第143話 戦争介入 21

 自分の事を殺して欲しいと言うシャーロットは、先程までの狂気じみた表情が嘘みたいに、悲壮なまでに必死で真剣な眼差まなざしを僕に向けてくる。


「シャーロット、君が置かれている状況を聞いても良いかい?」


 彼女の耳元に囁くように語り掛けたのだが、彼女は力なく首を少しだけ左右に振ることしかしなかった。その様子に、彼女の事を監視している存在が居るのではないかと考えた。そんな存在が居るのなら、探し当てて気絶でもさせるのだが、視界に映る王国の騎士達は【剣聖】の指示で既に動き出している。ただ、そうはいってもこちらが気になっているのか、何人もの騎士達がチラチラとこちらを伺い見るような視線を送っているのだが・・・。


(さすがにこの視線から、相手の思惑まで察することは出来ないな・・・)


 この視線が単なる好奇心によるものなのか、それとも監視の意味があるのかまでは、さすがの僕も分からない。


 そんな事を考えていると、腕の中のシャーロットは未だ自由に動かせない手で何とか僕の裾を掴むと、力なく引っ張り再度懇願してきた。


「お、お願い・・・早く・・・」


この異様な様子に、ジャンヌさんも何かを察したように僕に声をかけてくる。


「『神人』よ、彼女には彼女の事情があるのだろう。私が言うことではないが、望み通りにするべきだ。彼女は既に決意を固めている」


 ジャンヌさんのその言葉に、シャーロットは僕から目を反らす事なく小さく頷いた。正直そんなことはしたくないのだが、そうしなければ彼女にとってはこれ以上ない不幸な結果を招くということなのだろうか。


(死ぬことよりも不幸な結果って、何だよ・・・)


 僕が助けを必要としているか聞いた時の彼女の表情の変化から、何かあるとは思っていたが、頑なに何も語ろうとしない彼女を見て、既に僕と共に行動していた時には、不退転の決意だったのだろう。そんな彼女の状況を察し、僕は大きく息を吐いてから、周りにも聞こえるように大きめの声で彼女に向かって宣言した。


「誰が黒幕かも言わぬのなら、この『神人』である我を裏切った罪、死をもって償ってもらおう!!」


 そして、僕は大袈裟な身振りで銀翼の羽々斬を左手に握り、右腕に居る彼女を掴むと、身体強化を併用して強引に空中へと投げ飛ばした。


「死ね!〈飛燕ひえん〉二十連げき!」


 剣戟を飛ばす剣術の絶技ぜつぎを放つ。その数20。空中に投げられた彼女はなす術なく、僕の剣術によって切り刻まれ、辺りに血の雨を撒く。彼女の存在した残滓ざんしを思わせるのは、辺りに散る金色の髪だった。



 僕の行動に、ジャンヌさんは何かを言いかけて止めた。彼女はふっ、と息を吐き、僕に向けて告げてくる。


「私は混乱しているであろう部隊の指揮に戻らねばならん。『神人』よ、提案を聞くために明日の同じ時間、もう一度この場に来られるか?」


「分かりました。くれぐれも早まった行動で戦闘を再開しないようにお願いしますね」


「無論だ。【剣聖】の私が手も足も出ない存在に睨まれていると言えば、皆勝手に動くことはないだろうし、これでも私は帝国で名将と言われているのだ。部下を掌握できないわけがないさ」


「頼もしい言葉ですね。では、また明日会いましょう」


「あぁ、またな」



 そう言い残して去っていく彼女の背中を見送り、帝国軍の全体がこの戦域から後退したのを確認してから〈空間転移テレポート〉でこの場を後にした。もちろん、空間認識でこの戦場の状況を認識することは忘れない。



 ただ、シャーロットについての事が、胸にトゲとなって刺さっている。


(みんなとは少し一線を引いているようにも見えていたのに・・・もっと早く気づいてあげられていれば彼女がこんな行動を起こすことも無かった・・・)


 戦争を止めるんだという大きな目的の前に、自分の身近に居る人の心情を察することが出来なかった。そんな自分に対する失望感を抱きながら、みんなの待つ屋敷へと戻るのだった。




side 宰相


 改革派閥からもたらされた公国の通信魔具を使って、帝国との戦況を逐一報告させ確認していく。残念ながら2組しか入手することが出来なかった貴重品で、現在王国の技術者に複製をさせるべく解析を急がせているが、王国にとっては未知の回路が組み込まれているらしく、未だ複製の目処は立っていないのが現状だった。


(全く忌々しい!これほどまでに技術力の差が開いているとは!)


 戦争をする上で情報とは、時には武器や兵力を越えて、勝敗を左右するほどの価値のあるものだ。それを公国は簡単に素早くやり取りすることができ、対して我が国は未だ従来通りの時間の掛かるやり方しか出来ていない。この魔具を見ると公国との技術力の差を痛感させられる。


(忌々しいと言えば、あの小僧もだ!!)


 唐突に自分の事を『神人』などと名乗った小僧の事を思い出す。潜り込ますことに成功したマリーゴールド家の娘の情報によれば、不敬にもあやつは私の娘に接触を試みようとしているのだという。どうやって侵入してくるかまでの、能力の秘密は分かっていないということだったが、娘を狙うとはまったくもって不届きにもほどがあるというものだ。


 その為、ほとんど常時娘の部屋を見張らせている。深夜だろうが、早朝だろうが、娘と接触しようなど出来ないように。さすがにその状況に娘も異様に感じているが、身を守るためだという事で無理矢理納得させた。



 そんな戦争の事だけでなく、娘の心配もしなければならないという状況下で、通信魔具からもたらされる戦端の開かれた戦況の確認をしていた。そんな中、2日目にあの小僧が戦場に現れたという連絡が入った。


 残念ながら、初日に双方死者までは出すことが出来なかったようだった。一部私の手の者が騎士団に紛れ込んでいるとはいえ、さすがに勝手な動きは出来ないし、そのことで王国の混乱を招き、敗北するようなことになっては意味がない。その為、初日はセオリー通りの魔法戦で負傷者が出るのみだった。


(本当は初弾に兵器を導入したいとも考えていたが、奴を仕留める為に無駄撃ちはできんしな・・・)


 相手側に死者を出すには兵器が一番だが、さすがに初日の魔法の打ち合いで奥の手を見せることは出来ないし、一度使用すればその者は魔力欠乏で3日はまともに動けなくなってしまう。そもそも最初の魔法戦は結構な距離があるので、確実に死者が出るとは確信が持てなかった。せめて戦争開始から2日、3日となれば数百の死者は出ているだろうが、公国のマーガレット王女も情報に触れているため、開戦日時を誤魔化すのは1日が限界だった。


(だが、さすがに陣営が接近してくる2日目に、3000人からなる兵器の一斉放射であれば、いくらあの小僧が介入したとしても被害ゼロというわけにはいかんだろう)


 私は、広大な戦場で兵器を使って四方に向けてた放たれる高威力魔法を、全て防ぐ術など無いと高を括っていた。



しかしーーー


「・・・バカなっ!?」


 報告によるとあの小僧がどうやってか、全ての攻撃を防いだのだという。報告にある魔法の消え方を聞くと、おそらく王城で行った方法と同種のものだろう。未だ魔法研究者でも、どのような技術でもって防いだかの解明には至っていない。


(まさか、戦場を覆うほど広域に効果を発することが可能なものなのか・・・)


ギリッと奥歯を噛み締めながら、もたらせる情報を読み解いていく。奴らの目的は戦争の阻止らしいが、なんとしてでも戦争を止めさせるわけにはいかない。


(たった一度衝突しただけで止まってしまっては、十分な利益は上げられんぞ・・・)


 戦争には多大な費用が掛かる。武器や防具の費用はもちろんの事、7万を越える騎士団の戦時特別手当ての人件費に、その食料や移動費等々、少し列挙するだけでもこれだけの費用が掛かっているのだ。そして、その利権に絡む有力貴族達の懐には、まだ十分な利益は入ってきていない。


(この段階で止まってしまっては大赤字だ!!私を支援してくれている貴族に顔向けが出来ん!!)


 つくづく私の邪魔をしてくる小僧にイラつきを隠せない。報告では、マリーゴールド家の娘は奴の信頼を得ているとの事だったので、あやつの虚を突いて始末出来れば良いが、これほどの実力が明るみになってくると難しいだろう。


(となれば、私の手の者を全員自害させて、それを帝国との戦争継続の根拠とする策か・・・想定していた中では最低の策になってしまうかもしれんな・・・)



 しかしその後、もたらされた続報によって私は更に頭を悩ませることになってしまうのだった。


「・・・あの、クソガキがぁーーー!!!!」


誰もいない執務室に、私の咆哮が消えていった。

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