第9話 サバイバル生活 4

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 その子が私達に『下がっていて』と言ってから状況はあっという間に動いた。正直私にはあの子がどんな動きをしたのかさえ目で追えなかった。気付くとオーガが倒れ込んでおり、その胸にあの子の腕がめり込んでいたのだ。ただオーガは最後の一撃とばかりに左腕を振り下ろしてきていた。危ない!と叫ぼうとした時にはもうそこにあの子はおらず、オーガは腕を振り下ろした姿勢から崩れ落ちていた。あの子はどこに行ったのかと周りを見渡すと、離れた場所で手に持っていた何かを地面に落としていた。


 しばらく呆然と何が起こったか理解できずにいたが、その子が騎士団長の容態を心配するように声を掛けているのを見てハッと我に返った。騎士団長はダメージが大きかったのか未だに座り込んでいることにようやく気付いて、慌てて近寄っていくと、あの子と騎士団長のやり取りが聞こえてきた。


「・・・ありがとう、助かった」


「いえ、大したことは・・・それより光魔法は使えますか?」


「私は魔法の才能がなくてな。ひ・・・魔法師の彼女なら使えるが、第二位階までで、この傷の完治までは無理だろう」


「あの勢いなら肋骨ろっこつが3本ぐらいは折れちゃってそうですもんね。折れた骨が内臓に刺さっていませんか?」


「今は大丈夫だが、下手に動けばそうなりそうだな」


「やっぱり骨がズレちゃってますね。とりあえずそのまま安静にしていて下さい。あの魔法師の人の意見も聞いてみます」


あの状況を見ただけで騎士団長の正確な容態を察しているのか、光魔法が得意な治療師のように質問していた。そして私を手招きしながら話し掛けてきた。



 体格の良い騎士の容態を確認していると、近付いてきていた魔法師に彼の治療について質問しようとした。その魔法師は肩まで掛かる緑色の髪で金色の瞳が特徴的な女の子だった。整った顔立ちで美少女と言って差し支えなかったが、髪の隙間から覗くその耳が種族を主張していた。それは師匠から人間とはあまり仲が良くないと教えられていたエルフだった。


「・・・ねぇ君っ、第二位階の光魔法が使えるらしいけど、肋骨3本折れて内臓に刺さりかかっている状態の彼をどこまで治療できる?」


「え、あ、その、私では治すことは難しいです。痛みを和らげながら帰還して治療師からの治療を受けないと・・・」


「・・・では僕が骨を正しい位置に治します。そうすれば多少の動きや衝撃でも大丈夫でしょう。後はなるべく早く治療してください」


「えっ、あなたまだ子供でしょう?そんなこと・・・」


「まぁ師匠から散々骨を折られて治してきましたから。知ってますか?綺麗に折れた骨が治ると、折れる前よりも強い骨になるそうですよ」


そんな軽口を叩きながら騎士の鎧を取り外し、ズレていた骨を正しい位置に治す。その瞬間騎士の彼から短いうめき声が聞こえたが、あと2本治さないといけないので、かまわず一気にやってしまう。


「よし、取り敢えずはこれで光魔法を掛ければ第二位階でも少しはましでしょう」


「ぐっ、あ、ありがとう。私はカインと言う。君は一体?」


「鍛練のために師匠からこの森でサバイバルするよう指示されているただの子供ですよ。ところであなた達はエルフの様ですが、ここは公国との国境付近とは言ってもれっきとした王国の領土ですよ?」


負傷した彼と魔法師の女の子を交互に見ながら疑問を口にした。女の子の方は焦ったように目が泳いでいた。そんな様子に負傷した彼が事情を説明してくれた。


「すまない、我らはオーガの上位種から採取できる角を求めてこの森へと探索に来たのだ。外交ルートで王国に許可を求めたのだが、良い返事が貰えず時間だけが過ぎてしまい状況が切迫したため、越境えっきょうしてしまったのだ」


「なるほど、それでオーガ・ジェネラルの討伐にも関わらずあれだけの少数で挑まないといけなかった訳ですね」


 師匠からの受け売りだが、本来魔獣の上位種の討伐は複数で行うのが一般的だ。しかも相手が通常種で中位魔獣のオーガの上位種であれば、上位魔獣と同等と言えるので、10人から15人での討伐が安全圏らしい。それを彼らは不法入国をするため見つからないように少人数で挑む必要があったのだろう。結果、安全圏の半数以下で討伐に挑んだので、この結果は当然だった。


「そうだ。君はまだ幼いのにたいした理解力だな!人族とは思えないよ!」


「どうも。では帰りを急いだ方が良いようですね。エリクサーには魔石も必要と聞きますが手持ちはあるのですか?」


「っ!?あなた何故エリクサーの事をっ!?」


僕の言葉に魔法師の女の子が驚いた顔をして警戒感をにじませる。


「いや、不法入国してまでオーガの上位種の角を求めるなら、答えは一つしかないでしょう。大切な誰かが重い病に倒れたのではないのですか?」


魔法も万能ではない。光魔法の回復では怪我は治せても、病気は治せない。だからこそ薬やエリクサーが必要なのだ。では、オーガの上位種と召還契約をしておけば言いというと、そうでもない。まず単独でオーガの上位種を倒せるだけの実力があるかの問題があるし、召還したオーガの上位種は魔石がなかったり、素材とする角も野生の物と比べると効果が落ちると師匠から言われたことがある。


「あなた一体・・・まだ10歳位よね?もしかして、あなたハーフエルフで本当はもっと上の年齢なの?」


「えっ、れっきとした人間なんですけど。まぁ色々教えてくれた師匠が規格外なだけですよ!それに僕は13歳です」


「ほぅ、僅か13歳にしてあそこまでの武術を会得しているとは・・・末恐ろしいな。そうだ、エリクサーの事だったな。魔石は既に準備出来ているから後はあのオーガの角だけなのだが・・・」


そう言いながらカインと名乗った彼は僕を申し訳なさそうに見ながら言葉を続ける。


「今回オーガを討伐したのは君だ・・・えっと、君の名前は?」


「ダリア」


「そうかダリア、このオーガの素材の所有権は討伐した君にあるが、もし君がこのオーガの角を譲ってくれるなら相応の対価を渡そう」


カインが取引を持ち掛けてきたが、現状オーガの素材で欲しいものは魔石くらいなので別に構わなかった。とは言えこのサバイバル生活で必要なものもあるのでそれを要求することにした。


「じゃあ、服と香辛料や調味料があれば頂けますか?」


「・・・そ、そんなもので良いのか?田舎で小さな家なら一軒建つ価値はあるのだぞ!」


カインに光魔法を施している魔法師の女の子が驚いたように聞き直してきた。


「この森でお金なんて使えませんよ。それより生活に必要なものの方が有意義でしょ?」


「そ、それはそうだが、本当に良いのか?なんなら我が国へ国賓として招いてもーーー」


女の子の言葉を遮ってカインが身を乗り出してきた。


「失礼!ではダリアには服と調味料を渡そう。それで、君が考えているように我々には時間が無い。すまないが急いでも良いかね?」


「そうですね、僕は構いませんよ」


「おいっ、カイン!失礼だぞ!我らは誇り高きエルフ!恩はきちんと返さねば!」


「ひ・・・我らは極秘に越境しております。あの方の容態も気になりますので急がねば!」


カインは女の子に目配せするように、所々要点をぼかしながら話しかけているようだった。それに気付いたのか女の子もハッとしたようにうつむいてしまった。


「では急ぎましょうか!」


 それからカインは他の騎士達に指示を出してオーガの角を素早く剥ぎ取り、服や調味料を拠点に取りに行かせた。調味料は十分な量を貰い、服については僕には大きいものばかりで、折り畳むなりして着るしかなさそうだ。


「すまんな、服は我々の替えぐらいしかないのだ」


「いえ、十分です」


「ではこれで取引成立だ!」


「はい!ありがとうございました」


「礼を言うのはこちらだ、本当に助かった!ありがとう!」


「私からもお礼を。いつかまた会うことがあれば改めて受けた恩は返そう!本当にありがとう!」


「いえ、薬を必要としている方に急いで持って行って下さい。ではまたいつか!」


そう言って彼らを見送りながらふと気付く。


(そう言えばあの騎士以外は名前も聞いてないや・・・別にいっか!どうせ社交辞令でもう会うこともないだろう)



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「カイン、さっきはごめんなさい。私が軽率だった」


「いえ姫様、頭をお上げください。イレギュラーな事態のため仕方ありません。ただ、どこの誰とも知れない者に正体を知られるわけにはまいりませんでしたので」


安静のため馬車で横になっているカインに姫様と呼ばれた女の子が詫びていた。


「それにしても人族というのは子供の頃からあのような力を持っているものなの?」


詳細は分からなかったが、圧倒的な武力でもってオーガ・ジェネラルを討伐したあの少年、ダリアについて思い出していた。


「いえ姫様、あの少年は異常です。人族は通常あの年齢であれば才能があってもゴブリンを倒すのが精々です。それがたった一人でオーガ・ジェネラルを討伐・・・あんなのは人族の例外です」


「そう、私の年齢を人族に換算すれば同じくらいだったから・・・公国の天才と言われた私よりも圧倒的な力を持つあの子・・・取り込もうと考えるのは危険だった?」


私がダリアを国賓として招こうとしていたのは、あの子の力がいずれ公国へ向くのを危険視した為、まだ幼い内にその力ごと取り込んでしまおうと考えたからだった。


「それにはまずあの少年の背後を洗うべきです。少年の言っていた師匠なる人物・・・少年以上の力の持ち主だとすればより慎重に動くべきでしょう」


「・・・そうね、私が早計だったわ。とにかく今はお母様へ薬を届けるのが最優先ね。急ぎましょう!」


馬車のスピードは少し上がり、公国の国境へと急いでいた。あのダリアと言う少年が将来より力を付けているのだとすれば・・・私はいずれ再会するだろう少年の事を考えながら馬車の窓から見える風景を見つめていた。


「負けられない、誇り高いエルフの王族として同年の人族に後れを取るわけにはいかないわ!」

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