第202話 絆 9
新天地ーーー
そこは今まで暮らしていた大陸から、遠く南に離れた場所にある。何故南にしたかと言えば、寒いよりも暖かい方が良いからという単純な理由がそこにはあったが、その理由を知るのは僕しかいない。
その大陸の大きさを比べると半分ほどなのだが、空間認識で感知した限りでは、住民の数がかなり少なかったので、これなら移住しても大した騒ぎにもならず、土地も余っているだろうという目論見があった。
「・・・凄い光景ね・・・」
新天地を前に呟くように口を開いたのはメグだ。今の僕達は、この大陸の住民が暮らしているであろう都市から3キロ程離れた場所に転移している。
「本当にここから少しの所に人が住んでいるのですか?」
困惑げにフリージアが僕を見つめて確認してくる。彼女達がそう考えてしまうのも当然だろう。何せ眼前には鬱蒼と生い茂っている密林がどこまでも広がっており、とても人の手が入っている感じがしないのだ。
「う~ん、ここから3キロ程で都市があるんだけど・・・獣道しかないね・・・」
空間認識で分かっている情報と、実際の景色に隔たりがあるため、僕も自信無さげに答えた。本来都市からこの程度の距離ならば、もっと整地されていても良いし、街道があっても良いはずだ。にも関わらず、そういったものが一切無いどころか、人の気配を感じさせないのだ。
「ここの魔獣の数は異常だぞ。これでは人の都市などあっという間に飲み込まれてしまう・・・」
ジャンヌが周りの気配を察して、緊張感も
「ん、ダリアが居れば問題ない。むしろ食料と素材が向こうからやってきた」
僕に絶対の信頼を向けてくれるようにティアが自信満々に話した。
「それはそうですけど、やっぱり怖いです・・・」
怯えるように僕の裾を掴みながらシルヴィアが魔獣の気配漂う辺りを窺っている。
「ダリアお兄ちゃんは無敵なの!こんな獣なんてどうってこと無いの!」
「こ、こらアシュリー!私から離れないで!」
アシュリーちゃんは、えっへんと擬音が付きそうな態度で両手を腰にして僕達から前に少し出て密林を睨みながら叫んでいる。その行動にシャーロットが慌てて自分の近くへと腕を引いていた。最初に顔を会わせてから妙にアシュリーちゃんに懐かれてしまったようで、たまに僕のベッドに潜ってきたりと、まるで兄のように慕ってくれている。
僕も彼女は妹のように接しているのだが、みんなから何とも言えない視線に晒されることがあるので、疑問に思い聞いてみると「ロリコンなの?」と言われた。首を傾げているとその意味を教えられ、猛否定したものだ。
「取り敢えず早めに都市に行って、この大陸について聞いた方が良さそうだね」
「そうですね、その方が良いでしょう」
本来は少し離れた所から都市へ向かいながら初めての大陸を見ていこうと思っていたのだが、そうも言っていられなくなってしまった。僕の意見にメグが賛同したところで、こちらを囲んでいた魔獣達が本格的に動き出した。
「ダリア!ここは私がやろう!最近全力で剣を振るっていなかったから、良い運動になりそうだ!」
ジャンヌが前に進み出て、獰猛な笑みを浮かべながら腰に下げる2本の剣を鞘から抜き放った。この剣は大陸を離れる前に帝国に戻って持ってきたもので、2本とも魔剣らしい。右手には水属性が付与された水色の刀身の剣を。左手には土属性が付与された橙色の剣を構えながら、腰を落として何時でも動き出せる姿勢をとっている。
「分かった。援護するから、無理はしないで」
「ふっ、心配するな!」
その言葉を残して、姿をブレさせるほどの速度で僕らに襲い掛かろうとしている魔獣達へ肉薄し、その双剣を振るった。襲い掛かってきている魔獣は多種多様で、ゴブリンやコボルド等の最下級魔獣から、オーガ、サイクロプス等の本来別の種族とは群れることの無い中級魔獣も見られた事に疑問が浮かぶ。
(これがこの大陸の普通なのか?まるでスタンピートのように強力な個体が指揮しているみたいだな・・・)
実際のところは不明だが、この魔獣達を指揮しているものの存在を視野に入れながら相対する必要がありそうだ。
そんな事を考えながらも、目の前でジャンヌが繰り広げる蹂躙劇を見つめ、必要であれば援護しようと考えていたのだが、さすがに【剣聖】だけあってその必要性は無さそうだった。100匹に届きそうな魔獣に囲まれているが、彼女は僕達を中心として渦を描くように徐々に外側へと行動範囲を広げていっている。
そのすれ違いざまに魔獣の頭を切り落とし、速度を緩めること無く倒していく。それは中級魔獣のオーガやサイクロプスも同様で、彼女の接近に気づいた時には既にその首が撥ねられているようだった。
そうして5分が過ぎる頃、辺りは魔獣の死体の山が出来上がり、結局ジャンヌはその双剣の切れ味だけで圧倒し、魔剣の特性を使うまでもなかった様子だった。
「ふ~・・・久しぶりに良い鍛練だった」
「いや、まぁ、一応実戦だけどね」
「でも、あの光景を見せられると、そう思うのも分かります。さすが【剣聖】ですね」
「ジャンヌお姉ちゃん強いの~!」
双剣を納刀しつつ、汗1つかかずに満足した表情で戻ってきたジャンヌの呟きに突っ込みを入れると、シャーロットが戦闘の様子と周りの惨状を見ながらそんな感想を口にし、アシュリーちゃんは無邪気に喜んでいた。
「ところでダリア、妙だとは思わないか?」
辺りに散らばる魔獣の死体の山に目を向け、ジャンヌが真剣な表情で僕に意見を求めてきた。
「多数の種族の魔獣が群れていたこと?」
「そうだ。本来そんな事はあり得ない。可能性があるとすれば・・・」
「スタンピードのように強力な魔獣が率いているっていう可能性かな?」
「ああ。だが、私の知覚が及ぶ範囲にはそれほど強力な魔獣の気配は無かった・・・ダリアなら何か分かるか?」
「確かにこの大陸にも上級魔獣やドラゴンのような超級魔獣も居ることは感知しているけど、この場所からかなり離れてるんだ」
「では、この大陸独自の生態系と言うことですかね?」
僕とジャンヌのやり取りに、メグが自分の考えを投げ掛けてきた。
「そうかもしれないし、違うかもしれないね。まだこの大陸について僕達は何も知らないからね」
「そもそもこの大陸には人が少ないと言っていましたけど、具体的にはどの程度なのでしょう?」
フリージアがそんなことを聞いてきたので、僕の空間認識で分かる範囲の情報を伝える。
「ここから3キロ程の距離に都市があるとは伝えたよね?そこの住民は約500人程なんだ。そして、それと同規模の都市がこの大陸中に点在していて、その数はおよそ100以上。そして、この大陸の北の端の方に
僕の言葉にみんな目を丸くして驚いていた。それもそうだろう、この大陸の大きさを考えれば余りにも少な過ぎるのだ。
「そ、それでは都市と言うより村か町程度の規模ですね。それに、この大陸の全人口は6万人足らずと言うことですか?」
メグは僕に、あり得ない事だと確認してきた。
「信じられないかもしれないけど、本当なんだ」
「ん、王国の王都だけでさえ住民は10万人を越えていたはず、この大陸は何がどうなっているか気になる」
異常なくらい少ない住民の数に、ティアが大陸の現状に興味を持ったようだ。
「そうだね。じゃあ、ファング・ボアやオークなんかの食料になる魔獣を回収して、早々に近くの都市へ行こうか」
そして移動すること数十分、この大陸の住民が住む都市へとやって来たのだが、ここで問題が発生した。
「凄い外壁だね・・・どこにも門がないけど」
「本当ですね~。王都の2倍の高さはありますよ・・・入り口が無いようですけど」
僕とシルヴィアは口をポカンと開けながら高さ50mはありそうな巨大な外壁を見上げながら呟いた。その都市の広さは王都とさほど変わらぬ広大さで、外壁も強固そうで立派だった。外壁の上には、巨大な弓矢の様な武器も配置されているようで、外壁のことも含めその技術力の高さを窺わせた。住民の数に対して僕がずっと「都市」と表現していたのはこの為だった。
この都市の外壁に到着してから、みんなその場に待機してもらい、速度を上げて外壁の周りをぐるりと一周してきたのだが、先の呟き通り門らしい門が無く、入り口が分からなかったのだ。
「ダリアお兄ちゃん、どうやってこの中入るの?」
どうしたものかと外壁を見上げていると、アシュリーちゃんが僕の裾を引っ張りながら聞いてきた。
「う~ん、外壁の上に武器があるってことは見張りがいてもおかしくないはずなのに・・・誰も居ないんだよね・・・」
「どうする?無理矢理入り込んでは印象が悪くなるだろうし、なんとか中の住人と接触したいものだが・・・」
「門番も居なければ、門自体無いですからね・・・」
ジャンヌさんの懸念に、フリージアも困り顔を浮かべながら問題点を口にする。
「ちょっと外壁の上に移動して、中の住民に声を掛けてみるよ」
「一人で大丈夫か?」
「寧ろ一人の方が相手を警戒させないと思うから大丈夫だよ」
ジャンヌが心配してくれるが、さすがにみんなで外壁に上ってしまうと、警戒感を持たれるかもしれないと考えて一人で行くと告げた。
〈
周囲を確認し、〈
『初めまして、こんにちは!!僕はダリアです!!この都市について聞きたいのですが、誰か来てくれませんか~!!!』
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