第五章 動乱 編
第72話 学園トーナメント 1
長期休暇が終わり、教室にはいつのも顔ぶれが揃っていた。エヴァ先生が来る前にマシューやシルヴィアと挨拶を交わした。マシューはいつも通りだったが、シルヴィアはしきりに公国に行ったことや、メグのことを聞いてきた。僕はバハムートの事は伏せて、当たり障りの無い食べ物や観光場所、魔具についての話をした。メグの事については仲良くなったとだけ伝えたのだが、顔をずいっと寄せてきて、「どう仲良くなったんですか?」と問い詰められてしまった。その時、扉が開いてエヴァ先生が入ってきてしまったので、その話はそこで中断となった。
休み明けのエヴァ先生の第一声は学園の催し物の知らせだった。
「皆も知っていると思うが、再来週から1・2年生出場の学園トーナメントが開催される。休暇中に準備や鍛練は抜かり無くしていると思うが、みんな大怪我の無いように頑張りなさい」
聞きなれぬ学園トーナメントと言う言葉にクラスで僕だけが困惑顔を浮かべていた。しかも先生はそんな僕に気づいているにも関わらず、平然と授業を始めてしまった。
(・・・仕方ない。後でマシューかシルヴィアに聞いてみるか)
午前の授業が終わったので、マシュー達にトーナメントについて聞こうと席を立つと、エヴァ先生から呼び止められてしまった。
「ダリア、ちょっといいか?」
「・・・?はい、なんでしょうか?」
「学園長からお呼びがかかっている。お昼の時間で悪いが、今から学園長室に向かってくれ」
「はぁ、分かりました」
「面倒なことかもしれんが、お前の力があればそんなものなど無いも同然だろうがな」
そんな先生の呟きに、微妙に嫌な予感を覚えながら教室を出る。そんな僕の姿をクラスの皆は納得顔をしながら注目していた。
学園長室に入ると、そこにはメグも座っていた。入学早々の記憶を思い起こさせる光景だったが、違いがあるとすればメグの僕を見る表情だろうか。
(あの時は僕の為を想って先生に言っていたんだろうけど、そこに深い意味はなく、本人もただ疑問だったから聞いたという面があったはず。でも今の表情は・・・)
メグの表情は、まるで彼女の周りに大輪の花が咲いているようだと表現するのが正しい、満面の笑みで僕を向かえてくれていた。
「ダリア!久しぶりですね!会えて嬉しいですよ!あなたも寂しかったのではないですか?」
僕に駆け寄ってきて矢継ぎ早に喋りだす彼女に
「お、お久しぶりですメグ。お元気そうですね。僕もお会いできて嬉しいですよ」
「ふふふ、やっぱりそうですよね」
何がやっぱりなのかはさておき、ここには学園長も居るので、僕が呼ばれた理由を確認した。
「えっと、僕が呼ばれた事にメグも関係あるんですか?」
「マーガレット殿下、ダリア君、そこからは私が説明します」
僕らのやり取りを黙って見ていた学園長が重々しく口を開いた。その表情は厳しいもので、僕達のやり取りに思うところがあったということもあるだろう、なにせ一国の王女の名前を愛称で呼んでいるのだから。3人共に応接用のソファーに座って、僕とメグは学園長の言葉に耳を傾けた。
「既に学園トーナメントの話しは聞いているかと思います」
「はい、今朝エヴァ先生から話がありました」
「そうですか。どのような内容かは知っていますか?」
「いえ、実は知らなかったものですから、友人から聞こうと思ったところで学園長室に呼ばれてしまったので・・・」
「それは都合が良いです。では、私から説明しましょう」
学園長の説明では、学園トーナメントとは1・2年生が参加する武術・剣術・魔法それぞれの今年トップを決める学園の催しということだ。王国の重鎮を来賓として呼ぶ大々的な大会でもあるらしい。ただ、上級貴族の参加は任意になっており、その力を周囲に示したいと考える者もいれば、無駄なことだと参加しない者もいるとのことだ。また、上級貴族にとっては優秀な者を
さらに、来年度の生徒会役員の選定も兼ねているらしく、良い成績を残し人物評価も申し分なければ来年度以降は生徒会役員に選出される可能性もある。ちなみに、生徒会役員になると、ある程度希望する職業へ就く事も可能になるという特典があるのだという。
このトーナメントは3つの部門に分けられており、自分の【才能】に合った部門に出場する事になる。武術・剣術部門は人数が多いので来週から予選トーナメントが始まるが、魔法部門は人数が少ないので、再来週からという事だった。月末までに各部門の上位5名を決定して、決勝トーナメントを来賓も呼んで行うという事だ。各部門の優勝者が決まると、金ランク冒険者とのエキシビジョンまである。そこまで話した学園長は姿勢を正し、困った表情を僕に向けてきた。
「そこで問題なのが、君という存在だ」
ここまで話されると僕でも問題点は分かって来た。僕が出場してしまうと上級生が出場しているとしても相手にならない可能性の方が高い。
「まぁ、そうですよね」
「それに、マーガレット殿下から聞いたのだが、公国でバハムートの討伐隊に加わって活躍したというのは本当かね?」
「はい、その通りですね」
「・・・はぁ、私としては理由を付けてトーナメントに出さずに、エキシビジョンにだけ出したかったんだがね・・・」
「僕はそれでもかまいませんが、何か問題がありましたか?」
「2年生の下級貴族には君の実力を良く分かっていない者が多くてね。君に勝てばよりアピール出来ると考えている者がいるんだよ」
「貴族がアピールですか?」
「そうだ、下級貴族の中には継ぐべき爵位を持たぬ者も多い。その為、上級貴族に仕官したり、王国の文官や騎士団に所属する事を狙っている者が大半なのだ」
「そのアピールとして僕に勝つことは絶好の材料になるという事ですか・・・」
「そういう事だな。しかし、マーガレット殿下の話を聞くと、君が下級貴族連中から恨みを買う結果しか残らないのではないかという事になり、ここに呼んで解決策を一緒に考えようという事だ」
つまり具体的な対応策が無かったため、当事者も交えて知恵を絞ろうという事か、もしくはそう言ったことも全て納得の上で出場して欲しいという事なのか。
「私としては、ダリアにその力を見せつけてもらって、対抗することや
メグの意見はとても攻撃的な考え方のようだが、それも一理あるだろう。
「学園としては上手に負けてもらった方が、騒ぎも起こらず安心なんだがね」
学園長の意見は波風を立たせたくない守りの考え方だが、それも一理ある。ただ・・・
「どちらも問題はありますね。力を見せつければ恨みを買う事は避けられないでしょうし、上手に負けても、僕に勝った生徒がどんな状況になるか分かりません。それに、冒険者協会の認定に疑いの目を向ける結果になってもいけませんし・・・」
相手が貴族で僕に勝つことでアピールを考えていた場合、当然のことながら僕は手を抜いて負けることになる。それを勘違いして上級貴族がその者の仕官を決めてしまうと、想定していた実力が無いとしてクビになる可能性もある。逆にそんな事を考えていない相手が僕に勝ってしまった場合は、自分の実力以上の話が来ることになるので、やはり仕官先で面倒なことになる可能性が高い。そして、下手な人物に負けてしまうと、冒険者協会への評判を貶める事にもなってしまう。
「確かにどちらを選択しても困ったことになるのは目に見えている。だからこそ、出場しないというのが一番無難なんだがね」
「どうしてもその選択がとれないのですか?」
「君がどこで恨みを買ったか知らないが、ゲンティウス殿下が君の出場を望んでいるんだよ・・・」
「つまり、殿下が2年生の貴族を焚きつけたと?」
「そういうことだね。正確には君に勝たなくても、それなりの試合内容なら口を
ゲンティウス殿下とはワイバーン討伐の時に少しだけ話した程度の認識しかないのだが、思い返してみても少なくとも好かれている雰囲気は微塵もなかった。
(むしろ目の敵にしているような言い方だったな・・・)
殿下に嫌われる言動をした覚えといえば、ワイバーン討伐の終わった後にフリージア様が魔力欠乏で倒れそうになったところを支えた場面を見られて激怒されたぐらいだが、それをまだ根に持っているというのだろうか。
「何ですかそれは!?一国の王子とあろうものがそんな女々しいやり方なのですか!?」
その話を聞いてメグが怒りに顔を染めながら学園長に詰め寄った。
「マーガレット殿下、他に聞いている者がいないと言っても言葉には気を付けてください」
「・・・すみません。しかし、自分の手を汚さずにというやり方が私は気に入りません」
「まぁ、直接手を下すことは出来ないでしょうからね・・・」
僕の考え通りなら、フリージア様の前で納めた矛をまた引っ張り出してくれば己の
「つまり、君の取り得る選択肢が2つに限定されてしまっているので悩んでいるのだ」
(なんだか考えるのが面倒になってきたな。エヴァ先生も力があるから問題無いだろう的な言い方だったし、もう僕のやりたいようにやってしまおうか・・・)
「とりあえず状況は理解しました。といって有効な対策はないですが、こうなったら出たとこ勝負で、負けても問題ない相手ならそうしますが、そうでない場合は・・・」
「私の提案ということですね?」
嬉しそうな顔で隣に座るメグが僕を見てきた。
「最悪恨みを買っても、僕には親しい友人が少ないので、全員に目を配っておけば大丈夫でしょう」
僕に直接意趣返しをしてくることは無いと思うが、僕が巻き込んでしまったシルヴィアの例もあるので、友人たちには注意を払う必要があるだろう。なんなら『風の調』へ依頼をして、友人の周辺監視をお願いしても良い。
「ではダリア、私の事はすぐ傍で守ってくれるのですね?」
首を少し
「いえ、メグには既に護衛が居ますし、さすがに相手もそこまで考え無しではないでしょう」
「・・・・・・そこは嘘でも私を守ってくれると言う所でしょ・・・」
頬を膨らませながら怒っているが、完全にそれは演技だと分かってしまうような、僕を困らせたいような仕草だった。
「す、すみません。現実的に考えても僕の身体は一つしかないので、消去法で自分のクラスのマシューかシルヴィアを見ていた方が良いと考えてしまったものですから」
「ええ、それは私としても理解していますよ。でも言って欲しい言葉は違うんです!」
口を尖らせながら子供みたいな主張をしてきたので、僕も返答に困ってしまう。そんな雰囲気を学園長が変えてくれた。
「では、ダリア君が金ランクとして負けても恥じない相手であれば意図的に負ける。そうでなければ勝つという事で、それによって想定される面倒も覚悟の上という事で良いな?」
そんなまとめられ方だと、面倒は僕に丸投げしてあとはよろしくと言われているような感覚になってしう。と言っても、どうしようもない。
「そうするしかありませんから」
「それでは頼んだぞ!」
そんな事を頼まれたくも無いのだが、話し合いはこれで終わりとなった。何一つ有効な具体策など無いままに。
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