第120話 オーガンド王国脱出 15

 決着の最中さなか、ガタイの良い壮年の騎士が土下座をしながら割り込んできた。僕にとっては反応出来るものだったが、よほどの覚悟がなければこの勝負に水を差すことは出来なかっただろう。現に、寸前のところで天叢雲あまのむらくもを止めてはいるが、若干黒髪のこのおじさんの髪は焦げてしまっている。


「誠に申し訳ないが、その一撃待っていただきたい!!」


「誰かな、おじさん?」


「我は王国第三騎士団団長ダグラス・アークと申す!勝負の決着に割り込み大変申し訳ないが、少しだけ私の話を聞いてもらいたい!!」


「はぁ、何ですか?」


目の前のおじさんの鬼気迫る言動に、一体どんな事情なのだろうと興味が湧いてきた。


「貴殿が止めを刺そうとしたこの者は、この国の最高戦力なのです。未だこの王国は混乱しており、他国からの侵攻も心配される現状でこの者を失うことは、王国の滅亡にも直結しえない結果を招きます!貴殿の足元にも及ばぬとは言え、この者は王国の命運を担っていると言っても過言ではないのです!ですので、大変身勝手なお願いではありますが、どうか私の首でもってご勘弁頂けないだろうか!!」


 地面がおじさんの額で陥没してしまうのではないかと、何度も頭を叩きつつけていた。


「・・・それで僕の邪魔をした不愉快な行為を無かったことにしろと?」


「無茶なお願いであることは重々承知!貴殿が自らを『神人かみびと』と名乗るだけの実力があることも分かった上で。どうか、どうか!!」


「ダグラスのおっさん・・・」


 必死に頭を下げているおじさんの背中を見て、【剣聖】の彼は驚き、呟くように名前を口にしていた。彼にとってこのおじさんの行動は驚くべき事だったのだろう。


「ははは、随分そちらに都合の良い話だね。僕の視界にいる騎士を全て消し去っても良いんだよ?」


 僕はここぞとばかりに悪役らしい台詞を吐いてみているのだが、それを聞いた教会を囲んでいる騎士は、恐怖に震えて鎧がカタカタと鳴っていた。


「ま、待って下さい・・・『神人』様!」


「何かな?」


 事の推移を見守っていたフリージア様が僕に声を掛けてきた。


「その者が言うことはあり得る未来です。私もこの国が滅んで欲しいとは思っていません。ですので、どうか私の身柄で収めて頂けないでしょうか?」


 なるほど、彼女としても自分が苦しめられたとは言え、王国が滅んで良いとは考えてないのは当然だろう。国を愛するからこその行動だったのだから。


「僕の目的は最初からあなただ!あなたさえ僕のものに出来れば他には興味ない」


「っ!!でしたら、私を攫ってください。どうかこの国の未来にお慈悲を・・・」


 (おっ!なんだか悪役っぽい、良い流れになってきたな!)


 そう思えてくると、段々と面白くなってきた。


「へぇ、僕のものになると言うことだね?」


「はい。私の事はお好きなようにしてください」


「僕も弱い者苛めをする趣味はないし、そう暇でもないからね。今回はこれで引き上げてあげよう。でも、また僕の邪魔をするなら・・・」


 そう前置きして天叢雲を消し、手刀の構えをした腕をただ振り上げて下に降ろす。


『ザシュ!!!』


 〈次元斬ディメンジョン・スラッシュ〉で、土下座をしているおじさんの真横の大地に亀裂を生じさせる。それは地平の彼方まで続くような亀裂だった。その光景に顔を上げて亀裂を見るおじさんと【剣聖】の彼は驚愕に息を飲んでいるようだった。


「次はこの王都ごと・・・いや、国ごと消滅させるよ?」


 未だ亀裂を見ている彼らに見下すような視線を向けて、これでもかと恐怖を煽っておく。空間認識で直線上には誰もいないことは分かっているが、周りのみんなはそう思っていないらしく、この場に居る全員が青い顔をしていた。


「・・・言っておくけど、これは警告だよ。この攻撃では誰も死んでいないから心配しなくてもいい」


 あまりにみんなが恐怖に絶望したような顔をしているので、少し心配を和らげようと伝えておいた。


「ひ、一つだけお聞かせ願いたい!貴殿は神・・・いや、神の代行者の事を『神人』と言うのだろうか?」


 おじさんは両膝を着いたまま僕に聞いてきた。最近はこんな誤解が多いが、彼らに取ってみればこんな所業を可能とする僕は神のように写ってしまうのだろう。別に神のように崇められたいと言うわけでもないので、しっかり否定しておく。


「いや、ただの人間だよ。少しだけ特殊な【才能】を持っているだけだよ」


「そ、そうですか・・・」


にわかには信じられないと言った表情をしているが、それ以上は聞かれなかった。


「か、『神人』殿、俺さ・・・私からも聞きたい」


 【剣聖】の彼が未だ青い顔のまま聞いてきた。


「何かな?」


「今後『神人』殿と敵対しないためにはどうすれば良い?」


 そう聞かれると困ってしまう。別に僕の邪魔をしなければ敵対することはないのだが、今後どう言った行動が邪魔になるかは、今の時点では分からないのだ。なので、これといった返しが出来なかった。


「何もしなければ良い。そうすれば僕の邪魔になることは無いよ」


「・・・それは、この国を守ることもダメなのか?」


「この国を守ることについては、彼女の願いでもあるから、精一杯守るといいよ」


見張り台にいるフリージア様に視線を向けながらそう伝えた。


「そ、そうか。感謝する」


 あの、俺様口調が嘘のような低姿勢になった彼に若干の面白さを覚えたが、既に結構な時間が経ってしまっているので、そろそろこの場をあとにする。


「じゃあこれで失礼するよ!」


 次の瞬間、〈空間転移テレポート〉で見張り台にいるフリージア様の側に移動し、そのまま彼女を横にして抱き上げた。すると、彼女はその状況に狼狽した。


「ダ・・・『神人』様!?(こ、この状態は少し恥ずかしいのですが・・・)」


 そう言われても、悪役が女性を攫うのはこんな感じだろうと思うのだが、間違っているのだろうか。とは言え、ここで問答している暇はないのでそのまま押しきる。


「では言った通り、フリージア・レナードは『神人』であるこの僕がもらい受ける!さらばだ!!」


 そう高らかに宣言し、教会裏の馬車まで〈空間転移テレポート〉した。




「ふぅ、何とか上手く行きましたね」


「そ、そうですね・・・」


「ん?どうしました?」


フリージア様は顔を上気させ、僕の目を見ようとしてくれなかった。


「そ、その・・・もう大丈夫ですから、降ろしていいですよ?」


 そう言われ、僕に抱き上げられていた事に恥ずかしがっていたのだと気づく。


「ああ、すいません。大丈夫でしたか?」


「は、はい。ありがとうございます」


 彼女を優しく降ろし、仮面を取った。彼女はまだ恥ずかしさが残っているようで、顔が赤い。すると、馬車の扉が開いて、メグとシルヴィアが飛び出してきた。


「フ、フリージアさん。あ、あなた今お姫様抱っこされていたようでしたけど、何があったのですか?」


「ダリア君、一体この数十分の間にフリージア様と何があったの?」


2人とも焦ったような表情で僕に迫ってきた。


「え?何かって、特に何かあっーーー」


「ありましたよ?私の事を自分のものにしたいと、情熱的に言われてしまいました・・・」


僕の言葉を遮って、フリージア様は意味ありげに両頬を手で押さえながら俯いて体をクネらせた。


「「な、な、何ですって!!?」」


そんな彼女の発言に、2人は過剰に反応した。


「い、いや、それはフリージア様を攫わないといけないからで・・・」


「ダリア君!私の事は遊びだったのですか?」


「えぇ~!!?そんなこと無いよ!真剣にやったーーー」


「「真剣だったの!!?」」


 何故か喋れば喋るほど事態が悪化してしまっている。事前の打ち合わせから多少変更があったとしても、最終的に悪役となって攫うという結果は変わっていないはずなのに、なぜこんなに混沌とした状況になってしまっているのだろうか。



「・・・で、でも、良く考えたらダリア君が急に恋愛感情が芽生えたとは考え難いです」


少し冷静になったのか、シルヴィアがそんなことを言い出した。


「ということは・・・これはフリージアさんの策略。既成事実化してしまおうと考えたのですね!?」


2人は結論に達したと言わんばかりにフリージア様に詰め寄った。その2人の迫力にも関わらず、フリージア様は涼しい笑顔を浮かべて何も言わない。


「くっ、まさかフリージアさんまで参戦するとは想定外です。ちょっと目を離した隙にこんなことになるなんて・・・ダリアは相当な『無自覚女殺し』だったのですね!」


「えっ?何ですかそれは?僕は女の子を殺してなんていないですよ!?」


「ダリア君、これはそういう意味じゃないんだけど・・・」


「え?え?何?一体どういうことなの?」


僕がみんなに攻められるような視線に曝され混乱していると、シャーロット様が近寄ってきた。


「皆様、言いたいことは色々あるかと思いますが、一先ず出発されませんか?今のところ追手は来ていないようですが、このままこの場に留まるわけにはまいりませんので」


「そ、そうですね!みんな馬車に乗って!出発するよ!」


 僕は神の助けだとばかりに、この状況を有耶無耶にして我先に馬車へと乗り込んだ。


「あっ、待ってダリア君」


「ダリア、話しはまだ終っていませんよ!?」


「ふふふ・・・」


 まだ聞くことが残っているとばかりに呼び止められるが、今は急いでこの国を出る必要があるのだ。これは仕方ないことなんだと、とにかく話を変えるために殊更急ぐ事を強調した。


 みんなが馬車に乗り込み、シャーロット様が御者台へ座ると僕はあることに気付く。


(あっ、こんな密室空間で長時間移動するなんて、また話が蒸し返るんじゃ・・・)


 そう思った時には既に遅く、僕の両脇に陣取った2人は爛々と目を輝かせながら僕に宣言した。


「さぁ、公国までは時間がありますから、たっぷりと話を聞かせてくださいね?」


可愛らしく首を傾げながら僕を見つめてくるメグに、僕は苦笑いを返して叫んだ。


「フェンリル!行け!」


 すると、馬やスレイプニルではあり得ない加速と共に、馬車は一路公国へと動き出したのだった。その加速の衝撃に、みんなは小さく驚きの声を上げたが、残念ながらフェンリルの速度を持ってしても、みんなに事細かに説明する時間はたっぷりあった。


「ビ、ビックリしました・・・では、ダリア君お話しましょう?」


シルヴィアも可愛らしく首を傾げる姿に、僕は観念して悪ノリしていた悪役の言動について弁明するのだった。

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