第185話 ヨルムンガンド討伐 23

 ジャンヌさんと連れだって中庭に移動すると、やはりヨルムンガンドがドラゴンの姿で中庭に降り立っていた。その周りを見渡せば、ヨルムンガンドを取り囲むように公国の騎士達が武器を構えているが、彼らはヨルムンガンドが放つその圧倒的な存在感だけで立っているのがやっとのような状態だった。


「何しに来たんだ!?約束は明日のはずだろう!?」


ヨルムンガンドに向かいそう言い放つと、咆哮を上げて人の姿をとった。威圧は含まれていなかったその咆哮でも、取り囲んでいた騎士達は力なく地面に膝をついていしまっていたが、その目を見るに、廃人のようになっている訳ではないようだった。ジャンヌさんも若干震えているようだが、しっかりと人化したヨルムンガンドにを見据えていた。


「クカカカ!だからこそ確認に来たのだ!我を満足させることが出来るかとな!」


「・・・楽しみにしているといい!」


正直に言えば、具体的にこれだという対抗手段が出来ているとは言い難い。今の状態では、綱渡りの攻防の先にもしかしたらという可能性があるぐらいというのが現状だ。『祈願の剣』を使えばもう少し状況はこちらに有利に働くかもしれないが、未だその決心はついていないでいた。


「・・・その目、まだ覚悟が緩いな。我に挑むなら全身全霊、全てを捨てる覚悟で来なければ勝負にならん。その点で言えば、隣の女の方が覚悟が決まっているようだな?」


「えっ?」


ヨルムンガンドの視線を追い、ジャンヌさんを見つめる。彼女は震えながらもまっすぐに奴を見据えていた。そして、彼女は拳を握りしめ深呼吸すると口を開いた。


「ヨルムンガンド殿、貴殿に申し入れたいことがございます!」


「クカカカ!何だ?その覚悟に免じて聞いてやろう」


「貴殿が現在行っている各国の都市へのドラゴンの包囲は、彼にとってそれほどの意味をなしません!」


「ジャンヌさん?」


彼女が何を言おうとしているのか理解できない僕は、怪訝な表情で彼女を見やるも、真剣な瞳を一瞬向けられた後、ヨルムンガンドへと向き直っていた。その瞳に、自分を信じて欲しいという想いを感じ取れた。


「クカカカ!意味がないとはどう言うことだ?」


「言葉の通りです。彼は幼い頃に両親に捨てられ、森の中で生活していました。今でこそ街に出てきて、多少人々との交流があったかもしれませんが、彼にはそこまで国や街を守りたいという思いはありません!」


まるで断言するようにジャンヌさんは言い切った。言われるほど思いが無いわけではないと思うが、全く間違っているということもないと感じてしまう。僕にとって大切だと思う人が無事で居ればそれで良いのだが、正直そこまでの人は両手足の指の数に満たない位の人数しか居ないのだ。


「ほぅ、では何がこやつを追い詰めるというのだ?」


ヨルムンガンドのその言葉に、僕はハッとジャンヌさんがしようとしている事を察する。


「私は彼、ダリアの婚約者です!私を人質に取る方が、よほどそちらの利にかなっているというものです!」


「ジャンヌさん!あなたはーーー」


「クハハハハ!!なるほどなるほど、確かに一理有る。大切な者を守らなければならないという焦燥感が、こやつを追い詰めるか!それで街を包囲しているドラゴンを引かせて欲しいと?」


「無駄なことに力を割く必要はないはずです」


 僕の言葉を遮るように会話は進んでいってしまう。昨日の会話からジャンヌさんは僕に『祈願の剣』を使わないで済むようにしてあげたいと思っているのだろう。大陸中に蔓延るドラゴンを、住民の犠牲なく退けるには『祈願の剣』が不可欠。しかし、僕はまだそれを使うだけの決心がついていない。


だからこそジャンヌさんは、自分の身と引き換えに包囲しているドラゴンを撤退させることが出来れば、僕が心置きなく戦えるだろうと考えたのかもしれない。そんな彼女を、ヨルムンガンドは面白げに見つめている。


(ここで戦いを始めるか?いや、周りに被害が出てしまう。前回同様〈空間転移テレポート〉で強制的に・・・ダメだ!あいつも使えるなら意味がないかもしれない)


 現状を打破する有効策を思い付けずにいると、話は更に僕の意図しない方向へ進んでいってしまう。


「では、こういうのはどうかな?」


『パチンッ!』


口角を吊り上げながら、ヨルムンガンドはおもむろに指を鳴らす。すると・・・


「えっ?ここは?」


「な、何が?私達は地下に居たはずなのに・・・」


「ど、どうなってるんです?」


「・・・・・っ!?」


目の前には地下へ避難していたはずのメグ、フリージア、シルヴィア、ティアが現れた。ヨルムンガンドが〈空間転移テレポート〉で強制的に連れ出したのだろう。みんなはいきなり地下から中庭に連れてこられたことで、多少混乱しているようだった。


「何を考えている!?」


この状況にヨルムンガンドがみんなを何故ここへと転移させたのか、怒気を含めながらもその真意を問いただす。


「何を?決まっているだろう、その女の提案を採用するのだ。だが、もう少し面白くさせてもらうがな」


「面白くだと?」


妖しく笑うヨルムンガンドのその言葉に、現状は何も手出しが出来ないという自分が情けなく、焦りを感じる。しかも、先程からヨルムンガンドを対象に〈空間転移テレポート〉を発動しているのだが、抵抗されているのか前回のように排除出来ないでいた。


「まぁ、落ち着け。その女の言葉通りに、今大陸中に放っている我が眷属を戻そう」


 その言葉にジャンヌさんは喜色の色を浮かべ、同時に中庭に転移させられたみんなも安堵の表情が見てとれた。ただ、ヨルムンガンドの言葉はそこでは終わらない。当然それに代替する何かを告げてくるはずだ。しかも、ジャンヌさんは自分の身を呈する発言をしていること、更にはみんなを呼び寄せたことで、嫌な予感がする。


「そして、その眷属を一ヶ所に集めて、この女達を襲わせるのだ!」


「な、なにっ!!!」


僕はヨルムンガンドの言葉に激怒し、一瞬で間合いを詰め、身体強化を最大に施して殴り掛かる。しかし、眼前でその拳は簡単に受け止められてしまった。そして圧倒的な力で握り潰されてしまった。


「くっ!」


「クカカカ!その反応はどうやら女の言った事は正しかったわけか!しかも、やはりこの女達も同じように大切なようだな!よしよし、良いぞ良いぞ!」


満足げに笑っているヨルムンガンドから間合いをとり、【時空間】の才能で拳の怪我を無かったことにする。


「クカカカ!良い表情になってきたな!では、更にもう一つ!」


そう言うとヨルムンガンドは、また『パチン!』と指を鳴らすと、今度は空中にこの中庭の絵を写して見せた。


「な、何だこれ?ここの場所が空中に?・・・どうするつもりだ?」


「これは一体?」


「あれは・・・私達?」


困惑している僕やみんなを余所に、悠然と構えるヨルムンガンドは面白げに説明し出した。


「これは遠くの場所を写し出す光魔法を応用したものだが、これをこの大陸の全ての住民が見えるようにする!そして、お前の戦いをこの大陸中の住民に見せるのだ!」


「・・・一体なんのために!?」


「クカカカ!もしお前がその女共を一人でも死なせた場合、我が一つ国を滅ぼそう。2人死ねば、2つ滅ぼそう。お前が女を守れず全員死なせてしまえば、この大陸を消滅させよう!」


「なっ!?」


「まぁ、元よりつまらん戦いであればそうするつもりだったが、この大陸の命運も、この女共の命もお前の肩にかかっているということだ!良い考えだろう?」


「ふ、ふざけるな!!何故そこまでするんだっ!?」


「クカカカ!決まっている!我が楽しいからだ!そう言っただろう?」


「・・・くっ」


それはまさに傲慢、まさに唯我独尊。自分の楽しみのためなら他の事はどうでもいいという我が儘の極致のような言葉だった。


「そうそう、今のこの様子は他の国も見ている。情報共有する手間が省けただろう?感謝しても良いぞ?」


不敵に笑うヨルムンガンドのその言葉に、天を仰ぎたくなる。どうやら既に大陸中にこの事は知れ渡っており、僕が奴を戦いで満足させるしか自分達が生き残る術は無いと、みんなが知ってしまったようだ。


「そんなことすれば大混乱が起こるだろう!!」


僕の考えを代弁するように、ジャンヌさんが声を荒げた。


「だからどうした?混乱が起きたとしても結果は変わらん。こやつが我を満足させれば人々は生き残るし、ダメなら滅びる。我としてはこんな明解なことで混乱する意味が分からん」


 まさに人の命を物としか思っていないような言葉だが、相手はドラゴンであって人ではないのだ。いくら人の姿になっているからといって、そもそもの考え方が人とはまるで異なっているのだろう。ジャンヌさんや他のみんなも同じように考えたのか、ヨルムンガンドの言葉に何も反論できないでいた。


「では、開始は明日の昼、太陽が真上に来た時から始めよう!時間になれば我が転移を使って会場へと案内しようではないか!楽しみにしているといい!それまで、この女共は我が丁重に預かっておこう!」


「や、止めろっ!!」


 そう言うと、ヨルムンガンドは再びドラゴンの姿に戻り、その大きな金色の翼をはためかせることで、突風で僕をみんなの元に近づけないようにした。その風圧に耐えた直後、みんなとヨルムンガンドは〈空間転移テレポート〉をしたのか、姿は消えていた。すぐさま空間認識で探そうとするが、ヨルムンガンド同様にその存在を見つけることは出来なかった。


「・・・クソッ!!」


何も出来なかった自分に苛立ち、声を荒げて自分自身に失望する。僕はただ、ジャンヌさんの言葉を隣で聞いていることしか出来なかったのだ。何故あの時話を遮ろうとしなかったのか、今となっては後悔しかない。


「いや、分かってる・・・あの剣を使う決心がついていなかった僕が悪いんだ・・・」


そう呟き、昨日のみんなとの会話を思い出す。あの時のみんなは既に僕なんかよりも決意を固めていただろう。僕だけが思い出を失う怖さに怯え躊躇っていた。それをジャンヌさんは感じ取ってあんな行動に出たのだろう。


「・・・僕のせいだ・・・」



 しばらくすると、肩を落としている僕に慌てた様子の公国の騎士が駆け寄ってくる。


「し、失礼いたしますダリア殿!女王陛下より、至急会議を開きたいとのことでご足労をお願いしたいのですが、よろしいでしょうか?」


気遣わしげにその騎士は僕に話しかけ、様子を伺ってくる。


「・・・分かりました、伺います」


「っ!?・・・ではご案内しますので、ついて来て下さい!」


振り向いた僕の表情にその騎士は若干驚きの表情を表したが、直ぐに本来の任務を思い出したように案内をしてくれた。


 僕は激怒していた。この状況に、ヨルムンガンドに、何より決意を固められなかった自分自身に。


(絶対にみんなを助ける!!何を犠牲にしても!!)

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