第204話 絆 11

 装備を返却されて居住区に案内されると、数十の家屋が間隔を空けて建ち並んでいた。この都市内では住民に対して広大な土地を有していることもあり、それぞれの仕事場に近い場所に家屋を建てているので、このように分散されているらしい。


エリックと名乗ったこの都市の代表は、僕達を一軒の大きめな家の前まで連れてきた。


「この家屋は今誰も使用しておりませんので、良ければ滞在中ここをお使いください」


「・・・結構立派な家ですが、よろしいのですか?」


それは綺麗な石造りの家で、外見はそれほど痛んでいるようには見えない。空き家ではなく、誰かが手入れをしているように思える。その為、本当に良いのだろうかと確認した。


「ええ、勿論です!フリージアさんの助力の申し出もありますし、心ばかりの歓迎を込めて、という思いからです」


「お気遣いありがとうございます。後程慰問いたしますので、怪我人がいらっしゃる場所へ案内していただけますか?」


フリージアが彼に感謝を伝え、怪我人の治療の案内をお願いしていた。


「畏まりました。私は今からあなた達の事を周知してきますので、準備が出来るまでこの家でお寛ぎ下さい。旅の疲れもあるでしょう、食料や飲み物を持ってこさせるので、ゆっくりして下さい」


「何から何まで、ありがとうございます」


「いえいえ、こちらとしても益あっての行動。そう畏まらないで下さい。では、失礼致します」


 そう言うとエリックさんは、取り巻きのオジサン達と共に何処かへと消えていった。監視する人員を残していくかとも思ったのだが、そんな様子はまるでなかった。ジャンヌ以外は成人もしていない女子供ということで、必要ないと判断したのだろうか。


「では、少し腰を落ち着けて休憩いたしましょうか」


メグが案内された家屋の扉を開けながら、僕達にそう言ってきた。彼らの事や、この大陸の歴史の話などについて意識を共有した方が良いだろうと僕も考え、一先ずリビングにみんな集まって話し合った。



「さて、この都市や大陸についてどう考える?」


 テーブルに着いて一息入れると、先程のエリックさんとの話し合いについての内容をみんなと共有した。その上で、ジャンヌがみんなに意見を求めた。


「そうですね、一言で表現するなら『奇妙』でしょうか」


ジャンヌの言葉を受けて、メグがこの都市についてそう表現した。


「?みんな親切にしてくれたけど、それは変なことなの?」


メグの言葉にアシュリーちゃんが首を傾げながら疑問を口にした。彼女にとってみれは、彼らはこんな立派な家を見ず知らずの僕達に貸し与えてくれた良い人と映っているのだろう。


「アシュリー、もっと人を疑う事を覚えなさいと言っているでしょう?いくらフリージア様が怪我人の治療をするからと言っても、出自の怪しい私達に対しての扱いが軽すぎます」


シャーロットがアシュリーちゃんの考えを嗜め、自らが疑問に思っていることを話した。


「そうだな、楽観的に考えるならこの都市は平和過ぎるあまり警戒心が無いと言うところだが、一応代表者であるエリックを守るように護衛のような連中を連れ立っていた。つまり、警戒してないわけではないが・・・」


「それにしても武装は貧弱でした。武器を隠し持っていたり、隠れて武装した人員を配置しているという気配もありませんでした」


ジャンヌんさんの言葉を受けてシャーロットが続けて話す。彼女は元王国の間者ということもあり、そういったことは敏感なのだろう。


「そうだね、僕の認識の範囲でも、こちらを窺ってはいてもそれは興味本意という感じだった。それに、話し合いの時にもっと矢継ぎ早に質問されると思っていたのに、実際は簡単な確認だけだった」


「そもそも私達の年齢や外見を考えれば、これほど丁寧な対応を受けることにも疑問はありますね」


メグが彼らの対応の違和感を口にする。実際に僕達の外見は子供と表現して差し支えないだろう。そんな人物が海を渡り、魔獣ひしめく密林を汚れ一つ無く、大した荷物もなくこの都市まで来ているのだ、普通に考えるなら怪し過ぎる。最大限警戒してしかるべきだろう。


「いくらマーガレットさんが他国の王女だとしても、それ自体を証明する手段が無い中で、あまりにも彼らは素直な対応でしたね・・・」


フリージアが、先の話し合いについての彼らの態度に疑問を呈する。あまりにも彼らは僕達の言葉を鵜呑みにし過ぎているということだ。それは本心ではなく、僕らの話などどうでも良いと表現する方がしっくりくるほどに。


「その、私はダリア君達の話し合い中ずっと外で待っていたんですけど、外に残っていた男の人達は、何だかこう・・・焦っているような印象を受けました」


シルヴィアの話では、外に待機していたオジサン達は常にソワソワとしていて落ち着きがなかったのだという。


「そうだな、彼らには何か裏があるのだろうと考えて行動する方が良いだろう。現状では情報はまるで足りないが、みんな単独行動は避けて常に警戒するんだぞ」


ジャンヌが警戒を促すが、何となくその姿はみんなを心配するお母さんのようだと微笑ましかった。きっと自分が年上だからという責任感があるのだろう。


「じゃあ、基本的に外に出るときには、僕かジャンヌと一緒に行動することにしよう。この屋敷にいるときも、最低どちらかは残っているようにするって事で良いかな?」


「そうですね、情報が得られるまではそれが一番安心でしょう」


僕の提案にメグが賛成してくれる。みんなを見回すと同じように頷いてくれたので、今後の行動指針は決まった。ただ、ジャンヌも一応賛同してくれたが、寂しそうな表情で口を尖らせてボソボソ何か言っていた。


「(・・・それでは私とダリアはあまり一緒に居られないではないか・・・)」


聞き取ることは出来なかったが、何か彼女は不満があったのだろう。後で話を聞くとして、エリックさんがフリージアを呼びに来るまでは、各自この屋敷で自由にするということになった。



 夕刻ーーー


 屋敷の部屋割りを終え、〈収納〉から出した荷物をみんなで整理しているとエリックさんが訪問してきた。


「遅れてしまいすみません。住民に周知するのに思ったより時間が掛かりまして・・・」


「構いませんよ。私達が急にこの都市を訪れたことが原因でしょうから」


彼に対応したフリージアが微笑みながら気にしなくて良いと伝えていた。


「そう言っていただくとありがたい。ところで、先の負傷者への治療なのですが、今からでもお願いしてよろしいでしょうか?」


「ええ、勿論です。案内してください」


「ありがとうございます。あと数日分の食料や飲料をお持ちしましたので、運び込ませておきますね」


「お気遣い感謝致します。ではダリア君、一緒に行きましょうか?」


フリージアは笑みを崩さぬまま、当然のように僕の腕を絡ませてエリックに続こうとした。その様子に、後ろからみんなの冷たい視線が刺さっているような気がして苦笑を浮かべてしまう。


「・・・ダリア殿も一緒にですか?」


僕も一緒に行くというその様子に、エリックは一瞬眉を潜めながら聞いてきた。


「はい。彼も光魔法を十全に扱えますので問題ありませんよ?」


「何か問題ありましたか?」


「い、いえ、心強いことだと思いまして。まさか2人も光魔法に習熟しているとは思いませんでした。では、参りましょう!」


フリージアと僕の問いかけに彼は若干の焦りを見せたが、誤魔化すようにそう言って外へと歩き出した。僕は一瞬振り返り、ジャンヌと目を合わせると『後は頼んだ』という視線を送り、ジャンヌも『任せろ』という力強い表情で頷いた。



 案内された先は、教会のような作りになっている場所だった。教会だと断言できなかったのは、王国にあったような信仰する神の象徴となるような像も何もなかったからだ。


「ここは遥か昔、宗教的な場所として使用されていたと言われていますが、今では信仰する者もおらず、このように治療院として使われています」


エリックはそういってこの場所を案内した。見ると、カーテンによって仕切られた空間に簡易的なベッドが並べられている。そこから数十人の怪我人が僅かに呻き声を上げているのが聞こえてきた。


「みなさんの症状を見させてもらって良いですか?」


フリージアがエリックに確認すると、彼は頷き、治療にあたっているのだろう人物を手招きした。


「初めまして、旅のお方。私はランデルと言います。一応治癒師としてここに居ますが、それほど大層な腕がなくてね・・・こうして応急処置をして見守るしか出来ないんだよ・・・」


ランデルと名乗った治癒師は、白髪のお婆さんだった。杖をつき、ヨタヨタ歩くその様子は、ランデルさんの方が大丈夫なのかと逆に心配するほどだった。


「初めまして、僕はダリアと言います」


「初めまして、私はフリージアと言います。そんなにご自分を卑下されないでください。みなさんランデルさんのお陰でかなり痛みを和らげているようですから」


「そうかい、そう言ってもらえると救われるね・・・」


僕達も自分の名前を名乗り、簡単に症状を確認させてもらった。


「・・・みなさん骨折ですね。しかも何ヵ所も・・・一体何があったのですか?」


フリージアの言う通り、怪我人は何故かみな一様に骨折の症状だった。中には複雑骨折や粉砕骨折をしている重傷者も居る。


(まるでかなりの高所から落ちたような怪我だけど・・・それがどうしてこんな人数・・・?)


僕も症状を見て疑問に思うところがあったので、フリージアの質問の返答を待つ。しかしーーー


「まぁ、色々あったんだよ・・・」


「そうですね。これはこの地区の問題ですので・・・」


どうやら怪我の原因について、ランデルさんもエリックさんも口を開く気はないようだ。いくら治療の助力を申し出たからと言って、僕達は部外者でもある。教えることが出来ないこともあるのだろう。それを察したようにフリージアもそれ以上質問を重ねることはなかった。


「では、治療を行いますね。〈高回復ハイ・キュア〉」


彼女の【広域化】の才能によって、この建物内の全ての怪我人を一斉に治癒した。ただし、複雑骨折や粉砕骨折などの重傷者は第三位階では完治とまではいかず、僕が個別で対応していた。



「いや~、まさか第四位階の光魔法の使い手を見ることが出来るなんて、長生きはしてみるもんだね」


「本当にありがとうございます!おかげで皆良くなりました!!」


「いえ、お役に立てたなら光栄です。これも私の勤めですので」


 全ての治療が終わり、2人から感謝の言葉を貰い、フリージアが当然の事とばかりに対応している。元々王国では各地を慰問して怪我人を治療していたということなので、こうして見ると本当に聖女という評価に偽り無しだと感じた。


ただ、こうして治療を終えたことで、この都市について気になる点も出てきたのだが、それはまた後でみんなに報告がてら情報を共有しようとも考えていた。


「良ければこの後皆様の歓迎として、軽い宴を開きたいと思うのですが、いかがでしょうか?」


エリックからの申し出に、フリージアと顔を見合わせながらどうすべきか視線を会わせる。


(さすがに歓迎と言われてるのに、断るのは不味いだろうな・・・)


この都市の食料事情を知る良い機会とも考え、彼からの申し出を受けることにして、僕が口を開いた。


「こちらとしては是非もありませんが、良いんですか?」


「勿論です!怪我人まで治していただいたのですから、我々からの感謝の印と思ってください!」


「では、お言葉に甘えますね」


「準備ができましたら、後程屋敷の方に迎えを行かせますので、それまでお寛ぎ下さい」


「分かりました。楽しみにしています」

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