第82話 学園トーナメント 11
メグを出迎えようと移動中、観客席裏を通って試合会場の退場口へ向かっていると、前方に一人の女性が立っていた。僕の姿を見るとゆっくりとこちらへ歩きだし、懐から封筒のようなものを出して手元に持つようにしていた。なんだろうと疑問に思ったが、その人物と目が合ったことで理解した。その人は『風の調』の店員のツヴァイさんだった。
「ダリア様、今回は少々時間がないもので、書面での報告です。では、ご武運を」
挨拶しようとしたのだが、ツヴァイさんはスレ違い様に僕に封筒を押し付けるように渡してきて、本当に急いでいるのだろう、そのまま足早に去っていってしまった。あっという間の出来事に面食らってしまったが、彼女の最後の言葉から少し嫌な予感を覚えながら、その場で封筒の中身を確認した。そこには、こんな内容の文面が書かれていた。
———ダリア殿へ
先日ご依頼のあったご友人への監視・護衛については、滞りなく人員を配置させていただいております。現在までに不穏な影は確認出来ておりませんが、今後も引き続き監視・護衛いたしますのでご安心ください。
さて、先日当店においてダリア殿に王国内で起こっている不穏な動きについて少々お話しさせていただいたかと思います。今回我々の捜査網において極めて確実性・緊急性の高い調査報告がございましたので、取り急ぎこのような手段で連絡させてもらいました。
簡潔に申し上げるならば、オーガスト王国内で反乱の
現在この王国内には、王派閥、教会派閥、革命派閥の3つの派閥が存在しております。今までは王派閥と教会派閥がその勢力を二分していましたが、ここ十数年で第三勢力である革命派閥の勢いが飛躍的に伸びてきておりました。その結果、勢力が増した改革派閥が、反乱が可能であると考えて動き出してくるのではないかという事です。
ちなみに、革命派閥を構成している大部分は、過去に
今回このような手紙を出させていただいたのは、私がダリア殿にどちらかの陣営に入って欲しいと言うものでは決してございませんが、この国に住まう者の一人として、もし革命と言う名の反乱が始まり、その騒動にダリア殿が介入するならば、どうか懸命な判断を願います。
『風の調』 店主 ローガン ———
「・・・はぁ」
内容を確認すると大きなため息をついてしまった。公国との争いが終わったかと思えば、今度は内乱が始まるらしい。しかも、元々貴族だった者が起こすものとなると、平民が起こす反乱とは意味合いがまるで違ってくる。
(結局平民にしてみれば誰が上に立とうが、何も変わらないだろうに・・・)
反乱の目的は、取り上げられた権力を再びその手に取り戻すこと。では、その権力とは何か。平民を酷使し、税金と称してお金や作物を搾り取ることか。自分より下の存在の平民を見て
きっと平民に対しては
しかし、その反乱が成功したとして新たな権力者が上に立ったとき、果たして掲げた大義名分を実現するかは不透明だ。革命派閥のトップがよほどの人物でない限りはあり得ないだろう。そして、そんな優秀な人材が廃嫡されるとは考え難い。
(あるとすれば、権力闘争に敗れた人か、本当は優秀だけど、世間には認知されなかったとかか・・・)
それと、今回ローガンさんがこんな手段で僕に知らせてきたのには理由があるはずだ。子供の僕にわざわざこんな機密情報を伝えるのだ、何か裏があるのだろう。あの文面の最後には、反乱が起こった際に僕が介入する可能性を予期していた。つまり、僕が介入するだろう状況で反乱が起こり得る事になるかもしれないと言うことだ。
(僕は別にどの陣営にも加わる気はない。それはローガンさんも分かっているような文面だった。でも、僕の介入の可能性を考えている・・・まさかっ!?)
そこまで考えを整理すると、反乱の最初の第一波がどこで計画されているか予想が出来た。
(まさか学園から反乱を始める気なのか?)
子供しかいないような学園で反乱を起こしても王国にとっては大したダメージにはならないはずだ。上級貴族の子供がいると言っても人質になるくらいなだけだし、むしろ生徒の大多数は平民の子供だ。それでは逆に支持母体と考えている平民から
(いや、違う。今は学園トーナメントの来賓として大臣まで来ているじゃないか!)
そうだ、改革派閥がこのタイミングで行動を起こそうとしているのは、今この学園に国の重鎮や、貴族連中がトーナメントの観戦のために集まっているからだと考えられる。反乱を成功させようとする時にまず標的になるのは、王侯貴族だ。国の中枢人物を消してしまえば、国政は混乱し、反乱も収めれなくなってしまう。そして、革命が成された時には、その空いた椅子に自分達が座れるようになる。
ただ、本来そういった国の重要人物は上級貴族街で生活している。しかも、普段は身元の確かなものでなければ出入りすることすら出来ない場所だ。しかし、この学園は下級貴族街にある。通行門で税金を払えば誰でも入れてしまえるのだ。そんな場所に、普段手出しの難しい王侯貴族が一堂に顔を揃えている。これほど絶好の条件が整っている場所で反乱を始めない手はないだろう。
(問題は
学園トーナメントの日程は今日を含めてあと3日だ。今のところは特に怪しい動きは感じられないが、ローガンさんの調査が正確だと考えれば、この3日の内に必ず動きがあるはずだ。そんな状況だと理解しながらも、僕はあることを考えていた。
(でも、僕はどうしよう?)
正直この国がどうなろうが、僕にはどうでもいい。自分の目的である親に復讐するということ、それさえ果たせればこの国のトップが変わろうが何も思うことはない。ただ、自分に直接被害が掛かりそうだとか、友人が襲われているということでもなければだ。
(改革派閥の目的は王侯貴族とすると、ティアは危ないかもしれない。なんと言っても宰相の娘だ。メグは・・・さすがに他国の王女にどうこうするような考え無しではないだろう。フリージア様は教会派閥だろうから、目標から除外されるかな?)
そう思うと、ティアを気にかけて行動した方が良いだろうと考えた。王子が狙われるのはまず間違いないだろうが、別に親しいわけでもないし、なんなら僕は嫌われているようだったから、何かあっても勝手に頑張ってくれと言う思いだ。それに、あまりどこかの派閥に肩入れしているように見られて、面倒事に巻き込まれたくはないので、極力傍観するつもりだ。ただ、ローガンさんの最後の言葉が気になる。
(誰にとっての懸命な判断を願ったんだろうな・・・)
本当はローガンさんはどこかの派閥の人間なのだとしたら、僕はこの手紙を受け取ったことによって、思考を誘導され、良いように動かされてしまうのかもしれない。そんなことを危惧したが、僕にはそんな事までは到底考えが及ばない。
(はぁ、どこか僕の知らないところで勝手にやって欲しかったよ)
心の底からそう思い、今はただメグの勝利のお祝いをしようと、止めていた足を進めた。
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