第172話 ヨルムンガンド討伐 10

 「私達をお嫁さんにして欲しい」と確かに彼女達は僕の目を見つめながらそう言った。そこには嘘や冗談はなく、真摯な想いが確かに感じられた。


彼女達の事は大切だ。もし、僕の前から消えてしまうのだとすれば、心に穴が開くように悲しい思いをするだろう。それは以前、シルヴィアが攫われてしまったことで経験している。だから彼女達の事は何がなんでも守りたい、幸せでいて欲しいという想いが僕にはあるが、これが好きという感情なのだろうか。そもそも好きという事は、どういう事なのだろう。


 彼女達の願いに答えられないでいる僕に、メグが微笑みながら口を開く。


「まだ、『好き』という感情が分かりませんか?」


「全く理解できない訳じゃないよ。みんなの事をどうかと聞かれれば、好きだと答えられる。でも、それはみんなが思っている好きと、何か違う気がするんだ・・・」


僕のその言葉に、フリージアも優しく微笑み掛けるように話してくれた。


「人を好きになるという事は、その人の事を大切だと感じているということ。そして今、ダリア君の感じているその違和感は、『愛』です」


「愛・・・。自分を犠牲にしても、その人に幸せになってもらいたいということ?」


父さんが僕にしてくれたことを思い出し、それが愛なのか聞いた。それにシルヴィアが笑顔で答えてくれた。


「それも確かに愛だよ。でもそれは、親がまだか弱い子供に向ける愛情かな。共に生きて行きたいと、一緒に笑い合って、一緒に幸せになっていくことを強く願うこと、それが愛なんだと思うの」


「一緒に幸せになる事・・・」


 その言葉に、自分を振り返る。今の僕は、彼女達の幸せが自分の幸せにも繋がると思っていた。でも、僕のしようとしている事は、自分を犠牲にすることで幸せを相手に与えるという、独りよがりな考え方になっているのかもしれない。


(そうだ、思い出せ!父さんが僕にしてくれたことを・・・あの時僕はどう思った?)


 父さんは自分を犠牲にして僕を幸せにしようとしていた。でも、それを知った僕は自分の行動をひどく後悔した。きっとその真意を知っていたならば、復讐なんてことはしなかった。ただ、僕の事を守るために、そうせざるを得なかったということも理解している。それでも僕は、ただ一緒にいてくれるだけで良かったのに、とも思ってしまった。


(一緒にいるからこその幸せもあるんだ。僕の自分を犠牲にすれば良いなんて考え方は、ただの押し付けだ・・・)


「ん、私達はずっとダリアと一緒に生きていきたいと想っている。だから、ダリアが居ないとダメ!」


ティアが僕の手を握りながら、彼女にしては珍しく、大きな声を出して見つめてくる。それは、僕に帰ってくる場所を、帰ってこなければならない場所を強く意識させるようだった。


「ティア・・・みんな・・・僕はーーー」


みんなの想いにどう返答しようかと口を開こうとする僕の唇を、メグはそっと指で押さえた。


「今すぐ答えを求めている訳ではないですよ?それは、この戦いが終わったら聞かせてください。必ず」


「・・・分かった。必ずみんに伝えるよ。僕の想いを!」


「はい!待ってます!」


僕の言葉に、みんな輝く笑顔を向けてくれた。



 それから少し、みんなと言葉を交わした後、ヨルムンガンドとの再戦についてどうするべきかの考えを整理するため、僕の持っている情報をみんなに伝えた。ヨルムンガンドは戦闘で満足した褒美として、過去に戦った相手の願いを叶えたということ。その結果、エルフという新しい種族が誕生したり、魔法という本来この世界に無かったものが扱えるようになったということを。


「そんな!そんな事が出来るなんて、それこそ神ではないですか!」


「僕もそう思ったよ。でも、ヨルムンガンドは自分の事をただの変革者イノベーターと言っていた。神なんかじゃないってね・・・」


その事実に驚くメグに、僕はヨルムンガンドから聞いたことをそのまま伝えた。困惑した表情を浮かべるみんなは、自分達の想像を越える存在に、一体どうすればいいのか分からないといった様子だった。そんな中、ティアが自分の考えを口にする。


「ん、今の話を聞けば、魔法が効かないというのは、そもそも自分が与えた力だから、という事が考えられる。つまり、与えられた力以外でないと対抗出来ない可能性がある」


そう言うティアの言葉に、確かにその可能性もあると思った。ヨルムンガンドの言葉がきっかけだったが、そもそも魔法には違和感があった。まず、習得できる年月だ。一般的に【才能】がなければ第三位階以上に進むことは不可能なこと。僕でも習得速度を加速させていたとはいえ、数日で習得できた剣術や武術と比べると、圧倒的に時間を要する。これは、時間の感覚をヨルムンガンドに当て嵌めればなんとなく見えてくる。


(人間とヨルムンガンドでは、生きている時間軸が全く違うからだろうな・・・)


 強者を求めるなら、簡単に魔法を習得できるようにしてしまえばいいのに、そうしなかったのは時間に対する認識の違いがあるかもしれない。そして、魔法名だ。武術や剣術の技名は理解できるが、魔法の名前はこの世界の言葉ではない。一般に魔法言語と呼ばれるそれは、元々この世界に無かったものだからだろう。


(もしかしたら、ヨルムンガンドが付けたのかもしれないな・・・)


ヨルムンガンドはこう言っていた、『武術や剣術はこの世界にあった』と。であるなら、そもそもヨルムンガンドからもたらされた魔法を、無理矢理この世界の言葉に置き換えつつ、呼び名は残したのではという考えだ。


そうなると、【才能】さえも、もしかしたらヨルムンガンドが人に与えたものである可能性があるのではないかと考えておいた方がいいかもしれない。


(魔法にも才能にも頼らずヨルムンガンドと相対する・・・そんなこと可能なのか?)


 考えに行き詰まり、頭を悩ませていると、ふとシルヴィアがこんなことを口にした。


「やっぱり、与えられたものじゃなくて、自分達が作り出した力じゃないとダメなのかな・・・」


「そうだね。ヨルムンガンドから貰った力じゃ・・・」


そう言葉にしたとき、違和感があった。


(あれ?ヨルムンガンドは眷属を召喚したときに、何故自分の血を流したんだ?闇魔法なら魔力を注ぐだけで事足りるのに・・・そう言えば、この世界には自分の知らない技術があったと言っていた。しかもそれは、絶望から生まれたものだとも・・・)


しかもあの時ヨルムンガンドは魔法言語ではなく、この世界の言葉で『眷属召喚けんぞくしょうかん』と言っていた。つまりあれは魔法ではなく、この世界独自の技術だったのではないだろうか。


(だとすればどんな技術だ?何故現在に伝わっていない・・・)


考えられる可能性とすれば、ヨルムンガンドが世界を滅ぼしたときに失伝してしまった。あるいは、魔法という技術に呑み込まれて廃れてしまったかだ。


(わざわざ血を流すよりも、魔力を使えばいいのなら、そちらが発展するのも分かる)


その技術を使うのに一々体を傷付けては大変だし、痛みもある。その点、闇魔法にはそんな欠点はない。しかし、ヨルムンガンドは使っていた。そこにはこの技術の何か特性や、優位性が魔法と比べてあるはずだと考えた。


「・・・どうしたのダリア君?」


言葉の途中で考え込んでしまっていた僕に、心配そうにシルヴィアが声を掛けてきた。


「あっ、ゴメン。ちょっと思い付いたことがあって」


「思い付いたこと?」


「うん。シルヴィアのお陰で、少し希望が見えてきたかもしれないよ!」


「えへへ、ダリア君の役に立てたのなら良かった!」


彼女は幸せそうに頬を緩めながら笑顔を見せてくれた。


(この笑顔を守るためにも、まずは情報収集だ!)



 それからみんなに、自らの血を使った技術について知らないかと尋ねたが、みんなそんな技術に心当たりはないということだった。そこでみんなは、公国の図書館でそれに類する情報がないか総出で探すといってくれた。同時に、僕は1時間後に王国にいる女王達への元へ出向くことにした。


 現状、ドラゴン達が襲ってこないからか、空間認識上では大きな混乱や騒動は感じられなかった。というか、みんなは怖がって家の中に閉じ籠っているようにも感じられた。ただ、そこに何かきっかけがあると、せきを切ったような大混乱が起こりうることも考えられるので、この状況の正確な現状を為政者達に伝えて、有効な指揮をとってもらう必要がある。


一時間後としたのは、その前に行きたい場所があったからだ。


「じゃあ僕は、師匠の家に寄ってから王国へ行くよ」


「分かりました。1時間後ということは、既にお母様に伝わっていますので大丈夫です」


「ダリア君、気を付けて」


「すぐに帰ってきてくださいね!」


「ん、行ってらっしゃい」


みんな心配そうな面持ちで見送ってくれている。前回は瀕死の状態で帰ってきているので、またそうなってしまわないか心配なのかもしれない。そういう想いにしてしまっているのは心苦しいが、今は我慢してもらうしかない。


「じゃあみんな、また後で!」


 そうして僕は、師匠の家へと〈空間転移テレポート〉した。そこに師匠が居ないのは分かっているが、何か手がかりがないかと考えて。

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