第138話 戦争介入 16

 フライトスーツで上空に滞在しながら一時間程待っていると、騎馬に乗った騎士が王国の陣地の方から走ってきていた。


(あれは確か・・・【剣聖】のアレックスさんだったっけ?)


 記憶を呼び起こしながらその様子を見ていると、騎馬に乗るアレックスさんは焦燥感に満ちている表情をしていた。


(何であんな表情を?・・・あっ、そう言えば、彼は僕の事を怖れているようだと言ってたっけ?)


 メグ達と話していた中で、教会派閥の幹部の処遇について【剣聖】が僕を恐れて待ったをかけたと言っていた。その事を思い出すと、彼のあの表情も納得だった。王国を守ることについて特に何かを言ったわけではないが、僕の気に障る事をしてしまったと思っているのかもしれない。あの表情はそう思わせるだけの悲壮感が含まれていた。



「オーガンド王国第一騎士団団長兼戦線最高指揮官アレックス・バーンズ、要望により馳せ参じました!」


 彼は僕の眼下で拳を胸に当てるという騎士の礼を取りながら、周りの耳目もあるのだろう、力強い言葉で名乗ってきた。話をするため地上に降りると、緊張した面持ちのアレックスさんと数人の部下達が息を呑む。その傍らには見事な土下座をしていた騎士のおじさんもいた。


「やぁ、久しぶりだね。悪いけどこの戦争は止めさせてもらうよ」


アレックスさん達に向かってそう言うと、周りの騎士達もみんな驚きの表情を浮かべた。そんな中、土下座のおじさんが僕に尋ねてきた。


「も、申し訳ありませんが、理由をお聞きしても?我々とて国からの命令で動いておりますれば、ここで「はい分かりました」ときびすを返すわけには参りません!もちろん神人殿と敵対したいというわけではありません!」


 もっともな質問だった。王国側とて戦争をするだけの理由がある。ここで現場の独断で戦争を中止して戻れば、下手をすれば国家反逆罪で処刑ものだとシャーロットは言っていた。


「もしその争う理由ごと解決してしまえば、こうして他国と争う必要は無いよね?」


「そ、それはそうですが・・・そんなことが可能なのですか?」


「その争う理由が大陸を統一するとかでなければね」


 さすがに目的が、他国を侵略して全てを搾取し、大陸を制圧する何て言われれば介入の方法を変えなければいけないが、そこまでの目的ではないだろう。無いと信じたい。そんなことを考えていると、僕の背中をツンツンとシャーロットが触ってきた。


「ダリア様、その、言葉遣いが・・・」


 小声でそう指摘され、台本の言葉遣いからいつもの言葉遣いに戻っていることに気づく。あの言葉遣いはメグ達が考えた、『神人』の神秘性や力を持つ者の傲慢性を現すと言われたものだ。傲慢なのはどうかと思ったが、仮面で顔を隠しているとはいえ、身長までは変えていないので、その見た目のこともあってこの方が良いと言われたのだった。


「とにかく、この戦争を止めたいと考えている。異論は?」


そう言うと、困惑げな表情を浮かべながらどうしたものかと騎士達がざわざわとする。


「しかし、こちらが大人しく引き下がっても、帝国がそうしない場合はどうすれば?」


 アレックスさんがおずおずといった感じで聞いてくる。その様子には、いつぞやの自信満々の姿は微塵も感じられなかった。ただ、何となく騎士団の雰囲気は以前より良くなっているような気がする。謙虚になった事で今まで見えていなかったことが見えるようになったのかもしれない。


「そうさせるつもりはない。その時は我が止めよう。例え帝国の軍勢7万が全て攻めてこようと、我一人で十分だ」


「・・・神人殿はどのように王国の問題を捉えているのですか?」


アレックスさんの言葉に、みんなで考えた王国の問題点を伝える。


「代表的な問題点は2つ。魔獣の被害に対する経費の財政圧迫と、それから生じる技術研究費の不足といったところかな?」


「それだけではありませんが、大きなところでは確かにそうです。そして、この戦争によって一気に解決するということも分かった上で止めるのですか?」


「それはこの戦争に勝てれば、という前提の上では?」


 彼の言わんとしている解決策は、戦争に勝利したときの戦後賠償だろう。敗戦国に対して多額の賠償金と技術供与をさせることで、王国の問題点を解決することは出来る。ただ、その方法は多くの血と憎しみが残る結果を招き、結果新たな戦争の火種となるとフリージアが言っていた。


「その為の準備、作戦、覚悟も決めて我々はここにいるのです。それを全て放棄してでも神人殿の言葉に従う価値があると?」


おじさんが意を決したような真剣な面持ちで、僕に従うだけの価値があるか訪ねてきた。


「何の犠牲も払うことなく、問題が解決するならその方が良いでしょ?」


「そ、それはそうですが。我々には神人殿の言葉を信じるに足るだけの根拠がありません」


彼らにとって、引き下がるには引き下がるだけの理由が要るのだろう。それは分かっているので、僕は自分の能力で出来ることを彼らに確認してもらう。


「では、今から王国の問題の一つである魔獣被害についてですが、全ての魔獣を討伐してしまうと生態系が狂ってしまうので、そうですね・・・全体の5分の1程を討伐しましょう。それでもすぐに繁殖するでしょうが、それは定期的に。素材などは王国が勝手に使ってくれて良いですよ」


 さすがに一度で王国中の全ての魔獣を認識して討伐するのは大変なので、王国を10に区分けして連続して行う。これはシルヴィアの提案だった。彼女は何気なく、「大変なら回数を分けたら?」と言ってきて、その言葉で僕も一度に全て行う必要性は無いと考え直した。


 そんな僕の提案にアレックスさんとおじさんは虚を突かれたような顔で、僕を見つめ続けていた。


「そ、それは、神人殿が王国中を回ってということですか?」


「いや、ここからでも十分だよ。なんなら今から見せてあげるから、確認のために森や草原に早馬を走らせると言い。そこら辺に魔獣の死体が転がっていることになるから。あっ、早くしないと残した魔獣に食べられちゃうか・・・」


僕のその言葉に、大きく口を空けたままになってしまった。どうも理解が追い付いていないらしい。


「じゃあ、やるよ・・・・・・〈次元斬ディメンションスラッシュ!・・・終わったよ?」


「「・・・・・・」」


「いや、終わったんだけど?」


「っ!?えっ?もう既に討伐し終わったと?王国の魔獣の5分の1をっ!?」


目を丸くして唾が飛ぶ勢いでおじさんが叫んできた。


「そうだけど?だから確認して欲しいんだけど」


おじさんの勢いにたじろいで距離を空けると、ブツブツと何か独り言を言い出し、ついで未だ固まっている隣のアレックスさんに相談をしていた。はっ、と動き出したアレックスさんは眉間にシワを寄せて難しい顔をしていた。


 やがて結論が出たのか、僕に向き直ってきた。


「神人殿!我ら王国軍は戦場にて想定外の緊急事態に遭遇し、本作戦の継続性に疑義ぎぎが生じた結果、現状確認の為周囲への偵察、並びに本国の指示再確認のため、一旦戦闘行為を中止する結論に至りました」


「ただ、本国の指示によっては戦闘が再開されるかもしれません。3日は時間が稼げるでしょう。その間に帝国との交渉を・・・」


 おじさんの言葉にアレックスさんが補足するように伝えてきた。彼らなりに僕に譲歩してくれたのだろう。もちろん僕の言葉の真意を確かめると言うこともあるはずだ。


「聞きたいんだけど、魔獣の被害がほとんどなくなれば、王国の問題はいくらか解決するかい?」


「・・・単純に考えればそうですね。国防費を圧迫していた魔獣対策費を技術研究費に当てればですが・・・」


「そこにも問題が?」


「魔獣を討伐していたのは騎士だけではなく、冒険者もいます。彼らのお金を稼ぐ手段を奪う結果にもなりかねません」


確かに、今まで魔獣の討伐を生業としていた者はそうだろう。しかし、それについても考えていないわけではない。


「金ランク以上なら指名依頼もある。魔獣とあまり関係の無い依頼も多いから良いと思うが、問題はそれ未満の冒険者だ。彼らは継ぐ家もなく生きる手段は冒険者しかなかったというものも多い。そんな者達から仕事を奪う結果になってしまっては・・・」


 おじさんはやけに感情移入した話し方だった。もしかしたらおじさんは冒険者からの成り上がりだったのかもしれない。


「魔獣の被害が少なくなれば、今まで危険だとした場所にも町を作れるようになるでしょ?町として形になるまでは支援してあげるよ?」


 冒険者時代に交流したことのあるランクの低い冒険者は、みんなその日を暮らすのも大変なほどだった。人数を集めなければ魔獣の討伐は難しいが、人数を集めた結果、成果を分配すると一人当たりの手取りが少なくなる。それは毎日のように依頼をこなさなければ生活できないほどに大変そうだった。


 しかも、大きな怪我をすれば光魔法の才能が無い場合は、教会に少なからずお布施をして治療してもらう必要がある。どちらにしてもお金がかかるのだ。命の危険のある職業を続けるよりも、安全な職業で生活していく方が良いのではないかと考えた結果だ。


「それが事実だとすれば、確かに一考の余地はあるかと思います」


「じゃあ、その話しも含めて王や宰相に話してみてください。今回戦闘行為を中止したのは僕のせーーー」


ツンツン・・・


また話し方が戻ってしまったので、シャーロットから指摘を受けてしまった。


「・・・我が介入したからと言っておけば良い」


「・・・神人殿。我々は別にどのような話し方であっても態度を変えるつもりはありません!話しやすい話し方で結構です」



 おじさんにそう指摘されて、この話し方は僕に向かないと改めて思った。何度か練習していても、話していくうちに喋り方が戻ってしまうのだ。こう言ってもらったし、もう良いかと思ったところで、空間認識で一人の人物が僕に近づいていることを認識した。


(誰だろう?帝国の陣地からか・・・)


 気配も姿も上手に消して高速で移動しているが、僕の空間認識には関係の無い事だった。暗殺か情報収集が目的かは分からないが、ここで下手に暴れられても面倒だ。目的が僕なら問題ないが、それ以外の目的なら退場願うつもりだ。


「では、我々は周辺視察するということを全軍に通達し、戦闘をしないよう全騎士達に徹底をーーー」


 おじさんがそう言った瞬間、僕の首筋に鋭い剣の一閃が襲う。


(アレックスさんと同等の鋭さと言うことは、もしかして帝国の【剣聖】か?)


 思考速度は既に加速されているにで、のんびりとそんなことを考えていた。なぜなら僕の認識では世界が止まって見えているからだ。帝国が敵対的行動に出たことは残念だが、相応の対応をしないと見くびられてしまうだろう。そう思い、相手は僕から自分の姿が見えていないと思っているだろう状況で、紙一重でその剣戟を避け、カウンターで拳を叩き込む。


『ゴスッ!!』


 何の技も無いただのクロスカウンターだが、相手の踏み込みの速度をも利用していることもあって、威力は十分だった。ただ、顎先あごさきを狙った拳は相手の鎧の胸当てに当たってしまった。拳が当たる直前に、相手が仰け反るように避けたので、届かなかったのだ。ようするに相手の身長が僕より高く、背伸びしないと拳が顎に届かないくらいだった。


(さすがにそれはカッコ悪いし、力が乗らないからな・・・)


そう思っていると、おじさん達が騒ぎだした。


「な、何事!?アレックス!誰か分かるか?」


「あ、ああ、おそらく帝国の【剣聖】じゃないか?ここまで接近されて、俺でも直前で気づいたくらいだからな・・・」


2人が相手の正体を誰何すいかしていると、その人物自身が声を掛けてきた。


「ほぅ、この状態の私の一閃を避けるだけでなく、カウンターを叩き込んでくるとは、『神人』と自分で名乗るだけの実力はあると言うことか?しかし、王国の【剣聖】にはガッカリだ。よもや私と同じ高みに到達した者がこのような腑抜けだったとはな!」


 姿は消したままの状態で言いたいことを言っている。しかも、自分のことを「同じ高みに至った」などと言っているので、間違いなく帝国の【剣聖】なのだろう。


「僕への無礼な振る舞いは、そちらの言い訳を聞いてから処分を決めよう。帝国の【剣聖】さん?」


姿は見えないが、認識している場所に視線を向けてそう言い放つ。


「ふむ、私の場所は分かっていると言うことか・・・光魔法の【才能】もあるということか?」


 まったく検討違いだが、その事については何も言わないでおく。勘違いしてくれていた方が都合の良いこともある。


「帝国の【剣聖】!今は互いに戦闘行為を停止している状態!このような所業、いかな理由によるものか!?」


 おじさんが僕の視線の先に向かって、怒気を含めて相手を非難していた。きっと帝国の【剣聖】は、戦争における戦闘のルールを逸脱しているのだろう。


「ふん!こやつは王国の騎士でも無いのだろう?そんな奴に戦時協定は適応されんだろう」


自分の行為は当然とばかりに、自らの考えを主張している。


「それに・・・久々に骨のある相手のようだ。悪いがこやつの相手は私がさせてもらおう!王国の臆病者どもは言った通りに周辺の偵察でもしていろ!」


そう言うと、ようやく帝国の【剣聖】は自らの姿を晒してきた。


「えっ?」


「さぁ、始めようではないか!お前が大言壮語を吐くだけの人物なのか、私が測ってやろう!死んでも後悔するなよ!?」


 身の丈程もある大剣の切っ先を僕に向けながら、そう宣言してくるは、艶やかな腰まで伸びる黒髪を風に靡かせ、鋭い視線を僕に向けてくる。しかも、彼女の装備は自分を女性として理解できているのか、お腹や足が露出している軽鎧を着込んでいる。もっとも、鎧の胸当ては僕のカウンターで凹んでいる。


 露出しているお腹は女性にしては腹筋がしっかりと割れており、太ももやふくらはぎも鍛練の密度が窺えるほど筋肉が引き締まっている。その身長は180㎝位と高く、彼女の顔を見上げて見ると、整った顔立ちの美人さんだった。


(言葉遣いや太刀筋から男だと思ったけど、帝国の【剣聖】って女性だったのか!)


 帝国側とも話し合いをしたいのだが、この状況では少なくとも彼女を降伏させないと話すら聞いてくれなさそうな雰囲気だ。そう考え、仕方なく僕は彼女の相手をする。


「私の名はジャンヌ・アンスリウム!帝国最強の存在と死合えることを光栄に思いながら死んでいけっ!!」


 まるで血に飢えた魔獣の様な目付きで彼女は襲い掛かってきた。

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