第73話 学園トーナメント 2

 ◆


 side ???


 防諜設備が整っている学園の一室。そこには2人の人物がいる。


「首尾はどうなりましたか?」


「はい、予定通り彼には学園トーナメントにて、その力を振るってもらうことになりそうです」


彼女は自らの主人に対するような態度で恭しくひざまずいて事の推移の報告をしている。


「王派閥に対する嫌悪感は順調に育っているとみてもいいのかしら?」


「はい、それは間違いないかと。しかし、だからといって教会派閥に身を置いてくれるかは不明です。公国の王女もいろいろと画策しているようですので」


「ティアの話では、彼は今すぐこの国を出るとは考えていないそうよ。今の内に私はもう少しゲンティウス殿下をせっついておきましょう。フリージア様に変な疑いを持たれないようにあなたの方で上手く話を合わせておきなさい」


「かしこまりました。くれぐれも王派閥にこちらの目的が気付かれないようご注意ください」


「大丈夫よ。これでも王派閥の中枢に身を置く者。私もお父様も慎重ですから。ただ、宰相には気を付けなければなりませんね、結構鋭い方ですし」


「おっしゃる通りです。ただ、トーナメント決勝には来ないと聞いておりますので問題無いでしょう。決勝にてゲンティウス殿下が彼に無茶なことを言えば自然とフリージア様が間に入ると思いますので、これで教会派閥の印象は一層良くなることでしょう」


「そうなるようにあなたもトーナメント中にはしっかり動いてもらいますので、お願いしますよ?」


「お任せください」


2人は今後の指針を確認すると、静かにこの部屋を後にした。




 学園長と話し合った翌週には、武術・剣術部門のトーナメントが始まった。学園の広大な演習場では、午前中からあちこちで木刀の剣戟けんげき音やグローブを着けての打撃音が聞こえてくる。魔法コースの僕達は来週から始まるが、教師陣は試合の審判などで駆り出されてしまっているため、授業は自習となってしまっている。皆は個人練習に励んでいるが、僕とマシュー、シルヴィアは演習場の端の方で試合を見ていた。


「マシューとシルヴィアはトーナメントの準備は大丈夫なの?」


「大丈夫かって言われても、対戦相手の大体は騎士や衛兵、貴族の子供だろ?俺が勝てる相手じゃないから諦めてるよ」


「私も皆との差は痛感してるし・・・」


確かマシューは土魔法、シルヴィアは闇魔法の才能だったはずだ。長期休暇直前にマシューは第二位階になったようだったが、シルヴィアはどうだろう。


「シルヴィアは魔獣との契約は出来たの?」


光魔法や闇魔法は少し特殊で、第二位階以上にならないと魔獣との契約が出来ない。


「・・・い、一応休み中に第二位階までになったんだけど、その、まだ契約してなくて・・・」


「えっ!?試合はどうするの?」


「開始と同時に降参しようかなって・・・」


 それも方法かもしれないが、このまま契約も何もせずにとはいかないだろう。学園の魔法コースに在籍していることを考えれば肩身が狭くなってしまう。特にBクラスには闇魔法の才能持ちはシルヴィアしかいないので、周りからの目も気になってしまうだろう。


「そうだとしても、何か契約はしておかない?良かったら今度の休息日に下級魔獣の討伐を手伝うよ?」


「いいの!?」


シルヴィアは胸の前で手を組んで、目を輝かせた満面の笑みで僕を見てきた。


「もちろん!トーナメントが始まる前日だからギリギリになっちゃうけど。そうだ、せっかくだからマシューも一緒に練習する?」


「えっ?いいのか?」


「教えて直ぐに魔法が上手くなることは無いと思うけど、少しは自信が付くかもしれないから」


「それはありがたいけど・・・シルヴィアはいいのか?」


何故かマシューは不安げにシルヴィアを見ながら僕にシルヴィアの了承を促してきた。


「いいかな、シルヴィア?」


「えっ、あっ、うん、も、もちろんいいよ」


シルヴィアは急に硬い表情になってしまったけど、了解はしてくれた。僕は良かれと思って2人に提案したのだが、2人共居心地の悪そうな微妙な雰囲気になってしまった。



 その週の休息日、約束通り3人で大森林へと向かった。今回の目的はごく表層に生息する下級魔獣を討伐して、シルヴィアに契約させることなので危険は少ないが、一応2人にはきちんとした装備をしてきてもらっている。素材や各種の道具を入れるリュックに、動きやすい皮鎧、ちょっと大きめの2人の愛用の魔道媒体である杖も忘れていないようだ。


「よし、準備も出来たし行くよ!」


「はい!」


「お、おう!」


力強いシルヴィアの返答とは対照的に、緊張した面持ちでマシューが返答した。実地訓練で何度も来ているので、そう緊張する事は無いと思うのだが、訓練では4人の同級生と2人の護衛の計6人で行動しているので、その半数となると不安なのだろうか。


(もしかして前衛がいないことを心配しているのかな?どちらにしても全く問題ないけど、一緒に行動しているうちに緊張も解けるだろう)


 そう考えながら、空間認識で確認している魔獣へと迷うことなく進んでいく。ちょうど近くには僕お勧めの魔獣『フォレスト・ウルフ』がいるのだ。この魔獣は、敵魔獣の索敵や気配を察知してくれるので初心者には非常に重宝されるのだ。攻撃力という点においては心許ないが、素早い動きは相手の攪乱かくらんにも役に立つ。とはいえ、マシューの訓練の為にも討伐は彼にやってもらおうと考えている。


「さて、マシュー、もう少し行くと魔獣がいるけど、君が討伐してみてくれ」


「・・・おいおい、無茶言うなよ!このチームには前衛が居ないんだから、俺の魔法が当たるなんてよほどの幸運がなきゃ無理だぜ」


「ダリア君、大丈夫なの?その、私の為に付き合わせていることもあるから、怪我をすることになったら申し訳ないし・・・」


シルヴィアも僕の提案には若干不安そうだ。マシューと実地訓練の班になっているので、彼の実力をよく理解しての発言なのだろう。


「大丈夫!第二位階なら〈石礫ストーン・グラベル〉が使えるでしょ?」


「使えるけど・・・当たったところで倒せないぜ?」


つぶては一つだけ集中して作り出すんだ。形状は先端を尖らせて弱点である目を狙って放つんだ」


「いや、言う事は分かるけど、動いている魔獣の目なんて、そんな小さい的狙うのは俺の技量じゃ無理だ!」


「止まっている的なら大丈夫じゃない?」


「そんな都合よく止まってることなんてないだろ!」


あきれ顔でマシューは僕に無理だと主張する。


「足止めは僕がするから、止めはマシューがやるんだ。それなら出来るだろ?」


「いや、まぁ、たぶん・・・」


「じゃあ、決まりだ!集中して!あと一分くらいで来るよ」


 僕の認識の範囲内には、こちらに接近しつつあるフォレスト・ウルフを捕えている。シルヴィアを後ろに下がらせて、マシューに魔法の準備を促す。少ししてこちらに狙いを定めているのか、疾走してくる魔獣を視認した。


「や、やばい!早すぎる!」


「キャー!!」


 脇目もふらずよだれをダラダラと垂らし、大きな口を開けながら鋭い牙を覗かせる魔獣を見て、マシューとシルヴィアは少しパニックになっているようだ。シルヴィアに至っては僕の背中にしがみ付いてきて離れようとしない。


(普段の実地訓練はどうしてるんだ?)


僕が心配になる様な取り乱しぶりに、2人を落ち着かせるため声を掛ける。


「2人共落ち着いて!!魔獣の足を止めるよ!マシュー魔法準備!」


 少し大きめの声でそう言って、僕達の手前3m程の距離に第三位階土魔法〈大地操作グランド・コントロール〉で、魔獣の目の前の地面に落とし穴を作ってそこに落とし込んだ。穴に落ちた際に、疾走してきていたスピードも相まった衝撃で穴の壁に激突して『キャウン!』と犬のような声を上げて動けなくなっている。


「マシュー、今っ!」


「くっ、当たれー!!」


 魔獣への恐怖心なのか、残念ながら〈石礫ストーン・グラベル〉の狙いはフォレスト・ウルフの頬をかすめていってしまった。


「もう一度!」


「わ、分かった」


 再度魔法の行使を促したが、マシューの実力では次弾に少しの時間を要してしまい、その隙に魔獣が回復してしまったようだ。落とし穴から這い上がろうとしながらこちらを睨んできているようだったので、第三位階光魔法〈発光フラッシュ〉で目潰しをしておく。しかし、僕が魔法名を叫んだ時に魔法発動に集中していたためか、タイミング悪くマシューがその光をまともに見てしまった。


「うわっ、目がっ!」


しかも、ちょうど魔法発動のタイミングにも被ってしまったようで、〈石礫ストーン・グラベル〉を放ってしまっていた。ただ・・・


『ギャウン!!』


その礫は偶然にもフォレスト・ウルフの目を貫通するように当たっていた。そして、少しののち絶命したようだ。


「やったよマシュー!討伐成功だ!」


「・・・えっ?本当か!?俺、初めて魔獣を討伐したのか?」


「えっ?初めてなの?」


「あ、あぁ。今まで目潰しして怯ませる役くらいだったから、これが初めてなんだ」


 そう言われて、マシューが大森林に入る時に緊張した面持ちをしていたのが納得できた。今までは本当に討伐のお手伝い程度の役割だったので、急に自分も討伐の主力になったことへの緊張感だったのだろう。


「これで少しは自信がついたなら、次回からは落ち着いて対処するんだよ!」


「ああ!ありがとうダリア!」


そう言うマシューの顔は少し自信の付いた男の顔になっていた。ちなみにその間中シルヴィアは僕の背中にピタッと張り付いて一瞬も離れようとせず震えていた。


「もう大丈夫だよシルヴィア。魔獣は討伐できたから」


怯えているシルヴィアに、出来るだけ優しく声を掛けながら震えるその頭を優しく撫でた。


「ほ、ほんと?」


「ああ、見てごらん?」


そう促して目の前に横たわるフォレスト・ウルフの亡骸を見せる。すると、彼女はゆっくりとした動作で僕の背後から顔を覗かせ、その亡骸を確認した後にマシューや僕を見回していた。


「よ、良かった。皆無事で討伐出来たんだね!」


 肩の力が抜け、安堵した表情になった彼女を見て、きっとシルヴィアもマシューと同じで、目潰しなどの討伐には直接参加していなかったのかもしれない。第一位階の闇魔法では少し視界にもやを掛けるくらいの威力しかないからそれもしょうがないだろう。


「さぁ、シルヴィア。本来の目的である魔獣との契約をしようか!」

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