第186話 ヨルムンガンド討伐 24

 ヨルムンガンドが去った直後、僕達は女王から会議室へ来て欲しいとの呼び出しを受けた。当然内容は、先のヨルムンガンドが言い放った事と、みんなを連れ去ってしまった事についてだ。会議室には既に、大きな丸いテーブルに女王や宰相など公国の重鎮達が顔を揃え、僕を待ち受けていた。


「先程のヨルムンガンドとの事については、あの空中に写し出された映像でこちらでも内容を確認しています。状況が好転したものもありますが、逆に悪化したこともありますので、早急に対応を決める必要があります」


 僕が席に座ると、冒頭に女王がそう言葉にして会議の口火を切った。ジャンヌさんの行動で事態は思わぬ方向へと動いているのだが、各国の街を包囲していたドラゴン達が街を襲うことなく移動し始めていることは、この首都を包囲していたドラゴン達が姿を消していることからも明らかだった。


そういった点では、包囲しているドラゴンから街を守りきれずに多数の死者が出るという最悪の事態は回避することが出来たと見て良いだろう。ただし、ジャンヌさんを含め、メグ、フリージア、シルヴィア、ティアのみんなが人質になってしまい、もし一人でも失うようなことになればどこかの国を滅ぼし、僕が負ける、あるいはヨルムンガンドを満足させることが出来なければ、この大陸を滅ぼされるというのが今の現状だ。



 特に問題なのが、人質とされた人物にメグが含まれていることだろう。公国にとってみれば彼女は女王の娘で次期女王なのだ。このような危険な状況に巻き込まれている現状は大問題だろう。


 会議については、特に何かを話し合ったり決めたりと言うものではなく、現状の情報共有がほとんどだった。公国としては全ての民に向けて僕はヨルムンガンドへの対抗手段をきちんと用意しており、心配は要らないと周知すると言うことだ。それは他の国も同様で、大陸が消滅することはないので落ち着くようにと指示を出すらしい。必要なのは民を安心させる言葉で、そこに真実も嘘も関係ないということだった。



 また、メグについては女王も結果として巻き込むことになってしまったジャンヌさんの行動に思うところはあったようだが、包囲していたドラゴンが一ヶ所へ集まることで街への被害がとりあえず無くなったこと、更に元々僕の能力ではどうしても間に合わない街も出てくるのは分かっていたことなので、これが最善の行動だったとは理解しているようだった。ただ、納得しているとは言い難い。それは女王や他の公国の重鎮達の表情を見れば明らかだった。


「ダリア殿、確認したいのだが、ヨルムンガンドへの対抗手段は大丈夫ですか?」


 会議も終盤に差し掛かり、女王が恐る恐ると言った感じで僕に確認をした。実のところ、この会議室に入ってきてからというもの、周りからは腫れ物を扱うような目を向けられている。それは僕の放つ雰囲気のせいだろう。みんなをなす術なく攫われてしまったことへの自分自身の怒りが抑えきれずにいたからだ。


「大丈夫です!必ずみんなを取り戻し、ヨルムンガンドは絶対に殺します!!」


怒気を含んだ僕の言葉に、この部屋にいた全員が怯えたように息を飲んだ。明らかにいつもと様子の違う僕に女王は何か声を掛けようとしているようだったが、言葉が思い浮かばないのか、何も言われることは無かった。



 そうして、特に重要な決め事も無かった会議は終わり、最後に明日の事について『よろしくお願いします』と言われて会議室を出た。自分の部屋に戻ろうとすると、その扉の前にはシャーロットとアシュリーちゃんが僕を待っていた。


「ダリア様、ご無事で何よりです」


「僕の事はどうでもいい!!それよりもみんなが・・・」


シャーロットの言葉に、反射的に苛立ちを表してしまった。その言葉の途中、僕の大きな声でアシュリーちゃんがビクッと肩を縮こまらせ、怯えたような表情を僕に向けてきた。目には涙が浮かんできている。その様子に僕は言葉を詰まらせる。


「お、お兄ちゃん・・・怒ってるの?」


自分の苛立ちを彼女達に向けてしまったことに酷く自己嫌悪する。


「ゴ、ゴメン。アシュリーちゃんやシャーロットに怒っているんじゃ無いんだよ?ただ、自分自身が許せなかっただけなんだ。声を荒げてゴメンね」


そう言うと、アシュリーちゃんは僕を抱き締めてきた。


「アシュリーは難しいことは分かんない。でも、お兄ちゃんのそんな辛そうな顔を見るのは嫌なの!」


僕の胸に顔を埋めながら涙声で訴えてくる彼女の頭を優しく撫でながら、こんな小さい子供にも自分の感情が抑えられていない事に申し訳なさを感じる。


「ダリア様、少しよろしいですか?」


そんな僕達の様子を黙って見つめていたシャーロットが、真剣な表情で聞いてきたので、彼女達を部屋に招いた。テーブルに座ると、シャーロットが口を開いた。


「始めに伝えておきますが、このような状況になっていることに責任を感じないようにして頂けますか?」


シャーロットは僕が一番悩んでいること見透かすように、そう釘を刺してきた。


「でも、実際に僕が決心しかねていることをジャンヌさんが見抜いていたからこんな状況になってしまっている。責任が無いとは言えないよ・・・」


僕は悔しさを滲ませるようにそう伝えた。その言葉に彼女は苦笑いを浮かべた。


「私が伝えるのも業腹に思われるかもしれませんが、みんなは今の状況を誇っていると思いますよ?」


「・・・誇っている?」


「はい。皆はダリア様たった一人にこの大陸の命運を背負わせてしまっていることをずっと気に病んでいました。もちろん私も。何か力になりたい、重荷を分け合いたいと考えるのは当然です!こんかいのジャンヌさんの行動はその現れでしょう!それに、ヨルムンガンドに連れ去られるとき、皆の表情はどうでしたか?」


そうシャーロットに問われ、あの状況を思い出す。転移によって連れてこられた時は混乱していたようだったが、その後は特に焦るでもなく、落ち着いた表情で事の推移を見つめていた。しかも、ヨルムンガンドの言葉にも取り乱すことなく受け入れているようだった。俯きながらその状況を思い出している僕に、アシュリーちゃんが話しかけてくる。


「みんなダリアお兄ちゃんが大好きなの!それに、みんなお兄ちゃんを信じているの!」


彼女は屈託の無い笑顔を僕に向けてくる。その笑顔を見て、自分が色々なことを背負い過ぎるあまり、周りが見えていなかったと思い知らされた。みんなに相談しているようで、その実、自分が彼女達を何としてでも守るんだと気負い過ぎていた。


「みなさんダリア様の力になりたいと考えていましたが、直接的に何が出来るわけでもないと悩みました。ただダリア様の無事の帰還を祈るしかないと・・・あの力を使われて、記憶が無くなったとしても決して忘れないようにダリア様との想い出を書き記しています。そんな中で、懸念事項だった大陸中の街を包囲していたドラゴン達を無くすことが出来たのです。皆さんきっと今頃、笑顔でいらっしゃると思いますよ?」


シャーロットの言葉に考える。きっとみんなは僕の重荷を自分達にも分けて欲しかったのだろう。ただ、そんな事は出来ないとも理解していた。そんな中で僕が決断できないでいたことを自分達の身を呈して取り除くことが出来た。きっとそれはみんなにとっても願った事だったのかもしれない。


「ダリア様がヨルムンガンドを満足させねば大陸は滅びるかもしれません。しかし、満足させたとしても、自分達の誰かが死んでしまえば、どこかの国は滅びるかもしれない。だから、そうなった場合は自分達にも責任がある。そうすることでダリア様の負担を共に背負おうとしているのです」


彼女は確信の籠った言葉で僕に伝える。


「ですから、怒りの感情に任せた決心などしないで下さいね?私達の想いをその胸に、決めてください」


僕の心の内なんて見透かされているような彼女の言葉に大きく息を吐き出し、シャーロットとアシュリーちゃんを見やって口を開く。


「ありがとう!冷静になれたよ」


その言葉にシャーロットは微笑み、懐から何かを取り出した。


「少し肩の力が抜けたようで安心しました。それとこれはダリア様が公国の王城の前で倒れていたときに傍らに置かれていたものです」


そう言って差し出されたのは刀身を失った銀翼の羽々斬だった。柄だけになったそれを受け取り、彼女へと顔を向けた。


「復元出来ないかと、公国の技術者の方も頑張ったのですが、残念ながら・・・。ですので、それはお守りとして。きっと、ダリア様のお師匠さんも見守ってくれていますよ」


彼女の言葉に、自嘲ぎみに呟く。


「僕はただみんなと幸せに成りたいだけで、大陸を救うつもりなんて無かったんだけどな・・・」


 思い起こせば幸せになろうと思ってから、起こる出来事はそれとは真逆の事ばかりだった。王国と敵対したり、戦争を止めたり、極めつけは今回のヨルムンガンドだ。いい加減僕の人生は厳しすぎるとため息もつきたくなる。


そんな僕の様子を見てか、アシュリーちゃんが近寄ってきて、僕の手を取りながらにこやかに話し掛けてきた。


「大丈夫なの!アシュリーがお兄ちゃんを幸せにするの!だから何も心配いらないの!」


「ダリア様が皆さんを幸せにしたいと考えているように、私達もダリア様を幸せにしたいと願っているのですよ?」


アシュリーちゃんの言葉を補足するように、シャーロットがそう伝えてくれる。どうやら僕は、自分もみんなも僕が幸せにしなければならないと気負い過ぎていたようだ。シャーロットの言葉に苦笑いを浮かべてしまう。


「ありがとう」



 それから彼女達と少し会話をすると、部屋に入るまでくすぶっていた苛立ちや怒りは落ち着いて、冷静に明日の事を考えられるようになっていた。きっと、シャーロットはそれを見越して僕の所に来てくれたのだろう。


「ではダリア様、御武運をお祈りも申し上げます」


「申し上げますなの!」


2人はそう言い残して僕の部屋を後にした。彼女達を見送り一人になると、明日の事を考える。


「みんな、待っていてよ!」

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