第119話 オーガンド王国脱出 14

 シャーロット様からの話を聞き、僕も門の方へと移動した。門の内側では何人もの聖騎士が警戒体制を取っており、完全武装でこれからの事に備えているようだった。


(さて、どうしようか・・・)


 事前の打ち合わせでは、フリージア様が門を囲んでいる騎士へ、教会派閥の正当性を主張しているところを強引に攫うということだったのに、これでは予定を変えざるを得ない。


「ダリア様、よろしいですか?」


 僕がどうしたものかと考え込んでいると、シャーロット様が声を掛けてきた。


「はい、どうしました?」


「この状況では少々予定を変えてフリージア様を攫う必要があります」


「そうですね。僕もそれでどうしようかと考えていました」


「それでですね、申し訳ありませんがダリア様には悪役になってもらいたいんです」


「・・・悪役ですか?」


「はい。ダリア様が学園に向かった後に考えたのですが、ただ攫っただけでは、教会派閥の方々や、王国の騎士からも逃げただけと捉えられる可能性もありますので、嫌がるフリージア様を無理矢理攫ったというていの方がよろしいかと思います」


 言われてみれば確かにその通りだろう。僕が連れ去っても、元々友人であるということは分かっているのだし、それでは単に2人で王国から逃げたという印象になってしまう。彼女が王国の民や教会派閥の面々から求心力を失わずに脱出するには無理矢理という演出が必要だ。


「分かりました。では・・・これを付けていきます」


 僕は収納から出した仮面をシャーロット様に見せた。以前の依頼で、秘密裏に王子のチームをドラゴン討伐させるために使用した時の物だ。


「なるほど、それではこれも付けてください」


彼女はあらかじめ準備していたのであろう、黒髪のカツラを懐から取り出した。手に取ってよく見てみると、僕の今の髪型とそんなに変わらず、色だけが変わっているような感じだった。それらを付けて聞いてみた。


「どうですか?」


「良いですね!ダリア様とは分かりませんが・・・そのコートだとバレてしまうかもしれませんね」


 僕のコートはいつも着ている師匠お手製の物だ。あまり王都で同じデザインは見ないので、知っている人が居れば一発でバレてしまうと危惧したのだろう。


「では・・・ちょっと着替えますので待ってください」


 物陰に移動して、収納から以前フロストル公国で購入した白を基調としたシンプルな騎士風の服を着ることにした。そうして着替え終ると、シャーロット様に確認してもらう。


「どうですか?」


「これなら大丈夫そうですね!それと、難しいとは思いますが、出来るだけ強引に、悪役風にフリージア様を攫ってくださいね」


ずいっと顔を近づけられ、念を押されてしまった。


「ど、努力します」


 正直悪役風と言われてもピンと来なかったので、とりあえず強引に悪者ぶってみようと考えた。


「ダリア様なら、【剣聖】とて敵ではないでしょうが、どうかお気をつけて!」


「ありがとうございます。シャーロット様は先に裏手の馬車へ移動しておいてください。フリージア様を攫ったら直ぐに出発しますので」


「分かりました。フリージア様は今、門の見張り台にいるはずです。ここから姿は見えませんがちょうどあの辺りです」


 シャーロット様は上の方を指差しながらおおよその位置を教えてくれた。僕には空間認識があるので問題ないのだが、素直にお礼を言っておく。


「ありがとうございます。では、そろそろ動きますね」


「はい。後程お会いしましょう」



 そう言って走り去っていく彼女の後ろ姿を見送って、門に向き合い行動を開始しようとしたその時、『ドゴンッ!!』という轟音と共に門がこちらに吹っ飛んできた。


(おっと)


 周りには聖騎士も居たので、吹き飛んできた門に巻き込まれないように〈空間断絶ディスコネクト〉で無害化しておく。それでも、衝撃で砂ぼこりがモウモウと立ち込め、視界を悪くしていた。そして、正面には誰かいる。門が無くなったことで、声も聞こえるようになったようだ。ただ、その内容は聞くに耐えないものだった。


(どうやら今喋っているのが【剣聖】へ至った人物か。どうも実力と為人ひととなりは比例していないようだね)


 フリージア様との会話を聞いて、これがこの国の最強の騎士なのかと、この国に対する評価がまた下がった。しかも、どうやら見せしめに門の周辺にいる僕と3人の騎士を殺そうとしているようだ。


(まったく、早くフリージア様を攫ってしまいたいのに・・・)


 そう思いながらも、彼が放った剣戟を〈空間断絶ディスコネクト〉で防ぐ。


「てめぇ、何しやがった!?」


僕の姿を認めた彼が殺気を込めながら聞いてくるが、自分の手の内を曝すわけがない。


「僕はただ、フリージア・レナードを攫いに来た!」


 そう宣言した僕に、彼は不快げな表情をあらわにした。彼は、白銀の軽鎧に身を包む、金髪の優男だった。筋骨粒々というわけではないが、細いというわけでもない。それは無駄な筋肉が一切付いていないといった表現が正しいだろう。整った顔はどことなく王子の雰囲気に近いものを感じる。


「おいっ!俺様の女を攫うとは、えらく大きく出たじゃねえか!出来ると思ってんのか!?」


彼はそう言いながら、自らの剣を僕に向けて挑発しているようだ。


「ダ・・・そこの銀仮面の人!彼はアレックス・バーンズ、【剣聖】の才能へと至ったこの国の最強の人物です!逃げなさい!」


 見張り台からフリージア様が焦るように僕に忠告してきた。名前を言い出そうとしたことから、変装しているのに彼女にはしっかりバレているようだ。だからと言って優しく声を返すわけにはいかないだろう。僕は彼女を攫う悪役になる必要があるのだから。


「忠告どうも。しかし、君は自分の心配をした方が良い。私は君を攫いに来たと言ったはずだ!」


「はっ!させるわけねぇって言っただろ!!」


 刹那、フリージア様がアレックスと呼んだ男が鋭い踏み込みと共に斬りかかってきた。


「〈六連紅刃戟ろくれんこうじんげき〉!」


 剣先からうっすらと赤い閃光を引きながら剣術の上位技を放ってくる。その剣筋は師匠に匹敵するほど綺麗だが、剣速は師匠と比べるべくもない。


(【剣聖】か・・・せっかくだから剣で相手してみよう)


 もしかしたら、彼との戦いで得るものがあるかもしれないと、僕も剣を取り出し彼の攻撃を受けてみる。


『キキキキキキンッ!!』


 1刀6撃の太刀筋を全て受けきり、鍔迫り合いをしながら彼を見据える。


(手加減してるのかな?真っ正面からフェイントもないし・・・嘗められてるのかな?)


今の僕は仮面を被った怪しい風貌だが、身長までは誤魔化していないので、背が低いことで侮られたのかもしれない。


「へぇ、俺様の一撃を防ぐとは、どうやらただの馬鹿じゃないようだな」


「様子見かな?構わず全力を出してきて良いよ?僕もこの後の予定があるし、早く決着を付けようとは思っているしね」


「はっ!言うじゃねえか!上等だよ!俺様の最強の一撃でもって死ねることを光栄に思え!!」


 彼は僕から距離を取り、腰を落として抜刀のような構えを取る。


「この技を出して生きていた奴はいない。最後に何か言い残すことはあるか?」


「ははは!あなたに越えられない壁というものを見せてあげるよ」


 僕は自分の考える悪役の台詞を彼に放ってみた。すると、思った通り彼は歯を剥き出しにしながら怒りに震えていた。


「てめぇ、この『剣聖アレックス』を嘗めてんのか!?肉片も残らず細切れにしてやるぜ!」


そう吐き捨て、彼は大きく息を吸った。


「絶技、〈絶華滅消ぜっかめっしょう〉!」


 その踏み込みは地面が抉られる程だった。彼の姿が分身したかの様に何人も見えるのは、移動速度の緩急によるものだろう。そして、次々と〈神速抜刀〉や〈六連紅刃戟〉、〈剣舞〉などの上位技を繰り出してくる。しかも、剣には風魔法が纏っており、切れ味を上げているのはもちろん、僕の避けるタイミングを外す様に剣戟の合間に〈風の刃ウィンド・カッター〉も飛んでくる。


 まさに常人にとっては抵抗の余地もない、アリの這い出る隙間もないほどの濃密な攻撃と言えるだろう。しかしーーー


「ぐっ、くそっ!死ね死ね死ね!!」


 彼の猛攻を受けても冷静にその剣を弾き、いなし、受け止めている僕に、彼は苛つきの表情から、焦りの表情へ、そして絶望する表情へと変わっていった。


 数分間彼の猛攻を受けていると、やがて肩で息をしだし、ピタッとその連撃が止まった。


「はぁはぁはぁ・・・」


「・・・どうしたの?僕を細切れにして殺すんじゃなかったの?」


 悪役らしく、侮蔑を込めたその言葉に彼は一歩後退した。


「なんなんだよ・・・なんなんだよお前は!?知らない、こんな奴俺は知らないぞ!【上位才能】だぞ!【剣聖】だぞ!なんで手も足も出ないんだよ!!」


 彼は持っていた武器を落とし、頭を掻きむしりながら絶叫するように叫んでいた。


「僕?僕は・・・『神人かみびと』だよ!」


「は?か、神人だって・・・?」


「そうだ。愚かにも僕の邪魔をする者にはもう消えてもらおうかな?得るものも何もなかったしね」


 最終的に僕の考え付いた悪役像は『神人』だった。誰もが知る、各国に災いを振り撒き、多くの国を滅亡させた存在だったので、考えている内にこれだと思い付いたのだ。


そして、手に持っていた銀翼の羽々斬を収納し、天叢雲あまのむらくもを作り出し、上段に構えた。


「僕に歯向かったことを後悔するんだね」


 踏み込み、天叢雲を振り下ろそうとしたその瞬間、彼の前に壮年の騎士が凄い勢いで土下座をしながら割って入って来た。


「お待ち頂きたい!!」

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