第118話 オーガンド王国脱出 13


 side アレックス・バーンズ


「まったく。何でこの俺様が休暇を返上してこんな雑用をせねばならんのだ」


 馬に乗って移動しながら、隣にいる副官に何度目か分からない愚痴を溢す。


「申し訳ありません団長。何ぶん陛下からの勅命でございまして」


「小娘数人と小僧の対応にわざわざこの俺様が出向く程のことなのか?」


「はぁ、その小僧なのですが、王国のダイヤランク冒険者10人をたった一人でほふって見せたとか。それほどの危険人物なら団長の出動要請も仕方ないのではありませんか?」


「ダイヤランクね・・・俺様から見ればあいつらなんて所詮雑魚なんだがね。その程度で慌てふためく事ないだろ」


「団長にとってはそうかもしれませんが、我々からしてみれば強大な力を持っている者達が殺されたのですから、驚きですよ」


「そんなもんかね。まぁ、この騒動を収めれば軍務卿に出世出来るってんだから、さっさと終らすぞ!」


「はっ!!」


 俺様の貴重な休みを潰すに当たって、宰相が軍務卿の地位を約束したのだ。最初は断るつもりだったのだが、軍務卿の椅子をくれるなら話しは違った。給料は上がるし、俺様の我が儘も通りやすくなる。なにより今までの肩書きよりも、更に女がわんさか寄ってくるだろうと考えたからだ。


 そんな事を副官と話していると、ようやく目的の教会が見えてきたところだった。あちらは俺様に気づいたからか、やたらと騒がしい雰囲気が漂ってきていた。周辺を囲んでいた騎士達も、俺様の姿を見て驚いている。


(くくく、俺様を見て、慌てふためくってのは良いね~!)


 優越感に浸りながら馬を止め、この場の指揮官を呼ぶ。


「アレックス・バーンズだ!この場の指揮官を呼べ!」


俺様の声を聞くと数人の騎士が慌てて一人の騎士を呼びに行った。連れてきたその騎士には見覚えがある。


(げっ、頑固親父の第三騎士団団長かよ・・・)


 真面目を体現しているような、俺様とは正反対の性格をしている奴だ。命令を忠実に、言われたことは確実に成し遂げるやつだが、命令以外の事は一切認めない。もう少し融通を聞かせばもっと簡単に終る任務でも、あえて面倒な方法を選ぶような奴なのだ。


「私が今回の任務の現場指揮官をしている、ダグラス・アークだ。何用かな?第一騎士団団長アレックス・バーンズ殿?」


こいつは俺様の先輩騎士でもあるが、ことあるごとにルールだ常識だ命令だと、耳にタコが出来るまで説教してきやがった奴で、正直面倒で苦手だった。


「あ~、陛下からの勅命で、この場の指揮は俺様に委譲いじょうされることになった。これがその命令書だ」


馬上から命令書を渡すと、受け取ったダグラスのおっさんは一読して命令書を俺様に返してきた。


「王命承知した。以降第三騎士団は第一騎士団の指揮に入る。しかし、アレックスよ、陛下からの命令書の渡し方には作法があると何度言えばーーー」


思った通り説教してきやがったので、奴の言葉を遮って早々に命令を下すことにした。


「ちょっと待て!今は優先することがあるからな、まずは状況を報告しろ!」


「・・・了解した。では今の状況だが・・・」


 まさに苦虫を噛み潰したような表情で俺様の命令に渋々従う奴を見ると笑い出したくなるが、また何を言われるか分かったもんじゃないので、真面目な表情を顔に張り付けて報告を聞いた。



 奴の報告では、現在までに多少の負傷者が出るような小競り合いはあったが、本格的にはまだ衝突していないらしい。そもそも命令は、教会派閥の幹部の拘束らしく、今までずっと投降に応じるように呼び掛けていたようだ。正直さっさと突入して強引に捕まえれば良いのに、このおっさんは命令には武力による拘束を了承するとは書かれていなかったので、このやり方に間違いはないと抜かしやがった。本当に頭の固い真面目すぎる奴だ。


「大体分かった。俺様の受けた命令は、この国の反逆者どもが教会内に逃げた可能性があるってことで、そいつらの捕縛あるいは処刑を命じられている」


「ありえん!我らはここをずっと包囲していたのだぞ!その間、誰も教会へ入った等との報告は受けていない!」


「俺様に言われたって知らねえよ!宰相がそう言ってきたんだ」


「むううぅ。その反逆者とは誰なのだ?」


納得出来ないと言った表情で反逆者どもの事を聞いてきた。


「フリージア・レナードとシャーロット・マリーゴールド、それからダリア・タンジーっていうガキどもだよ」


「何?ダリアと言う者は知らんが、王国の聖女と侯爵の令嬢だと?どういうことだ?」


「だ・か・ら、俺様に聞かれても知らねえって言ってんだろ!宰相か陛下に聞けよ!」


「分かった。それよりどう指揮を取るつもりだ?」


「あ?決まってんだろ!ガーって行って、バーって終られるんだよ!」


「・・・まったく、お前はいつまで経っても変わらんな。それでは部下がどう行動して良いか困るだろうが!」


「問題ねえよ!ウチには優秀な副官がいるからな。こいつが上手いことやってくれんだよ!」


そう言いながらとなりに控えている副官を指差しながら紹介した。


「はは、まぁ団長でしたらどのような問題も力ずくで解決してくれますから、我々は後処理をしっかりやるだけです」


「うぅむ、お主苦労人だな・・・」


 ダグラスのおっさんが、まるで俺様が指揮能力の無い能無しみたいな呆れ顔をしてくるが、こればっかりは適材適所だ。何せ俺様以外の騎士は足手まといで、単独で動いた方が効率的なのだ。


 そんな話をしていると、教会の門の上にある見張り台に反逆者の一人が姿を見せた。


「おっと、そろそろ動くぜ。部下への指示は任せた。第三騎士団も反逆者を逃がさないようにちゃんと包囲しとけば、後は俺様が終らせる!」


 俺様の大雑把な指示に、ダグラスのおっさんは何か言いたそうな表情だったが、俺様が足早に移動したことで諦めたようだ。



「おいっ、聖女さんよ!大人しく投降するなら苦しませずに処刑してやるよ!そうじゃねえならこの教会ごと・・・潰すぞ!」


 最後の一言に殺気を乗せて言い放つと、見張り台に見える聖騎士どもは尻餅を着いたのか、下から見えなくなった。ただ、肝心の反逆者に怯えの表情は見えなかった。


(へぇ、根性据わってんじゃねぇか!)


 上級貴族の立場でありながら、反逆するくらいの覚悟がこの女にはあるのだろう。


「私はフリージア・レナード!もはやそちらに屈する事はありません!この王国の全ての民の幸せこそが私の理想!今の王国の制度では、いずれ王国は衰退し、滅びてしまうでしょう!今日有るものが明日もあるとは思わないことです!遥か昔、自らを神人かみびとと名乗った人類の例外者エクセプションが再び現れるでしょう!」


 気丈にも俺様に向かって自らの信念を叫んできた。後半は何の事を言っているのか分からなかったが、その度胸には好感が持てた。


「はっ、何言ってんのか分からんが、俺の女になるんなら可愛がってやるぜ?」


「は?え?あ、あなた急に何を言ってるのですか?」


さっきまでの凛とした表情から、急に狼狽えだした。


「あ?女、お前はこの俺様の殺気に耐えた根性があるからな、気に入ったぜ。お前、俺様の女になれ!」


「なるわけ無いでしょ!貴方の噂はーーー」


「おいっ!俺様への返答は『ハイ』か『分かりました』だけだぞ!」


 俺様への返答に否定を返そうとした女の言葉を遮って殺気を叩きつけながら俺様への態度を改めさせる。更に、剣の柄に手を伸ばしそのまま抜き放つ。


「〈神速抜刀〉!」


『ドゴンッ!!』という轟音と共に、教会の門が吹き飛んだ。


「あんまり俺様を苛つかせるなよ?手元が狂って皆殺しにしちまうぜ?」


 愛剣を肩に乗せ、俺様の命令に従わざるを得ない状況を作り出す。正直ダグラスのおっさんは良い顔をしてないとは思うが、俺様は面倒な事が嫌いだ。近道があるなら迷わずその道を選んで突き進む。


「・・・私が貴方のもとに行けば、教会の皆さんには手出ししないでいただけますか?」


「あ?そうだな。あと、枢機卿とシャーロット・マリーゴールド、ダリア・タンジーの身柄が必要だが、まずはお前の身柄を俺様に寄越せば、手荒な真似はしないでやるよ」


「・・・分かりました」


「あぁ、言い忘れたが、俺様の女になったんなら・・・退屈させるなよ?」


「あなたは他の方に聞いていた通りの人物なのですね」


「あ?」


「教会に救いを求めに来た何人もの女性から、あなたに捨てられたと聞いていますから」


「はっ!そりゃ俺様にすり寄って来た女共か?それとも飽きた女共か?」


「両方です」


「ははっ!教会に救いを求めに行くとは笑えるね!俺様を満足させることが出来なかったんだから当然の報いだろ」


「こんな人物が、この王国最強の騎士ですか・・・」


「おいっ!言葉には気を付けろよ!お前を気に入っちゃいるが、だからといって優しくするなんて思うなよ?俺様を不快にさせると、手元が狂うって言っただろ?」


 女の言葉に苛ついた俺様は、破壊した門の内側に数人いる聖騎士に狙いを付け、ことさら恐怖を煽るようにゆっくりと剣を構えて、愛剣に第四位階風魔法〈風の刃ウィンド・カッター〉を纏わせてそのまま袈裟斬りに振るう。


「ま、待って!!!」


 女の制止が聞こえた気もするが、これは俺様への態度が悪かったことへのちょっとしたお仕置きだ。4人の聖騎士は俺様の攻撃に気づいたようで盾を構えるが、そんなもので【剣聖】の一撃を防げるわけ無いと鼻で笑ってしまう。


「死ね!」


『パシュ・・・』


「・・・ん?なんだ?」


 俺様の攻撃が書き消えたように見えた。殺そうと狙った4人の聖騎士は自分達がどこも怪我をしていないことに驚きながらも目の前に現れた一人の人物を訝しげに見ていた。そして、それは俺様も同じだった。


「てめぇ、何者だ?何しやがった?」


 銀色の仮面を付けた背の低い奴が、俺様の攻撃を真っ正面から受けてそこに立っていた。


「何をしたか教える気は無いよ。僕はただ、フリージア・レナードを攫いに来た!」


「あ?ふざけてんのか!?殺すぞ!?」


 そして俺様は生まれて初めて、越えることの出来ない壁の存在を知ることとなった。

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