第201話 絆 8

 僕達は今、フロストル公国の王族が所有する保養地の屋敷のリビングに集まっている。ある程度の荷物の整理も終わり、シルヴィアの淹れてくれた紅茶を啜りながら一息入れると、僕は気になっていたことをみんなに聞いた。


「その、さっきはみんなの事が好きだと言ったんだけど、それってやっぱり、みんなからしてみたら・・・嫌なことだよね?」


どこぞの王公貴族なら正妻の他に多数の側室を持ったりと、一夫多妻はあり得る話かもしれないが、彼女達にして見ればそういう事に反感を持っていてもおかしくない。だからこそ確認すべきだと思った。僕自身彼女達の事が大切で、ずっと側に居て欲しいと考えているが、彼女達はそこのところをどう考えているのか知りたかった。


「本来であれば、私は自分だけを見てくれる方が良いのですが・・・何故か皆さんなら許せるというか、受け入れるのが当たり前というか・・・」


「私もなんです。不思議と嫌悪感もなく、寧ろそうあって欲しいというか・・・」


マーガレットとフリージアが、若干首を傾げながらも自分の胸の内を明かしてくれた。


「ん、私もみんなと一緒に愛してくれるなら異存ない。きっと楽しくやっていけると思う」


「私もなんだかその方が安心です。私なんてみなさんとそんなに交流は無かったはずなのに、凄く心が許せるというか、ホッとするんです」


「私もこの5人でダリア殿を支えるということが当然と感じているのだ。いや、私はもっと頑張って君にアピールしなければならないと思うほどだ」


どうやら僕がみんなに好意を抱いてしまったことも、その想いをみんなで受け入れることにも抵抗がないようだった。寧ろみんなそれが当然、という考えを聞けたことで安堵した。ジャンヌさんは何故か焦りみたいなものを感じているようだが、僕にとって彼女も大切な存在で、焦りの理由は分からない。


(もしかして、年齢を気にしているのかな?そんなこと関係ないんだけど・・・。それを言ったらエルフであるマーガレットは・・・いや、女性に年齢の話をするのは止めておこう、絶対に・・・)


ジャンヌさんに気にしないでと言おうと考えたが、危機感知が働いたようにその話題を口に出すことは躊躇われた。


「そ、そうか、みんなありがとう。みんなの事が好きだなんて言って、女誑おんなたらし扱いされても仕方ないと思ったんだけど、みんなに対する想いは真剣なんだ!本当にみんなの事が大切で、幸せにしたいと思っている!」


「ふふふ、それは私も同じです。私もダリア様の事を幸せにしたいと思っているのですよ?」


「もちろん私もです!」


「ん、当然!」


「一緒に幸せになりましょう!」


「ダリア殿を愛するものとして当然だ!」


彼女達からの嬉しい言葉に自然と頬は緩み、これからの生活が楽しく思えてきた。


「じゃあ、今後は僕の事を呼ぶ時に、敬称は付けずにダリアって呼んでくれないかな?」


敬称を付けられると、なんだかみんなとの間に壁を感じてしまうのでそうお願いして、みんな快く了解してくれた。その際、マーガレットとジャンヌさんからもお願いがあった。


「では、私の事は最初会った時のようにメグと、そう呼んでくださいね」


「分かったよ、メグ!」


「ふふふ・・・」


「で、では、ダリア・・・私の事もジャンヌと呼び捨てにしてくれないか?」


「もちろん良いよ、ジャンヌ!」


「っ!!くふふ・・・」


僕がメグの事を愛称で、ジャンヌを呼び捨てにすると、2人共顔を赤らめて幸せそうに笑い声を漏らした。特にジャンヌに対してだけ敬称を付けて呼んでいたので、それが彼女を不安にさせてしまっていたのかもしれないと思った。



 それから、今後みんなでどうやって行動していくかを話し合った。大まかには、3か国の魔法代替え技術に道筋が出来るまではここを活動拠点としながら、新天地を探すというものだった。最初はヨルムンガンドと戦闘した島にしようかとも思ったが、その場合衣服や調味料等の生活必需品の購入の度に戻らなければならないということもあり、別の大陸の都市を見つけた方が良いのではということになった。


それは、大陸を去ったはずの人物が買い物で頻繁に見掛けられる、なんていうのも格好がつかないと思った為でもある。僕の空間認識と空間転移テレポートを使えば新天地探しも難しくはないので、一先ずは新天地での生活物資の準備をするということになった。


 また、以前話にあったシャーロットを一緒に同行させたいと言うことで、後日この保養地に連れて来ることになった。彼女は王国で間者をしていたが、任務に失敗した為、自らを死んだように見せかけて公国へ亡命したらしい。その際、彼女の妹も一緒だと言うことで、2人を残していくのは忍びなく、仲も良いということだったので了承した。


実際に2人を連れてくる際、妹のアシュリーちゃんが僕の事を女の子と間違えて「お姉ちゃんなの?」と言われた時には、この2人とも以前会っていたような猛烈な既視感が襲ってきた。お互い困惑したような態度になってしまったが、気を取り直していつも通り自分が男であると説明すると、キラキラした笑顔を向けてきながら一冊の本を取り出して、「この本見たことある?」と聞いてきた。その様子を見ていたフリージアが、慌てて愛想笑いを浮かべながら誤魔化していたが、一体あれは何の本だったんだろう。



 後日気になってフリージアに確認すると、何故か女性物の服を着て欲しいとお願いされ、やんわりと断っていると、その様子を見つけた他のみんなも、僕を取り囲んで懇願してきた。あまりの圧に仕方なく着替えると、みんな僕のその姿に異様なまでの盛り上がりを見せたのだった。その後、何度となく女性物の服を着せ替え人形のように着ることになるのだが、それはここでは割愛しておく。



 そうして拠点を保養地へ移してから3ヶ月が過ぎた頃、ようやく魔法に代わる代替え技術の基礎設計が出来たという連絡を受けた。新技術が産み出されるにしては早すぎるかもしれないが、元々魔法によらない武器の開発に長けていた帝国や、魔力制御が難しくなったとはいえ、ある程度は魔力を扱える公国の技術と、その両方を掛け合わせる技術を有していた王国の技術者が、その情報を共有して協力した成果だった。


とはいえ、開発を始めて一月が経って確認したときは、各国とも自国の技術の出し惜しみをしていたため、開発がほとんど進んでいなかったのにごうを煮やした僕が、苛立ちながら急かしたのが良かったかもしれない。殺気を放ちながら開発をにこやかに見守る僕に、技術者や為政者達は冷や汗を流しながら手を取り合って協力していた。まさに各国が一つになった瞬間だった。


また、新技術が開発されるまで、各国の魔獣の数を相当数減らしつつ、その亡骸を冒険者達にも協力して回収してもらったり、帝国では農地改革や鉱山での鉱物採取の手伝いなど幅広く行い、あっという間に時間は過ぎていった。


 そうして基礎設計が出来上がったことで、いよいよ僕達はこの大陸を去ることにした。各国からの援助で、1年間は生活出来るだけの食料や調味料、衣服などの生活用品。また、住居として、拠点にしていた保養地の屋敷を空間魔法で切り取り、〈収納〉して持っていくという荒業で確保し、場所さえあれば直ぐにいつもの生活が可能なように準備を整えていた。


フリージアやティア、ジャンヌは前日までに親しい人達との挨拶は済ませており、今は公国の王城の中庭でメグと女王の話が終わるのを待っている状態だった。


「みんなさんゴメンなさい!お待たせしました!」


忘れ物がないか等の最終確認を行っていると、メグが息を切らしながら僕達の元へ駆け込んできた。


「そんなに急がなくても大丈夫だよ!」


「そうですよ!ダリアがマーガレットさんの事を置いて行く、なんてあり得ないんですから!」


「それより、親御さんとはちゃんと話せたのか?」


僕がメグに声を掛けると、フリージアも心配無用と笑顔でメグを迎え、ジャンヌは女王である彼女の親との事を心配していた。実はあの会談の一件以来、通信魔具で再三の呼び出しがあったのだが、彼女はそれを全て拒んでいたのだ。一応いつでも戻ってこれるとは言っても、今日でこの大陸を去るので、心配したジャンヌが彼女を諭して両親とちゃんと話すようにしたのだ。


「まぁ、お父様には泣かれましたが、お母様とは私とダリアとの間に子供が出来たらちゃんと見せに来なさいということで話は纏まりました」


「・・・えっ?こ、子供!?」


彼女からの予想外の言葉に目を丸くして驚いてしまった。


「ええ、おそらくお母様はその子が王位を継ぐようにしたいのではないかと思います。まぁ、本人の意思を尊重して、ですが」


「いや、まだ生まれてもないし・・・もし男の子だったらどうするの?」


公国は女系国家だ。従って王位に就けるのは女性のみということなのだが、もし女の子が生まれなかったらどうするのだろう。


「大丈夫です!王族の家系の女性からは、女の子しか生まれません。ですから・・・なにも心配は要りませんよ?」


最後の方はモジモジとしながら、顔を真っ赤にして上目使いに僕を見つめてきた。その様子に、どう反応して良いか困ってしまう。下手に返答すれば、僕が彼女とをしたいと大っぴらに宣言することになってしまうからだ。


(いや、別に興味が無い訳じゃないけど、他のみんなの目もあるこんな衆人環視の中で、どう言ったらいいんだよ・・・)


この中庭には僕達以外にも、公国の騎士や文官、メイドさん達もいるのだ。そんな中で「じゃあ、何も心配ないね!」と言おうものなら、どんな目で見られるか、想像するだけでも顔が引き攣ってしまう。すると、シルヴィアが両手を頬に当てながら恥ずかしげに口を開いた。


「マーガレットさんったら、こんな所でダリア君との子供が欲しいなんて大胆ですね!私も負けていられません!」


そう言いながら彼女は僕の腕に飛び付いて体を引っ付けてくる。彼女の大きく柔らかい胸が押し当てられ、赤面してしまう。


「では、こちら側は私が・・・」


すすっと近寄ってきていたフリージアが、逆の腕に絡み付いて胸を押し当ててくる。シルヴィア程ではないが、確かな膨らみと柔らかさを感じて、更に恥ずかしくなってしまう。すると、背後から怨嗟の籠ったような声が聞こえてきた。


「くっ!私の貧弱な武器では彼女達に対抗できん!!」


「ん、私はまだ成長期・・・これから大きくなる・・・はず」


振り向くと、ジャンヌとティアが悔しげに僕の両隣を見つめていた。


「ま、まぁまぁみなさん落ち着いてください」


「みんな大人なの!アシュリーも頑張って大きくなるの!」


「アシュリー!!?」


混沌とした状況にシャーロットが宥めるように声を掛けるが、事の成り行きを見ていたアシュリーちゃんが自分の無い胸を擦りながらそう呟き、シャーロットが目を見開いて驚いていた。


「と、とにかくやるべき事は終わりましたので行きま・・・って、フリージアさん!シルヴィアさん!いつまでダリアの腕に絡み付いているんですか!?」


メグが咳払いをして場を仕切り直そうとするが、いつまでも僕の腕を離そうとしない2人に目くじらを立てて噛みついた。その為、この混沌とした状況はもう少し続いてしまうのだった。


(なんかこんな状況も楽しいな。みんなが居て、笑ったり怒ったりして・・・心が温かいな)


そんな何でもない幸せを噛み締めながら、僕達は新天地へと赴くのだった。

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