第145話 戦争介入 23
シャーロットの麻痺を解くと、急いで王国へ行く準備をする。彼女の話ではおそらく既に両親は殺されている可能性が高いとの事だった。しかし、彼女が自害までして守りたかった人物はまだ生かされているはずだと言うことだ。その人物は・・・
「5歳になる私の妹です。宰相にとっては生かす価値は無いでしょうが、同時に殺す価値もないただの子供なのです。ただ、私に対しての言うことを聞かすだけの道具にしています」
もともと彼女の両親も職業柄、いつでも死ぬ覚悟はしていたので、今さら捕らえられたところで覚悟は出来ている。しかし、妹さんはまだ5歳の子供ということもあって見捨てることは出来なかったのだという。とりわけ、年の離れた妹をシャーロットは可愛がっていたらしく、そこを宰相につけ込まれてしまったようだ。
「宰相が捕らえているとすれば、王城の地下牢か、自宅の屋敷の地下牢・・・協力者の屋敷という線もあるか?」
手掛かりのない現状では、王都のどこかに居るというぐらいの絞り込みしか出来ない。となると、情報に精通していそうな心当たりを先に当たった方が早いだろう。おあつらえ向きに、彼女は騎士ではないはずなのに戦場に居る。しかも、先日公国へ宰相と来ていたということから、雇われて動いていることは間違いないだろう。
「ちょっと情報を仕入れてくるから、シャーロットは救出に向かう準備をしててね」
シャーロットの妹を見たことはないので、彼女を連れていかないと判別が出来ないため同行させることにした。
「あ、あの、ダリア様、どちらに?」
「ん?ちょっと心当たりがありそうな人に会いにね!」
笑顔でそう言い残して僕は、〈
転移先は王国の前線基地。そこにはちょうど『風の調』のツヴァイさんが1人、騎士達の輪から離れる様なところにいたので都合がよかった。時刻は夜の6時過ぎ、後ろから様子を探ると、彼女はちょうど配給された夕食をとっているようだった。そんな彼女の肩を優しく『トントン』と叩いた。
「っ!!」
振り向いた彼女は驚愕の表情をして、まるで時間が止まったように僕の顔を見ていた。
「やぁ、ツヴァイさん久しぶり。元気になったようで安心したよ」
「・・・・・・」
「ん?どうかした?」
僕の顔を見ながらも、何の反応も示さない彼女に訝しげに尋ねると、パチパチと何度も瞬きをした後、手に持っていた夕食を地面に置き、改めて僕に向き直った。
「こ、これはダリア様!先日は危ないところを救っていただき、ありがとうございました!直接お礼も出来ずに申し訳なく思っておりましたが、本日はこのような場所でどうされましたか!?」
ツヴァイさんの返答はやけに堅く、その瞳には恐怖が宿っているようだった。おそらく彼女は仲間であったはずのシャーロットの事を、僕が裏切りを理由に本当に惨殺したと思っているのではないかと考えた。
(それなら、僕に対するその認識も利用させてもらおう!)
彼女がこの場に居ることが仕事の依頼として動いているのなら、僕の質問に対しても答えることは出来ないだろう。依頼人を売るような行為は、彼女の商売上信用を落とすあってはならない行為のはずだ。
そうであるならば、カマを掛けて彼女の表情の変化を観察するには絶好の心理状況だと考えた。通常の彼女であれば、僕がちょっとカマを掛けたところで、それを表情に出すことはないだろうが、心理的に恐怖心を抱いている人物の質問においては、何らかの身体上の反応が出る可能性が高い。
(最近は表情の些細な変化から、他人の考えを読むような洞察力は付いてきたと思うんだけど、未だに女心は分からないんだよなぁ・・・)
普段のメグ達とのやり取りが、ふっと脳裏に浮かんできたが、今はツヴァイさんから情報を引き出す方が先決だ。
「実は、ツヴァイさんに確認したいことがあって、直接会いに来たんですよ」
「わ、私にですか?申し訳ありませんが、ご覧の通り今は戦時の情報収集役として雇われた身でして、あまりダリア様に時間を割くことが出来ないのです」
「大丈夫ですよ、時間はとらせません!それに、『神人』の僕と会話した方が、あなたにとって情報が収集できる良い機会ではありませんか?」
「っ!!・・・何が目的なんですか?」
この場所に僕はいつも通りの格好で来ている。仮面もあの衣装も着けずにだ。その理由は、彼女はシャーロットから『神人』の正体について報告を受けていると分かっているからだった。そしてこれは、あなたが分かっているということを、僕も知っているよという言外の意思表示なのだ。
「実は、シャーロットとの
「・・・・・・」
「もしツヴァイさんがご存じなら、聞いてみようかなと思いまして。僕が知りうるなかで、一番情報に精通していそうなのは、『風の調』ですから」
「それは過分な評価に恐縮いたします。ただ、お求めの情報を知っているかどうかは内容によります」
「それはそうでしょうね。マリーゴールド家に5歳になる女の子が居ることは知っていますか?」
「・・・ええ、存じています」
「聞きたいことというのは、その子が今どこに居るのかという事です」
「申し訳ありません。存じません」
彼女は僕が聞きたい内容を事前に察したのか、僕の質問に目を見開きながら、視線を外すことなく間髪入れずに答えた。考える素振りも、思い出そうとする素振りも見せずに。
「・・・そうですか。やはり、まだ生きて王都にいますか」
「!?何を仰っているんですか?私は分からないと伝えたはずですが?」
僕の言葉に、彼女は困惑気な表情で疑問を呈する。ここからは彼女との駆け引きだ。僕が今までに得ている情報から考えられる妹さんの状態を、
「実は僕には、相手の考えていることが何となく読み取れるんですよ」
「はっ?そんなこと、あるわけがありません!」
彼女の言う通り、そんな能力などありはしない。しかし、僕の言葉に動揺しているのか、彼女の表現に少し変化が見えた。
「信じるかはお任せしますが・・・そうですね、例えばアインさんの居場所を思い浮かべてもらって良いですか?口に出さなくて結構ですので」
「・・・・・・」
「そうですか、アインさんは後方の本陣に居るんですね?」
「!!」
ただ、空間認識で分かっている事を言っただけなのだが、僕のそんな能力を知らないツヴァイさんの表情が、また僅かに動く。
「そんなに怖がらないで下さい。意識しなければ使えない能力ですから。ただ、意識すれば分かってしまうんですけどね?」
「で、でしたらこんな尋問などせずに、私の考えを読み取れば良いのではないですか?」
「いえいえ、さっきも言ったように考えを思い浮かべてもらわないといけないので。だから、あの質問をしたんですよ?あなたにシャーロットの妹のことを思い浮かべてもらうために」
「・・・・・・」
僕がそう告げると、彼女は急に無表情になって口を開こうとしなくなった。おそらく何も考えないようにしようとしているのだろうが、その状況が既に僕の言葉を信じてしまったという証拠に他ならない。
「大丈夫です。あなたが情報を漏洩したわけではないですから。『神人』の人智を越えた能力でどうすることも出来なかったというだけのことですよ」
「・・・・・・」
「そうそう、妹さんですが・・・そうですか、そんなところに捕らわれていますか。まだ幼いのに家族から引き離されて可哀想ですね」
「・・・・・・」
「ありがとうございます。必要な情報は頂きましたので、これで失礼しますね!ではーーー」
「ま、待って!」
僕が彼女に背中を向けてこの場を去ろうとすると、彼女は焦ったように引き留めてくれた。その反応に、彼女に背を向けている僕はニヤリと口角を上げた。
「どうしました?」
「わ、私達はダリア様に敵対などしようとは考えていません!ただ、仕事だったんです!」
「宰相からの依頼ですからね・・・断れないのは分かります」
「か、彼女の両親については既に処遇が決まっていましたので、私達ではどうしようもありませんでした。ですが、何も分かっていない幼い妹だけは相応の対応をするように進言はしました!どうか、そこは信じてください!」
「・・・嘘は無いようですね。・・・なるほど、宰相としても何も分かっていない子供についてはそう判断したんですか」
「えぇ、生かすも殺すも一緒なら、何かの役に立つかもと孤児院にとりあえず放り込んでおけと・・・」
「妹さんはどちらが幸せなんでしょうかね?家族の元に行くことか?孤児として生きていくことか?」
「ま、まさか、妹までその手で?それがシャーロット・マリーゴールドの最後の願いだったんですか?一人寂しく残すよりはと・・・」
「それは想像にお任せします。僕としても幼い子供に不幸になって欲しいと思っているわけではありませんから」
「・・・・・・」
「そうそう、今回の事でツヴァイさん達に不都合が起きそうになったら、ちゃんと助けに行きますので、心配しないで下さい。お世話になっていますから」
「・・・ダリア様は何処に向かっているのですか?」
「平和な世界で、楽しく暮らせればそれで良いんですけどね・・・ではっ!」
その言葉を最後にこの場を離れた。ツヴァイさんは僕の背中をいつまでも見つめていたようだった。
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