第25話 冒険者生活 15

 地下牢を出てから通りではなく屋根伝いに移動し数秒で内壁まで来ると、魔力感知されないようにゆっくりと緻密に制御した風魔法で浮かび上がって壁を越える。警報が鳴っていないことを確認しつつそのまま男爵の屋敷に向かうと、男爵の屋敷を囲う様に監視している者が複数屋根の上や、物陰に居るのが気配で感じ取れた。


(既に視線を僕に向けないように監視していることは分かっている。なら視線ではなく気配をさぐれば素人と訓練された者との違いも分かる)


特に訓練された者は自分の気配を消そうとするので、薄い気配に周りとの違和感が際立っている。


(7人が取り囲むように男爵邸を監視している・・・僕が来ることを見越して確実な証言を得るために衛兵に見張らせているとも考えられる。たしかあの執事は『どうやってか分からないが』と言っていた。僕が侵入してエリーさんを救出したと推測しているが方法が分からないから、僕を追いつめて同じ方法で来させた時に何らかの手段を用いて僕の姿を晒し、監視者に見せればいいという訳か?)


わざわざあの執事が臭い地下牢まで来て僕にいろいろと聞かせて行動させたという事なら、いくら影響力のある貴族で金を掴ませているとはいえ全く証拠が無いことや、証言が男爵側からしかないという事は、それだけで処刑は出来ないということかもしれない。ただ、処刑は出来なくてもあんな境遇に追い込めるくらいには力はあるのだろう、そう考えればやはりこの国の貴族達は腐っていそうだ。


(さて、どうするか・・・何もしなくても処刑はされなさそうなんだけど、そうなると僕の周りの人に迷惑かけてきそうだし・・・やっぱり消えてもらおうかな)


 僕の置かれている状況が何となく見えてきた所でいろいろ検討したが、やはりやる事は変わらなかった。姿を消したまま屋敷の敷地に風魔法で降り立つと、そのまま屋敷の中に潜入する。庭には警備が誰もおらず、屋敷の中のある場所には50人以上の気配が固まっている。まんまと誘い込まれているようだが、それを隠すようなこともしないのは来ると確信しているからか。


(見えない相手にどう対処するのか、お手並み拝見だ)


 気配が固まっている部屋への大きな扉をゆっくり開けて進むと、上から小麦粉が大量に降ってきて背後の扉がドンッと閉められた。小麦粉を被ってしまった僕は白い人型のシルエットが周りから見えているようになってしまった。


「やはり来ましたか。この男爵邸に侵入する技量があれば、あの地下牢から出ることも容易かったでしょう。しかし、これは全てあなたを誘い出す罠だったのですよ!残念ですね、何もしなければ翌朝には解放されていたのにまんまと口車に乗せられましたね!」


地下牢に来た執事が勝ち誇った様な表情でこちらを指差しながら嫌らしい笑みを浮かべていた。その背後には僕が殴り飛ばした男爵が豪華な椅子に座りながら怒りを露わに睨みつけていた。といっても小麦粉で白いシルエットが浮かんでいるだけで姿は消えているので目は合っていないのだが。


「こやつか!本当に姿を消せるとは・・・どうやって習得したか知らんが、才能の無い小僧が第四位階光魔法を使えるとはな。まぁ良い、このまま殺して衛兵に死体を突き出せば全て丸く収まるというものだ!」


「さようでございます男爵閣下!これで証拠も証言も十分でございます」


「ふん!あの枢機卿の孫娘があの会議の場であのような事を提言しなければこの様な面倒をせずに済んだというのに・・・まったく腹立たしい!」


「仕方ありません。会議での評決に反する行動を取るわけにはいきませんから。さて、そのまま姿を消していても殺せば魔法は解除されます。本当は才能なく習得したその技術を知りたいものですが、下手に生かして噛み付かれてはかないませんからね。この人数で一斉に攻撃されればプラチナランクの冒険者とて無傷ではいられません。貴方と言えどその魔法を維持しながらは大変でしょう?」


 どうも執事は僕の光魔法を解除させて姿を晒したいようだった。それもそうだろう、この屋敷の周りには7人の監視者がいて、誰か1人にでも僕の姿を視認してもらえればそれは立派な証言となるのだから。だからこそ僕の姿を監視者に見られるわけにはいかない。そこでこのホールの窓に光魔法の幻影を掛けて外からは中の様子が変わらないようにした。そして、男爵たちに姿を晒して不敵に笑った。


「心配しなくてもこの程度の人数なら無傷で消せますよ」


そう宣言すると、僕を取り囲む武装した傭兵達は苛立ち気にそれぞれの武器や杖を構えた。


「どうやらよほどの自信過剰かバカの様ですね。己の状況を認識できていないとは・・・閣下、そろそろよろしいでしょうか?」


「その生意気な小僧に貴族の崇高さを、私に楯突いた愚かさを教えてやれ!」


男爵の叫びに言い返す。


「忠告しておきますよ、この屋敷の中にいる誰一人生かしておきません!使用人だろうと女性だろうと、面倒な種はここで完全に刈り取ります!恨むんなら男爵に使えてしまった自分を恨んでください」


「くくく、戯言を!恐怖でおかしくなりましたか・・・やれっ!!」


 執事の掛け声とともに僕を取り囲んでいた魔法師の傭兵達が一斉に魔法を放ち、その直後に武器を構えた者達が動き出した。僕は銀翼の羽々斬を取り出し全ての魔法を吸収していく。間髪入れずに突っ込んでくる傭兵達も僕から見ればスローモーションに見えるほどに知覚速度を上げている。焦ることなく愛剣を収納し、両手に火と風の第五位階魔法を発動させ〈聖剣グラン〉を作り上げる。目を丸くさせ驚愕している傭兵達を、その剣を横なぎに身体を一回転させて四方から来ていた敵を消滅させた。そう、消滅だ。剣だろうが鎧だろうが人間だろうが、聖剣グランの剣筋の通った後にはその存在は無に帰す。唯一残るのはごく少量の灰だけだった。


人と言う存在がきれいに消えてしまった様を見た傭兵達はみんな一様に動けずに、ただ僕の持つ青い炎の剣を見入っているようだった。


「な、なんだこりゃ・・・」


誰の呟きか分からないが、相手が動かないから待っててあげようなどという事は考えていない。僕を殺すつもりだったのなら、殺されても文句は言えないはずだ。それから5秒ほどで男爵と執事以外はこの世界から消滅していった。男爵たちに近付くと、執事は腰を抜かし、男爵はあろうことか椅子に座りながら失禁しているようで匂いが漂ってきた。


「ま、待て!待ってくれ!わ、分かった、悪かった!もうお前には手を出さない!金輪際なにもしないと誓うから、だから今回の事は見逃してくれ!た、助けてくれ!」


「わ、私は男爵に言われてしかたなくやっただけの事です!私は関係ないのです!ゆ、許してくださいダリア様!」


「き、貴様なにを言うか!この作戦はお前が―――」


「うるさい!」


喚き散らす2人に苛ついたので、近くにいた執事を消す。


「ま、待ってくれ!まさかこんな事になるとは思わなかったんだ!こんな力を持っているとは知らなかったんだ!」


この期に及んでこの男は何を言っているのだろうか。力を持っていることを知っていたら何もしなかったと言いたいのだろうか。しかしそう言われたところで、だから何ですか?という感想しか僕は持てなかった。椅子に座る男爵の髪を掴み椅子から力任せに引きずり倒して床に這いつくばらせると、収納から紙とペンを取り出し男爵に渡した。


「今から僕が言う通りに書け」


「か、書きます!何でも書きますから助けてください!」


 男爵には今回の事は貴族としての傲慢さが招いてしまった愚かしい行為だったということ。冒険者協会で依頼の違約金詐欺を働き、達成してしまった僕に腹を立て、罪をでっち上げようとした事。エリーさんを攫ったが、プラチナランク冒険者のゼストさんに見つかりそうになって解放した事。

それらの行為とこれまで働いた不正の自責の念に堪えられず姿を消す事などを書かせた。死の恐怖がまじかに迫って混乱しているのだろう、自分が消えるという文面を書かせても拒絶することも無かった。文章を書き終えると、自らが書いたという証拠の為の家紋を押させて預かった。


「い、言われた通りに書いたぞ!こ、これで許してく―――」


言い終わる前に男爵を消滅させて、自問自答する。多少スッキリとしたが何か違うような気がするのだ。それが何なのか喉元まで出かかっているような感覚だった。


「・・・そうか!これは憎しみというよりも、怒りの感情だったんだ!」


似ているようで違う感情だが憎しみの方がより深い感情で、怒りは表面的な感情だと思うとやっぱり今回の復讐も違うような気がしてきた。


「・・・復讐したいという憎しみに駆られること自体がそうそうない事なのかもしれないな」


14歳の僕が答えを出すには早すぎる問題だが、答えの一つではあるだろうと思いながら、この屋敷での事後処理を終えて捕まっていた地下牢に戻った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る