第137話 戦争介入 15

 エリシアル帝国側国境付近の荒野。


 戦端が開かれる前に戦争に介入しようと、かなり早い時間に移動してきたつもりだった。しかしどういう訳か、既に戦いは始まっていたのだった。メグの収集した情報をシャーロットが読み解き、今日の12時に互いの主張を言い合った後に戦争が開始されると聞いていたのだが、既に荒野は戦場と化していた。


(どうなってる?情報を読み間違えた?それとも、最前線の騎士が早まった行動に出てしまったのか?)


 目の前の状況に若干混乱しながらも、既に戦闘が開始されてしまっている理由と、どうすべきかについて頭を悩ませる。すると、僕と一緒に来ていたシャーロットが深々と頭を下げてきた。


「も、申し訳ありませんダリア様!!どうやら私が情報の読み解きを誤ってしまったようです!」


 本来彼女を戦場に連れてくるつもりはなかった。他の誰も連れてきたくはなかった。僕がいれば大丈夫だとは考えているが、万が一にでも彼女達を危険に晒したくなかったのだ。その想いはあの日からますます強くなっていた。ただ、シャーロットの強引なまでのお願いで渋々戦場に連れてくる事になってしまったのだった。


「頭を上げてよシャーロット。ミスは誰にでもあるし、僕も事前に確認しておくべきだったよ・・・」


 僕は深く考えることもなく、もたらされる情報を鵜呑みにしてしまったので、空間認識で戦場となるこの荒野を確認することを怠ってしまったのだ。それに、戦争開始の期限までわりと忙しく、バタバタしていたのも要因だったのかもしれない。


「起こってしまったことはしょうがないから、作戦を少し変えて、今からでも何とか介入しよう」


 本当は戦端が開かれる前に介入し、死者や怪我人を出すことなく収めたかった。そうすれば、互いに憎しみが残ることがないとフリージアは言っていた。憎しみはやがて新たな争いの種になってしまう。各国の問題を解決したとしても、その憎しみが新たな戦争を産み出す要因になってしまっては今回の行動の意味が無くなってしまうと。


 しかし、既にここは結構な戦場と化してしまっており、負傷者も多く出ているはずだ。とは言え、戦端が開かれてだいぶ時間が経過しているような雰囲気でもなかった。認識出来る範囲では地に伏して動けない人は居らず、荒野の地面もそれほど血に濡れていなかったからだ。


(確か戦争の最初の方は、互いに魔法での遠距離攻撃を仕掛け、相手の魔法師をある程度消耗させてから接近戦になるのがセオリーだったはず。魔法攻撃の場合、距離があれば負傷者は出ても死者はそう出ることは無いと言っていた・・・)


 もしセオリー通りであるなら、まだ間に合う。戦場を認識してそう考えた僕は、急いで行動に移ろうとする。


「じゃあ行動するよ!」


「はい、お願いします」


 シャーロットにそう言うと、彼女は懐から僕と同じ銀の仮面を顔に付ける。それを見て、僕も仮面を付けた。僕の衣装はフリージアとシルヴィアの力作だ。光沢のある銀色の狩衣かりぎぬと言う衣装らしい。その装飾は細部にまで凝っていて、長い袖や裾の端は金糸で綺麗に刺繍されている。はかまは上部だけ黒く、下にいくほど赤くなっていくグラデーションだった。そして、背中には僕のコートのマークで、黒塗りの円形の中に赤い逆十字架もあしらわれていた。


 一度着て、確認のためにみんなに感想を聞いたのだが、神の御使いのようだと絶賛してくれた。それが本当なのか、お世辞だったのかは分からないが、彼女達の充血した真剣な眼差しに、ただただお礼を伝えることしか出来なかった。


 シャーロットの衣装は同じデザインだが、色使いが違っていた。灰色の狩衣に青の袴を着ている。少し地味に見えてしまうが、僕の方が目立たないといけないのでこんな配色になったらしい。


 そして、彼女を連れて戦場になっているど真ん中へ〈空間転移テレポート〉した。



「〈閃光フラッシュ〉!!」


 戦場全体から注目を集めるために、最大限に圧縮した〈閃光フラッシュ〉を発動した。その威力は目を瞑っていても明るさを実感できるほどのものだった。まるで一瞬、戦場のど真ん中に太陽の光が生まれたかのような光景に、その光を見た両国の騎士達が戦う手を止めた。


「な、何だこの光は!?」


「ま、眩しい・・・敵の攻撃か?」


「何かの合図か?こんな事作戦にあったか?」


(よし、今だ!)


 動揺している今のうちに、僕はフライトスーツで戦場を睥睨へいげい出来るような上空へと浮かび上がった。シャーロットもゆっくりではあったが、練習を重ねて、フライトスーツで上昇できていた。そして、メグから借りた公国製の音声を拡大する指輪形状の魔具を口に近づけ、深く息を吸い込みこの戦場に響き渡るように語り始めた。


『聞けっ!!この場で武器を持ち、自らの国のために戦わんとするもの達よ!われは不条理なこの世界に反旗を翻す存在、神人かみびとである!!』


 僕の言葉に、ざわざわと戦場が騒がしくなる。最初はあっけにとられていた騎士達も、次第に僕の言葉を理解してくるとありえないといった言葉を投げ掛けてくる。しかし、その言葉は帝国側の騎士がほとんどで、王国側の騎士は別の理由でざわざわとしていた。


「あ、あれは我が国の【剣聖】を歯牙にも掛けなかったという、教会に現れた『神人』か!?」


「あの銀の仮面・・・噂と同じ姿だけど・・・」


「お、おい、もし本物なら俺らなんて・・・」


 どうやら、王国の【剣聖】との一件が広まっているようで、僕の仮面を見るなり王国の騎士達はそんなことを言い出した。明らかに王国側の士気が下がっていることに気づいた帝国の騎士は、今のうちだと言わんばかりに攻撃を再開しようとするが・・・


(それはダメだよ。今は僕の話を聞いてくれないと困るからね!)


 この戦場を空間認識で覆い、すべての騎士達を個別認識し、その一人一人に空間魔法の〈空間断絶ディスコネクト〉で誰も攻撃で傷つかないようにする。認識した対象者は15万人と少し。さすがにこれだけを対象とした魔法は集中力を極端に割かれるが、一旦戦闘が再開してしまえば僕の言葉など届かなくなってしまうので、歯を食いしばって耐える。


すると、全ての攻撃が無効化されてしまうことに気づいた騎士達は、しばらく試行錯誤しながら攻撃を続けていたが、やがて無意味だと悟って武器を下ろしていった。


『我の言葉を無視するような行動は、一度目は許しても次はない!その愚かさは身をもって味わってもらう!見るが良い、我が力の一端を!』


 そう宣言して、僕は遠くに見える山に向かって手をかざす。既に極度の集中状態なので、更なる魔法の行使は神経が擦り切れそうな程の超集中状態を必要とした。僕の【才能】で常に回復していなければ既に倒れているほどだった。


『〈蒸発エヴァポレーション〉!!』


 第四位階火魔法〈熱線ヒートレイ〉を圧縮・解放・収束し、同時に風魔法を混ぜ合わせ、限界まで高温にした複合魔法だ。聖剣グランの形を留めるものとは違い、指向性を持たせることで、射線上の全ての物を消滅させていく。当然、狙った山の中腹には大きな穴がぽっかりと空き、あちら側の景色が見えるようになっていた。


 その壮絶な光景に戦場は微かな騎士達の鎧の擦れる音がするだけで、静まり返っていた。そんな騎士達の様子に、空間魔法は解除した。少し余裕が戻り、改めてその光景を見ると、僕自身も出来るだろうとは思っていたが、こんなに綺麗に山の中腹に円形状の穴が空いたのには少し驚く。しかも、何故か山火事にもならずに済んでいた。


(どうも接触した場所は、一瞬で燃え尽きて灰になっているのか・・・それ以上燃えることが出来ないから、火も移らないということか。これなら狙った対象物だけを消滅させられて、周りに被害が出ないな)


 この魔法の有用性を考えていると、背後からシャーロットの小さい咳払いが聞こえてきた。


「ダリア様、そろそろ・・・」


(あっ、そうだった)


デモンストレーションは済んだので、これからが本番だ。僕は気合いを入れ直して眼下の騎士達に言葉を告げる。


『お前達に告げる!この戦場における双方の代表者を我の前に連れてこい!さもなくば、先程の攻撃が自分達に向けられるだろう!』


 そう脅しを掛けると、先程のデモンストレーションに恐怖したのか、戦場の騎士達が動き出すのだった。それは一刻も早く指揮官をここに連れてこうようとする動きなのか、報告して指示を仰ぐためか、何にせよ第一段階は達成した。


(さて、この戦場の指揮官が理解ある人なら良いんだけど・・・)


 相手によっては、見せしめも必要かもしれないと考えながら、代表者が来るのを待つのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る