第173話 ヨルムンガンド討伐 11

『コンコン・・・』


 扉を叩く。そこに居ないというのは分かっているが、もしかして師匠なら僕の知らない技術で、空間認識を阻害するすべを持っているかもしれないからだ。


「・・・・・・」


返事はない。以前、少しの時間過ごしていたその家の扉をゆっくりと開けた。静まり返り、気配すら無いことに肩を落とす。


(やっぱり居ないか・・・)


 落胆しながらも、師匠が居なくなった理由が何か分からないかと部屋を探す。すると、いつも食事をしていたテーブルに一枚の手紙が置かれていることに気づいた。


「これは・・・師匠から僕宛の手紙!?」


はやる気持ちを押さえきれずに、その場で手紙の封を開けた。ダリア殿という書き出しから始まるその手紙にはこんなことが書かれていた。



 拝啓 ダリア殿


 お前がこの手紙を見る頃、私は既に旅立っているだろう。それは元々私が決めていたことで、その予定の中にたまたまお前が入り込んでいただけだ。勝手に居なくなったからと言ってとやかく言うなよ。


おそらくお前は今、困難な状況に陥っているだろう。それは私も500年前に経験したことだ。あの存在は人が敵う存在ではない。強者が出現した気配に反応してはたわむれに現れて、破壊をもたらす。自分が満足すれば、置き土産を渡してまた去っていく、気まぐれな存在だ。


 私は500年前に空間魔法という新たな魔法系体を願い、去り際に放ってみたが、それでもあの存在には傷一つつけられなかった。やはり授かり物の力ではあの存在を倒すのは不可能だったのだ。


本来【時空間】の才能は空間を認知するということしか出来ないものだ。使い方を工夫すれば、この上なく便利な才能だが、攻撃性のものではない。だからこそ、認識した空間を切り裂くような魔法が使えればと考えたのだが、あの存在には無意味だった。


もしかすると才能さえも、あの存在が授けたものかもしれない。しかし、利用できるものは何でも利用すべきだ。今一度、己の能力の本質に向き合ってみろ。きっと見えてくるものがある。


 あまり助言をすると、お前は私の二番煎じになってしまうからな。それではあの存在を倒すどころか、満足させることも出来なくなるだろう。だからこそ、私がお前に伝えられる情報はここまでだ。


 お前と過ごした期間は、私の人生からすればごく僅かな時間だった。しかし、最後の時間の使い方にしては楽しめたぞ。お前も知っての通り、私は長い時を生きているが、本来人はその年月を生きられるだけの精神構造にはなっていないのだ。いつか壊れ、自ら死を望むときが来るだろう。お前もそれは覚悟しておくことだ。


 最後に一つ、我が弟子への命令だ。私の身体はこの家の裏手にある墓標の隣に埋めてくれ。そこにはかつて私の愛した女性が眠っている。最後は彼女の隣で永遠の眠りにつきたい。


では、お前の人生に幸多からんことを。


グレンタンジー・シュバリテ



 一通り師匠の手紙に目を通してから、寝室へと足を踏み入れる。そこには物言わぬ姿となった師匠が、まるで本当に眠っているようにベッドに横たわっていた。


「・・・師匠。せめて別れの言葉くらい伝えさせてくださいよ・・・」


冷たくなった師匠を見ながら、拾ってくれた時の事を思い出す。雨の中、絶望する僕に手を差しのべ、生きるための力を教えてくれた。鍛練はとても厳しく、何度も心折れそうにもなったが、そのお陰で僕はいろんな人と出会うことが出来た。たくさんの大切な人達が出来た。僕の事を好きだと言ってくれる人達もいる。それも、この力あっての事だと言うことは理解している、師匠が育ててくれなかったら、ここまでの力になることは無かったどころか、中途半端な実力では死んでいたかもしれないということも理解している。今の僕がここに立っていられるのは師匠のお陰だ。


「・・・ありがとうございました!」


 手紙の指示通りに家の裏手に行くと、住んでいた時には気づかなかった墓標がひっそりと立っていた。その隣に穴を堀り、遺体を埋葬して丁重に弔った。



 そして、王国へ行くまでの時間、ヨルムンガンドへの対抗策を考え続けた。師匠の手紙、ヨルムンガンドの言動、思い出せる全ての事柄から、何か手がかりがないか模索する。


(考えろ・・・才能や魔法は借り物の力だが、利用できるものは利用する。時空間は攻撃性のものではない・・・空間認識に特化した何か・・・ヨルムンガンドは自身の血を使った・・・もっと自分の能力と向き合え・・・)


リビングの椅子に座って目を閉じ、重要そうな事柄を抜き出してパズルの欠片を集めていく。


(時空間の才能の本質・・・攻撃ではない、その空間を認識することに特化・・・認識とはつまり、把握すること・・・)


まずは自分の時空間の才能に向き合う。思索する為の時間を確保するため、思考速度は最大に上げている。


(把握・・・その空間の全てを・・・掌握する!)


途端に、僕の認識している空間の見え方が変わった。認識が重なって見えるというか、先に見えた認識に追いつく様な、そんな感じ方だった。


(・・・これは、未来が認識出来ている?)


おそらく空間を掌握したことで、その空間で起きる未来の事象を認識出来ているのではないかと考えた。ただ、現状ではおよそ一秒先が認識できる位だった。


(あの高速化された戦闘状況で、一秒先が見えるのは物凄い有利に事を運べる!だから僕の攻撃を全て避けれたのか!?)


天颯剣舞てんそうけんぶを全て避けられた事を思い出し、これが原因だったのではないかと考える。更に、ヨルムンガンドの使ったドラゴンの召喚について考える。


(眷属召喚は闇魔法と何が違う?契約が要らない?どんな存在も召喚できる?)


様々な仮定を立ててみるが、実際に試してみようと考えた。外に出て、収納しているナイフを取り出し、指先を少し切る。ポタポタと滴り落ちる赤い血を見つめながら、ヨルムンガンドが言っていた言葉を叫ぶ。


「眷属召喚!!」


・・・・・・


しばらく待ってみたが、何も起きなかった。そもそも僕には眷属は居ないし、根本的に何か間違っているような気がした。とりあえず、何が正解か分からないので、色々試す。


「血を糧に、現れ出よ!」


・・・・・・


「血を贄に、契約を!」


・・・・・・


「我の呼び掛けに応じよ!」


・・・・・・


 しばらくの間色々と試したのだが、まったく反応がなかった。


(やっぱり根本的に違うんだろうな・・・呼び出すという考え方を捨ててみよう)


ヨルムンガンドがドラゴン達を呼び出す姿を見ていたので、無意識にこの技術はそういうものだという先入観を持っていた。そこで、呼び出すのでなく、自分の血を媒介にするということの意味をよく考えようと思った。


(血を使うのは闇魔法の最初の契約の時だけど、そもそも召喚した魔獣ってどうなってるんだ?何で討伐した魔獣の心臓で契約できるんだ?)


そういうものだからと、今まで考えることすらしなかった事さえも疑問に思い始めてきた。魔獣は心臓を使い召喚するが、自分自身の血を使った場合は自分を召喚するという考え方も出来るのではないかと考える。


(つまり自分を複製することになる?それとも、別の人間を召喚する?その場合その人間はどこから現れるんだ?)


さすがに僕の考え通りに自分の複製や別の人間を召喚するという事が出来てしまった場合、ちょっと怖いし、段々と呼び出すという考え方に戻っているので、一先ず後で考えることにした。



(あとは師匠の言っていた才能も借り物という話だったけど・・・)


魔法はこの世界に無かったということを考えれば、魔法の才能があるということはヨルムンガンドからもたらされたと考えるのが自然だった。しかし、剣術に上位才能はあっても、魔法には上位才能というものは存在しない。そこに何か不自然さを感じた。


(強者を欲しているなら、あらゆる武術系の才能に上位才能を設ければいいのに・・・それこそ、僕の速度の才能をみんな持てば、暇潰しに困ることはない・・・)


そう考えると、出来ない事情があるはずだ。そこで、もう一度ヨルムンガンドの言葉を思い起こす。


(自分は変革者・・・変革・・・変化し、革新する・・・そこにあるものの性質を変えるだけで、産み出すことは出来ない?)


そう思い至り、一つの仮説を考えた。


(そもそもこの世界には魔力はあったが、人間はそれを認識できないから魔法が使えなかった。それをヨルムンガンドが変革し、魔法が使えるようになった。才能というのも同じで、もともとあったものを変革し、魔法の才能が発現するようになった・・・しかし、性質を変えるだけで、本質を変えることは出来なかったのでは?)


そう考えれば、辻褄が合うことも多い。強者を望む割に何百年も待つしかないということ。直接的に力を与えれば簡単なのに、それをしないということ。強者となりうる才能が少ないこと。つまり、本人がいうように、ヨルムンガンドは神なのではないということだ。


それが分かったところでどうなる事でもないが、ヨルムンガンドとて万能な存在ではないということだ。


(となると、もし【速度】の才能が与えられたものではなく、この世界固有のものだとしたら・・・でも、【時空間】は攻撃性のものがない・・・はぁ、まだ答えは出ないか・・・)


 考えに行き詰まったところで、もっと多くの人の意見も聞きたいと思い、王国へと移動することにした。

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