第164話 ヨルムンガンド討伐 2

 ヨルムンガンドについて報告を行い、みんなが公国の王城へ行く準備をしている最中に、僕は孤島にいるシャーロット達を迎えに行った。シャーロットもヨルムンガンドについては知らないようだったが、ドラゴンの上級種の更に上の、超級種であるという説明をすると、ことの重大さを理解したようで慌てて身支度を整えることとなった。


アシュリーちゃんはシャーロットのその様子から、何となく大変な事が起こるのだという事を感じ取ったようで、不安げに僕の裾を掴みながら離れようとしなかった。


「お兄ちゃん・・・アシュリー達どうなっちゃうの?」


アシュリーちゃんは最近両親を亡くしているということもあって心細いのだろう、涙声になりながら僕を見上げて不安の声を口にした。そんな彼女を落ち着かせるために、彼女の目線にかがみ、優しく頭を撫でながら笑顔で答える。


「大丈夫!お兄ちゃんに任せて!こんな島も作っちゃえるんだから、ドラゴンなんて簡単に討伐できるよ!」


「ほんと・・・?」


「もちろん!だから安心してみんなと一緒に待ってるんだよ?」


「・・・お兄ちゃんは死んじゃダメなの!絶対帰ってくるの!」


アシュリーちゃんは僕に力一杯抱きつきながら、そう言ってきた。その様子に、もしかすると自分の両親の事を僕に重ねて、帰ってこないかもしれないという恐怖に囚われているのかもしれない。


「任せて!僕はこの世界で・・・二番目に強い存在なんだから!」


「・・・二番なの?」


「一番は僕の師匠かな」


「アシュリーはお兄ちゃんに一番になって欲しいの!」


アシュリーちゃんは目を輝かせながら期待の言葉を掛けてきた。


「そうだね、弟子はいずれ師匠を越えていかないとね!」


「うん!そうなの!お兄ちゃんなら絶対一番になれるの!」


「ふふっ、ありがとう」


 アシュリーちゃんを落ち着かせていると、大きな荷物を持ってきたシャーロットがやって来た。


「すみません、お待たせしました」


「そんなに待ってないから大丈夫だよ。じゃあ行こうか」


 彼女達の荷物を収納し、一端みんなのいる保養地の屋敷へと〈空間転移テレポート〉した。屋敷に戻ると、メグ達も身支度を整え終わっており、執事のセバスさんやメイドさん達も荷物を纏め終わっているようだった。シャーロット達同様にみんなの荷物を収納すると、空間魔法を見慣れないセバスさんやメイドさん達は目を点にして驚いていたが、今はそれほど時間もないので気にせず王城へと移動した。



 公国の王城はヨルムンガンドの対応について追われているのか、みんなバタバタと忙しそうにしていた。セバスさんは手近に居た執事やメイドさんと少し会話をして状況を認識したようで、一緒に連れてきたメイドさん達にテキパキと指示を出し、そのまま僕たちを部屋へと案内してくれた。


みんなの個室にそれぞれの荷物を置き、セバスさん達の荷物を最後に出すと、女王が準備すると言っていた2時間まで後20分程となっていた。その時間に僕は空間認識を使って、ヨルムンガンドの動向を探ろうとした。しかしーーー


「っ!!?空間認識に引っ掛からない?」


今の僕の実力は、集中すればこの大陸のほぼ全土を認識することが出来るようになっていた。しかし、強大な存在であるはずのヨルムンガンドが僕の認識に引っ掛からないのだ。


(・・・どう言うことだ?体調50mのドラゴンだろ?そんな分かりやすい存在なら、一度も見てなくても分かりそうなのに・・・)


理解できない状況に、ヨルムンガンドの情報を思い出しながら原因を考える。


(・・・もしかして、全ての魔法を吸収してしまうということに何かあるのか?)


ヨルムンガンドは魔法を吸収し、自身の力に変えてしまうとされている。空間魔法を使って認識しているので、その手段が使えないのではと当たりをつける。実際のところは分からないが、探知できないことを前提に、どうやって捜索するかを考えなければならない必要性が出てきてしまった。


(困ったな・・・相手の動きが分からないと、もし襲撃があったとしても直ぐに救出に向かえない・・・フェンリルを使ったとしても、大陸全土を把握するのは不可能だし、どうするべきか・・・)



 索敵をどうすべきか悩んでいる内に、女王の準備が整うはずの時間が来てしまったので、一先ず考えを保留して謁見の間に急ぐことにした。


部屋に入ると、たくさんの荷物に溢れた中で、薄い緑色のドレスに着替えた女王が宰相や大臣達に指示を出しているところだった。


「お待たせしましたダリア殿。こちらの準備は出来ています。悪いですがこの荷物も一緒に頼めますか?」


僕の姿を認めた女王が声を掛けてきた。20個ほどの鞄に目一杯詰め込まれた荷物を準々に収納していきながら、いったいこの大荷物は何なのか聞いてみた。


「これは公国の通信魔具です。遠距離であっても音声による情報伝達が可能なので、情報収集や連絡においてとても重宝するんですよ」


何のことはないというような雰囲気で女王は話すが、そんな国家機密の技術の塊をこんなに持ち出してどうするというのだろう。そんな疑問の表情を見てとったのか、女王がこの通信魔具についてどうするか教えてくれた。


「今回のヨルムンガンドの出現は一国家の存亡どころではありません。世界の滅亡が掛かる重大な状況です。ここで技術の出し惜しみをして、結果公国を含めた世界が滅んでしまっては何の意味もありません。ですので、各国に情報を共有し合うということで貸し出すことを決めました」


この短時間で、そんな重要な事柄を決めることが出来たのは、いかにヨルムンガンドという存在に脅威を感じているということの左証だろう。果たして他国も公国と同程度の危機感を抱いてくれるのか、これからの僕達の伝え方によるだろう。ただ、基本はその脅威性を知る女王が話を進めてくれると思ったのだが、ヨルムンガンド出現の伝達を僕が主体でするように申し出てきた。


「僕よりも情報を持っている陛下の方がいいのではありませんか?」


危険性をきちんと伝えられるかに不安がある僕は、女王にそう告げた。


「残念なことに、王国とは現在戦争状態にありますし、帝国としても公国の女王の言葉を素直に信じるのは難しいでしょう。真意を確かめるために裏を取ろうとするでしょうが、それでは対応が後手後手になってしまう可能性があります」


「しかし、公国の魔具を貸し出せば、さすがに信頼するのではありませんか?」


「そうかもしれませんが、この魔具が全て本物かどうかの調査で数日を要することも考えられます。そこで、神人として各国の争いを収めるために奔走しているダリア殿は、各国にとって中立的な存在と言えます。その身分を最大限利用することで、より時間を短縮して信頼してもらうしかありません!」


僕が主体となって説明する意味を伝える女王の言葉は、確かにその通りなのだろう。利害関係のある相手からの情報では、自国を陥れるための何らかの策略なのではないかと疑い、真相を確認するための時間が必要になるかもしれない。


現在の僕は、一応神人ととしてどの国にも属していない第三者という立ち位置で活動しているので、争いを止めようとしている存在が、わざわざ争いの火種になるような嘘をついても仕方ないと考えてくれるかもしれない。そういう思惑あってのことだろう。


「分かりました。微力を尽くしましょう」


「ええ、頼みます。資料や細かい情報は妾が補足しますので、心配せずとも大丈夫です。それから、これを・・・」


そう言って女王が差し出してきたのは、いつか借りたことのある本の形をした魔力探知の魔具だった。


「ありがとうございます。どうやってヨルムンガンドを探そうか考えていたところで、とても助かります」


「それは良かったです。公国としても協力は惜しみませんので、何か必要なことがあれば直ぐに言ってくださいね」


「はい!ありがとうございます!」



 そうして、王国や帝国に対してどのように情報を伝えるかの確認をした後、先ずは帝国へと向かったのだった。これは帝国の方が話が早いと思ったからだ。今でこそ王国の国王や新しい宰相との遺恨は表面的にはないが、少し前までのことを考えると、信じてもらえるまでに時間が掛かる可能性が考えられるからだ。


その点帝国であれば、ジャンヌさんを通じて皇帝に話をつけることも容易ではないかと考えられるし、一応僕とは友好関係を結んでいると皇帝自ら言ってくれているので、その言葉を信じて先に行くことにしたのだった。


「では女王陛下、これから帝国の帝城前に移動します」


「よろしく頼みます、ダリア殿」


僕は神人の仮面を被ると、魔法を発動した。


「〈空間転移テレポート〉!」

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