第203話 絆 10

 僕の声に気付いてくれた人が、外壁の上に立っている僕の方を向いてくれたが、距離がありすぎるためなのか、首を捻りながら困惑した表情を浮かべてしまっていた。


『そこの、今外壁の上を見ているあなた!!』


「っ!!?」


『そう!右手に作物を抱えて茶色い帽子を被っているあなたです!!ちょっとお話を聞きたいので、誰か対応できる人を呼んでくれませんか?』


「・・・・・・」


あの人は僕が視認出来ていないのだろう、口をパクパクさせながら固まってしまっていた。


『僕はこの大陸の外から来た旅の者です!!そちらに害を為す気はありませんので、話が出来る人を外壁まで呼んでもらえませんか!!?』


「・・・っ!!」


しばらくその人は固まっていたが、急に驚いた表情を浮かべて何処かへと一目散に走り出した。とりあえずは僕の言葉に動いてくれたんだと考えるようにして、しばらく待つことにした。


(友好的に話しが出来ると良いんだけどな・・・)


50mもある外壁に登り、この大陸の外から来たと言っても、相手からしたら不審者にしか映らないだろう。とりあえず、相手がどんな対応で来ても穏便に話をしようと考えていた。



 それから10分が過ぎた位だろうか、先程の帽子の人物に急き立てられるように10人程の集団が向かって来ていた。ただ全員武装らしい武装はしておらず、2、3人が手に小型のナイフを握っているくらいで、僕を警戒しているのかいないのか、良く分からない状況だった。


(こちらを刺激しないように、必要最低限の武装ということかな?)


こんがり日焼けした筋肉質な中年のオジサン達の中に、場違いに見える細身の男性が囲まれるようにされていた。見た目は20代前半くらいだろうか、長めの茶髪に柔和な顔立ちをしていた。


『初めまして!僕はこの大陸の外から旅をして来たダリアと言います!お話をお聞きしても良いですか?』


外壁に到着し、頭上を見上げるようにして僕に視線を向けてくる一団に、僕の要望を伝えた。


「は、はぁ・・・武器などは保有していませんか?それに、あなたは一人ですか?」


『見ての通り手ぶらですよ!人数は、この外壁の外に僕の仲間が居ますが、人数は7人で、みんな女性と子供です!』


「・・・どうやってこの外壁を登ったのですか?」


『魔法です!』


「では、念のため魔導媒体も外した状態であれば話に応じましょう。取り上げることはしませんが、こちらの安全の為に武装の類いは、私どもに預けてください」


『分かりました!では、そこにある階段で降りますが、その前に仲間を連れてきますので、少々お待ちください!』



 そうして僕は、外壁のそばで見守っていたみんなを〈空間転移テレポート〉で壁上へ連れてきた。事前に武器の類いは〈収納〉し、代わりに持っていた予備の剣や魔導媒体、荷物を取り出しておく。


みんなその高さに及び腰になりながら階段をゆっくり降りていく。アシュリーちゃんは念のため僕と手を繋ぎながら降りたのだが、本人はこの高さでも楽しそうにしていた。地上に降りると、予め所持していた人数分の武具を筋肉質なオジサン達に渡し、近くにあった詰め所の様な建物で話をすることになった。


さすがに全員は入らないということで、僕とメグ、フリージアが話をする為建物に入り、残りのみんなは外で待機することになった。オジサン達も5人は外に残り、残りは一緒に話を聞くようだった。



「私はこの地区の代表をしておりますエリックと言います。正直、大陸を渡って来る方など私は初めて見ます。しかも全員女性・・・事実なのですか?」


 代表と名乗った彼は、警戒と困惑が入り交じった表情で僕達の素性を確認してきた。長机の対面に座る彼の背後にはオジサン達が鋭い眼差しでこちらを値踏みするように見つめている。その表情は、得たいの知れないものでも見ているようだった。


それもそのはずで、そもそも海は魔獣に支配されていると言っても過言ではない。船で大陸を渡ろうものなら、たちまち水棲魔獣に襲われて海の藻屑になってしまうからだ。


そんな危険を冒してまで海を渡る者など居ないのが常識で、大陸の外から来たなどと言われて素直に信じることなど出来ないのだろう。そして、当然のように僕の性別は女性になっていた。


「信じられないかもしれませんが、事実です。僕はオーガンド王国という国で生まれ育ったのですが、聞いたことはありますか?あっ、それと僕は男なので」


「っ!?し、失礼。・・・そんな国の名は聞いたことはありませんね」


僕の性別を間違えたことに謝罪を入れ、彼は背後にいるオジサン達に目配せをしたが、一様に首を横に振られていた。


「やはり皆、知らないようですね。しかし、その言葉が嘘だと判断するには・・・その、あなたの隣に座る女性を見るに、本当かもしれないと思ってしまいますね・・・」


彼はメグを見ながらそんなことを言ってきた。正確には彼が見ているのは、メグの耳だ。エルフ特有の尖った耳をしているメグを見て驚いていると言うことは、この大陸にはエルフは居ないのだろうか。


「初めましてエリック殿。私はフロストル公国という国で王女をしていたマーガレット・フロストルと言います。私はエルフという種族ですが、ご存じありませんか?」


「っ!!王女でいらっしゃったのですか!?浅学で申し訳ないですが、寡聞にして存じません・・・人間と何か違いがあるのですか?」


メグが王女と名乗ったことで彼は萎縮してしまったようだが、それでも好奇心が勝ったのか、人間との違いについて聞いてきた。


「大きな違いは寿命でしょうか。私達は長ければ1000年近く生きることができます」


「せ、1000年ですか・・・」


彼は突拍子もないことを聞いたような疑いの眼差しをメグに向けるが、彼の知識にエルフはなかったのだろう、そう思うのも無理はない。


「あとは・・・ほとんどの者が魔法の扱いに長けているといったところですね。今は少し魔力の扱いが大変になっていますが・・・」


「魔法才能の消失ですね。我々も驚きました。日常生活に支障はありませんので放置していますが、元々魔法の扱いに長けているなら大変なことでしょう」


「そうですね。ただ、仰るように日常生活にして支障ありませんから大丈夫ですよ」


僕の事を気にしているのか、メグは気遣わしげにそんな事を言った。間接的にでも魔法才能の消失の原因であるということは自覚しているので、今の会話で多少の居心地の悪さを感じてしまったことは事実だった。


「そうですか。しかしエルフというのはそれほど長命なのですね・・・では、そちらのご令嬢もどこかの国の王女とかですか?」


彼は僕の逆隣に座るフリージアを見ながら質問してきた。


「初めましてエリック殿。私はダリアと同じ国に住んでいましたフリージア・レナードと申します。私は教会の修道女ですので、彼女のような肩書きはありませんよ?」


フリージアは微笑みながら自己紹介をして、メグのような肩書きは持っていないことを強調した。


「彼女は元々光魔法が得意ですので、才能がなくとも第三位階の回復魔法は今でも問題なく発動出来るんですよ?」


相手に好印象を抱かせようと僕がそう補足しておく。実際フリージアは【才能】がなくなっても今まで通り魔法が使えるようになっている。それは彼女だけでなくメグやジャンヌも同じだ。大陸を渡るまでの3ヶ月、時間があれば僕が【才能】を使って、彼女達の鍛練中における習得速度を限界まで上げていたので、今では以前より上手に魔法が扱えるまでになっていた。


「その歳で第三位階まで習得されているとは素晴らしいですね!この地区の住民では、才能消失のせいで第二位階が精一杯になってしまいましたから、怪我人が出たとしても応急処置しか出来ません・・・」


「私の力で良ければお力添え致します」


「おぉ!それはありがたい!数人怪我人がおりまして・・・今は安静にしているのですが治療して頂けるなら感謝の念に堪えません!」


沈痛な表情で語っていた彼に、フリージアが助力を申し出ると、彼は大袈裟なくらい喜びを露にして感謝していた。


「ところで、僕達はこの大陸についての知識が皆無でして・・・分かる範囲で構いませんので、教えていただけませんか?」


話のタイミングとして、今ならフリージアの治療の件もあって断り難いだろうと考えて彼に話を振ってみた。


「・・・そうですね、見たところあなた達はこちらに害意はなさそうですし、わざわざ来ていただいた旅の方を無下にも出来ません。私の知る限り、という前提ですが、お話ししましょう」


そう前置きして彼はこの大陸の歴史について僕達に教えてくれた。彼が語ってくれたこの大陸の歴史はこうだったーーー



 約1000年前、この大陸の国々はドラゴンの上位種によって1度滅んだ。人口が急減した大陸では、魔獣の数が飛躍的に増殖してしまい、生き残った人々の生存圏を脅かしていった。そのあまりの戦力の格差に魔獣の討伐を諦めた住民達は、自らの身を守るために強固な外壁を作って閉じ籠ったのだという。


そして、人生の一生をその中で過ごし、外に出ることは無い。外壁に囲まれた中では自給自足可能なように広大な田畑を作り、家畜を飼い、水を引き、不自由ない暮らしが可能となっていた。しかし、一つの都市で養える人口の上限は決まっており、生き残った住民達は大陸に分散するようになっていった。


現在は120程の都市が存在し、魔獣の使い魔を使役した通信手段で他の都市と連絡を取り合っているのだという。



「なるほど、この大陸はそんな大変なことがあったのですね・・・」


話を聞き終わり、感想を口にすると、彼は苦笑いを浮かべながら口を開いた。


「今は先達せんだつ達の残してくれた外壁に守られながら平穏に生活しております」


そう言う彼の表情はどこか暗く、何か悩みを抱えているようにも見えた。話だけ聞けば、魔獣に襲われることがなく、十分な生活が出来そうな話なのだが、何か問題があるのかもしれない。しかし、今のところそこまで深入りするつもりは無かった。


「少しお願いがあるのですが、フリージアが住民の方の治療をしている間、この都市に滞在させてもらってもいいですか?」


「おぉ!もちろんです!少しと言わず、いつまででも歓迎致しますよ!」


僕の言葉に後ろに控えているオジサン達も含めて喜びを露にしていた。


(そんなに住民の怪我は重症なのかな?)


 彼らの大袈裟な反応に疑問を抱きながらも話は終わり、外で待っていたシルヴィア達と合流して、彼らの居住地区へと一緒に向かうのだった。

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