第112話 オーガンド王国脱出 7

 バルコニーからこちらを睥睨へいげいする王から発せられた言葉を理解するのに、少し時間が掛かってしまった。


「えっ?僕がフリージア様を!?」


その内容のあまりの衝撃に、自分の一人称や敬語も忘れて、素で返してしまった。


「貴様!陛下に対して無礼であるぞ!!」


その事に、宰相が顔を赤くして怒声を浴びせてきた。


「よい、彼も驚いておるのだろう。その者と罪人は多少交流があったと聞く。驚くのも無理はない」


「何と寛大な!貴様!陛下のご配慮に感謝するのだぞ!」


 こちらをそっちのけに、何やら勝手なことを言っている。僕としては、ただただ混乱するばかりだ。


(貴族っていうのは、処刑の執行までするのか?それとも、騎士爵だからなのか?)


 彼女をその手で処刑する気は無いが、何故この状況になっているのかと考えを巡らせていると、更に宰相が演技臭い物言いで王に提案をしていた。


「恐れながら陛下、一つお伝えしたい事がございます」


「ほぅ、何だ?話してみよ」


「はっ!実は教会派閥に我が王派閥の情報を流していた間者を捕らえてございます」


「それは重畳ちょうじょう。ならばちょうど良い、その間者とやらも彼に処分してもらおうではないか」


「はっ!それがよろしいかと。おいっ!連れてまいれ!」


 王と宰相の間でどんどん話が進み、いつの間にかフリージア様だけでなく、スパイまで僕に処刑させようと物事が進んでいる。


「う~!う~!」


 騎士に引きずられるように連れてこられたのは、口枷と手枷を嵌められた金髪の女の子で、その身体は満身創痍のぼろぼろだった。


(拷問されたのか・・・。んっ?この人どこかで・・・あっ!決勝トーナメントで戦った人だ!)


あまりの変わり果てた風貌に気付けなかったが、よくよく見ると上級貴族のシャーロット様だった。


「ダリア・タンジーよ、この2人の処刑でもって騎士爵から男爵への陞爵と認めよう」


 玉座に戻った王が、まるでお手並み拝見とばかりの表情でこちらを見下ろし、陞爵の条件を伝えてきた。どうやら始めからこうなるように仕組まれていたようだ。


すると、僕の傍らに控えていたメイドさんが僕に話し掛けてきた。


「ダリア様、武器はいかが致しましょう?」


手ぶらで来ているので、2人を処刑するための武器をどうするか聞いてきたようだ。それは、さも僕が彼女達を手に掛けるのが当然とでも言うように。


「いえ、何も要らないですよ」


「そうですか。では罪人の元へ移動してください」


メイドさんに急かされるように2人の元へと移動させられた。



 2人共既に臣下の礼ではなく、両膝を着かされて僕を見上げていた。


「2人共大丈夫ですか?」


「ダリア様、あまり罪人に対して親しげに話すものではありません」


気軽に話し掛けた僕に、メイドさんは目を吊り上げながら苦言を言ってきた。それに対して僕は苦笑いを浮かべた。


「ダリア君、巻き込んでしまってすみません。これは恐らく陛下のあなたに対する踏み絵でしょう」


「踏み絵ですか?」


「友人でもある私達を処刑することで、あなたの陛下に対する忠誠心を見るのです。この命令に逆らえばおそらく・・・」


 暗い表情になりながら、言葉を濁す彼女を見つつ空間認識で辺りを探ると、この中庭を取り囲むようにバルコニーや物陰から、こちらを窺う人達が居た。その自然なまでの気配の殺し方から、この国でも最高峰の手練れなのだろうと想像がつく。


(なるほど、つまり命令に従えば良し、拒否すれば邪魔になるとして始末する訳か・・・)


 彼女の濁した言葉の先を理解し、頭を抱えたくなる。そこに、更に宰相から言葉が掛かる。


「言い忘れていたが、ダリア・タンジー、君には先の王城にいらしていた要人の誘拐容疑が掛けられていてね・・・是非とも我々に君を信用させて欲しいのだ」


 証拠や目撃者など居ないハズなのだが、何を根拠にして疑われているのだろう。疑問に思いながら、少し悩む素振りを見せると、玉座に座る王が重々しく口を開く。


「簡単な話だ、その罪人を処刑して私に忠誠を誓えば良い。そして、要人の身柄を引き渡せば、お前の栄達は約束される。しかし、拒否するならばそんな家臣は要らぬからな、潔く腹を切って自害せよ!これは準貴族であるお前に対する勅命である!」


 僕を見下し無茶苦茶な要求を突き立ててくる王は、さもそうするのが当然と言った様子だった。この様に忠誠心を試すようなことは頻繁にしているのだろう。


「ダリア君!迷う必要はありません。あなたは自分の事を第一に考えなさい。私を殺さなければあなたも殺される。おそらくこの周りには王国のダイヤランク冒険者が囲んでいるはず。あなたまで一緒に死ぬことはありません!」


 自分の事など省みずに言うフリージア様は、まさに聖女と呼ばれるに相応しい人物なのだと改めて実感した。この状況で自分を殺せなど、よほどの覚悟を決めた人でなければ言えないだろう。


 彼女の隣に居るシャーロット様は口枷をされていて何を言っているのかは分からないが、涙を流しながら唸っているので、もしかしたら命乞いをしているのかもしれない。


 彼女については特に悪感情があるわけでもない。学園に初めて行く際に、下級貴族街への通行門で見せた平民を虐げる貴族をたしなめた姿や、トーナメントの際に平民である僕に優しく接してくれてもいた。今考えれば、なるほど彼女は教会派閥のような言動をしていた。


「さぁ、ダリア君!あなたは生きなさい!私は自分の信じる正義で命を落とす事に何の悔いもありません!」


 

 叫び掛ける彼女の言葉に、加速した思考の中で自問自答する。


(僕のやりたいことは何だろう?不自由のない暮らしに、名声を得た生活なのか?王に逆らい、国に追われる生活なのか?)


 父さんは僕に、生きていくのに不自由しない暮らしを残してあげたいと考えていたようだった。国から隠れる事もなく、富と名声を得た生活を。それはそんなに素晴らしいことなのか。お金と権力だけでは得られないものもあるのではないだろうか。そちらの方が僕にとって、かけがえのないものではないだろうかと思った。


(用意してくれた父さんには悪いけど、自分で手に入れたものの方が、僕にとっては大切なんだ!)


 僕にとって、捨てられてから自分で手に入れたかけがえのないものは、『友人』だ。不自由無い暮らしよりも、友人と楽しく暮らす方が良いに決まっている。そして、この状況でその選択をすると言うことは、王国と敵対して国を出ていかなければならないだろう。


(そうなると、2人とメグを連れて国を出た方が良いのか?いや、2人は教会派閥に預けた方がいいか。メグとあのメイドさんだけなら移動に大きな支障もないだろう)


 【才能】で加速した思考速度で、一瞬のうちにそこまで考えをまとめると、僕は不敵な笑みを浮かべた。そんな僕の表情を見たフリージア様が、疑問に問いかける。


「どうしたのですかダリア君?」


「いえ、今まで将来どうしようかなと考えていたんですが、今この瞬間にあっさりと決められたので、ちょっとそれまでの悩みが可笑しくて」


 こんな緊迫している状況で何を言っているんだという表情で、フリージア様とシャーロット様に唖然と見つめられてしまった。


「さぁ、帰りましょうか!〈完全回復フル・キュア〉!」


 ぼろぼろになっているシャーロット様を癒し、収納から銀翼の羽々斬はばきりを取り出して、彼女達の手枷を細切れにした。


「ほう、貴様この国に仇なすと言うのか。では仕方ない、貴様もろとも罪人としてこの場で処刑してくれる!やれっ!!」


まるで僕がそう行動することが分かっていたかの様に、宰相はさして驚きもせずこの中庭を取り囲んでいる者達に指示を出した。直後ーーー


「〈熱線ヒート・レイ〉!」


「〈地獄の業火インフェルノ〉」


 待ってましたと言わんばかりに、第四・第五位階火魔法が飛んできた。圧縮して威力を高めているようで、線状に伸びる炎の槍の様な魔法が僕とフリージア様を射線上に捉えている。更に〈地獄の業火インフェルノ〉は、その名に相応しい威力で、黒々とした炎が壁の様に迫ってきていた。


 当然、苦もなく手に持っている銀翼の羽々斬で魔法を吸収すると、周りから若干の動揺が伝わってくる。


(手練れはざっと10人か・・・少ないな)


「どうぞ、一斉に攻撃してきて下さい!時間がもったいないので」


 姿を見せてきた冒険者や騎士達を見渡し、最後に宰相と目を合わせると、僕は不敵に言い放った。


「く、何をしておる!さっさと片付けろ!お前達はダイヤランクだろう!こんな子供に良いようにされるのは許さんぞ!」


その宰相の言葉と共に、周りから一斉に殺気を向けられるが、したる脅威でも無かった。


「ちょうど良い、僕が全力を出したらどうなるのか、あなた達で試させてもらいます!」


 そして、勝敗は一瞬、瞬きする内に決着は着くのだった。

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