第74話 学園トーナメント 3

 「あ、あの、やっぱり契約しなきゃダメですよね?」


シルヴィアは困った様な表情で、今日の目的を否定するかのような事を言い出した。


「えっ?それってつまり魔獣との契約は嫌なの?」


「いえ、その、やっぱり心臓を取り出してというのに抵抗があって・・・魔獣と仲良くなれるかも自信がないです・・・」


 そう言われると、シルヴィアのような女の子が、血だらけになって魔獣の心臓を取り出すという行為には違和感がある。かといって、今後もそれが出来ないようだと、闇魔法師としては致命的になってしまう。


「今回は僕も手伝うから、頑張ってみよう!契約した魔獣が襲い掛かってきても僕が対処するから安心して!」


「ご、ごめんなさい。いろいろ迷惑かけちゃって」


彼女は申し訳なさのあまり顔を下に向け、縮こまってしまった。そんなに気にすることも無いと思ったので、うつむく彼女の顔を覗き込んで笑顔で伝えた。


「全然いいよ!シルヴィアの為だし、これくらいなんてことはないよ!」


「/////っ!!あ、ありがとう・・・」


 解体用のナイフをリュックから取り出して、背後から覆いかぶさるようにシルヴィアの手を取り、ナイフを魔獣の胸にあてがいながら説明する。


「いいかい、ここからお腹に向かって20cm位切り裂くんだ。それから、邪魔な肋骨はナイフをこう捻って折ってしまう。それからこうやって・・・ほら、心臓が見えた・・・ねぇシルヴィア、聞いてる?」


 態勢が態勢なので、僕の顔のすぐ真横にシルヴィアの顔がくっ付いている状況なのだが、彼女は顔を真っ赤にしながら固まっていて、僕の説明を聞いているのか分からなかった。


「は、はひっ!だいじょうびれす。聞いてましゅ・・・聞いてます!」


シルヴィアは言葉を噛み噛みで返答してきた。確かに魔獣の解体は見ていて気持ちの良いものではないので、そう言った嫌悪感からの反応なんだろう。


「ゴメン、内臓とか気持ち悪いよね。素早く終わらせるから、よく見ていてね」


「えっ、いえ・・・そ、そうじゃないです・・・」


「???」


 小声で呟かれた彼女の言葉の意味は分からなかったが、とりあえず早く解体を終わらせることにした。心臓につながる大きな血管を切り外して取り出すと地面に置くと彼女から離れた。


「シルヴィア、契約の口上こうじょうは知ってる?」


「う、うん。大丈夫」


シルヴィアは先程の表情から、真剣な表情へと変っていた。いよいよ初めての契約なので緊張しているんだろう、ぴくぴくと動く魔獣の心臓の横に立ち、契約の口上を口にする。


「わ、私は契約を求める者。にえを受け取り契りを交わして!〈召喚契約サモン・コントラクト〉!」


シルヴィアが契約の口上を口にすると、黒いもやが溢れ出てきた。靄は次第に形を成し、フォレスト・ウルフとなった。現れたフォレスト・ウルフにシルヴィアは少しの怯えを見せていた。また、魔獣の方もその様子を観察するように彼女を見つめて、しばらく静寂の時間が過ぎた。


「「「・・・・・・」」」


 みんな息を潜めながら事の推移を見守っていると、フォレスト・ウルフがゆっくりとシルヴィアに向かって頭を下げるような仕草を取ってきた。それを見てほっと肩を撫でおろす。未だ緊張しているシルヴィアの肩に手を置いて祝福の言葉を伝える。


「おめでとうシルヴィア!これでこの魔獣の主人として認められたよ!」


「・・・ほ、本当?もう大丈夫?」


「うん。何か命令してごらん?」


「えっと・・・伏せて」


そうシルヴィアが言うと、魔獣はすっとその場に伏せの態勢を取って、次の指示待ちをしているようだ。


「よ、よかった・・・私のいう事聞いてくれた。ダリア君、マシューありがとう」


緊張が解けたからなのか、彼女は涙目を浮かべながら僕らに感謝を伝えてくれた。


「お、おう。別に気にしなくていいぜ」


気恥ずかしさもあったのか、マシューがそっぽを向きながら答えていた。


「そうだね。あとは明日からの試合でどう工夫していくかだけど、さすがに1匹だけじゃ試合にならないと思うから、最低でももう1匹は必要だね」


「も、もう一匹?」


 魔法コースの試合形式は、お互い20メートルの距離を開けて、自分の陣地にある5つのオブジェを破壊された方の負けとなる。このため、光魔法の才能所持者は救護班に回されてその治療の手際で評価される。闇魔法の場合は召喚した魔獣を使うのだが・・・


「攻撃を担う魔獣と、防御を担う魔獣の最低2匹だね。連携を活かすなら、もう1匹フォレスト・ウルフでもいいけど、どうする?」


「えっと、ダリア君はどうしたらいいと思うの?」


「う~ん、種類が違った方が戦略に幅が出ると思うけど、慣れないと指示出しが混乱するかもしれないからな・・・。今回はもう1頭フォレスト・ウルフにした方が無難かな?」


 初心者のシルヴィアが急に戦略を練って2種類の魔獣を機能的に行使できるかと言われると疑問が残るので、単純に1種類に絞って指示出しをした方が良いだろうと考えた。


「ダリア君がそう言うなら、そうしたい」


自分でしっかり考えたのかちょっと心配だったが、僕としてはその方が良いだろうと思っていたので、少し休憩してから次の討伐に向かう事にした。マシューにも今の戦闘の反省をしてもらい、次の討伐も任した。




 お昼前にはもう2匹のフォレスト・ウルフと契約することが出来、シルヴィアは都合3匹と契約することが出来ていた。これはマシューに戦闘の経験と自信を付けさせるためと、シルヴィアにも実際に召喚した魔獣を戦闘に使ってもらって、2人に経験を積ませていくためにあの後さらに2回の討伐を繰り返した。討伐に先立って、僕はその戦闘に手を出さずに、危なくなったら加勢すると伝えていた。おっかなびっくりという感じで不安がっていた2人だったが、ちゃんと2人で話し合って、シルヴィアの魔獣を前衛に据えて相手の動きを制している隙にマシューが攻撃するというスタイルが見事に嵌っていた。結果、僕の援護なしに2回の討伐をして見せていた。そういったこともあって、2人は最初の不安な表情から一変して笑顔になっていた。きっと今回の事が自信につながったのだろう。


「じゃあ時間も時間だし、そろそろお昼を食べて帰ろうか?」


そう言うと、2人共驚いた表情で僕を見てきた。


「えっ?ここで食べるのか?」


「ダ、ダリア君。用が済んだのなら危ないし、戻ってからお昼にしない?」


どうやら2人は、ここでは落ち着いて食べれないから戻りたいという事らしい。ただ、僕はせっかく公国で手に入れていたあの魔具の鍋と魔獣避けを使ってみたかったのでここで食べることを提案したのだ。


「大丈夫だよ!魔獣避けという魔具があるし、万一の時は2人の事は僕が守るから。それに、食事も僕が準備するから2人は少しそこで休んでいてね」


 有無を言わせぬ満面の笑みで2人の反論を封じて、早速リュックから鍋と魔物除けの棒を取り出す様に見せかけて、収納から出す。最初に魔物除けを地面に突き立て、起動してから食材も次々と取り出して並べていく。今回はクリームシチューを作るので、脂身少なめのファング・ボアの肉を一口大に切り、野菜と一緒に炒めてから小麦粉を投入していく。最後に牛乳でしばらく煮込んで完成だ。何と言ってもこの鍋は火魔法が循環しているので火加減を見ることも、薪をくべることもしなくていいので、料理が画期的に簡単になっている。


 2人共僕が素早く調理しだしたので、諦めたような表情をしていたが、この鍋の性能を見たとたんに驚きの表情に変わっていた。まさに開いた口が塞がらないと言った感じだった。


「ダ、ダリア、その鍋どうやって煮てるんだ?」


「えっ?火は?薪の準備は?どうなってるのそれ?」


「ふふふ、これは公国の魔具でね、火魔法が循環してくれることでかまども薪もいらないんだ!」


「公国?そんなもの王国じゃ売ってないだろう?」


「・・・そう言えば休暇が明けてから最近妙にマーガレット殿下と仲が良いって聞いたけど、ダリア君、公国でマーガレット殿下と何かあったの?」


「えっ?ダリア、公国へ行ったのか?そんなにマーガレット殿下と親しい仲だったのか?」


 シルヴィアは有無を言わせないような迫力で有耶無耶になっていた公国での事を問いただしてきて、マシューは単に興味津々といった表情で聞いてきた。


(あれ?僕はただこの魔具を使ってみたかっただけなのに・・・なんでこんな雰囲気に?)


 メグとは言うほど何かあったわけではないと思っているのだが、公国での観光の話をしても中々納得してくれないシルヴィアに困惑しながらも説明して、それをマシューはニヤニヤと見ているだけだった。しばらくすると、シチューが出来上がったのでそれを理由に話を切り上げ、器によそって2人に渡し昼食にした。


「じゃあ、冷める前に食べようか!!」


「・・・・・・」


 努めて笑顔で明るく、大きな声を出して食べようと促すと、シルヴィアは渋々ながら食べる前の祈りを始めた。それにならって僕とマシューも祈りを捧げてから食事にする。僕のすぐ隣で食べるシルヴィアから時々視線が突き刺さってくるような気がしないでもないが、シチューは美味しく出来ており、火加減のミスもないので焦げ付くことなく完璧に出来上がっていた。


「お、美味しいよねシルヴィア?」


「・・・うん、美味しい」


「ああ、こりゃスゲー美味いよ!火加減も見なくていいなんて、これ王国でも売れるんじゃないか?」


「それは公国がどうするかだから僕には分からないけど、売れると思うのは同感だよ」



 それからしばらく、シチューの感想や今日の戦闘についての評価・反省をしながら食事をした。食事中は特に魔獣に襲われることも無かったのであの魔物除けも結構便利なんだと実感できたのは良かった。ただ、シルヴィアが決意を新たにしたような表情でピッタリと僕の隣に寄り添うように歩くので、たまに柔らかい感触があって困ってしまった。その様子をニヤニヤと見ているマシューの視線も気になったが、頑としてシルヴィアは離れようとしなかったので、そのまま僕は苦笑いしながら3人で談笑して学園へと帰った。



 余談だが、学園に戻る時に冒険者協会のそばでエリーさんが僕達を見つけ、シルヴィアとエリーさんの間でひと悶着起きた。何故か2人共も無言で、エリーさんは胸を反らせて見下ろす様に、シルヴィアは僕にしがみ付きながら見上げるようにお互い視線を交わしていた。


(魔獣に怯えていた時と同じような体勢だけど、意味合いはまるで違うんだろうな・・・)


 しばらくそのまま時間が過ぎ、エリーさんの同僚が来てくれたことによって事なきを得たのだった。別れ際にシルヴィアがふっとエリーさんに笑みを浮かべると、凄い勢いでエリーさんが叫んでいたのだが、あれにはどんな意味があったんだろう。興味はあるが、きっとシルヴィアにその意味を尋ねてはいけないだろう。静かに自分の胸の内に疑問をしまっておいた。ちなみにその間、マシューはまるで人形のように一言も発する事は無かった。

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