第170話 ヨルムンガンド討伐 8

 稽古をつけてやると言ったヨルムンガンドは、自然体のままこちらを見据えていた。どんな動きをしてくるのか身構えていると、僕の意識の隙間、ふっ、と相手ではなく空間全体に意識を向けた瞬間を見計らう様にヨルムンガンドは目の前から消えた。


(!!認識速度も反射速度も最高まで上げているのに見えなかった!?)


驚くその直後、背後から猛烈な悪寒が走った。


(っく!!)


慌てて地面にしゃがみこむと、僕の髪の毛を掠めるように、頭上をヨルムンガンドの蹴りが通り過ぎていった。


「ほぅ、今のは避けれるか。危機感知は出来ているようだな」


見下ろすヨルムンガンドは、上から目線で僕の回避を評価していた。正直、師匠との鍛練した日々がなかったら今のは避けることが出来なかっただろう。相手と距離を取り、今の攻撃について考える。これほど不意に背後から襲ってくるということは・・・


「空間魔法か・・・」


攻撃の正体に確信を持った僕はそう呟いた。


「何も驚くことはあるまい。元々魔法は我が広めてやったのだ。さて、どんどんいくぞ!」


宣言通り、ヨルムンガンドは間髪入れずに攻撃を繰り出してきた。ただ殴る、蹴るといった攻撃が、恐ろしいまでの威力が込められていて、攻撃速度も尋常ではないくらい早く、空間転移テレポートも合わさった攻撃に避けるだけで精一杯だった。


(ぐっ、くそっ!反撃に移れない・・・)


人化したヨルムンガンドの拳や蹴りを銀翼の羽々斬で防いだり、いなしたりするのだが、皮膚とは思えない硬質な音を響かせ、その強固な防御を崩すことも出来なかった。


「クカカカ!今の我は体をこの小ささに押し留めている状態でな、竜形態よりも体表の防御力は上だぞ!」


僕を嘲笑うようにヨルムンガンドはそう言い放ってきた。


(さっきより上って・・・どうすりゃいいんだよ!)


 焦燥感に囚われながら、頭上から振り落とされる手刀を銀翼の羽々斬で力の方向を逸らすと、地面に突き込んだ手刀は巨大な亀裂を作っていた。以前僕が空間魔法を併用してアレックスさんにしたことと同じような現象だが、中身はまるで違う。この攻撃に魔法は使われていなかった。つまり、純粋な力でもって地面を割ったのだ。


「おっと、いかんいかん。戦える舞台が無くなってしまうわ」


ヨルムンガンドはやり過ぎたと言わんばかりに頭を掻きながら足を少し上げて下ろす。それだけで地面の亀裂は何事も無かったの様に塞がっていった。


(さすがに魔法の祖というだけあって、まるで息をするように扱える訳か・・・)


本来魔法の行使には少なからず意識に集中が必要なのだが、ヨルムンガンドからはそういったものが全く感じられない。まるで無意識に使っているようなそんな感覚さえ覚えた。


「さて、防御の方はまあまあだな。次は攻撃か・・・今、己の出せる最高の一撃を我に喰らわせてみせよ!」


その場から動こうとせず、手招きしながら僕を挑発してくる様子に大きく息を吐き出す。


(吠え面かかせてやる!)


動く気配のない相手を良いことに、先程以上に銀翼の羽々斬に魔法を吸収させていく。銀色に輝き出した剣はいっそう輝きを増していった。更に、左手には天叢雲を作り出し、移動速度をも攻撃力に上乗せする為に、最高速度で駆け出した。


僕の急激な移動の余波で衝撃波が起こる。二振りの剣で斬りかかる直前、〈次元斬ディメンション・スラッシュ〉をヨルムンガンドの後方から襲うように放つ。その魔法は注意が逸れれば良い程度のものなのだが、ヨルムンガンドはその攻撃を意に介することもなかった。その証拠に、僕の魔法は『シュン・・・』と吸収されてしまったが、それに構わず突き込む。


天颯剣舞てんそうけんぶ!」


相手の全方向から、認識不可能な速度でもって切り刻む絶技なのだが、僕の攻撃は全て見えているといったようにヨルムンガンドは避けて見せた。


(嘘だろ!)


防御されたり、弾かれたりといったことは予想していたが、一撃も当たらないとは想定外だった。その様はまるで、僕の攻撃の軌道があらかじめ分かっているような、未来が見えているような、そんな避け方だった。


「ふむ、電撃の剣に注意を向けさせ、その隙に切れ味鋭い剣を当てようというところか。悪くないが、言ったはずだぞ、武器に頼りすぎていると。もっと己の力に向き合え!」


この超高速のやり取りの中でも僕に言葉を向ける余裕を見せるヨルムンガンドは、おもむろに手刀を銀翼の羽々斬に放ってきた。


『パキィィィン!!!』


「・・・なっ!?」


その手刀で銀翼の羽々斬が根本から折られた事に動揺して、攻撃の手が止まってしまった。そんな隙を晒してしまった僕は、ヨルムンガンドの蹴りをまともに受けてしまう。


「ゴフッッ!!」


とてつもない衝撃が腹部を襲い、蹴られたと認識した次の瞬間、僕の意識は闇の中に消えてしまった。




 ・・・不意に幼い頃の記憶が浮かぶ。まだ僕の【才能】が分かる前の、幸せだった日々。両親と笑顔で過ごした日々。風邪を引いてベッドで寝ている僕に、両親は一晩中手を握っていてくれた。


(温かい・・・)


いつかの記憶にある、手に伝わる温かさに、次第に僕の意識は覚醒していった。



 ゆっくりと目を開けると、ぼんやりと景色が見えてくる。天井を見つめながら、未だ微睡まどろむ意識の中、自分の置かれている状況を認識しようと周囲を伺う。


(・・・シルヴィア?メグ?・・・フリージア?ティア?)


僕の左手はシルヴィアとメグが、右手はフリージアとティアが手を握ってくれていた。


(・・・ここは公国の王城なのか?)


4人とも眠っているようで、彼女達の寝顔を見ながらぼんやりとそんなことを思った。


(何でみんな僕の手を握ってるんだ?・・・そもそも僕は何をしてた?)


自分が眠りにつく前の記憶が混乱していて、何故こんな状況になっているのか思い出せない。


(・・・確か、公国で女王と会談をしていると、急に伝令が来て・・・それから・・・っ!!)


「ヨルムンガンド!!」


ヨルムンガンドとの戦闘の記憶が甦ると、僕は反射的に体を起こして声を上げてしまった。


「ん・・・ダ、ダリア君!!」


声を上げたことでシルヴィアを起こしてしまったようだった。


「ゴメン、起こしちゃった?ここは公国なの?」


僕の最後の記憶は、孤島でヨルムンガンドと戦い、剣を折られた僕は動揺して隙を晒してしまい、そこに重い一撃を受けたところで記憶が途切れている。


「そうだよ!ダリア君、王城の前に大怪我した状態で倒れていて、急いで公国の人に治療してもらったの!み、みんな!ダリア君が起きたよ!!」


涙を流しながら状況を説明してくれるシルヴィアは、僕のベッドを取り囲むようにして寝ているみんなに声を掛けた。


「ん・・・、ダリア!!良かった!目を覚ましたのね!」


「良かった・・・このまま目が覚めないかもしれないと・・・」


「本当に良かった・・・」


メグ、フリージア、ティアも涙声で安堵の言葉を口にする。それほどまでにみんなに心配を掛けてしまっていたらしい。


「そうだ、怪我は?」


記憶が途切れる直前、相当の攻撃を受けたはずだが、今は痛みもない。さすがに意識が飛んでしまえば、自分の魔法や才能を使って治す事は不可能だ。


「私が治療出来れば良かったのですが、さすがにあの大怪我は第五位階の光魔法が使えなければ・・・」


悔しさを滲ませるようにフリージアはそう呟いた。


「宮廷の治癒師に治療してもらいましたが、生きているのが不思議なほどの大怪我で、もしかしたら意識が戻らない可能性もあると言われたんです・・・」


メグが僕の怪我の状態を教えてくれた。そう言われて思い出すと、ヨルムンガンドの一撃は武術の〈衝撃脚〉だったのではないかと考える。加速した意識の中で、内蔵がグチャグチャになっていく感覚がうっすら残っているのだ。


(その気だったら僕のお腹に大穴が開いてもおかしくない威力だったし・・・。そうだ!)


「ヨルムンガンドはどうなった?」


「「「・・・・・・」」」


僕の質問に、みんな暗い表情をしながら無言になってしまった。


「ん、ダリア、今は体を休めることを優先して」


 ティアがあからさまに話題を逸らそうとするが、その表情には不安と悲壮が見てとれた。それはみんなも同じで、何かに怯えているようなそんな印象を抱かせた。


(一体みんなどうしたっていうんだ?)


それ以上口を開こうとしないみんなを疑問に思いながら、状況を確認するために空間認識を広域に展開する。


(っ!!な、何だこれは!!)


認識した状況に驚愕しつつも、みんなの表情の理由が納得できた。

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