第144話 戦争介入 22

 フロストル公国にて滞在している屋敷へと戻ってくると、自室で仮面を取り、衣装を着替えてからみんなが待っているリビングへと向かった。


「ダリア!一体何がどうなっているの?」


 リビングの扉を開けた瞬間に、公国の王女であるメグが驚きを隠せない表情をしながら僕に詰め寄ってきた。


「ゴメン、今から説明するけど、彼女は大丈夫?」


「・・・脳震盪を起こしていたようでフリージアさんが介抱していたのですが、意識がはっきりしてくると急に死なせて欲しいと懇願し出して・・・身体が少しずつ動くようになってくると、今度は自分で・・・その・・・。ですから今は口に布を噛ませて、みんなで暴れないように押さえています」


 メグが彼女の状態を簡潔に説明してくれると、体を開いて僕にその状況を見るように視線を促してくる。その視線の先を追いやってみると、大きなソファーの上でフリージアとシルヴィアに両手両足を押さえられているシャーロットが目に入った。


「シャーロットさん落ち着いて、一体どうしたんですか?」


「脳震盪をおこしていたのですから、あまり激しく動くと危ないですよ!?」


 2人ともシャーロットに語りかけながら彼女を落ち着かせようとしている。見るとみんな汗だくでそこそこの時間彼女が暴れていたのだと分かる。振り返ればメグも首にタオルをかけ、少し頬が上気しているので、どうやら交代交代で彼女を押さえていたのだろう。


「みんなゴメン、代わるよ?」


「ダリア君一体シャーロットさんに何があったの?凄く錯乱してて・・・」


「ダリア君、口のタオルを取らないように気を付けてください。その、自分で舌を噛もうとして・・・治療はしたのですが、躊躇なく噛み千切ろうとしているので・・・」


 シルヴィアはこの状況に混乱しているようで、困惑気味に僕に尋ねてくる。フリージアは幾分落ち着いてはいるが、それでもシャーロットの異様な状況に動揺は隠せないようだった。


僕は足早にシャーロットが横になっているソファーに歩み寄り、彼女の首の辺りを人差し指で一瞬刺激する。すると、今まで暴れていたシャーロットは力なく動かなくなった。


「ダ、ダリア君!?一体何をしたの?」


フリージアがその光景に驚いたように聞いてきた。


「大丈夫。これは師匠から受けたことのある首から下を一時的に麻痺させる・・・何だったかな、ツボ?らしいんだ。僕も何度かされたことがあるけど、本当に身体が言うこと聞かなくてビックリしたよ」


 鍛練していた頃の記憶を思い出しながら、苦笑いで伝えると、シルヴィアとフリージアが押さえつけていた手をゆっくりと離した。シャーロットは、ただ荒く息をするだけで何も出来ないようだった。


「ゴメンねシャーロット。意識はあるだろうから、少し待っていてね」


横になって何も出来ずになった彼女にそう告げると、みんなに向き合って事の状況を伝えた。



「実は・・・


 僕は戦場であったことを包み隠さず、全てみんなに伝えた。到着した時には既に戦端が開かれていたこと、何とか介入し戦闘を止めさせたこと、帝国の【剣聖】と一戦交えたこと、【剣聖】から告白されたが断ったこと、シャーロットが突然裏切り行為をしてきたこと、ただ彼女の様子を見るに弱味を握られて操られているようだということ、戦場の騎士団の数千人が一斉に自害しようとしたこと。そしてーーー


ーーーどうも彼女を監視している存在がいるようなんだけど、特定は出来なかったから彼女を裏切り者として僕が殺すと見せかけて、〈空間転移テレポート〉で先にこの屋敷に送ったんだ。みんなにはその事で驚かせちゃったようでゴメンね」


 ちなみに彼女のにせの死体は、冒険者の時に何とかって貴族が僕を暗殺しようと配下の者を送り込んできた際に、死体をその場に残すことは出来ないと思って収納していたものを使ったのだ。収納の中は時間の経過が無いので、まるでその場で殺されたように鮮血が飛び散り、良い目眩ましになったはずだ。


(まぁ、帝国の【剣聖】は気付いていたようだったけど・・・)


 さすがにあの技量の人物の目を欺くことは難しかったようで、違和感を感じていたようだった。〈空間転移テレポート〉のことは知らないと思うので、どうやってかは分かっていないと思うが、僕がシャーロットを殺していないという事は、あの視線を考えれば見抜かれていたようだった。


「まぁ、帝国の【剣聖】に告白されたということは後で詳しく聞くとして・・・、今はシャーロットさんをどうするかですね?」


メグが若干けんのある視線で僕を見たあと、直近の問題になっているシャーロットの身の振り方について、みんなを見回して話した。


「おそらく彼女は家族を人質に取られているのでしょう。最善策の任務に失敗した場合は、次善の策として自害までも組み込まれていたんでしょうね・・・」


「そんな・・・」


フリージアの推察に、シルヴィアが信じられないといった表情で、両手で口を覆っていた。


「シャーロットは、戦争を止めさせないと言っていたけど、その理由は分かる?」


僕の疑問にメグが「おそらくですが」という前置きをして話し始める。


「戦争には莫大なお金が掛かります。しかし逆に言えば、当然そこには戦争によって利益を得る者達もいるのです」


「・・・戦争で利益ですか?」


シルヴィアが理解できないといった表情で、メグに疑問を呈した。


「例えば戦争では武器や防具が必需ですが、そういった商品を扱っている商店においては大量の注文が入ってくるということです。同様に、大勢の騎士を戦地で養うための大量の食料も、食料を扱う商店にとってみれば懐が潤うことになります」


「「な、なるほど・・・」」


納得したといった感じで、僕とシルヴィアが同時に呟く。


「となれば、彼女に指示を出した人物はそういった商店を扱っている貴族から、かなりの援助を貰っていたということですね」


メグの推察に、フリージアが付け加えるように補足した。


「そうなると、王国の騎士達が急に自害しようとしたのは、自国の騎士の損害を帝国のせいにして戦争を続けるためだった?」


「でしょうね・・・。2日目に介入できたのは不幸中の幸いでしょう、戦争というのは初日はほとんど大きな動きはないですし、犠牲は2日目以降から覚悟せよと言います・・・」


僕の考えにメグが戦争のセオリーを付け加えながら同意した。


「そうすると、シャーロットはどうすれば助けられると思う?」


 今までの話を総合して、結局どうすれば彼女は救われるかと言うのが最大の焦点だ。


「王国に戻ることはもう叶わないでしょう・・・。彼女が操られる原因となっている人質の方達を救出し、公国で匿うということになろうかと思いますが・・・」


 メグは少し沈んだ口調で僕にそう言ってきた。その表情から、彼女の提案には何か問題があるのだろうと思われた。


「それは難しいのですか?」


僕の気持ちを代弁するかのように、シルヴィアがメグに質問する。


「まず第一に、人質の救出です。どこに囚われているか定かでない特定の人物を見つけ出すことは並大抵の事ではありません」


 もしシャーロットが、人質がどこに囚われているか知っていれば話しは早いだろうが、恐らくそれはないだろう。黒幕が宰相だとするなら、僕の能力を警戒しているだろうし、もしシャーロットが僕に助けを求めたら、と考えるはずだ。


 しかも僕の空間認識では、知人以外は人物の特定が出来ない。ただそこに人が居るというくらいしか分からないので、個人の特定は不可能だ。


そう考えつつ、メグの言葉には複数の理由がありそうだったので、続きを促した。


「他には?」


「仮に救出できたとして、実際に公国でかくまえるか、ということです」


「それって、シャーロットさん達を見捨てるってことですか?」


少し語気を強めてシルヴィアが問いただした。


「これは少し政治的な話しになりますが、おそらく彼女の家は王国において、派閥間の情報を集めるスパイの様な仕事をしていたんだと思います」


メグの推察に僕は頷く。元々彼女は教会派閥が王派閥へ送り込んだスパイと言う事だと聞いていた。


「となると、王国にとって重要な情報に触れている人物を、そう容易く他国へ亡命させるかと言うことです」


「つまり、公国で匿うようなことになれば、それ自体が戦争の火種になりかねないということですね?」


メグの話を理解し、フリージアが起こり得る問題を指摘した。


「はい。公国としても、そこまでのリスクを負って匿えるかといえば、自国への被害などを考慮して、受け入れない可能性もあります」


 せっかく戦争を止めるための手段を考え実行に移しているのだが、シャーロットの事が新たな火種となって、結果的に戦争を止めることが出来なくなってしまうと言うのだ。


「一応、今シャーロットは死んでいる事になっているんだけど、それでも難しいかな?」


「シャーロットさんだけでしたら問題はないかと、ダリアのお陰で王国では死んだ身として扱われていますから。ですが・・・」


 メグが濁した言葉の先はみんな分かっているようで、誰もその先の言葉を口にしようとはしなかった。


それは、彼女が自害してでも守りたいと思っている人物を見捨てると言うことに他ならないからだ。彼女が生き残るために人質は犠牲にさせる。果たしてそれは彼女のためになるのだろうか・・・。


 みんな同じ思いを抱いているのだろう、心配そうにソファーで横になっているシャーロットを見つめていた。彼女は目を閉じながら、止めどない涙を流していた。



「ダリア、シャーロットさんは身体が動かせないだけで、意識はあるのですよね?」


 沈痛な雰囲気の時間が流れて、メグが再び口を開く。


「あ、あぁ。僕達の声は聞こえているはずだよ?」


「・・・・・・」


僕の言葉に、メグは迷ったような表情をしながら押し黙ってしまった。


「どうしたの?」


その様子に、彼女が何を迷っているのか聞いた。


「・・・この話を彼女の前でするのはどうかと思ったのですが、彼女とて覚悟はしていると思いますので・・・」


そう前置きして、メグはもう一つの懸念を話し始めた。


「機密情報を扱っているような重要人物を、王国がこのままにするか、と言うことなのですが・・・」


少し歯切れの悪い言い方で、何となく理解が及ばないが、フリージアがメグに続いて口を開いた。


「つまり、人質は既に殺されている可能性があること。同時に、シャーロットさんが死亡したとすれば人質としての価値が無くなり、同様に・・・」


 良い淀んだフリージアの言葉の先を察すると、僕はすぐに行動を起こそうとシャーロットに歩み寄る。


「今から王国へ行って来るけど、もし君が望むのなら一緒に連れていくよ?どうする?」


戸惑いの目を向ける彼女の口に噛ませたタオルを取る。すると彼女はしばらく考え込んでから口を開いた。


「・・・私はあなたを裏切っていました、それでも助けてくれるというのですか?」


「もちろんだよ?」


「・・・何故?私はあなたにとって、ただの知り合い程度の付き合いしかなかったはず・・・」


 確かに彼女と過ごした時間はメグやシルヴィア、フリージアと比べ短い。ただ、こうして彼女とは言葉を交わし、短いながらも共に生活をしてきた仲だ。そんな彼女が困っているんだから、手を差し伸べるのは当然だと僕は思う。


(何より、共に過ごす時間の長さが全てでは無いだろう!)


 彼女の自分を犠牲にしてでも助けたい、という思いに僕は惹かれたのかもしれない。いつかの僕の父さんのように。


「僕が行動するのは、いつだって自分がそうしたいからだよ!そこに理由なんて必要ない!」


「そうですよシャーロットさん!それがダリアですよ!」


「はい!それがダリア君です!」


「えぇまったく、これこそ私達のダリア君ですよ!」


メグ、シルヴィア、フリージアがシャーロットの元に近づき、口々に僕の言葉を笑顔で肯定してくれた。そんな彼女達の表情を、シャーロットはじっと見つめて、何かを決意したようにゆっくりと口を開いた。


「・・・・・・ダリア様・・・助けてください・・・」


 彼女は涙を流しながら僕に懇願してきた。それは、今まで押さえ込んでいたものが決壊して溢れ出すような、心からの言葉だった。


「任せて!僕は『神人』だからね!!」


 彼女を安心させようと、笑顔でそう告げた。

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