもので、一般冒険者は入手できない物となっている。あくまでも冒険者は自己責任で、例え死にそうな状況だったとしてもその場に居合わせた冒険者が助けてくれるかは相手の善意による。それもそのはずで、助けたとしても相手にお礼を払うだけのお金がなければタダ働きもいいところで、助けに入った結果怪我や装備の破損などになれば自分の生活が危うくなってしまうのだ。圧倒的な実力と金銭を所持していれば問題ないが、冒険者のランクの大多数を占める銀ランク以下の冒険者にとってみればそんな危険を冒してまで助けるメリットがなく、むしろ死んだ冒険者の装備や金銭を回収する者が多いのが現状である。


 では、学園の生徒はと言うと、身分的には卒業までの3年間は王国の保護下に入っている為、その身柄を助ければ学園からの報奨金が支払われるので、近くに居て多少の怪我で討伐可能な魔獣が相手だった場合は積極的に救援に駆けつけることが多い。しかし———


「結構見回ったのに危機に陥っている班どころか、一般の冒険者すらいない?」


そう、学園の生徒の班はチラホラ見かけるのだが、一般冒険者の姿がないのだ。いくら表層も表層の、たいして稼ぎようのないエリアだったとしても、薬草やキノコなどの採取系、ウサギや野鳥などの危険度の少ない獣の討伐などで銅ランクの冒険者がちらほらいるはずなのに、たったの1人も見当たらないのだ。信号弾を上げるような危機に陥っている生徒がいないのは良い事なのだが、どうにも様子がおかしい。


「あの3発の信号弾は僕をおびき寄せる為・・・?でも何のために?」


 マシューの班の3つの信号弾がすり替えられていて、それを使って僕を任意の地点におびき寄せたと考えられるが、目的が不明だった。マシューの班の誰かが糸を引いているかもと考えたが、僕が到着した時には全員かなり疲弊して何とか耐えていたような状況だったので、わざわざ自分の身を危険にさらしてまでこんなことをするとは考え難かった。


「ダメだ!分かんない!僕は自分で企むのは良いけど、企みを見抜くのは苦手なんだよ!!」


周囲に誰もいない大森林の中、僕の心の叫びが大声となって木霊した。正直、直接的に何かを仕掛けてくれた方が分かり易いのだが、からめ手のような手段で来られると、対処する自信はまだない。


 その後、終了時間になるまで見回っていたが、特に騒ぎが起きるようなことも無く拠点へと戻った。入り口付近の広場では、既にほとんどの学生が戻ってきており、みんな少なからず魔物の素材や薬草などを採取していたのか、リュックが膨らんでいる者達が多かった。護衛に付いていた冒険者はエヴァ先生に今日の報告をしているようで、先生はその報告を聞き取りながら、書類に何か書いているようだった。僕も報告をするためそこに向かって行った。


「エヴァ先生、報告をよろしいでしょうか?」


「ああ、お疲れさん。よろしく頼む」


「はい、実は・・・」


 僕は3発の信号弾の事と、そこで遭遇した表層にしては有り得ない群れとなっていたゴブリンや、アルミラージについて。そして、シルヴィア達が窮地に陥っていたキラービーの事と、信号弾の不発。さらには学園の生徒の行動範囲に一般の冒険者の姿がなかった違和感などを伝えた。


「・・・なるほどな。シルヴィアの事は聞いているダリアが駆け付けたことで事なきを得たことも。不発だった件については私も驚きだよ。まさか3発とも不発などとはな。今までの訓練で信号弾が使われたことはそう多くなかったから、もしかしたら劣化していたのかもしれん。今後はそんなことがない様に確認しよう。冒険者の件は私は良く分からんが、協会に確認してみよう」


「はい、お願いします。ところで、他の班は信号弾を使っていましたか?」


「いや、報告では使用したと聞いていないな」


「そうですか・・・。信号弾は3発上がりましたが、実際に危険だったのはシルヴィアの班だけで、他の2カ所には誰も居ませんでした。でも他の班が使用してないとなると、あの信号弾は何だったのかと・・・」


「・・・分かった、それは私の方で調査しておく。他には何か気付いた事は無いか?」


「・・・いえ、あとは特に・・・」


「そうか。では準備が整い次第帰還するからお前も荷物があるならまとめておけよ」


「・・・分かりました」


まるで用意していたセリフをスラスラと話しているような違和感に、少し釈然としない思いを抱きながらもその場を離れ、皆と一緒に学園へと戻った。




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 ここは学園の一室。窓のない薄暗いこの部屋は防諜設備に特化した密談専用の部屋となっている。壁は1m以上の厚さがあり、貴重な魔具によって魔法的な覗きや盗み聞きも防止している。そんな部屋の中には2人の人物がおり、1人は小さめのテーブルに座っているが、もう1人の人物はうやうやしくひざまずいていた。


「こちらが今回の報告書です」


「ご苦労様」


この部屋の中での上位者とみられる人物は短い言葉でねぎらいを伝えた。その人物が報告書を読み終わるまで彼女は微動だにせずに跪いている。


「・・・なるほど。一対多数もまるで苦にしないようね。魔獣が弱すぎたという事もあるけど、200匹のゴブリンを一瞬で。しかも単独で合体魔法が使えるなんて笑えないわね・・・」


報告書を読んだ人物は自分の内心を表情に出さないように努めて、微笑を浮かべながら自分の感想を口にした。


「いかがいたしましょう?彼の制御が難しいという事であれば早めに・・・」


「それはダメよ。私たちの目的にあの子が居れば年単位での短縮が可能なのよ?それに、去年の男爵邸での顛末を考えると、そう簡単に排除できるとは思えません」


「失礼しました。では、彼をこちらに取り込めるような餌が必要になりますね」


「そうね、それもかなりの餌が必要でしょうね。安泰な生活には興味を示していないようだったし、身分や権力をチラつかせてみましょうか?」


「彼は男性ですので、見目麗しい女性を使うというのは無理なのでしょうか?」


「あぁ、報告では今のところ効果は無いそうです。ただ、より精神的に成長すればもしかしたら興味が出るのかもしれませんから、彼の女性に対する趣味・嗜好しこうが分かれば報告してください。それと並行して、彼が将来何を目標としているかも探って下さい」


「かしこまりました」


 男に対しての一番簡単な手が使えないことに少し面倒を覚える。この王国の王子でさえも女を使って簡単に篭絡ろうらく出来たというのに、この年齢でもまだ性に目覚めていないのか、あるいは興味はあっても自分の目的を優先しているからなのか・・・。後者だとすれば非常に面倒で、その目的を探り出し、様々な策を考えながらこちらに取り込めるように動く必要がある。


「それと、彼の状況判断能力はどうだったかしら?」


「はい。今回の状況に違和感を覚えているようですが、決定的な答えを見出しているようではありませんでした」


「やはり彼はまだ自分を取り巻く状況を正確に認識していないという事ね?」


「その通りです。ぼんやりとは理解しているが、そこまでの大事になっているという認識は無いようです。言ってみれば年相応の警戒感や認識力と言った感じです」


「まぁ、単独でドラゴンの下位種であるワイバーンを倒せるんですから、どんな状況でも切り抜けられるという慢心があるんでしょうね。こちらとしてはその慢心を上手く利用して、武力ではなく政治的・権力的に雁字搦がんじがらめにして

から、彼の良心を上手く誘導しましょう」


「それには友人を多く作らせることがよろしいですね」


「そうね、でも平民の友人ではなく貴族の友人がいいのだけど、難しいかしらね

・・・」


「彼の力を正確に理解すれば家に取り込もうと考える者は続出するかと思います」


「夏季休暇明けの学園トーナメントが重要になってくるわね」


「はい。彼がその実力を周りに見せつけるような考えになる様に状況を誘導していきます」


「よろしく頼むわね。そうそう、あの貴族への報告書には、彼は一対多数は不得手そうだったと記しておきなさい」


「・・・あの男は短慮ですので深く考えずに直ぐ動くかもしれませんが、よろしいのですか?」


「かまいません。あの者が動かすなら子飼いの冒険者や息の掛った裏仕事の商人でしょう。そういった者達からちょっかいを出されれば、これ以上ちょっかいを掛けられないように能力を見せつけるでしょうし、ついでに不用品の処分も出来ると思いますからね」


「ではそのように致します」


「よろしくお願いしますね。我らの勝利に女神の加護を」


「我らの勝利に女神の加護を」


その言葉と共に2人は部屋を後にした。

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