第10話 サバイバル生活 5

 エルフ一行との出会いから月日は流れ、今日で師匠と約束した1年が経過する。いつものように朝食を済ませて外に出ると、いつからいたのかそこには師匠が腕を組んで待っていた。


「少しは成長したようだな」


1年振りに再開した師匠の第一声だった。正直師匠から見れば僕なんてまだまだ足元にも及ばないけど、褒められることは中々無いので素直に喜んだ。


「ありがとうございます!師匠の教えのお陰でサバイバル生活も生き残れました!」


「そうか・・・では最後の鍛練だ!私に認めさせてみせろ!」


 そう言うと師匠は右手を前に出し手の平を上に向けて手招きしてきた。いきなりの言葉に多少の驚きはあったが、師匠の言動なんて今更だ。それより師匠相手にどこまでできるか・・・下手な小細工は効かないだろう、正面から持てる力の全てをぶつけてやる。


「・・・分かりました!行きます師匠!!」


 悠然とたたずむ師匠は力みもなく自然な姿勢で、とても僕を迎撃するようには見えない。それほどまでに力の差は歴然という事だろう。最大速度、最高の技をぶつける。


(移動速度・反射速度最大!)


僕が出せる最大の速度で師匠に接近し、教え込まれ、磨いてきた〈浸透打しんとうだ〉を右拳で放つ。しかし師匠は冷静にその拳を外側に払いのけ僕の態勢を崩そうとしてくる。そこに師匠から死角になる様にしていた左手に複合魔法〈聖剣グラン〉を瞬時に展開し、払いのけられた勢いをも利用して突き込む。


(師匠は僕の拳を右手で払いのけて右側に隙がある。ここだ!)


その瞬間師匠の口元がニヤリとしたように見えた次の瞬間には僕の左腕は師匠の右脚に蹴り上げられていた。そして蹴り上げた右脚がそのまま僕に襲い掛かって来た。


(やばい!)


態勢が崩れているので不格好に転がる様にその攻撃を避けて、即座に顔を上げ師匠を見やるとそこに姿はなかった。


「あいたっ!」


「ゴンっ」と頭部を叩かれて後ろを見ると手刀を振り下ろしていた師匠だった。まったく動きが分からなかったどころか、後ろに回れた気配すら感じ取れなかった。僕も森の中で1年暮らし、生き物の気配には敏感になって来たかと思っていたのに叩かれるその時まで全く感じ取れなかったのだ。不甲斐ない姿を師匠に見せてしまったことに僕は肩を下ろした。すると師匠はしゃがみ込んで僕の肩に手を乗せて目を見ながら言ってきた。


「合格だ!もうダリアに敵う存在は私とドラゴン位だ。その力よく考えて使うのだぞ」


「え、で、でも師匠に全く歯が立たなかったのに・・・」


「おいおい、私に勝つつもりでいたのか?お前はまだ14歳だぞ。そう簡単に師匠を抜かされては困ってしまうな」


一緒に住んでいた頃には見たことがないような師匠の笑顔に驚いてその顔を凝視してしまった。


「・・・なんだその顔は?」


「い、いや、一緒に住んでいた時には全てに興味が無いような表情してたのに・・・師匠もそんな顔するんですね」


「酷い言いようだが・・・よく見ていたのだな。だが今はお前が私の元まで登ってくるかもしれない楽しみが出来たからな。今のところ【速度】は30倍程か・・・。今後も鍛錬は怠るなよ!」


「はい師匠!ありがとうございます!」


「良い返事だ。ではこれからは一人で生きていけるな?」


「えっ、一人でですか?森の中でずっと・・・?」


「そんなわけ無いわ!もう十分力も知識もあるはずだ、世界を見て見聞を広げると良い。ダリア、お前の目的の為にもな」


師匠は真剣な眼差しで僕を見つめて一人立ちを促してきた。ここ1年は生きることに、生活することに精一杯で少しだけ自分の目的のことを忘れていたようだった。


「師匠・・・」


「ダリア、お前は死にたいか?生きたいか?」


最初に師匠と会ったときの始めての質問をもう一度投げ掛けてきた。


「生きたいです!生きて復讐してやる!」


「お前の復讐とは殺すことか?見返すことか?」


「今はまだ何とも・・・師匠が言う見聞を広めれば何か見えてくるかもしれません」


「ふ、良い表情になってきたな。この1年でいくらか稀少な素材も手に入れただろう。出してみろ、餞別に装備を整えてやる」


 師匠に言われこの1年の成果を次々と並べていく。その中でも一番苦労したのはオーガ・キングの素材だろう。つい一ヶ月程前に討伐した魔獣で、以前倒したジェネラルよりも更に2段階は上の存在でなかなか手強く、いかに素材を傷付けずに倒すか苦労したものだ。


「ほぅ、この森で討伐できる最上のものだな。ではこのオーガ・キングの角と魔石、表皮で作ってやろう」


「えっ、師匠ってそんなことまで出来るんですか?」


「こんな人気の無い山奥に住んでるんだ、時間だけはあったからな。さぁ、明日には完成させてやるからお前は明日からの準備をしておけ」


「そう言われてもまだどこに行くかは・・・」


いきなり見聞を広めてこいと言われても特に当てなど無かったので、どうしたものか迷っていると。


「なら王国の王都へ行ってみると良い。どうせ15歳には王都にある学園に行かねばならんからな。それまで1年冒険者として身を立ててみろ」


「冒険者ですか・・・前に学んだ話だと、今とやることは変わらない気がしますね」


師匠の話から冒険者とは協会が仲介者となって様々な依頼をこなし金銭を得ることが出来る場所だ。簡単な物ではお使いや薬草採取に始まり、護衛や魔獣の討伐などもある。


「だがそこは多くの人々が生活している場所だ。今までと違って人付き合いもあるしルールもある。特にダリアは子供だと見下される事もあるだろう。その時になんでも暴力で解決することの無いようにな!」


人付き合いについてはキチンと出来ているとは良い難い。何せ実家では引きこもり、ここでは師匠と2人だけ・・・そう考えると急に不安になってくるものがある。


「ど、どうするのが一番良いですか?」


「それはな、自分の力量を知らしめることだ」


「・・・それって暴力で解決してません?」


「最初だけだ、最初だけ!そうでもせんと格下のバカ共は分からんからなぁ」


「はぁ・・・」


「ではまた明日な!しっかり準備しておけよ!」


そう言って師匠は素材を持ち、姿を消してしまった。


「王都か・・・どんな生活が待っているんだろう」


期待と不安が入り交じったその日の夜は中々寝付くことが出来なかった。



翌日ーーー


「ほれ、出来たぞ」


 またいつのまにか来ていた師匠が、作ってくれた装備を並べて見せてくれた。そこには銀色のコートと剣、服一式と靴、更に地図が置かれていた。装備はどれも僕の銀色の髪色を基調とした様なデザインをしており、師匠が僕の為に作ってくれたんだろうと思い計ることが出来た事が嬉しかった。そしてそのどれからも魔力を感じる事が出来る。


「これって全部魔法の装備ですか?」


「そうだ、魔法の装備は装備者の体格に合わせて自動的に大きさを変える。お前が成長しても使える様にしておいた」


「ありがとうございます!」


「それからせっかくの新しい装備だ、その伸びっぱなしの髪も切って新しい門出としてやろう」


手の平を僕に向けた師匠から風がなびいて来ると、腰の辺りまで伸びてまとめていた髪が精密な風魔法の制御によって短髪に切り揃えられていった。


「サッパリしました。ありがとうございます!」


さっそく服を着替えてコートや剣も装備してみる。その時に気付いたのだが、どの装備にも端の方に何かのマークがデザインされていた。


(なんだろう、黒塗りの円形の中に赤い逆十字架・・・師匠なりのデザインなのかな・・・)


その時はそのマークの事など深く考えずにただ僕専用の装備を作ってくれたことに喜んでいた。


「どうですか師匠?」


「うむ、良いな。そうだダリア、王都内では剣の帯剣が制限されている。冒険者であれば金ランク以上でないと認められていないはずだ。王都に入る際には収納しておけよ」


剣を鞘から抜いて見ていると、師匠が王都での注意事項を説明してくれた。


「はい!分かりました!」


「ちなみにその剣は少し特殊な魔剣でな、魔法を吸収し、切れ味に変換する。だからなんの魔法も吸収してない状態だとその様に刃引きした剣の状態になっている。だから他人から見られても訓練用の鉄剣としか見られないだろう」


「なるほど!ありがとうございます!」


「まだその剣にめいは無い。せっかくだからお前が付けてやれ」


「名前か・・・じゃあ・・・銀翼ぎんよく羽々斬はばきりにします!」


刀身の見た目とその特性から何となく浮かんだ名前を口に出していた。


「ふっ、良い銘を考えたな。ではもう一つこれをやろう」


そう言って師匠はふところから封筒の様な物を取り出し渡してくれた。


「師匠これは?」


「お前のこれからの選択肢を決める為に役に立つかもしれんものだ。王都についたら見てみると良い」


渡された封筒に目を落としてみると、その封蝋ふうろうにはあのマークがされていた。


(師匠の使っている紋章なのかな?)


「師匠、今まで生きる術を教えて頂きありがとうございます!またいつかお会いしましょう!」


「まぁ私はいつでもここにいるからな。お前の選択を見せて貰おう!おっと、忘れるところだった、これをーーー」


すると師匠は個人認証板パーソナルプレートを差し出してきた。


「これは・・・僕の個人認証版パーソナルプレート、どうして師匠がこれを?捨てられたはずなのに・・・」


僕が森へ捨てられる際に両親に個人認証版も捨てられていたはずだった。


「あの庭師のジジイが拾って私に預けたものだ。これは身分証でもあるからな、街へ入る際には提示を求められる。無くすなよ」


「はい、ありがとうございます!」


久しぶりに見たプレートには僕の名前にフリューゲンの家名は無く、ダリアとだけ表示されていた。


「ついでだ、お前に家名をやろう。今後名乗る時にはダリア・タンジーと名乗ると良い」


師匠からそう言われると、プレートに家名が浮かび上がって来た。


「ありがとうございます!行ってきます!」


師匠から貰った装備一式を身に纏い、新たな場所での生活への期待に胸を膨らませて、師匠に手を振りながら新天地を目指し歩き始めた。

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