第174話 ヨルムンガンド討伐 12

 オーガンド王国へと移動すると、すぐさま会議室へと通された。


「ダリア!!良かった!!!」


扉が開かれ、僕の姿を認めたジャンヌさんが、【剣聖】らしい素早さで、僕に向かって飛び込んできた。身長差のせいで覆い被さるように抱き締められて、彼女の控え目な胸に頭を押し付けられてしまった。


正直に言えば避けられたが、彼女の顔を見てそれは止めておいた。


(あんなに必死な表情で迫って来たんだ、避けたら傷付けちゃうよね)


そんな事を考えているうちにも、彼女の包容は止まらない。


「ダリア!ダリア!瀕死の重傷を負ったと聞いたときには、心臓が止まるかと思ったぞ!元気な姿を見ることが出来て本当に良かった!もう怪我は大丈夫なのか?動いても平気なのか?」


「むむ~!!」


質問に答えたかったが、彼女の抱き締める力はまったく緩まず、いつまでも胸に顔を押し付けられているので、 言葉が出なかった。


「あっ!すまない!ダリアの顔が見れて嬉しくてつい・・・」


彼女は僕の状態に気づいて身体を離してくれると、少し周りを見渡し、頬を染めながら俯く。それはきっとここが会議室で、周りには他国の王や宰相など、各国の重鎮の目もあると思い出したからかもしれない。


「ジャンヌ大佐、積極的なのは結構だが、場所も考慮しなさい」


そんな中、皇帝が彼女の行動をニヤつきながらいさめた。それは本意ではなく、他の国の目を気にしてか、自国の代表のような立場である彼女の行いを、注意しないといけなかったという雰囲気が感じられた。


「へ、陛下!私はただ、彼が無事だったのを喜んだだけで・・・それだけです!」


彼女は皇帝に抗議するように僕から顔を背けて、その表情を隠してしまった。集まっているみんなの表情を見ると、ヨルムンガンドの咆哮を耳にした時の絶望を体現したような様子は見受けられなかった。


「みなさん大丈夫でしたか。あの咆哮を聞いた時はどうなることかと心配しましたが、王都にいる他のみなさんも大丈夫なのですか?」


僕の質問に、この場にいる全員は一様に顔をしかめてしまった。なにか言いにくいことでもあるのか、アレックスさんが代表して口を開いた。


「正直言って、王都の住民達は先に滅ぼされた国の生き残りのような状態だ。国王陛下達にはエリクサーを使ったんだ」


なるほど、それなら合点がいった。本来精神的な損傷に対して、光魔法の回復は意味をなさないが、エリクサーを使ったのなら話は別だ。それを使えばあの状態から回復は出来るが、いかんせん高価で希少な品物だ、多くの国民へ投与するなど不可能極まりない。であるなら、まずは国の指揮を執る為政者に使用するのは理解できる。


「なるほど、理解しました。ところで、現在各国の置かれている状況についてお聞きしたいのですが、情報は集まっていますか?」


「もちろんだ。ただ、聞いたところでどうにもならないのが大半だがな・・・」


暗い表情をしながらアレックスさんが天を仰ぐ。女王や皇帝、国王の表情も同じで、みんな一様に暗い顔をしている。


「僕からも報告がありますので、とにかく落ち着いて話しましょう」



 そうして円卓に座り、各国の状況とヨルムンガンドの動きや目的について情報を共有した。


驚くべき事に、各国のドラゴンが空を覆っている都市の状況は落ち着いているらしい。ただ、これは無秩序な暴動や略奪などの混乱が起きていないというだけの事らしく、その実態は恐怖に怯えて動けなくなっているという表現の方が合っているそうだ。


住民は、自分達の動きによっては上空のドラゴンが即座に襲いかかってくるかもしれないという恐怖に囚われて、家を出ることもままならず、ひっそりと息を潜めているらしかった。それは3ヵ国共に共通している今の状況だった。


(なるほど、混乱して騒ぎが起きるとそれが刺激となってドラゴン達が襲ってくるかもしれないという恐怖が、逆に大きな混乱を起こさないかせになっているんだな・・・)


 もしかしたら、既にあちらこちらの都市で大きな混乱や暴動が起きているかもしれないと危惧したのだが、意外な展開にひと安心した。ただ、だからといってそんな状況が長く続くかというと、それもないだろうということだ。抑圧され続けた恐怖心は、いつか緊張の糸が途切れ、多くの住民達が破滅的な行動に出ることも十分考えられるということだった。つまり、一日も早くこの状況を解消しないことには、何が起こるか分からないということだった。


 次に、僕の持っているヨルムンガンドについての情報を伝えた。今回の襲撃は、長い年月を生きている中での暇潰しということ。高い戦闘能力だけでなく、桁外れの防御力を誇り、僕でも歯が立たなかったこと。更には人形へと変身することができ、会話することも出来たこと。今回の各都市のドラゴンの出現は、僕を更なる強者へと成長させて楽しむためにされたこと。そして、今日より4日後に包囲しているドラゴンが一斉に襲って来ることを。


「では、今回のこの騒動の原因は、ダリア殿のせいということか!?」


王国の新しい宰相、リーガースさんが目を見開きながら僕を非難してくる。予想していたこととは言え、こう直接的に言われると、思うところがない訳ではない。


「貴様!何を言うか!!」


「ひっ!」


ジャンヌさんが殺気を隠そうともせず、リーガースさんに詰め寄ろうとする。その剣幕にリーガースさんは、腰を抜かしたように椅子から転げ落ちてしまった。


「待て、ジャンヌ大佐」


「しかし、皇帝陛下!ダリアはこの国の王都が襲撃された際に、住民達を守るため、ヨルムンガンドごと場所を移動し、被害が出ないようにするという配慮まで行っています。皆が動けない中いち早く対処して見せた彼を、まるで元凶のように言うのは納得できません!」


「気持ちは分かるが、リーガース殿の言うことも、もっともだ」


「叔父様!!」


皇帝の言葉に、ジャンヌさんは怒りも露に反発したが、皇帝の話しには続きがあった。


「待て!別に私は彼を責めているのではない。リーガース殿がそう考えるのも理解できると言うことだ。そもそもヨルムンガンドが諸悪の根元であって、彼は巻き込まれた立場だ。責められる謂れはないと私は考えている。ただ、そう考える人の気持ちも理解できるというだけだ。そういった事も含めて話し合うべきだ」


「・・・・・・」


皇帝の言葉に、幾分冷静になったジャンヌさんが、ブスッとした表情のまま席に戻った。



「落ち着いたところで話を戻しましょうか?」


場の雰囲気が険悪になってしまった状況で、女王が口を開く。


「現実問題として、既に各国の主要な都市はドラゴンに包囲されています。為政者として国を守らねばならない立場として申しますが、取れる対策は限られます。彼を差し出すか、協力するかです」


「女王陛下、差し出すと言うことは、つまりその首を、ということですかな?」


「っ!!」


女王の発現に、国王が鋭い視線で真意を問う。ジャンヌさんは殺気を女王に放っていたが、皇帝に睨みを効かされ、不承不承従っているようだった。


「はい。ヨルムンガンドの求める強者が居なくなれば何事もなく去ってくれるかもしれないと言う希望的観測です」


そうはならないだろうと、半ば確信しているような言葉だった。


「・・・女王陛下とてその考えの危険性は承知しているようだが?」


それを国王も理解しているのだろう、その言葉の先を促すように目を細めた。


「そうですね。当然楽しみが無くなったヨルムンガンドが暴れないという確証はありません。もしかすると、楽しみを我々が奪ったということで、怒りのあまり世界を滅ぼさないとも限りません」


「でしょうね。そんな状況になってしまえば、ダリア殿の居ない我々では良いように蹂躙され、滅んでしまうでしょう」


諦めの表情の皇帝が、肩を竦めながらそう言った。各国の都市には数百のドラゴンが包囲して、その内バハムートも10体づつ程認識している。1体でも天災と言われているのにそんな存在が、一つの都市に10体もいるのだ。人はなす術無く滅ぼされるだろう。


これはメグ達との話にもあったが、僕から指摘する必要もなく、彼らは気づいていた。


「そんな・・・」


女王達の話に、リーガースさんはその事実に愕然として、憔悴してしまったようだ。


「となれば、我らが選択出来る手段は一つしかないな」


国王が円卓を見渡しながらそう言うと、みな一様に頷いて同意を示した。


「我らは彼、ダリア・タンジー殿に最大限の協力を惜しまない!ヨルムンガンド討伐のために必要なことがあれば、どんなことでも申し出て欲しい!」


国王は厳しい表情をしながら、力強い眼差しの視線を向けてきた。事ここに至って、心が

折れていない様は、尊敬に値するだろう。隣に座るリーガースさんと比べてだが。


「ありがとうございます。僕一人では困っていたこともありますので、是非力を貸してください!」


「もちろんだ!ダリア!!」


僕の言葉にいち早く反応してきたのは、満面の笑みのジャンヌさんだった。


「世界の危機だ、何でも言ってくれ!私の力が欲しいというのなら、この身の全てをダリアに捧げよう!」


彼女は僕に向かって両腕を広げながら、キラキラとした瞳を向けてくる。僕が欲しいのは情報なのだが、彼女にそうとは言い難いような空気があった。


「あ、ありがとうございます。その・・・気持ちは嬉しいです」


「そ、そうか!嬉しいか!」


一人喜びに舞い上がっている彼女を尻目に、アレックスさんが、口を開く。


「それで、実際のところ俺達が協力出来ることなんてあるのか?」


「実はみなさんに聞きたいことがあるのですが・・・」


 そうして、ヨルムンガンドが使った眷属召喚の方法から、血を媒体とした技術について心当たりが無いかを確認することにした。

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