第48話 学園生活 14

 襲撃にあった休息日から数日、僕とシルヴィアは友人としての距離が大分縮まったようだなと実感できる。最初は僕から話しかけないとほとんど会話らしい会話は無かったのだが、最近は彼女から話し掛けられる事の方が多くなっていた。演習場でも体力や魔法等の訓練方法を積極的に質問してきていて、何かと頑張りを見せている。そんな彼女の姿は僕も好感が持てていた。


 とはいえ、普段の身体的な距離はあの休息日のように、胸が時々当たるというような近すぎる距離のわけではなく、適切な距離感なのだが、僕らを見るクラスメイトには何となく怨嗟えんさの念が込められているような感じがしてしまう。それは、今この瞬間も後ろにいるクラスメイトから感じている。


「しかし、最初の時から考えると、随分シルヴィアとダリアは仲良くなったよな!」


 今日は大森林にて2回目の実地訓練がある。今は大森林入り口へ向けての移動中だ。今回からは調理器具は各班ごとに用意しているので、前回よりも個人の荷物は多い。僕はマシュー達の班にくっついて歩いていると、ふとマシューがそんなことを言い出した。


「もう知り合ってから2カ月近く経つんだからこれが普通じゃないの?」


「いやいや、シルヴィアって俺とか他の男子が話し掛けても素っ気ない返事ばっかりで、ダリアと話す時だけだぜ、そんな嬉しそうな顔するのは」


「そうなの?」


と言いながら隣を歩くシルヴィアに聞いてみた。


「そ、そんなこと・・・無い・・よ」


チラチラと僕を見ながら歯切れの悪い返答をするシルヴィアに疑問符が浮かぶだけだった。


「それに、この間の休息日は2人だけでお出掛けだろ?俺には何にも声が掛かってないぜ!」


「といってもお礼らしいからなぁ。そう言えば、マシューからはお礼を貰ってないぞ」


別にお礼なんて要らないのだが、なんだかマシューにからかわれるもしゃくだったので、少し嫌みを言ってみた。


「・・・俺はほら、しっかり言葉で表現しただろ!あ~あ、良いよな!俺にも春が来ないかなぁ~!」


 そんな他愛の無い会話を続けていたが、僕はさっきからずっとある視線に注意していた。


(外壁の門を出てからずっとか・・・この訓練中に何か仕掛けてきそうだな。まったく、あれだけボコボコにしたのにまだりないのか!)


心の中でそううそぶくが、もし襲撃してくるならやることは決まっている。次はないのだ。幸いにして大森林なら死体は直ぐ魔獣達の胃袋に収まるから、こちらとしては後処理が楽だ。


(まぁ、それは相手も同じかもしれないけど)


 大森林の入り口に着くと、まずは拠点の設営としてテントの組み立てをしてから整列をする。これで2回目となるので皆の動きも前回よりスムーズだ。今回も護衛の冒険者は2人づつ各班に付いている。前回と同じ人が多いが、マシュー達の班には違う冒険者が付くようだ。


「では、前回の反省点をしっかり活かして行動するように!今回も12時には一旦この拠点に戻ってくること!それでは、準備が整い次第出発するように!」


前回同様エヴァ先生の掛け声と共に皆が動き出す。僕も全体の護衛役として大森林の見回りに向かう。今回の行動範囲はこの拠点から半径10キロと少し広めになっているので、何もないことを祈りたいのだが、一般の冒険者に混じって向けてくる僕への視線が気がかりだ。


(撒いてしまっても、結局僕の行動範囲が狭いから意味がないかもしれないな・・・取り敢えず様子見か・・・)



 しばらくはそう警戒していたのだが、僕を監視している者はただ見ているだけで、意図的に周りに誰もいない場所に行っても何もしてくることはなかった。


(何だ?拍子抜けだな。この視線には殺気も込められていないし、本当にただ見ているだけといった感じだなぁ)


 午前中は何事もなく昼食の時間になり、皆無事に拠点に戻ってきた。前回よりも疲労困憊という感じではなかったが、わずか一週間程で体力が劇的に増えるわけもなく、疲れているということは間違いなかった。今回も僕が食材となるファング・ボアを早いタイミングで狩っておいて解体しているので、今は切り分けた肉等を配分している。


食材についても次回からは自分達で狩るようにする為、今回の実地訓練では主に食べることが出来る獣やキノコ、山菜などを解体方法も含めて冒険者からレクチャーされているということだった。前回の反省を活かして僕の昼食のメニューはシチューにすることにした。大森林表層に自生しているキノコも加えて、自分で持ち込んだ牛乳とバター等で味付けをして少し煮込んで完成だ。


「うん!おばちゃん直伝のシチュー、上手く出来たようだ!」


 この料理は、少ない材料で手早く簡単に、且つ美味しく出来るようにと『黄金の皿』のおばちゃんに教わったものだった。そろそろ食べようとしていると、エヴァ先生がやってきた。


「ふむ、今回はちゃんと匂いの少ない料理にしたな。どれ、私にも食べさせてくれ」


「・・・先生、前回のステーキから味をしめていませんか?」


「ふっ、お前の料理はどうやら下手な店よりも美味しかったからな。今後も当てにさせてもらおう」


「なんで当然のように言ってるんですか?自分で料理はやらないんですか?」


「私はこう見えても伯爵なのだぞ!自分で料理などしたこと無いわ!」


「えっ、先生って伯爵なんですか!?」


「・・・何でそんなに驚く?学園の教師は子爵以上の上級貴族でなければなれないのだぞ」


「・・・知りませんでした。それで皆先生にあんなにうやうやしい態度と言葉使いだったんですね」


言われて思い返せば、Sクラスのあの突っかかってきた貴族も先生にはちゃんと従っていたし、おそらく自分よりも身分の高い家柄だと知っていたのだろう。


「分かったらお前ももっとうやまった態度で教師と接することだ!」


「はぁ、・・・善処しますね」


今さら態度を変えるのも違和感があったし、ただ単にエヴァ先生は僕の料理目当てな感じもするのでこの態度でも良いやと考えた。



 昼食後も僕への監視は続いていたのだが、朝から何もしてくる気配がなかったので、今日はこのまま何事もなく終わるかなと油断した時に事態は動く。


『ピュー!!!』


「信号弾!?何かあったのか」


ゆっくりと歩きながら大森林を見回っていると、信号弾が空に上がった。即座に信号弾の上がった場所まで駆けつけると、そこにはマシュー達の班がいた。ただ、見たところは怪我などは負っておらず、冒険者達も2人で何か話し合っており、その様子は緊急事態を思わせない感じだった。


「大丈夫か?」


「ダリア!大変なんだ!!」


そんな中、マシューが僕に気付くと焦ったように駆け寄ってきた。


「ど、どうした?何かあったのか?」


「シ、シルヴィアが居なくなっちまったんだ!」


「なんだって!?」


そう言われて見渡すと、確かにシルヴィアの姿が見えない。他の班員は辺りを捜索している感じだが、いったい何がどうなったというのだろう。


「他の皆は何事もないようだけど、何があったんだ?」


「そ、それが、俺達にもよく分からないんだ」


 マシューが言うには、大森林の探索中に急に視界がさえぎられ、しばらくして目が見えるようになるとシルヴィアだけが忽然と消えてしまったそうだ。


「視界が遮られたのは、闇魔法か?」


「た、多分・・・冒険者の人がそう言ってたから」


「じゃあ皆シルヴィアがどうして居なくなったのかは分かってないのか・・・」


「あぁ、目が見えなくなって変な所に行ったかもしれないと思ってずっと周りを探していたんだが、全然見つからなくて、これはいよいよおかしいって事で信号弾を使ったんだ」


「どのくらい見つかってないんだ?」


「もう2、30分位だ」


思ったよりも時間が過ぎていることに嫌な予感が頭をよぎる。


(まさか、エリーさんみたいなことになってないよな・・・)


以前僕の巻き添えになるように男爵にさらわれたエリーさんのことが頭に浮かんできた。僕にずっと監視が付いて居たのは、僕を襲撃してくるのではなくて、この監視それ自体を囮として他へ注意が向かないようにしたのではないかと考えられる。


(確証は無いけどこの監視者が無関係というのもないだろう)


現状としては何も手がかりがない状態なので、少しでも事態を好転させるためには行動あるのみと考えて動き出す。


「とにかくシルヴィアが行方不明になったのは分かった。僕も辺りを捜索するからマシュー達はこの事を先生に伝えてくれ!」


「わ、分かった!頼むダリア!」


「任せておけ!」


もしも僕の考えた通りなら、犯人にはその存在の跡形も残らずこの世界から去ってもらおう。この時の僕はそう考えていた。

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