第208話 絆 15

 二重の外壁がそびえる巨大都市。それがこの大陸で最大の人口を誇る都市の造りだった。外壁の上には先の都市で見たような大きな弓矢のような武器、バリスタが所狭しと並んでいた。


都市の広さとしては、先の都市と比べ2倍程ありそうだが、やはり同じように出入り口が存在していない。ただ、外壁の上にゴンドラの様なものがあり、都市周辺も少なからず人の手が入っているように整備されているので、この都市の住民は外壁から外に出ないと言うことはないようだった。


そのゴンドラの付近には幾人かの住民が見受けられたので、その人達に向かって大声を掛ける。


「すみませーん!ちょっといいですか!?」


「っ!?な、何者だ!?」


彼らはずっと上空を警戒していたようで、僕らの接近には気づいていなかった。


「旅の者なんですけど、この大陸についてお聞きたいことがありまして、お話が出来る方はいらっしゃいませんか?」


「た、旅だと?女子供しかいないのにか?だ、大丈夫だったのか?」


彼は僕達の顔ぶれを見て心配してくれているようだった。その哀しみの籠ったような表情から、もしかしたら元は何十人という大所帯で、生き残ったのが僕達だけなのではと勘違いしているかもしれない。


(そして漏れなく僕は女の子扱いと・・・)


もう、いちいち訂正していくのも面倒なので、このまま勘違いしてもらっても実害もないし、どうでも良いかなと諦めの感情になってしまった。


「大丈夫ですよ!前に立ち寄った地区の紹介状もありますので、話が聞けるとありがたいのですが?」


「紹介状・・・?分かった!ゴンドラを降ろすからそこに居てくれ!悪いが武器の類いは一時的に預からせてもらうが、了承できるか?」


「分かりました!大丈夫ですよ!」


そう言うとゆっくりと下降してきたゴンドラにみんな乗り込んだ。8人乗っても、なお余裕のある広さだった。外壁の上部に着くと、僕の声に応えてくれた人とは別に5人ほどの武装した集団が待機していた。前の都市の住民と比べればしっかりした武装だが、公国や王国の騎士と比べると少し劣った装備に見える。


前の都市と同様に、彼らに予め用意していた武装を預ける。併せて、僕に応対してくれていた人に紹介状を渡した。


「ふむ、56地区のエリック殿の蝋印か・・・。ここまでかなりの距離があったと思うが、生き残ったのは君達だけか?」


彼の言葉に、やはり勘違いされているのだと分かった。とはいえ、魔獣が多数蔓延るこの密林を、何の犠牲もなく踏破できるなどと考えられないのだろう。


「いえ、信じられないかもしれませんが、僕達は最初から8人で行動しています」


「・・・そうか。そう思ってしまうほどの過酷な状況だったのだな・・・」


彼は可哀想な人を見るような眼差しで僕達を見ている。きっと彼には僕達が絶望のあまり、そう信じることで自分達の精神を守っているのだろうと考えているかのようだった。そんな彼に苦笑いを浮かべていると、武装した一人が彼に耳打ちをしていた。


「・・・汚れが・・・です」


「っ!?」


耳打ちされた彼は驚いた表情で僕らを舐め回すように凝視してきた。断片的に聞こえた内容から、汚れ一つ無い服装に疑問を持ったのだろう。


「えっと、とりあえずその紹介状を読んでみてくれませんか?何か僕らの事を示す状況が書いてあるかもしれませんから」


僕の言葉に我を取り戻した彼は、慌てて紹介状を開いて読み出した。しばらくすると、青い顔をした彼は突然腰を90度に折って謝罪してきた。


「ド、ドラゴンスレイヤーであるダリア様!ようこそこの第一地区にお越しくださいました!住民一同を代表し歓迎申し上げます!!」


紹介状にどんな内容が記載されていたのかは、何となく彼の様子で察しがついた。


(さて、この都市ではどんなことになるのかな・・・)


期待と不安を胸に、僕達は彼らに案内され、都市の中心部へと移動することとなった。



 馬車に揺られ、窓から見える景色を眺める。この都市では二重になっている壁の内壁には大きな門があり、そこから道が整備されていた。外壁と内壁の間は広大な牧草地となっており、そこで牛や馬、豚、鶏等を飼育しているのだという。内壁を通過すると、一面の小麦畑が広がっており、時折何かの作業をしている住民も見ることができた。


先に進んでいくと、様々な作物が育てられている畑となっていった。そして、馬車に乗って2時間が過ぎる頃、ようやくこの都市の中心地でもある居住地が見えてきた。


「この都市では木造建築が多いですね」


 同じように窓の外の景色を見ていたメグが、外を見ながらそんな感想を口にした。先の都市では石造りの家がほとんどだったので、居住地の雰囲気がまるで違っていた。


「やはり、生活するなら木造の方が暖かみがありますものね」


フリージアは家に拘りがあるのか、石造りよりも木造の方がいいらしい。その意見には僕も賛成で、何となく木造の方が落ち着くのだ。


「しかし、この都市の住民達は皆武器、というか弓を所持しているのだな」


ジャンヌの指摘の通り、この都市に入ってから見た住民達はいずれも弓を矢筒に入れて背負って作業していた。それはいつでも戦うことを視野に入れて生活しているようだった。


「こう言っては何ですけど物騒ですね。そんなにこの都市では魔獣が襲ってくるということなのかな?」


シルヴィアがそんな住人の格好に、不安な表情で可能性を考える。


「ん、だとしたら、私達もそういう心構えを持った方が良い」


「みんなの事は僕が守るから、もしものことがあっても落ち着いて行動してね」


ティアの言葉に、僕はみんなを安心させようと口を開いた。その言葉にみんな笑顔を浮かべてくれた。



 居住地に入ってしばらくすると、3階建ての一つの大きな建物が見えてきた。その前で馬車は停まり、建物の中へと案内された。この建物はこの都市の内政を司る場所らしい。1階の広めの待合室に案内された後、一時間程でこの都市の代表だという人物との面会が叶い、3階の部屋へと案内された。


「ようこそ旅のお方、私はこの地区の代表をしているファラと言うものだ!」


執務室のような部屋へ案内された僕達は、重厚な机に座る中年の女性に笑顔で握手を求められた。


「初めまして、僕はダリア・タンジーと言います。よろしく」


ファラと名乗った女性は、微笑みを浮かべながらがっしりと僕の手を握った。彼女の容姿は整っており、若い頃はさぞ美人だったことを窺わせた。


僕が彼女の握手に応じたことで、みんなも順々に挨拶と握手を交わしていき、最後にアシュリーちゃんと握手したところでファラは今一度僕らを眺め、腰を下ろした。


「さて、この紹介状の内容が真実なら、あんたらはとんでもない実力を有しているということだが・・・間違いないかい?」


なんとなく、王国にいた頃の学園長を思わせる口調で話しかけてくるファラさんの問いかけに、僕が代表して答えた。


「ええ、間違いありません。ドラゴンの中級種程度であれば苦戦することはないです」


「ほぉ・・・何故この大陸に?」


「以前の大陸では僕の力を疎ましく思う人もいましたから、新天地を探しに、ですね」


「この大陸でも同じように思われると考えないのかい?」


ファラさんはこちらの真意を探るような眼差しで質問を重ねてくる。そこには帝国や公国の為政者のような眼光の鋭さがあった。


「残念ながら最初の都市で多数のドラゴンと魔獣に襲われまして、実力を隠すのが難しかったものですから・・・」


肩を窄めながら返答する僕に、彼女は呆れたような表情を向けてきた。


「示威行為ではなく偶然だったと?」


「過剰な力は人の世界から弾かれますから・・・僕だけの事であればそうなっても良いですが、僕の大切な人達に寂しい思いをして欲しくないですし、豊かな生活を望むなら人との関わりは切っても切れないですしね」


自分の過去の体験を振り返り、苦笑いをしながらそう告げる僕の顔をファラさんはじっと見つめていた。


「・・・正直に言えば、この紹介状に書いてある内容は信じられないことばかりだ。水棲魔獣蔓延る海を別の大陸から渡ってきたことも、単独でドラゴンや魔獣のスタンピードを撃退したことも、この都市まで魔獣ひしめく密林を汚れ一つなく踏破してきたことも・・・」


「それはまぁ、そうでしょうね・・・」


そうやって僕の行動を並べ立てられると、常人には凡そ不可能なことであるのだと、彼女の話し方から否応なく伝わってくる。とはいえ、実際言う通りのことをしているのでなんとも言えない表情で頷いた。僕の様子から彼女は大きなため息を一つ吐き、真剣な眼差しで僕を見つめてきた。


「・・・ダリア・タンジー殿、貴殿の望みはこの大陸での平穏な暮らし、と言うことで間違いないのだな?」


「はい。その通りです!」


「しかし、今のこの大陸情勢を考えれば平穏とほど遠い状況にあるのは理解できるね?」


「魔獣とドラゴンですね?」


「そうだ!今やこの大陸の住民達に増えすぎた魔獣を押し退ける力はない。それどころか、ドラゴンは我々を食料と考えている。過去の文献から考えるに、一度滅びたこの大陸の人口は復興もあって800万人を越えていたはずだ。それが今、把握しているだけでおよそ8万人程度まで・・・いずれこの大陸全ての住民は遠からず滅ぶ・・・」


彼女は苦悩に満ちた表情で言葉を絞り出した。その言葉と表情から、この大陸の未来はもはや風前の灯火であると理解しているようだった。


「この大陸で平穏に暮らすと言うことは、その問題を解決する必要がある。それが無理ならまた別の大陸へ移動した方が良い」


彼女はそう告げると、僕達から窓の外の景色へと視線を外した。それがどのような心境によるものか僕には分からなかった。この大陸から去った方が良いという意思表示なのか、それとも・・・


「失礼ですが、ファラさんはダリアに可能性を感じてこの場に招いたのではないですか?」


そう言ったのはメグだった。彼女の言葉にゆっくりとファラさんが振り向く。その顔は無表情で、何を考えているのかは窺えないが、こういった腹芸は王女であるメグの十八番だろう。


「・・・何故そう思うんだい?」


「簡単です。私があなたの立場だったとしたら、正体不明の怪しい人物を早々に招くことなど致しません。ある程度身元確認の調査を行い、危険がないと判断して初めて話し合いに応じるでしょう」


「・・・・・・」


メグの指摘にファラさんはただ黙って見つめていた。ただ、その口許は少し口角上がっているようにも見える。


「それをしなかった、いえ、する余裕もないほどの状況だった。しかし、紹介状からこの大陸の状況を変えることが出来るかもしれない人物の可能性を考え、危険を省みず決断した。それはつまり・・・」


「ああ、その通りだ。もしこの人物がドラゴンを一掃出来る力があればこの大陸は滅亡から救われる。例えダメだったとしても、元々滅ぶ運命が予定通り来るだけ・・・我々としては益はあっても損は無いと判断したまでさ」


自嘲気味に笑いながらファラさんはそう言い、僕の目をじっと見定めながら聞いてきた。


「それで、こちらの状況と考えを聞いて、お前さん達はどうするんだい?」

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