第140話 戦争介入 18

 その動きは、今までよりも一段と早く、洗練されていた。無駄の無い体捌きに、りきみをまるで感じさせない美しい剣筋のそれは、正直見惚れるくらいだった。それを成す彼女は、凛とした表情で、己の鍛練に全てを費やしてきたことを窺わせるような真っ直ぐとした瞳、己の剣に込める信念を確信しきったその様子は、彼女の外見もあってとても神々しくすら見える。


(これが帝国の【剣聖】か!手を抜くのは失礼だな!)


 その姿に触発されて、僕も自身の持てる最高の剣技で相対したくなった。手に持つ銀翼の羽々斬を正眼に構えて迎え撃つ。彼女の放つ〈一閃〉は、身長差もあって斜め上から剣が突き込んでくるような迫力だった。


「シッ!」


「フッ!」


 彼女の剣を相手の呼吸に合わせて、上段から斜め下段に弾こうとしたその瞬間、突然目の前の剣が2つに割れた。迎撃対象を失った僕の剣は空を斬り、彼女の双剣が僕の無防備な首筋に襲い来る。


「〈双剣の円舞曲ワルツ〉!」


 今まで経験した剣速では、師匠に次ぐ速度だった。紙一重まで迫った剣を見た時、僕はつい笑顔を浮かべた。


(剣技だけなら、僕は彼女に及ばないかな)


 技術だけなら僕が上だろう。しかし、心・技・体の全てが揃っている彼女の剣技は、今の僕よりも高みにあると感じた。


(僕は心の鍛え方が足りてないな・・・)


 まるで、僕の足りない部分を教えてくれるような彼女の剣技に敬意を表して、僕の最高の剣技をお返しする。


「〈火珠銀華かじゅぎんか〉!」


 刹那ーーー


「キキキンッ!!」


 僕と彼女の間に火花が散る。僕の首に襲いかかっていた彼女の剣は柄を残して消え去っている。その刀身は砂粒の様に粉々になり、風にキラキラと舞って銀色の花びらが舞っているようだった。


「・・・私以上の剣速・・・いや、比べることもおこがましいか・・・」


 彼女は手に残った柄を見つめながら、ボソッと呟いていた。


「いえ、あなたの剣技も見事でしたよ?双剣が主武器だったとは思いませんでした」


素直な感想と、称賛を彼女に送った。


「ふふっ、そうか、見事だったか・・・分かった、そちらの話を聞こう。ただ、その前に・・・」


 戦いの力みが抜けた彼女は、僕をじっと見つめながら値踏みをするような視線を投げ掛けてきた。


「どうしましたか?」


「いや、さすがに顔も分からぬ人物と腹を割って話すことは難しい。そこで、素顔は見せてくれないのかな?」


 そう言われると、彼女の言うことはもっともな事だと感じた。仮面姿の怪しげな人物の言うことを、信じろという方が難しいだろう。とはいえ・・・


(王国を脱出する際に、正体を隠してフリージアを攫っているから、あまり素顔を晒すわけにはいかないんだよな・・・)


 どうしたものかと考えたが、結局彼女にだけ素顔を晒すことにした。


「あなたの言うことも理解できますが、多くの人に正体を明かすわけにはいかないので、素顔の事は他言無用にお願いしますね?」


「もちろんだ!エリシアル帝国【剣聖】ジャンヌ・アンスリウムとして誓おう!」


僕は少し彼女に歩みより、周りに僕の素顔が見えないように目隠しをする。


「〈ダーク〉」


僕と彼女を中心に暗闇の壁が形成される。


「むっ!?この効果と範囲・・・よもや闇魔法も高位階まで習得しているのか?」


「ははは、まぁ、秘密です」


「ふっ、そうか。益体もないことを聞いたな」


微笑を浮かべる彼女に、仮面を取った姿を見せる。


「っ!!・・・君が『神人』か・・・よもや私より年下の女の子に負けるとは思ってもいなかったよ」


 何故か僕の姿にショックを受けた表情の彼女は、肩を落としながらそう言ってきた。いつもの事なので馴れているのだが、僕の事を女の子だと勘違いしているようだ。それはもしかしたらこの衣装のせいなのかもしれない。女の子の様な服装というわけではないが、どちらかと言えば中性的な装いだ。それと僕の外見も相まって、性別を勘違いしたんだろう。いや、そうに違いない。


(いい加減僕も17歳になる。そろそろ外見も男性的になって欲しいんだけどな・・・)


心の中で愚痴を吐き出しながらも、彼女の勘違いを訂正する。


「良く間違われるんですけど、これでも僕は男ですよ!」


「・・・いやいや、そんなわけ無いだろ!」


「いや、だから、男だってば!」


「・・・本当か?(こんな可愛らしい美少年、子供の頃に読んだ空想の話しの中でしか知らないぞ・・・)」


 何かを小声で呟きながら、訝しむような視線でジロジロと僕を撫で回すように観察してくる。身長差があるので、見下ろされるように見てこられると圧迫感がある。彼女と視線を合わせるには見上げなければならないので、そのことが自分の身長が低いことを強調されているみたいで、この状況は苦手だ。



「・・・もういいですか?」


 そこそこの間、僕を見ていた彼女にもう止めて欲しいという意味を込めて伝えると、彼女は大きく息を吐き出してから僕の目を見つめてきた。


「体格から考えれば本当に男の子なのだな・・・歳はいくつになるんだ?」


「年齢ですか?今年で17です」


「そうか、やはりまだ子供だったか・・・」


そう呟き、難しい顔をしながら考え込み始めた。話が前に進まないので、本題に入ろうと声を掛ける。


「そろそろ僕の話を聞いてもらって良いでーーー」


「いや、その前に私の話を聞いて欲しい!」


「・・・はぁ。どうぞ?」


 いやに真剣な表情になった彼女の迫力に、そう言うしかなかった。


「実はだな、私には以前から一つ決めていた事があるのだ」


「決めていた事ですか?」


「そうだ!いいか、言うぞ?・・・絶対言うぞ?」


 急にしどろもどろに目が泳ぎだした彼女は、まるで自分に言い聞かせるように話していた。


(なんだ?そんなに言い難いことなのか?)


言うと言ったわりに、なかなか話し始めてくれない。何故か一杯一杯な状態の彼女を見ると、早くして欲しいと伝える事も言い難い。


(え~と、どうしよう?)


 無駄に時間が過ぎていった時、意を決した表情になった彼女が、ようやく口を開いて、拳を握りながら力強く叫ぶ。


「・・・わ、私の婿になれっ!」


「・・・・・・」


「・・・・・・」


「・・・・えっ?」


 唐突な言葉に思考が停止してしまった。今の今まで戦っていた相手に、急に求婚されてしまった。彼女は僕の返事を待っているようで、顔を赤く染めながらじっと見つめてくる。その様子は、年上の女性に言うべき言葉ではないかもしれないが、率直に言って可愛らしい。


そして、僕の理解が追い付かず、あれやこれや考えていると、彼女が焦ったように言い出した。


「か、勘違いするなよ!?わ、私は自分を打ち負かした男と結ばれたいと決めていただけだ!お前の容姿に惚れたのではない!」


 ものすごい速さで泳ぐ目が、見ていてなんだか面白くて、このまま焦らしてみようかともチラッと考えたが、早く返答してあげないと面倒になりそうだった。それは、彼女の落ち着かない様子が更に落ち着きを無くしてきたからだ。


「えっと・・・ゴメンなさい」


身体を90度に曲げて、精一杯申し訳なさを込めて断った。


「な、な、何故だ!?わ、私の何がダメなんだ!?これでも帝国では求婚の申し込みが後を絶たないんだぞ!?それに、私の【才能】と実力を取り込みたいと考える者達だって・・・」


「い、いえ、何がダメとかでは無くてですね・・・」


彼女のあまりの豹変ぶりに僕の方が困惑してしまう。先程までの【剣聖】としての凛としていた姿が、今は微塵も感じられない。


「と、歳の差か!?私は今年で24だ!それほど離れている訳でも・・・ま、まさか!胸か!?私のつつましやかな胸かっ!?」


 最後の方には若干怒気を含んだような声音で、自分の胸を掴みながら言い募ってきた。どうやら胸の大きさにコンプレックスがあるらしい。


「いや、そうではなくてですね!僕にはまだ女性を好きになるというような感覚が分からなくてですね・・・」


「・・・えっ!?」


「そう言うことですから、お断りしたんですよ!ジャンヌさんの体型だから断ったのでは無いんです!」


間の抜けたような表情をしている彼女に、矢継ぎ早に言葉を並べて、この話を終わらせようとするが・・・


「し、心配はいらない!大人の私がそれはどう言うものか、お、教えてやろう!べ、別にお前のためではない、私の目的の為だからな!」


残念ながら、たどたどしく話す今の彼女からは大人の女性らしらは感じられなかった。


「いえ、とにかく、ジャンヌさんの話しは置いておいて、僕の話をしても良いですか?」


「な、何!?わ、私の一世一代の告白を、そんな簡単に流すと言うのか!?」


 話が進まない彼女に、正直面倒になってきたので、強引に話を変えるために仮面を着け直し、目隠ししていた魔法を解除した。解除した周りにはたくさんの野次馬が集まっている。素顔を晒すだけだったので、声も遮断しようとは考えていなかったが、どうやらジャンヌさんの僕への告白は周囲に丸聞こえだったらしい。


 そのため、「あ、あの大佐殿がついに!」とか、「嘘だ!俺達の女神が・・・」とか、「神人は女顔の男の子か・・・へへへ」などという、一部不快なヒソヒソ話しがあちらこちらで囁かれていた。そんな状況を気にせず、未だ不満顔をしている彼女に本題を話し始める。


「いいですか?僕には帝国の戦争の原因を取り除く解決策を伝えたいのです!」


「・・・何?解決策だと?」


僕のその言葉に、彼女はようやく真剣な表情を取り戻す。


「ええ。帝国の最大の問題は、食料自給率の低さにある。違いますか?」


「それはそうだが、今まで何百年と言う歳月でもって、帝国の優秀な科学者達が不毛な地を改良しようとして失敗しているのだ。いくら力があったところで、不可能だ!いや、仮に不毛な地を改良できたとしても、その結果を享受するために要する時間はあまりに膨大だ!」


 彼女は仮に砂漠地帯を農地に改良できるとしても、相当の時間を要してしまうことを懸念しているようだ。農地になったとしても、そこから作物を収穫するまでの時間は何ヵ月と掛かるし、そもそも農地を管理する人手が確保できるのかも疑問なのだろう。


「心配には及びません。ジャンヌさんの懸念を解決できる方法も考慮してありますから」


「・・・もしそれが本当の事と言うならば、一考の価値はあるか・・・そちらの望みは何なのだ?」


 あまりにも出来すぎた提案だと感じたのだろう。彼女は疑心に囚われたような表情で僕を問いただしてきた。


「僕達はただ、戦争を止めたいだけです!」


「・・・本当にそれだけなのか?」


「もちろん!本当にそれだけですよ!」


 彼女は僕の言葉の真意を確かめるように凝視してくる。彼女は愛国心の厚い人物だと聞いているので、自国の問題を解決できるという提案を持ち帰って検討だけでもしてくれれば、最初の関門は突破出来たと考えられる。


「・・・分かった。具体的なことを聞いてもいいか?」


 しばらくの間僕を見つめていた彼女は一つ頷いて、問題解決の具体案を聞いてきた。


「もちろんです。それはですねーーー」


 僕が彼女に砂漠の農地化方法について話し始めようとした時、近くに居たシャーロットが僕の背後へと歩み寄ってきた。


(あぁ、僕の説明の補足をするっていっていたな)


 大まかな説明は僕がした方が良いと言われたが、細かな部分の伝え方はシャーロットの方が上手だし、説得力を高めるための資料も彼女の方が有効に使える。そう考えて、シャーロットの事を紹介してから説明しようと、背後のシャーロットに視線を向けようとした時だったーーー


『ザクッ・・・』


 その瞬間、周りは静寂に包まれていて、刃物の切り裂く音がいやに大きく聞こえた。


「・・・えっ?」

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