第139話 戦争介入 17

 僕の目の前で大剣を振り下ろすジャンヌさんは、その身の丈程もある剣の重量を感じさせないくらい軽々と扱っている。帝国は武器の製作技術が発展しているというので、本当に軽いかもしれないと思ったが、地面を穿つ切っ先から伝わってくる衝撃を肌で感じて、彼女の腕力のなせる扱い方なのかもしれないと考え直した。


 今の彼女との攻防においては、僕は特に構えるでもなく紙一重で避け続けているといった状況だ。これは、彼女に全力を出させた上で圧倒しようという、前回の王国の【剣聖】であるアレックスさんと同じ手法だ。この方が相手の心を折ることが簡単だからだ。何が起こったのか理解できないまま負けると、敗北を受け入れられない可能性があるという考えでもある。


(それにしても、これだけ重そうな武器を振り回し続けて息も乱れてないとは、さすがに【剣聖】だけあるんだな・・・)


 彼女はまったく乱れぬ呼吸で攻め続け、むしろ攻撃速度はどんどん上がっている。それに対して僕が挑発するように避け続けているのだが、彼女は気分を害されたというよりは、面白いといった様子で口角を吊り上げている。


(アレックスさんは簡単に挑発に乗ってくれたけど、この人は違うな。強い人と戦うのが好きなタイプなんだろうな)


 世の中には戦いが好きな人、戦いに取り憑かれた人がいるという。大概そういった人種は、自分より強者を求め、更に自分自身を高めていくのだという。ようするに、強者と戦うほど強くなるということだ。



「どうした『神人』!?避けてばかりでは私には勝てんぞ!攻撃してこい!その手と足は飾りか!?」


 膠着しつつある状況に変化をもたらそうと考えたのか、彼女の方からも挑発してきた。はっきりいって反撃は容易いのだが、まだ彼女は本気を出していないように思えて攻撃はしていなかった。


「あなたもまだ本気を出していない様子でしたから、僕も様子見です。どうぞ全力で掛かってきてください」


「ほう、言うじゃないか!」


 僕の言葉に彼女は足を止めて間合いを取った。腕を引き絞り、剣の切っ先を僕に向けると常人からはまるで消えたような速度で突き込んでくる。


 常人は、というのは、この戦いを観戦している王国の騎士であるおじさんが、ジャンヌさんの動きに目がついていっていなかったからだ。ただ、アレックスさんはさすがに剣聖だけあって、この戦いを目で追えているようだ。


「死ねっ!!〈一閃いっせん〉!」


 フェイントもないただの突きだったので、難なく躱す。しかしその直後、背後で『ザクッ!』と音がした。空間認識では彼女が突き込んだ勢いのまま大剣を地面に突き刺し、その反動で急停止していた。そしてーーー


「〈衝撃脚しょうげききゃく〉!!」


 〈一閃〉の反動をも利用した武術の中位技だった。正直【剣聖】である彼女が武術を使ってくるとは意表を突かれたが、十分反応できる。さっと横にずれて蹴りの軌道上から避けると、続けざまに彼女は地面に突き立てた剣を引き抜き、剣士としてはあろうことか僕に向かってその剣を投げつけてきた。


「おっと」


 とんでもない速度で飛来してくるが、しゃがんでその攻撃も避ける。しかし、一瞬僕の視線が飛来する大剣に移ったことで、彼女はその僅かな間に魔法を発動していた。


「〈風の大砲エア・キャノン〉!!」


 圧縮・解放された巨大な風魔法が飛来する。距離、タイミング、魔法の規模で見れば本来避けられない。というか、避けると後方にいるシャーロットに当たってしまう。


(結構距離は取っていたけど、この強度の魔法の射程範囲は彼女まで優に到達してしまうな・・・)


 あるいはそれを見越して僕とシャーロットが一直線上になるように誘い込まれたのかもしれない。大胆に攻め立てているように見せて、実は戦況を繊細に見据えて、一つ一つの行動を緻密に計算しているタイプの人なのかもしれない。とはいえ、そんな戦略も僕の前では意味はないのだが。


「銀翼の羽々斬はばきり!」


 瞬時に収納から取り出した剣で横薙ぎに一閃すると、彼女の魔法は吸収されたが、既に彼女は次の魔法を準備していた。その継ぎ目の無い攻防からこの魔法も目眩ましか、当たればラッキー位の捨て石だったのだろうと思わせた。


暴虐の嵐アトロシティ・ストーム!」


 今度は超高難易度とされている、単独での合体魔法を放ってきた。第三位階の〈炎の嵐ファイア・ストーム〉と〈風操作ウィンド・オペレーション〉を圧縮・解放することで十分な威力まで昇華している。だが・・・


(僕に魔法は効かないってことは、一度見れば分かると思うんだけど・・・)


 直前に魔法を吸収して見せたのだが、この一連の流れは彼女の中で既に出来上がっており攻撃手順の変更が利かないのかもしれない。そう思うと少しガッカリだが、〈風の大砲エア・キャノン〉と同じように吸収しようと剣を動かそうとした刹那、空間認識では彼女は僕の方に突っ込んできている。


(この合体魔法でさえ目眩まし!?奥の手は接近戦か?)


 僕の視界には炎渦巻く竜巻しか映っていないが、その後ろにいる彼女はこの炎の竜巻を隠れ蓑に突っ込んでくる。


(というか、自分の魔法で丸焦げになるんじゃ?)


 そう思ったが、もし彼女が僕の魔法を無効化する能力を見てから攻撃手段を組み立てたとしたら、という考えが脳裏に浮かぶ。


(だとしても、やることは一緒だ。全力を出させた上で圧倒する)


 銀翼の羽々斬で直前の攻撃と同じように吸収すると、全身から蒸気を出しながらも、少し濡れた彼女は何か小さな筒状のものを2つ手に持っていた。


(突っ込む直前に水魔法を自分に浴びせていたのか!でも、あの小さな筒は何だ?)


見慣れない物に注意を向けながら突っ込んできた彼女に対応する。


「〈連撃〉!」


 相手に息つく間を与えない程の武術の連続攻撃だ。その流れるような攻撃は相手のバランスを崩していき、最後に必ず攻撃を当てる中位技だ。


 彼女ほどの手練れとなれば、その一つ一つの技の早さも目を見張るものがあるが、当然のように全て余裕をもって躱していく。しかし、最後の攻撃の流れに違和感を感じた。


(ん?今までの鋭い突きと比べると、少しぎこちない?)


 頭部を狙った彼女の拳を頭を倒して躱すと、手に持っていた筒がこちらを向いていることに気づく。そしてーーー


『パパンッ!』


 ほとんど同時に聞こえた2つの筒から発せられた乾いた破裂音が、辺りに響いた。


「・・・まさか初見でこの武器を躱して見せるとは・・・」


「ビックリしましたよ。何ですか、その金属の塊をとんでもない速さで打ち出す武器は?」


「・・・お前、この弾が見えたというのか?」


 今まで不適な笑みを浮かべながら楽しそうに僕と戦闘していた彼女だったが、僕の言葉に思いの外驚いた表情をした。


「そりゃ、見えたから避けたんですよ?」


 当たり前の事だが、自分に向かってあんな速度で金属の塊が飛んでこられたら、避けない訳がない。そう思って口にした言葉に彼女は口を開けて固まってしまった。


「・・・く、くくく・・・あっははは!!!」


少しの時間固まっていた彼女は、何故か大笑いし始めた。


「・・・何か変なこと言ったかな?」


 少し引く程にお腹を抱えて大声で笑う彼女の理由が分からず、なぜ笑っているのか聞いてみた。


「あはは!何か、だと?私ですら、いや、人間にこの速度で動く物体を視認できる存在などいないはずの動きを、見えたから避けたと言われたんだ!笑わずにいられんだろう?」


 おそらくは彼女の奥の手だったろう武器の攻撃を躱しても、それほど不快に思っていないようだった。むしろ凄いものを見たというような態度だ。


「これはな、帝国の技術者が開発した新たな武器、この世界に革命を起こすという触れ込みで作られた『銃』というものだ」


 彼女は手に持つ筒を僕に向けながら、その武器の名前は『銃』だと教えてくれた。


「世界に革命を起こすなんて、大胆な言い方ですね」


「いやいや、実際凄いぞこれは!何の【才能】がなくても容易に人を殺傷できる。今までの『才能至上主義』が根底から覆される代物だよ!」


 彼女のその言葉に、僕達の戦闘を遠目に見ていた王国の騎士達がざわつく。それは、この武器の脅威と、彼女が言った可能性を理解したからだろう。


「それは確かに凄いですね。今の【才能】と【血筋】に凝り固まったこの世界に一石を投じられます」


「そうだろう!まぁ、お前の前では只の鉄屑同然のようだがな」


 そう言うと、彼女は銃を腰のベルトに差し込んだ。どうやらもう使う気は無いらしい。それがブラフなのか、僕には無駄だと考えたのか、それとも一度しか使えないかは分からない。


次はどうするのかと彼女を見ていると、先程投げて地面に突き刺さっていた剣を抜き放ち、再度僕に向き合った。


「さて神人、次で勝負を決める!私の全霊全身の剣技を見せよう!もし私が負けたなら、お前の話を聞こう!」


「そうしてくれるとありがたいです。では、僕も少しだけ実力を見せてあげますよ?」


「ふっ、言ってくれる・・・」



 しばらく僕らは見つめ合い、彼女のタイミングを待った。大きく息を吸い込んだ彼女は、〈一閃〉の構えを向けてきた。その切っ先はまったくブレることなく僕を正面から捉えている。そして、一陣の風が吹き込んできた瞬間、彼女は動き始めた。

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