第165話 ヨルムンガンド討伐 3

「こ、ここが帝国の帝城ですか・・・。〈空間転移テレポート〉、話には聞いていましたが、実際に体験すると凄い能力ですね」


 公国の城から何千㎞も離れた場所へ一瞬で移動したことに、女王は驚きと共に感心しているようだった。


「先ずは皇帝へ取り次いでもらうようにしましょう」


 帝城の城門にいる門番にジャンヌさんからもらった短剣を見せながら、神人とフロストル公国の女王が皇帝へ面会に来ている旨を伝えると、門番の軍人さんは驚きもあらわに急ぎ伝令を走らせた。少しすると焦ったようにこちらに走ってくるジャンヌさんの姿が見えた。その服装は、いつかの着物姿ではなく、軍服だった。


「ダ・・・神人よ、一体公国の女王と現れるとはどうしたというのだ?」


「世界の存亡に関わる緊急事態なんですが、皇帝はいますか?」


「あ、あぁ、今そちらを向かい入れる準備を宰相としているが・・・世界存亡の危機?」


彼女はとても信じられないといった表情で、僕の言葉を聞き返してきた。その様子に、僕の後ろにいた女王が進み出てきた。


「失礼、帝国の【剣聖】ジャンヌ・アンスリウム殿ですね?」


「は、はい!帝国軍第一国防部隊指揮官、【剣聖】ジャンヌ・アンスリウムです!」


ジャンヌさんは右拳を胸に当てる軍人の敬礼をしていた。


「初めまして。妾はフロストル公国女王、ヴァネッサ・フロストルです。本日は神人殿に無理を言って、世界に危険をもたらすものの出現をお伝えしに来ました」


「そ、それは一体・・・」


驚愕に顔を染めるジャンヌさんの後方から、息を切らした伝令の軍人さんが駆け寄ってきた。


「し、失礼します!皇帝陛下の・・・準備整いました・・・との伝令です!」


彼はジャンヌさんに敬礼しながら伝令の内容を伝える。息切れしている為か、その言葉は途切れ途切れだった。


「ジャンヌ殿、詳しい話は皇帝陛下も交えてお伝えしましょう。案内していただけますか?」


「え、えぇ。どうぞ、こちらへ」


本来案内するのは違う人の役目なのだろう、周りの軍人さんはジャンヌさんを見て困惑げな表情をしている。きっと彼女は僕と公国の女王が来たという異常事態に、いち早く確認のために駆け込んできたのかもしれない。



 帝国の皇帝とは以前の謁見の間ではなく、会議室のような場所で行われた。他国の女王と会談をするのに、高い位置から見下ろすようになってしまう謁見の間は相応しくないのだろうというのは、女王の推察だった。部屋には帝国の皇帝、宰相、ジャンヌさんと書記官と思われる数名の文官がいた。


「遠い所をよくぞお越しくださいました、フロストル公国女王陛下。私は帝国皇帝ロウタス・フォン・エリシエルです」


「初めまして皇帝陛下。妾は公国の女王、ヴァネッサ・フロストルです。本日は先触れもなく急な訪問で申し訳ありませんが、どうしてもお伝えしなければならないことがあり、失礼を承知でお伺いいたしました」


会談に先だって二か国のトップは互いに挨拶を交わしたが、その雰囲気は少しピリピリとしていた。急な訪問に、相手は他国のトップ。どうしても警戒してしまうのだろう。


「それで、本日お越しいただいた用件をお聞きしてもよろしいでしょうか?」


皇帝が口火を切ると、女王は頷きながら僕に視線を向ける。


「用件については僕から説明しましょう。実は・・・」


 そう前置きして、ヨルムンガンド出現について伝えていった。イグドリア国に出現し、既に被害が出ているらしいとのこと、救援要請の早馬が数日の内に各国へ訪れること。そして、一番重要なヨルムンガンドの情報とその危険性を話していった。


帝国側の出席者は、僕の言葉にみんな驚きの表情を浮かべていったが、その表情からは悲壮さといった感情は見受けられなかった。


「・・・にわかには信じられませんな。そんな存在がいるなど寡聞かぶんにして存じません」


宰相の言葉に、やはりみんな現実感に乏しいといった感覚なのだろうと感じた。


「神人殿の言葉を疑うわけでは無いのだが、裏付けの取れない情報で国を動かすわけにもいかん」


皇帝は腕を組ながら難しい顔をして、そう言及してきた。住民を避難させたり、防衛の準備をするにもお金を要する。もしこの情報が欺瞞だったら帝国は財政的に痛手を被ってしまうという観点から、そう簡単に信じられないのだろう。


「しかし、戦争を止めた神人が、嘘を言って我が国を混乱に陥れようとしているとは考え難いです。神人よ、何か具体的な証拠や証明は可能か?」


ジャンヌさんが僕の言葉を信じたいが、国を動かせるだけの証拠を出して欲しいと、心配げな表情で僕を見てくる。


「皇帝陛下、公国としてもそちらを混乱に陥れる気はございません。お伝えしたようにヨルムンガンドは神話にまでなった存在。この世界の危機なのです!」


「しかし、帝国の歴史や書物のどこを見ても、ドラゴンの超級種など聞いたことも無いのです」


女王の言葉に宰相が反論してくる。


「信憑性に疑義があるのは承知の上です。そこで・・・神人殿?」


女王は僕に目配せしてきた。そこで、事前に預かっていた通信魔具を収納から取り出しテーブルへと置いた。急に現れた荷物に困惑しながらも、皇帝はその正体を聞いてきた。


「女王陛下、これは一体・・・」


「これは我が国で開発された通信魔具です」


「っ!!!」


女王の言葉に皇帝を含め、宰相もジャンヌさんも書記官も軒並み驚愕の表情をした。それだけ他国にとっても通信魔具というのは最新技術の結晶なのだろうということを思わせた。


「今回は世界の危機。技術の出し惜しみをして滅びては意味がありません。そこで、貴国にこの魔具を御貸しし、情報の共有を即座に出来るように協力を要請したいのです」


「・・・それほどまでの存在ということなのですね?」


皇帝は先程までの表情から一転して、深刻な顔をしながら女王へ確認した。


「ええ、かつて三度世界を滅ぼしたという存在が相手です。各国が協力して事に当たらなければ、神話と同じ運命を辿ることになりましょう」


「「「・・・・・・」」」


女王の言葉にみんな沈痛な面持ちになる。ことここに来て、ようやく事の重大性を認識できたようだった。


「神人殿、よろしいか?」


「何でしょうか?」


皇帝が僕に質問してきた。その表情から何となく質問の内容は感じ取れた。


「神人殿であればヨルムンガンドに勝てるか?」


思った通りの質問だった。


「正直に言って分かりません。僕は実際に見たことも、その実力も体感したこともありませんから。バハムートは問題なく倒せますが、その2段階上の存在となると・・・」


「バ、バハムートを問題ないと・・・?」


僕の言葉に宰相が目を丸くして驚いていた。それに構わず話を続ける。


「それに、問題はヨルムンガンドの居場所とその予測です。イグドリア国に出現して以降、現在までその正確な居場所が分かっていないので、僕が見つける前に別の場所で襲撃があると、駆けつけるのに若干の遅れが生じてしまい、被害が出かねません」


「つまり、神人殿はヨルムンガンドの居場所の正確な情報と、突発的な襲撃に備えての防衛網も構築をお願いしたいということか?」


僕の言いたい事を皇帝が推察して言葉にしてくれた。


「ええ、その通りです。このあと王国へも同じことをお願いしようと考えています」


「・・・そうか」


僕の言葉に何か考えるような仕草で、皇帝は目を瞑った。そしてーーー


「神人殿、王国へ行った後に、私と一緒にイグドリア国へ移動することは出来るか?」


「へ、陛下!それは・・・」


「直接この目で見た方が早いだろう?被害の状況を見れば、その脅威も分かるというものだ」


皇帝の無茶な言葉に、宰相が反論しようと言葉を上げるが、それを皇帝は許さない。


「宰相も未だ半信半疑だろう?それに、私の性格も分かっているだろう?」


「し、しかし、陛下にもしもの事があっては・・・」


「心配要らない!私も同行しよう!」


宰相の心配な表情に、ジャンヌさんも同行すると言い出した。確かに帝国最強のジャンヌさんが身辺警護に付けば安心感はあるとは思う。ただーーー


「皇帝陛下、さすがに危険ではないですか?」


何もないように守るつもりだが、ヨルムンガンドが僕の想像を越えた力を持っていた場合は、安全が保証できない。


「神人殿、心配要らない。これでも腕に覚えはあるし、私は姪を信じている。それに国の重要な指針を決める時には、いつも自分の目で見て決めているのだ。悪いが頼む」


「神人よ、私からもお願いしたい!そのような存在がいるなら、帝国を守る者として無視は出来ん。情報を集め、どう軍を動かすかも考えねばならないのだ」


皇帝とジャンヌさんに懇願され、少し考える。


(もしヨルムンガンドが現れても、〈空間転移テレポート〉で逃げれば大丈夫か・・・)


そう考え、一緒にイグドリア国へ行くことに了承した。


「分かりました。お連れします」


「ありがとう。では、我々も王国へ同行しよう。その方が話は早いだろう?」


「よろしいのですか?」


皇帝の提案に、一応戦争中の王国に皇帝が行っていいものかと聞き直した。


「女王陛下からのヨルムンガンドの危険性が全て本当だとすれば、対策に当てられる時間はそう無いだろう。であれば、話を早く進め、被害の状況を確認出来るに越したことはない」


「皇帝陛下、ありがとうございます」


皇帝の考えに女王が謝意を示す。そして2人は立ち上がって、テーブル越しに握手を交わした。


「「よろしくお願いします!」」

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