第40話 学園生活 6

「ダリア・タンジーと申します。皆様よろしくお願いいたします」


 広大な演習場で白地に青いラインが入った学園支給のローブを着ているSクラスの面々を前に丁寧な言葉で挨拶をした僕に多くの冷たい視線が突き刺さる。友好的な視線と言えばフリージア様とマーガレット様くらいなだけだ。ちなみに僕はBクラスの黒いローブを着ている。


(はぁ、なんで僕がSクラスの魔法実習でサポート役なんて・・・)


 先日の休息日に学園長から伝えられたのは、Sクラスの実習に参加してくれというものだった。しかもこれはエルフ王女のマーガレット様直々の申し出と言うことで断り難く、渋々了承した事らしい。僕の意思はと思うところもあるのだが、当然ながら拒否出来ないので僕もため息を吐きながら頷くしかなかった。


ただ、貴族の反発が当然予想されるし、なんなら僕に突っかかって来るだろうとも考えられるので、その際はどうすれば良いのかを確認すると、耳を疑う返答があった。


(はぁ、突っかかられても受け流せ、勝負になっても絶対勝つな、か・・・)


学園長からは勝ってしまえば当然ながら負かした相手からの恨みを買う。負けるにしても金ランクの僕がすんなり負けてしまっては、冒険者協会の質を疑われる。さらには僕を推薦したエルフ王女の人を見る目が疑われるとになるという、なんとも難しい対応を要求されたのだ。


つまり最も簡単に乗り切る方法は、今日1日何も起きないように気配を消すという事なのだが・・・


「何故私がそんな平民風情の分際と一緒に授業を受けねばならんのだ!しかも言うに事欠いて我々のサポートだと?こんなチビより私の魔法の実力が劣っているとでも言うのか!?」


最初の自己紹介から食って掛かって来たのは、初日に通行門で怒声を上げていたパーマがかった茶髪をした吊り目の貴族だ。彼は私を睨んだ後にこのクラスの担任である女性に視線を移した。


「ま~彼は金ランクらしいから~現状はみんなより上の実力かもしれないね~」


間延びした気の抜ける返答をした担任の女性は、ケイティ・ベネットと言う。その見た目は肩まで掛かる暗めのブロンドヘアーをなびかせたやる気の無さそうなお姉さんといった印象だった。


(Sクラスなんて上級貴族の生徒がいる中で、この先生は大丈夫なのかな?)


「ふん!ならまずはその実力を見せてもらわねば納得できぬと言うものだろう!」


「え~、じゃあ、どうして欲しいの~?」


「私と魔法で立ち会えばすぐ分かるだろう、この場にいることが相応しくないという事がな!」


「う~ん、まぁいっか!じゃあ2人とも怪我しないようにね~」


彼と教師の一連のやり取りを見ていて、げんなりしながらこの騒動の元凶でもあるマーガレット様を見ると、彼女は何故か不敵な笑みをこぼしているだけだった。


(困ったことがあればと言われたが、今まさにあなたのせいで困っているんですが・・・)


そんな僕の思いを乗せた視線を彼女に送ったのだが、僕と目が合った彼女はウィンクをしてきた。残念ながら彼女の意図は僕には分からないし、僕の意思が介入する前に物事が進んでしまっているこの状況は逃げることも受け流すことも既に出来そうにない。


(懸念が的中だよ・・・彼女は一体なにを考えてこんなことを・・・)


 この場所から少し離れたところに対人戦用のスペースがあるのでそこにクラスごと移動する。勝負のルールは、お互いに30m離れ、本人への直接攻撃は禁止、相手の3m手前にある目標物を魔法を使って破壊するものだ。当然相手の魔法を防ぎながら、自らの魔法を目標に当てるため、魔力制御はもとより状況判断能力やスタミナも重視される。


「ふん!そのメッキ剥がしてやる!」


どうやら彼は僕に恥をかかせたいのか、やる気満々のようだ。ただ、その視線はチラチラと一人の女性を向いている。


(なんだ?あの赤い髪の女の子を見てる?)


彼の視線の先にはウェーブのかかった深紅の長い髪をした女の子がいた。


(もしかして、引き立て役になれってことか?でも負けてしまうと僕を金ランクにした冒険者協会やマーガレット様の面子が潰れてしまうし・・・引き分けで我慢してくれよ!)


「準備はいいですか~?皆もこの勝負を自分の参考にしてね~!」


ちゃっかり授業の教材としてこの勝負を使う教師に、言葉遣いとは裏腹なしたたかさを感じる。


「えっと、お名前を伺ってもよろしいですか?」


「ふん、下民は高貴な私の名前も知らぬのか!貴様ごときに名乗る名など持ち合わせておらんわ!」


何故か分からないが彼は僕に敵意剥き出しだ。


「は~い、お互い挨拶も終わったね~。じゃあ、始めて~」


どうもこの先生は空気を読むとか、気持ちを汲んでくれるとかはしてくれないらしい。全て自分のタイミングで進めてしまうようだ。


「行くぞ!我が力に驚くが良い!!」


 わざわざ今から攻撃するタイミングを宣言してくれた彼から魔力の高まりを感じる。彼の腕の魔道媒体が淡く光だし、お世辞にも練度が高いとは言えない魔法が発動する。どうも第三位階火魔法のようだが、制御に時間が掛かっているし、自分の魔力を使い過ぎで、第三位階にしては規模も小さい。


(あれじゃあ直ぐにスタミナ切れを起こすし、ちょっと制御を乱せばあっという間に霧散しそうだ)


「喰らえ、〈火炎放射ファイア・レディエイション〉!」


彼の放った魔法が飛んで来るが、その魔法はこの勝負の目標物ではなく僕に向かってきているようだった。


(ワザとかなぁ・・・仕方ない・・・)


本来魔法を防ぐためには同じ属性であれば同位階以上で迎撃するか、弱点の属性をぶつけるかになる。しかし、テストでは僕は火魔法を使っていたので、あまり他の属性も第二位階以上が使えることを見せたくなかった。そこで、同属性の火魔法で拡散させることを選ぶ。


迎撃の為に右手を相手の魔法に向け、第一位階火魔法の〈ファイヤー〉を圧縮し、押し留め、相手の〈火炎放射ファイア・レディエイション〉にぶつかって内側に入った瞬間に解放させる。すると彼の火魔法は拡散し、少しの火花を散らして消えてしまった。


「「「・・・・・・・」」」


「な、なんだそれはっ!?あ、ありえん!私の魔法がこうもあっさり・・・」


彼は防がれた方法が意外だったのか、地団駄を踏むように不機嫌をあらわにしていた。


「へ~、珍しい防ぎ方をするんだね~」


勝負を見ている先生が感心するような声で今の攻防の感想を口にする。このやり方は魔力制御の甘い相手にしか使えないので、実戦ではまず見ることは無いのだろう。ただ、この防ぎ方には大きな意味がある。それは、このやり方は相手に力量差を伝えるものでもある。


(それに気付いてくれれば良いんだけど・・・)


力量差に気付いてくれれば後は適当に魔法を打ち合って、同時に目標物が破壊されるようにタイミングを合わせれば引き分けで終わる。しかし、残念ながら彼はその意味に気付かないのか、逆に彼のプライドを逆撫でしてしまったようで、顔を赤らめて怒鳴っている。


「よ、よくも私に恥をかかせたな!どうせ何か魔道具を使って卑怯にも私の魔法を防いだのだろう!許さんぞ!」


「・・・いえ、なにも使ってませんよ?」


そう言って僕はローブを脱いで、何も身に着けていないこと見せる。


「ふん!どうせ見えない所に隠しているんだろう!だが、そんな卑怯者に負ける私ではない!」


 彼は更に第三位階の〈火の連矢ファイア・ハイアロー〉を放ってきた。ちょうど良い目眩ましになると思ったので、それらを防ぎつつギリギリの攻防を演出して、防ぎ損なった魔法が目標物に着弾すると同時に僕の魔法が相手側の目標物を破壊するように場を調整する。


ある程度の攻防を周りに見せた後に、彼が魔力欠乏が近いのか、肩で息をし出したので、右手で相手の魔法を防ぎながら左手を相手の目標物に向けて〈火のファイヤー・アロー〉を放った。何故かその瞬間、観戦していた周りから驚愕の声が聞こえてくるが、何に驚いたのかは分からなかった。そして、僕の狙い違わすお互いの目標物が同時に破壊された。


「は~い、そこまで~!結果は引き分けでした~!」


間延びしたケイティ先生の声が響き渡り騒然としていた周囲は冷静さを取り戻した。ただ一人を除いて・・・


「・・・引き分けなぞ認めるか!勝者は・・・私だ!」


僕の注意が先生に逸れた隙に魔力欠乏になりかけている彼が最初に使った〈火炎放射ファイア・レディエイション〉を放つが、それはケイティ先生が僕と同じ方法で防いで見せた。


「も~ダメよ~!この私が引き分けと言ったんだから~・・・


言葉の途中で先生の姿がぶれて、彼の正面から腰に手を当て覗き込むような体勢になっていた。


ねっ!?勝負はおしまい~」


(この先生は魔法の才能と武術の才能が有るのか・・・)


先生は武術の〈身体強化〉と〈縮地〉で彼との間合いを一気に詰めたようだ。しかも、「ねっ!」と言う言葉と共に殺気を彼に放っていた。


「はっ、はい・・・すみません・・・」


殺気を当てられた彼は借りてきた猫のようにおとなしくなり、ボソボソと謝罪を口にした。


(その謝罪は本来は僕に向けるべきじゃないのかなぁ。まぁ、プライドの高い貴族じゃありえないか・・・)


「は~い!じゃあ今の勝負の総括をしましょうか~!」


 この雰囲気を変えるべく、ケイティ先生が手を鳴らしてSクラスの生徒に語りかけた。改めて整列させてから先生から解説をするようだ。


「今の勝負の感想を言ってね~。まずは~、シャーロットさん!」


最初に当てられたのは初日に通行門で見た、高圧的な金髪貴族娘だった。


「はい。ダリアと言いましたか、彼の魔法の迎撃は私の知らないものでした」


「そうね~、かなりマイナーなやり方なんだけど~、簡単に言うと圧縮した同種の魔法をぶつけた瞬間に圧縮を解放させる事で制御を乱して蹴散らしてしまうやり方ね~」


「圧縮は家庭教師から学びましたが、それを見たことはありませんでしたし、それを解放とはどう言うことですか?」


「う~ん、実際に見た方が早いかも~。ダリア君お願いね~」


ケイティ先生に前に来るように手招きされて、皆の前で実演することになった。分かりやすく見せるように第一位階の〈ファイヤー〉を発動し、大きさを直径1mから一気に5cmに圧縮した。すると、それを見ていたSクラスの生徒は驚愕に声を上げた。


「えっ、あれって第三位階?」


「嘘っ!?平民でもう第三位階まで使えるっているの?」


「あれっ?でも構成は第一位階の〈ファイヤー〉に感じるんだけど・・・気のせいよね?」


 皆を騒がしてしまっているのは本来の第一位階の魔力量から逸脱している為だろう。通常第一位階の魔法で呼び水とする自分の魔力と自然から集める魔力量の総量をコップ1杯分すると、今僕が発動している魔法の規模はそのコップから零れ出るように魔力を注いでいることになる。この零れてしまった魔力を制御するのは、コップの中の魔力を制御するよりも幾何数的に扱いが難しくなり魔法が破綻してしまうことが多い。ただ、それさえも制御できれば第一位階で第三位階並みの威力を出すことも出来る。つまり、圧縮とは零れた魔力を無理やりにコップの中に収めてしまうことを言う。それに、この程度の制御が出来なければ、空間魔法は制御不能なのだ。


「は~い、皆さん、これが圧縮です~。精密に魔力制御を行うことが出来れば~、あの大きさの炎をこんなに小さくすることが出来ます~!圧縮するメリットは知っていますか~?」


「はい、着弾時の威力が数倍違うと聞きました」


「正解です~!魔力の節約にもなるのでとても実戦的なんですよ~。では解放というのは~・・・


僕に視線を投げてきた先生の意図通りに、上空に放った〈ファイヤー〉を解放する。すると、炎が拡散してこちらまで熱波が来るほどの突風を肌に感じた。


「こ、これは・・・あれは位階はいくつなの?」


シャーロットが見上げていた顔を僕に向けて聞いてくる。


「あれは第一位階ですよ」


「嘘っ!?だってこんな威力・・・」


「はいは~い、圧縮のメリットを直に見れたわね~!圧縮した魔法は対象に当たれば解放されるわ~、でも今は何にも当たってないでしょ~?つまり、放った後も彼は完全に魔法を制御してたのよ~」


「私達も出来ますか?」


「もちろんよ~!ただ、並みの努力では出来るか分からないわよ~!シャーロットさんの言う様に、知識として知っていてもあそこまで完璧に実践出来る魔法師は少ないと思うわ~。あっ、それとあの防ぎかたは難しいから~、真似しない方が良いわよ~」


 先生の言う通りこの防ぎ方は難しい。相手の魔法の内側に入ってから解放しないと制御を乱せないのだ。表面で開放してしまい、相手が自分と同等以上の力がある時には、下手をすると自分の魔法の威力分上乗せされて返ってくる可能性もある。力の差がなければ中々選択しないやり方なのだ。


「他には~?えっと~、ティアさんはどう?」


先生に指名されたのは、あの彼が見ていた赤髪の女の子だった。


「魔法・・・同時だった」


口数が少ない子なのか、小さい声で僕を真っ直ぐ見詰めながら言ってきた。


「そうね~。同種の魔法だけど~同時に2つの魔法を行使するのは高等テクニックよ~。魔力制御がしっかりしてないと出来ない芸当ね~」


「ん、驚いた。金ランク・・・さすが」


「本当ね~。じゃあ最後に彼を呼んだマーガレットさんはどう~?」


「そうですね、ダリアはエリックを完全に手玉に取っていましたから。力量が違い過ぎたようですね」


「辛口ね~。でも本当だから仕方ないわね~」


そんな言葉を言われた彼は、親のかたきでも見るような視線を僕に向けてきた。


(せっかく引き分けにしたのに、意味なくなっちゃうよ!)


恨み節の僕の視線はマーガレット様が微笑んだだけで綺麗に受け流してしまった。


「は~い、これから本格的に実習するけど~、今のを見て分かる通り、行き詰まったら彼にも助言を貰いながら魔法の練習をしてね~!じゃあ、始め~!」


ケイティ先生の言葉と共に、Sクラスは個人練習用のスペースで、標的に向けての魔法の鍛練が始まった。


「ダリア君も皆を見て回って、質問されたら答えてあげてね~」


「・・・分かりました」


流石に先生だけあってこの騒動もきれいに納めてしまったようだ。ただ、しっかり新たな火種も生まれたようだが・・・


「ダリア・・・教えて」


そんな浮かない顔をする僕のローブの裾を引っ張って教えを乞うのは、ティアと呼ばれた赤髪の女の子だった。

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