第166話 ヨルムンガンド討伐 4

 帝国で、皇帝と最高戦力である【剣聖】のジャンヌさんを伴って、王国へと場所を移した。当然帝国のように信憑性の問題で一悶着あったが、公国の女王の通信魔具の貸与と、帝国皇帝の口添えで何とか話が進んでいった。


そして、王国としてもヨルムンガンドの脅威を図る目的で、イグドリア国へ同行したいという話しになった。半ば予想の範疇だったので苦笑いをしながらも了承した。


ただ、さすがに国王がという訳にはいかないようで、王国は宰相と、戦場から戻ったばかりだという【剣聖】のアレックスさんが同行することとなった。


 聞けば、僕が王国へ話し合いに行った直後に、戦場からの一時帰還命令があったとの事で、昨日王都へ戻ったということだった。


僕が行動したことに対してお礼を言われたが、僕としてはそんなに大した事はしていないと思っているので、気にしないでと言っておいた。事実、王国へ行った時の事は、ティアとの事の方が記憶に残っているくらいだった。



 王国側の準備が整うまでに、この大陸の地図を見ながら、イグドリア国のどこに転移しようかの見当をつけていた。女王や皇帝は、まず首都に移動して、支援要請の是非などの確認と、被害状況を知りたいということだったので、一先ずはイグドリア国の首都、レイルディッシュへと行く事になった。


ただ、その時気になったのは、空間認識で確認できる人が、あまりにも少ないということだった。


(ここがイグトリアの首都で間違いないと思うんだけど・・・)


声に出さずに、その異常をいぶかしんだ。僕の空間認識がおかしいのか、それとも本当に感知した通りだというのなら、この国は・・・。



 そうこうしていると、王国の宰相とアレックスさんの準備も整ったようで、みんな一処ひとところに固まってもらった。目的地までの距離が少々遠いのと、人数が6人と多くなったので、今まで以上の集中が要求されるからだ。


「・・・では行きます。〈空間転移テレポート〉!」


 僕は若干の不安を抱きながらも、イグドリア国へ移動した。




「「「・・・・・・」」」


 誰も何も言葉を発しようとしなかった。何故なら、そこはまさに廃墟と表現すべき場所だったからだ。


周りを見渡せば建物の残骸とおぼしき家の基礎部分があるが、その上に建っていたはずの建築物の瓦礫が見当たらなかった。まさに異様な光景だった。


良く見れば巨大な都市だったのだろうと思わせる名残りがあるにも関わらず、更地のような平野が広がっている。地面もまるで命を失っているかのような黒い色をして、草木の一本も生えていなかった。


そんな光景に、僕は空間認識で感知していた通りの状況になっているのだと悟った。


「か、神人殿、ここは本当にイグドリア国の首都なのですか?」


王国の宰相、リーガースさんが青い顔をしながら聞いてきた。


「間違いないですが、この光景では信じられないのも当然でしょう。どなたかイグドリア国の首都の景色を知っている方はいませんか?」


みんなを見ながらそう問いかけると、帝国の皇帝が進み出た。


「私は以前、武者修行で訪れた事がある。ここまで変わり果てていると自信は無いが、あの丘に見える、大きな建物があったような痕跡だが、恐らくあそこには城があったはずだ」


「そ、それは本当ですか!?」


リーガースさんが皇帝の言葉に驚きつつ、その発言の真偽を尋ねる。立場から言えば、一国の王の言葉を疑うのは不敬にとられてしまうだろうが、この状況でそれを気にする者はいなかった。


「ああ。武者修行では、地図一枚で多くの国や都市を渡り歩いていた。だからこそ分かる。この地形、環境、残された景色から、ここがイグドリア国の首都、レイルディッシュで間違いない」


断言する皇帝の言葉に、女王が重々しく口を開いた。


「ということは、イグドリア国は既にヨルムンガンドによって滅ぼされたようですね・・・」


「ば、バカな・・・こんなに呆気なく・・・」


リーガースさんは皇帝と女王の言葉に所在なく立ち尽くして、その荒廃した景色を見つめるだけだった。


「こんなことが出来る存在に、人間がどうすれば・・・」


アレックスさんもリーガースさん同様に、絶望した表情でその景色を見ながらそう呟いた。


「さすがにこの景色は私も想像していなかったな。どうする神人よ?」


ジャンヌさんが近づいてきて、ヨルムンガンドの対策について意見を求めてきた。正直に言って、この光景を見て万全な対応策が思い付くわけもなく、思ったことを口にする。


「一刻も早く見つけて討伐するしかない、としか言えないね・・・。この様子だと、ヨルムンガンド相手に籠城戦は意味無いようだし、姿を認めたら遠くに避難するように周知徹底するしかないね」


「私も君と共に戦いたいと思っている。ただ、共に戦うことが君の邪魔になるようなことにはなりたくない。もしヨルムンガンドと相対した時、私は邪魔か?」


ジャンヌさんの申し訳ない表情に、自分と僕の実力の差を鑑みての発言なんだろう。面と向かって邪魔と言うのも憚れるが、実際問題としてこの光景を見れば、誰かを庇いながらの戦闘はとても出来そうになかった。


「ありがとうジャンヌさん。あなたの想いだけは受けとります。でも、恐らく僕単独の方が身動きがとりやすいし、集中出来るでしょうから、ジャンヌさんは人々の避難誘導にその力を使ってください」


「そうか・・・そうだな。私は私の出来ることをするとしよう。神人・・・いや、ダリア」


彼女はまっすぐ僕を見つめながら名前を呟くと、ゆっくりと近寄り、力強く僕を抱き締めてきた。


「ジャンヌさん?」


「ダリア、絶対に死ぬなよ!もし私を置いて死ぬようなことがあれば、決して許さないぞ!分かったな!」


彼女は僕の耳元に囁きかけるように死ぬなと言ってきた。彼女とは身長差があって、抱き締められると僕の頭は彼女の胸の辺りにあり、表情を見ることは叶わない。ただ、その悲痛な声音から、彼女が切にそう願っているのだろうということは分かった。


「大丈夫だよ。きっと生きて戻ってくるよ」


「バカッ!きっと、ではない!絶対だ!」


「ああ、そうだね。絶対戻ってくるよ」


「・・・待ってるぞ」


 しばらく彼女は僕を離してくれはしなかった。ただ、彼女に抱き締められていると、包み込まれるような安心感もあって、周りの目も気にせずその身を彼女に任せていた。



 イグドリア国の状況を確認した後、同じように隣国のミストリアス国へも向かったのだったが、結果は同じだった。一応どちらの国も空間認識で感知できる生存者については、可能な限り救出をしたのだが、みんな一様に顔を真っ青にして、誰も言葉を発しようとはしなかった。


よほどの絶望をその目に見たのかもしれないが、こう何も話してくれないと情報が聞けなくて困ってしまった。救出した人のほとんどが、平民というのも関係しているのかもしれない。戦うことを生業なりわいとするような格好の人は一人もおらず、農民や商人といった服装の人ばかりだった。


 とりあえず救出した人達は帝国と王国に別けて難民として対応するとの事だが、彼らはその対応に何の意思表示もしなかった。いや、出来なかったのかもしれない。


そんな状況を見て、事の重大性を改めて認識した皇帝やリーガースさん達は、危機感を募らせ、先程の会談の時以上に協力的な姿勢を見せてくれた。それは、この危機的状況下にあって各国が協調して事に当たらなければならないという共通認識が芽生えた瞬間だった。



「一番の問題は、ヨルムンガンドが今どこにいるか、ということだな」


一旦王国の会議室に引き返して、女王と皇帝がリーガースさんと共に国王に事の次第を報告している間に、僕とアレックスさん、ジャンヌさんで対ヨルムンガンドの討伐について話している。その中で、アレックスさんはヨルムンガンドの居場所を心配しているようだった。


「そうだな。場所の特定を早急にしなければ、捜索している内に自分の国を滅ぼさねかねない。かといって迎え撃とうとしても、あれは無理だな・・・」


「ああ、防御壁ごと消し炭になるだろうな・・・」


「・・・では?」


「俺は騎士団を率いて住民を街から分散避難させるべきだと進言するつもりだ。あんたはどうする?」


アレックスさんは自分の考えを伝え、ジャンヌさんの行動方針も確認する。


「そうだな・・・私も軍を使って住民を避難させよう。ただ、私は単独でヨルムンガンドの捜索に当たるつもりだ。一人なら身動きも軽いし、最悪遭遇しても逃げられる可能性がある」


「・・・はぁ、それもそうだな。よしっ!俺も単独で捜索しよう。公国の通信魔具を使えば連絡は一瞬らしいからな。もしもの時は俺が死ぬ前に、頼むぜダリア!」


アレックスさんはそう言って、僕を見ながら笑顔で拳を突き出してきた。この状況に至って、僕は仮面を着けるのを止めていた。どうせ正体はバレているのだろうということと、各国が協力して事に当たろうとしている状況なのに、一人顔を隠しているのもどうかと考えたからだ。


 最初、僕の顔を見たアレックスさんはとても驚いていたようだが、僕の性別を確認すると、ホッと胸を撫で下ろしていた。そこにはきっと彼のプライドのようなものがあったのだろう。


突き出す彼の拳に僕も拳を合わせてそれに応えた。


「すぐに駆けつけますから、安心してください」


僕とアレックスさんの様子に、不満げな雰囲気を発しているジャンヌさんが僕にグイっと近づいてきた。


「ダリア、私ももしもの時は・・・その・・・守って欲しいのだが?」


もじもじとしながら僕にそう言うジャンヌさんは、何故か僕の目を見てくれない。とはいえ、彼女も守るのは当たり前だ。


「もちろん!ジャンヌさんは僕が必ず守りますよ!」


「っ!!////////・・・そ、そうか。ありがとう!」


ジャンヌさんは少し顔を赤らめながらも笑顔だった。その様子にアレックスさんは声を押さえながら笑っていた。


「ククク・・・」


「!!何が可笑しい!?」


アレックスさんの笑い声に敏感に反応したジャンヌさんが、不快げに眉を潜めた。


「いや、帝国の【剣聖】が、そんなに恋に夢見る乙女だったとは知らなかったよ」


「べ、別に私は恋に夢など見ていない!」


「はは、悪かったよ」


 そっぽを向く彼女に、アレックスさんは一応謝っていた。そして、国王への報告と話し合いが済んだということで、僕達は会議室へと呼ばれたのだった。

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