第78話 学園トーナメント 7

 学園トーナメントが始まってから2週間が経過した。僕は順調と言って良いのか分からないが、勝ち進んでいった。僕の試合相手は何故か貴族ばかりで、恨みの方も順調に買ってしまっている状況だった。シルヴィアは残念ながら2回戦で負けてしまい、マシューは最初の相手が2年生のAクラスということもあって惜敗してしまった。メグやティアは順当に勝ち進んだ結果、今日は僕とティアの対戦ということになった。


「そういえば、上級貴族は任意の出場なのに、ティアやメグはなんでトーナメントに出たの?」


 上級貴族の中にはこのトーナメント自体に興味を示さず、試合さえ見ることがない人もいるらしい。逆に、格下をいたぶるのが趣味なのか、出場して自分の力を誇示するような試合をする者も見かける。2人はそんなタイプではないので、試合までの時間で聞いてみた。最近はなんだか僕の周りにメグ、ティア、シルヴィアが集まってくることが多い。マシューはたまに集まるくらいだが本人曰く、この集団に入っていくには勇気がいるのだそうだ。


「ん、私は今の自分の実力がどの程度なのか試すため」


「そうですね、私もこの国においてどれだけの実力かを測る為と言って良いでしょう」


どうやら2人とも、腕試し的な出場だったらしい。


「2人ともそんなに強さを気にしているの?」


「ん、少し違う。気にしているわけではなくそれが普通。ロキシード家の嫡子ちゃくしとして恥ずかしくない姿を見せるべきと考えている」


「私も、他国の王女だからと侮られるわけにはいきませんから」


2人の考えは僕の思ったことと少し違って、自らの立場を理解しての出場のようだった。思い返せば、2人の試合はいつも全力はもとより、王族や貴族としての優雅さまであったような気がする。自分の立場を意識した、試合運びと行動だったのだろう。そう考えれば、同じ上級貴族でも、平民をなぶるように試合をしていた人は貴族としてどうなのだろうと思う。


(2人はきっと自分達が思い描く貴族として、王族としての理想の姿があるんだろうな)


そう思って2人の行動を見てみると、平民や同じ貴族の人と比べても所作しょさの一つ一つが違っている。考え方の違いが、行動に現れているのだろう。


(そういえば、シルヴィアの所作も2人に近いものがあるように見えるな・・・)


以前『クロスタータ』でケーキを食べたときもそうだったが、フリージア様、メグ、ティアと並んでケーキを食べていても、その所作は3人と比べても見劣りしない気がした。だからこそ平民のシルヴィアでもメグ達は自然に話しているのかもしれない。そんな話をしていると、僕らの試合時間が迫ってきた。


「じゃあティア、そろそろ行こうか!」


「ん、ダリア、手加減は必要ない」


「2人とも頑張ってくださいね!」


「が、頑張ってください!」


みんなの応援を受けながら、僕とティアは試合会場に入っていった。




 ティアと相対しながら試合開始の合図を待つ。先程の言葉通りティアは自分の今の実力を僕で測るつもりなのか、落ち着いた雰囲気を放っている。きっと彼女は全力で僕にぶつかってくるつもりだろう。一瞬、ティアなら負けても自然かなと考えたが、わざと負けるのは彼女に失礼だと思い直して、精一杯相手をしようと思った。


「では双方、正々堂々と戦うように・・・始め!」


 開始と同時にティアは〈水の矢ウォーター・アロー〉を2発放ってきた。その軌道はわざわざ両端のオブジェを狙うようにしていて、相手に迎撃の照準を付け難くしていた。


(前に僕が言ったことをちゃんと実践してきているな・・・)


 以前僕がみんなの前で講義していた中で、いかに魔法を効率的に運用するかということを伝えていた。その一つに、攻撃側の目的を相手に悟らせないというものがある。つまりは本命を仕留めるための陽動というわけだ。


 ティアの攻撃はわざと攻撃の目標の着弾位置を左右に広げることで、相手の視野を横に拡散させる効果がある。そして、相手がその対処に集中する隙に、本命の攻撃を相手の視野の外の軌道から放つことによって、確実に目標を落とすものだ。


(僕には空間認識があるから、どんな死角から攻撃されたとしても気づかないことはないけどね)


 ティアは時間差で〈水の連矢ウォーター・ハイアロー〉を上空から放物線を描くように放っていた。前方から2つ、上空から10・・・計12もの魔法が殺到してこようとしている。初めてティアと会った時の事から考えれば、魔力制御は確実に上達しているようだ。


 そんなことを加速した思考の中で考えながら、相手の全ての魔法に標準を定め、第三位階火魔法〈火の連矢ファイア・ハイアロー〉を圧縮して彼女の魔法を迎撃する。中央付近で迎撃した瞬間に、水魔法があっという間に蒸発して、辺りが水蒸気に包まれて視界が少し悪くなった。


 僕はその時には既に第三位階土魔法〈石槍ストーン・スピア〉を5つのオブジェに向けて放っていた。水蒸気を切り裂くようにティアのオブジェへ殺到する石の槍からオブジェを守ろうと、その前面に〈水壁ウォーター・ウォール〉を展開して槍の軌道を逸らそうとするが、それを嘲笑うかのようにティアの5つのオブジェは破壊された。


「っ!!?」


 遠目からでもティアが驚いているのが伝わってくる顔が見えた。僕の魔法を対処しようとしていたのに、警戒していた方向とは別の方から攻撃が来たのだから無理もないだろう。実は、土魔法を放った後に風魔法の〈風の大砲エア・キャノン〉を上空から下降するように制御して放っていたのだ。視認しやすい石の槍は囮で、攻撃の本命は見ずらい風の塊だったというわけだ。つまり、ティアとまったく同じ戦力ということだ。


 しばらく壊れたオブジェを見つめていたティアはその事に気づいたようで、ふっと笑顔を浮かべた後に悔しそうに息を吐きながら空を見上げていた。教師が僕の勝利を宣言すると、気持ちの整理が付いたのか、ティアが握手のために歩み寄ってきた。


「ん、やっぱりダリアは凄い。悔しいけど、手も足も出なかった・・・」


「でも、僕の伝えたことをさっそく実践してくれたのは嬉しかったよ。僕が相手じゃなければ絶対勝っていたよ!」


「ん、それは嫌み?」


「えっ?ち、違うよ!率直な感想だったんだけど・・・」


「ん、冗談。ダリアがそんなこと言わないのは分かってる。でも、もうちょっと誉めてくれてもいい」


「短期間でかなり魔力制御が上達いしていたね!さすがティアだ!」


「ん、やっぱりダリアほどの実力者に誉められるのは嬉しいし、自信になる。ありがと」


僕たちは固く握手を交わすと、試合会場を後にした。



 観戦していたメグとシルヴィアのところに戻ってくると、シルヴィアは目を丸くしながら驚いていた。


「あ、あの、ダリア君、どれだけ魔法の【才能】を持っているの?」


 そう言われると、シルヴィアの前では複数の種類の魔法を使った戦闘を見せていなかったんだと気づいた。このトーナメントでは既に僕は4種類の魔法を第三位階まで使っていたので、シルヴィアとしてはとても驚いてしまったのだろう。そしてそれは僕の試合を観戦していた周りからも感じられた。


「僕の才能は一つなんだけどね・・・」


「・・・嘘だよね?なにか言えない事情でもあるの?例えば、冒険者協会の関係?」


シルヴィアは僕の言葉を聞いて心配そうな表情になってしまった。僕が事情があって本当のことが言えないのではないかと考えているのだ。


「う~ん、やっぱりそんな反応になるよね・・・」


 話したとしても「【速度】の才能だよ」としか言えないし、それを王国の図書館で調べても『早くなる』としか載っていないので、才能の名前を伝えたところで何も分からないだろう。ただ、その【才能】の本当の特性を伝えてしまうと、もしかしたら人外のように扱われて、シルヴィアは僕と距離を置くことになってしまうかもしれない。


(いや、もしかしたら今まで知り合った友人はみんな僕から離れていってしまうこともあるのかな・・・)


 森で暮らしていた頃はそもそも友達も知人もほとんどいなかったので、それを特に悲しいとか寂しいとか思うことはなかった。でも、こうやってたくさんの人と触れ合って友人という温かさを知った後だと、孤独になってしまうのは寂しいなと不安に感じてしまっている。


「シルヴィアさん、ダリアは嘘を言ってないですよ?私も信じられない気持ちになりましたが、きっと血のにじむような努力があったのでしょう」


「ん、この歳でこれだけの魔法が使えるのは【才能】があったとしても相当の努力が必要なのは自明の


「そういえば、厳しい師匠さんがいたんだよね?大変だったんだね・・・」


 納得したという表情になったシルヴィアが同情するような口調になった。みんなには師匠の鍛練の内容を話したこともあったので、それを思い出したのだろう。


「そ、そうだね、同じ鍛練を勧めてもみんな拒否するくらいの内容だったね」


 そんな話をしていると、周りからは「マジかよ」とか、「どんな内容だよ」等の声が囁かれているのが聞こえてくる。


「ん、だからダリアは強い。だから負けても私の努力が足りなかっただけ」


 ティアにしては少し大きな声で自分が試合に負けた要因を言葉にした。もしかしたらそれは周りの、特に貴族の僕に対する反感を和らげる為の彼女なりの配慮だったのだろう。


「そうですね、それだけの努力をしたなら報われて当然ですね」


「はい、他の人には真似できません。ダリア君だからこそだと思います。本当に尊敬します!」


メグとシルヴィアも僕の努力を誉めるように、こんな力を持っているのは当然だと言ってくれた。シルヴィアに至っては僕の手を握りながら、自分の大きな胸元に持っていって伝えてくれた。ただ、それはさすがに恥ずかしかった。


「あ、ありがとうみんな。それにシルヴィアも・・・あ、あの?」


僕の手がシルヴィアの胸元に固定されたまま彼女はその手を離そうとしなかった。


「う゛、うん?シルヴィアさん?あまりその行為は女性としてどうでしょうか?」


「むむむ、シルヴィアの武器は強力・・・私には足りない・・・」


メグが焦るようにシルヴィアの行動を止め、ティアは自分の胸元とシルヴィアの胸元を交互に見ながら悲しみの表情を浮かべていた。


(この場合はどうしたらいいんだろう?誰か僕に正解を教えて欲しい・・・)


 下手なことを言ってまた怒られたくはないので、今の僕はもう何も言わずに流れに身を任せる事しか出来なかった。そんな僕に周りからは、さっきまでとは違う種類の恨みがましい視線が突き刺さっていた。

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