第200話 絆 7

 しばらく甘い雰囲気が流れた会議室。各国の為政者達は、口をポカンと開けながら呆然と事の流れを見守ることしか出来なかった。そんな中、最初に我を取り戻したのはオーガンド王国の国王だった。


「こ、これは喜ばしいことで何よりですな!ダリア殿がこれほど彼女達と親しいとは思いませんでした」


その言葉に、皇帝と女王もハッと意識が覚醒したような表情になり、次いで口を開いた。


「ほ、本当に喜ばしいですな!まさか我が姪がダリア殿にそんな想いを抱き、ダリア殿がその想いを受け入れていただけるとは驚きだ」


「え、ええ、本当に。一体何がどうしてこうなっているのか、本当に驚きました・・・」


みんな困惑した表情ながらも、僕達のことについて祝福の言葉を口にしてくれていた。しかし、その目からは動揺や焦燥、驚愕、疑問といった感情が感じられ、彼らはしばらく僕と彼女達を見やった後は、女王へとその視線が向かっていった。その様子はさながら、『聞いていた話しと違うぞ』という言外の思いが込められているような気がした。




side ヴァネッサ・フロストル


(な、何故!?どうしてこんな状況になっているのですか!?)


 頭の周りを飛び交う疑問符に、答えを導き出せず、困惑する内心を必死に抑え込んで貼り付けた笑顔を皇帝と国王へ向ける。2人と目が合うと、その瞳から『どういうことだっ!?』という困惑と怒りの感情が透けて見えた。


この会談に先だって各国とダリア・タンジーについての情報共有を行った際、彼は女性に対しての興味は薄いと伝えていた。これは、人間と比べると整った容姿のエルフの臣下を使い、彼が女性になびくかの検証をした事で得たものだ。


思春期の男の子ならそんな見目麗しい姿をしたエルフをあてがえば、自然と目が引き寄せられ、ともすれば声の一つも掛けるかもしれない。そんな考えもあって4人ものメイドを彼に付けて、隙あらば誘惑出来るか確認したのだが、上がってきた報告では『見向きもされなかった』という、任務に就かせた臣下達が逆に自信を無くすような結果だった。


その為、見た目や年齢の事も相まって、総合的に判断し、彼にはまだが育っていないのではないかという結論を出していた。


 しかし、今目の前で繰り広げられている光景は、その判断が間違っていたと突きつけられているのだ。自分の娘であるメグを含め、彼を取り囲んでいる娘達の表情は、どう見ても恋する女のそれだ。しかも、その中心にいる彼もまた、そんな彼女達に恋する男の表情だった。


(そんなバカな!彼とはまだ会って数日のはずなのに、何故そんな「ずっと想いを募らせていた」とでもいうような表情になっているのですか!!?)


訳が分からない。自分の娘であるメグの事も、帝国の剣聖も王国の聖女達の事も、圧倒的な力をもつあの少年の事も、事前にその為人ひととなりを分析させていたというのに、ここに来ての全くの想定外の事態に、ただただ困惑するばかりだった。


(こんなことなら別の手段を用いていれば・・・しかし、今更吐いた言葉を反故するわけにも・・・)


 実際のところ、この会談の方針は始まる前から決まっていた。その強大な力の抑止になるような人物はこの大陸にはおらず、かといって女性に興味を向けなかった事から、下手に縁談の話を振って不快感を抱かせるわけにもいかない。


本来であれば彼に各国の中枢的な存在の娘と縁を持ってもらい、その存在を使って力の抑止力にしようという案も出ていた。しかし、彼は女性に対する感情がまだ成熟していないと判断し、その感情が育つまで待つよりも、異物を排除する方向で調整しようという結論になった。そうなったのは紛れもなく、公国の女王である妾の発言あっての事だった。


 それでもこの方向性は賭けでも何でもなく、事前の調査で彼の行動原理とも言える思考を分析し、彼ならばこの提案を飲むだろうという、ある程度の打算あっての事だ。彼の行動原理は単純にして明快。敵ならば躊躇なくその力を振るうが、味方であれば守り抜くという、まさに物語の主人公のような気質、つまりは子供だった。


だからこそ、我々は彼の味方という立ち位置を強調しながらも、民衆の不安という建前を伝え、どう行動して欲しいか察するように仕向けて、我々が望んだ言葉を言わせたのだ。


結果その目論見は途中までは成功していた。彼は自発的に魔法技術の立て直しまでの助力を願い出て、その後は大陸を去ると発言してくれたのだ。しかし、問題はこの後。そして今この時。妾は他国の王達から懐疑的な視線を向けられている。何とかしてこの場を乗りきらねば、他国からの信用を失ってしまう窮地に立たされていた。




 雰囲気の変わった会議室では、新たに5人の席が用意され話し合いが行われている。それは、彼女達5人の意思確認とでも言うべきものと、僕への対応の再調整だった。


正直僕としては彼女達5人を連れて新天地に行くと決めたので、今更何を言われても意思を曲げることはない。しかし、眼前の為政者達は先程までとは打って変わって、宥め透かし、機嫌を窺い、時には媚を売るような話し方で僕をそれとなく大陸に駐在させるような話をしてきた。特にそれが顕著だったのは、公国の女王だった。


 彼からの言い分も分からないではない。マーガレットは公国の次期女王だし、ジャンヌさんも帝国の要職に就く身だ。そんな人物が急に居なくなれば国は大混乱に陥る可能性がある。さらに、フリージアは元王国の聖女として知名度があり、ティアも侯爵家の次期当主、シルヴィアに至っては、なんと国王のめかけの子らしい。


どうやら王国としては国を離れたフリージアとシルヴィアに適当な理由で恩赦を出し、再度王国に戻らせ、ヨルムンガンドからの復興の旗印にしたいという思惑があったようだ。


何故彼女達なのかと言えば、それは大陸中に映し出された戦闘の映像に彼女達が映っていたからだ。最も危険な場所で英雄と共に戦っていたという状況を利用し、そんな彼女達が先頭に立って、魔力制御の混乱残るこれからの国を引っ張れば、民衆は一丸となって動いてくれるだろうという思惑があったようだ。


しかもフリージアは既に知名度は抜群で、特に平民からの支持も厚い。そんな人物を利用しない手はないということだろう。


(本人の意思を考えなければ・・・だけど)


 既に彼女達の中で答えは出ていた。いや、各国にとっては出てしまっていたと言うべきか。彼女達は各国の僕への当初の対応にいたく不満を募らせていた。それは不信感となり、自国に対する疑念を生み、遂には大陸から出奔する決意を固めさせてしまっていたのだ。


毅然と自分達の国の王にそう伝える彼女達の表情は、何を差し置いても僕の事を一番に想ってくれている、そんな想いが込められていた。


(・・・幸せだなぁ)


彼女達のやり取りを見ながら、ついそんな事を考えて頬を綻ばせていると、悲壮な顔をした女王が平身低頭言い募ってきた。


「ダリア殿!どうか、どうかご再考いただけませんか?」


 何の再考かと言えば、僕の居住を既に滅びてしまったミストリアス国か、イグドリア国の近辺に設け、定期的に交流してくれないかということだった。これは、各国の重要人物であるマーガレットやジャンヌさん、フリージアが居なくなってしまうことを危惧した事で、急に三ヶ国から持ち上がってきた案だった。


しかし、この提案を頑なに拒絶しているのは当のマーガレット達だ。彼女達は目を見張るような好条件を言われても、首を縦に振ることはなかった。困った各国の王達は、僕の言葉なら彼女達は動くだろうと考え、こうして懇願してきているのだ。


「本人も拒否していますし、僕としてもあなた達に思うところが無い訳ではないんですよ?」


「そ、それは重々承知しておりますが、ここは感情にらず、もっと広い視野で考えていただけないでしょうか?」


「とにかく、後顧の憂いがないように新たな魔法技術が整うまでの助力はします。国民の士気高揚等のその後の事は、其方で検討してください」


女王の言葉に、僕も拒絶の意思を伝える。既に僕の脳裏にあるのは、新天地での彼女達との生活をどうするかということで、この不毛な会議には興味がなかった。


「・・・で、では、マーガレットに通信魔具を持たさせて頂けますか?もし故郷で未曾有の危機があったとなれば、彼女達も家族や友人の事が心配になるでしょうから・・・」


その言葉にチラリとみんなを見ると、その提案を肯定するように小さく首を縦に振った。


(また今回みたいなことがあって、気づいたら滅んでいた、なんて目覚めが悪いしな・・・情報収集も出来そうだし、最低限の繋がりは残しても良いか・・・)


そう考え、女王に「分かりました」と返答した。その言葉を聞いた女王は、あからさまにホッとしていた。その表情から、どれほど追い込まれていたのだと苦笑してしまう。



 その後、会談は今後の大まかな日程と、僕に対する細かな条件を確認したところで終了した。実は各国とも、今後の旗頭となれる人物を失ってしまったことと、大陸を救った英雄がこの地を去るということで、国民に多少の混乱と、求心力の低下が起こるのだが、今の為政者達には知るよしもなかった。



 各国の為政者達を自分達の国へ〈空間転移テレポート〉で帰し、部屋に戻ろうとすると、マーガレットが話しかけてきた。


「今後の私達の事について話したいのですが、王城ではどこに耳目があるか分かりません。ですので、保養地へ行きませんか?」


「保養地?分かった。地図で場所を教えてくれれば〈空間転移テレポート〉出来るから、後で教えてね」


「はい。後ほどお持ちします。みなさんも着替えなどの準備をお願いしますね?」


もしかしたらマーガレットは今回の行動で、みんなが無理矢理国へ連れ帰らされる為に、監禁される可能性があるということを危惧しているかもしれない。それは彼女の不安げな表情で、何となくその考えが伝わってきた。


「あっ、着替えとかの荷物なら僕の〈収納〉を使えばいくらでも持てるからね」


「えっ?そんな事が出来るんですか!?さすがダリア様ですね!」


僕の言葉に一番反応したのはフリージアだった。女の子は荷物が多いと聞いたことはあるが、そんなに喜んでくれるなら言った甲斐があったと微笑んだ。


 そして1時間後、彼女達の部屋を周って荷物を収納したのだが、フリージアの桁違いの衣服の量に唖然としながら保養地へと向かうのだった。

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