第九章 災厄 編

第163話 ヨルムンガンド討伐 1

 フロストル公国との会談中に駆け込んできたヨルムンガンド出現の知らせを受けて、一先ず情報収集に終始することとなった。古ぼけた書物を引っ張り出してきて、内容の確認をして、判明した特徴や能力などを書き記していく。


曰く、ヨルムンガンドとは今を遡ること、5千年前から1万年前に存在が確認されたとされる神話級の存在であること。その金色に輝く鱗はあらゆる魔法を吸収し、自身の力へと変換してしまうと言うこと。そのブレスには破滅の力が込められているらしく、どのような防御手段をもっても防ぐことができないと言われていること。また、その咆哮は眷属を呼び寄せるらしく、集団でも襲ってくるらしい。


世界を3度滅ぼしたと言う逸話の信憑性は分からないが、そう思わせるだけの力があり、後世に語り継がれたのではないかと言うことだった。さらに、知性が高く人語を解すのではないかとも言われている。


また、襲撃に遭ったというイグドリア国には既に首都を含めて壊滅的な被害が出始めているらしく、他国への救援要請のために早馬を走らせているというのだが、その知らせは未だ届いていないようだった。公国には瞬時の情報伝達手段が備わっていたために、今回これだけ早く情報が伝わってきたのだという。


 イグドリア国の隣国にあるミストリアス国については、現状を確認中であるということだが、楽観は出来ないと考えている。情報を聞けば聞くほどに危険な存在に公国の首脳陣も絶望感を隠せないほどだった。その報告を聞いている僕も、師匠の言葉が甦ってくる。


(僕に敵うのは師匠かドラゴンか・・・)


 今まで相対したドラゴンには、それほどの恐怖も感じることなく討伐することが出来た。バハムートには少し苦戦することがあったが、終わってみれば圧倒していたと思う。ただ、ドラゴンの上位種となると、今まで通りにいくのかは不安が残るところだった。


(直接自分自身で偵察しておくべきか・・・)


もたらせられる情報からそう考えて、どう動くべきか考えている僕の手を、メグがそっと握り締めてきた。


「ダリア、一応言っておきますが、早まってはいけませんよ?いくらあなたに人智を越える力があると言っても、相手は神話にまでなった存在で、世界を3度も滅ぼしたと言う逸話まであるのですから!」


「分かってるよ。でも、今の世界を滅ぼされる訳にはいかないから、その時には動かないとね」


ドラゴンの上位種であるヨルムンガンドに敵うかの確証はないが、だからといって何もせずに国や世界を好き勝手に暴れまわらせるわけにはいけない。


「それは分かりますが・・・」


メグは不安げな表情で俯いてしまった。彼女も、もしもの場合には僕が動かざるを得ないということは分かっているのだろう。


「まずは各国に情報を共有しよう。それぞれの国でも警戒体制をとった方が良いからね」


僕の力があればどの国でも一瞬で移動が可能なので、連絡にはもってこいだと言えるだろう。ただ、心配なこともあった。


「女王陛下、ヨルムンガンドの逸話は各国にもありますか?」


先程の話を聞くまで、僕の知るドラゴンの上位種は伝説の古竜、エルダードラゴンだった。ヨルムンガンドというドラゴンの上位種の事は聞いたことがなかったのだ。その為、王国や帝国がその存在や脅威を信じるかの疑問があった。


「我が公国に所蔵されている一番古い文献は、今からおよそ1万年前のものです。現存している他国の歴史は浅く、古くとも精々が2千年ほどの歴史で、王国に至っては千年程です。正直申しまして、古竜が更に進化した存在とも言われる超位種のヨルムンガンドを書物に残しているかは分かりかねます」


どうやら、ヨルムンガンドというのは、上位種の更に上の存在としているらしい。


「となると、その出現の事実と危険性を信じてくれるかが心配ですね・・・」


 神人として警告へ出向けば蔑ろにされるということはないだろうが、自分達の知識にないものの存在へどう対応してくれるか不安があった。ヨルムンガンドがどの程度の脅威か図りかねた結果、住民の避難や防衛対策などで有効な手段をとれずに甚大な被害に遭ってしまうかもしれない。下手をすれば、そのまま国が滅んでしまう可能性すらある。


各国へどう説明しようか悩んでいると、女王が口を開いた。


「ダリア殿、各国への警告は妾も同席しよう」


「よろしいのですか?」


ありがたい話だが、一国の女王が説得へ同行してくれるなんてありえないだろう。本来であればせいぜい宰相などの国の重鎮を送れば良いのではないのかと思える。何より、王国とは一応戦争状態の状況なのに、敵国にわざわざ争っている相手国のトップが行くのはどうかとも考えてしまう。


「心配はいらない。妾が直接出向けばそれだけ事の重大性を認識できるというもの。それに、貴殿なら妾の事を問題なく守ってくれるだろう?」


それは女王の言う通りなのだが、公国もヨルムンガンドの対策を整えないとならない状況下で、国の舵をる女王が不在となってしまうのもどうなのかと心配してしまう。


「ダリア、大丈夫だ。お母様も考えあっての事だろうし、公国には優秀な人材も多い。心配ない」


メグが僕の肩に手を置きながらそう言ってくれた。メグもきっと心配なのだろうが、今や公国だけでなく世界の危機と言える状況だ。その為、各国が一丸となった動きが必要となることも承知で、女王の行動に賛成しているのだろう。


「分かった。それでは準備が整い次第王国、帝国へと参りましょう」


「では、2時間で準備を整えましょう。メグ、あなたは公国へ残りなさい」


「っ!!何故ですか!?私も一緒に参ります!」


女王の言葉にメグは、理解できないといった感じで驚きの声を上げる。


「ヨルムンガンド出現は世界の危機と言えるでしょう。そんな中、女王である妾と次代の女王が同行して、両方共に万が一の事があってはなりませんし、そんな状況を作り出すような行動は愚策です」


「そ、それは・・・」


「ダリア殿の力を侮っている訳ではありませんが、相手は神話の存在。より慎重な行動が求められるのです」


「・・・」


女王の正論にメグはなにも言えなくなっていた。きっと彼女も母親である女王の事が心配なのだろう。


「大丈夫だよメグ、何があっても君のお母さんは守るから」


「ダリア・・・よろしくお願いします」


深々と僕に頭を下げてくるメグに大丈夫だよと笑顔で応える。


「感謝しますダリア殿。では、行動に先だって保養地の屋敷に滞在している方達も、全員城に連れてきてください。ヨルムンガンド相手に万全ということは言えませんが、警備体制はこちらの方がいいでしょう」


「お心遣いに感謝します!それでは2時間後に」


「ええ、お願いします」


女王にそう言うと、メグと連れだってみんながいる屋敷へと〈空間転移テレポート〉した。



 屋敷へと戻り、みんなに状況を説明して身支度の準備を整えてもらう。もちろん屋敷で仕事をしている執事やメイドさんも一緒だ。ヨルムンガンドの事を伝えた時にはみんな呆気にとられたような表情をしていたが、メグと僕で事の重大性を訴えると、驚いて何も言えなくなっていた。特にシルヴィアについては、顔面蒼白といった感じで驚いていたが、ヨルムンガンドに驚くと言うよりはもっと違った意味で顔を青くしていた。


「ダリア君はきっと、ヨルムンガンドと戦うんですよね?」


「多分そうなるかだろうね。この世の災厄とまで言われている相手に、王国や帝国の【剣聖】が敵うとは思えないし。世界を守るためには僕がやるべきだろうね」


シルヴィアの問いかけに、僕は自分の考えを告げた。


「・・・ダリア君の力があれば、ドラゴンからも安全に逃げることは出来ると思います。だから・・・逃げませんか?」


「それは、戦わずにってこと?」


「はい。世界を3度も滅ぼしたなんて、とても人が敵う相手とは思えません。もしそれでダリア君に万が一の事があったら、私・・・」


シルヴィアは涙を流しながら僕に戦って欲しくないと懇願してきた。顔を手で覆って涙を流す彼女に困りながら周りを見れば、みんなシルヴィアと同じように心配そうな眼差しで僕の事を見つめていた。みんなシルヴィアと同じ考えなのかもしれない。


「大丈夫。これまでだってドラゴンは討伐してきたし、それに世界が滅ばされちゃったら、みんなと楽しく過ごせないじゃないか!?みんなの事は必ず守るし、ついでに世界も救って楽しく過ごそう!」


みんなに心配かけまいと、ことさら明るく振る舞う。そんな僕にみんなも少し笑顔で応えてくれた。


「そうですね。ダリアならきっと今まで通り大丈夫です!」


「はい。今まで私達にとっての不可能を可能にしてきたんです。今回だって大丈夫だと私は信じます!」


「みんな、ありがとう」


みんなの言葉に、涙を流していたシルヴィアが顔を上げる。


「ゴメンねダリア君。私凄く心配で・・・でも、私も信じるね。私の知っているダリア君は、どんな状況でもみんなを救ってくれる英雄なんだから!」


 涙を流しながら必死に笑顔を浮かべるシルヴィア、僕を信じると無理矢理笑顔で答えてくれるメグとフリージア。みんなの信頼に応える為に、絶対に死ぬことは許されない。今まで以上に慎重に行動するんだと心に決めたのだった。

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