第115話 オーガンド王国脱出 10

 枢機卿は先程までの、派閥を従える者としてどう行動すべきか考えを巡らせていた表情から一変して、フリージア様をチラッと見てから、真剣な眼差しで話し始めた。


「この先の事だが、私の考えではおそらく王国は他国の使者に対して出来るだけ開戦を遅らすように申し出るはずだ。そうだな、宰相の手腕であれば2ヶ月は稼ぐだろう」


「軍が越境していると言っていましたが、そんなに遅らせられるんですか?」


「戦争をするにしても国際的な手順というものがある。今回軍を動かしているのは、あくまで相手国への意思表示と、我が国への軍事的な圧力だ」


 軍事のあれこれや、政治のあれこれはまったく門外漢もんがいかんなので、そうなんだと相づちを打っておく。


「そして、陛下や宰相は開戦までの間に王国を統一すべく強行手段に出てくるだろう。おそらく、先程言っていた兵器を使ってな」


「・・・なるほど。教会派閥として対抗できそうですか?」


「話を聞く限り、難しいだろうな。抵抗の末に虐殺される可能性もあるだろう」


「では、降伏して処罰を受けた方がましだと考えているんですか?」


「難しい。我々にも信念があって行動している。王派閥に屈するということは、自らの信念を曲げるということに他ならない」


雁字搦がんじがらめになってしまっているようですね。信念にじゅんずるか、命を大事にして未来に賭けるか、ですか」


「残念ながら、教会派閥の主導的役割を担ってきた我々に未来はないがね」


枢機卿はフリージア様を見ながら悲しげに呟いた。


「そこで、ダリア殿に無理を承知でお願いしたいのだ。この子を、フリージアも君と一緒に連れて行ってはくれないか?」


「っ!!お祖父様それはーーー」


「フリージアよ、今回の我々の行動は失敗だったのだ。宰相が開発を進めていたという兵器の存在に気付けなかった時点で、我々は良いようにあしらわれる事が決まっていたのだ。その責任は私を含めた幹部が取る。しかし、お前はまだ子供だ。未来に希望を見出だして欲しいのだ」


「出来ません!私は今回の事でみなを先導した立場です!ここで逃げては、もはやこの先の教会派閥の信頼も何もありません!」


フリージア様は枢機卿の言葉に席を立ち、声を荒げて抗議する。


「そうだろうな。そこで、対外的にはダリア殿、君にフリージアを攫って欲しいのだ!」


 (なるほど。ただ逃げるだけでは教会派閥の士気は急激に低下するが、最後まで抵抗しようとしていた彼女を僕が強引に攫うのなら、彼女は教会派閥を見捨てた訳では無くなる。そして、彼女がまだ生きていること、将来戻って来て、また先頭に立つかもしれない、という希望が持てるわけか)


「フリージア様はどうしたいのですか?」


「私は自分だけ生き延びようとは思っておりません!お祖父様達だけを見殺しになんて出来ません!」


「ですが、このままでは何も成し遂げられずに、ただ淘汰されていくだけになります」


「そ、それはそうかもしれませんが・・・」


「目的を成したいと思うなら、どんな手段を使っても成し遂げる方法を考えるべきなのではないですか?」


「・・・ダリア君は目的のために何かを切り捨てたのですか?」


彼女は僕の言葉に苛立ったのか、まるで挑発するように聞いてきた。


「捨てたものはないですね。僕の大事なものは、ある日全て消えてしまいました」


「えっ?」


 正確には消えたと見せかけられたのだが、結局僕の一番欲しかったものは、自分自身で壊してしまったので、間違えではないだろう。


「少し前まで、僕はある目的に人生を捧げてきました。でも今や、その目的も無くなってしまった。いえ、最初から僕の目的さえも仕組まれたものだったのですが、今の僕はある人からの言葉を実現しようとしているに過ぎません」


「・・・その目的とは何ですか?」


「幸せになることです!」


「・・・ふふっ、それはきっとみんな同じ思いだと思いますよ」


険しい表情をしていたフリージア様は、ふっ、と笑顔を見せた。


「そうですね。単純で簡単そうなんですけど、難しいです」


「・・・本当にその通りですね。みんなが幸せになれる国をと頑張ってきたつもりだったんですが、未だその道は険しいです」


 彼女のその目は諦めてはいないが、高い壁に直面し、どうしたら良いか分からないといった感じだった。するとそこに、枢機卿が言葉を重ねる。


「だからこそ、お前にはその答えを見付けて欲しいのだ。お前ならばいつの日かきっとこの国に住む全ての民を笑顔に出来るだろう」


「お祖父様・・・」


「フリージア様、僭越ですが私もあなたであれば国を変える力があると信じる者の一人です。どうか未来に希望を託して下さい」


 今まで静かに事の推移を見守っていたシャーロット様が、フリージア様に頭を下げながらお願いをしていた。その様子にフリージア様は考え込むように迷いを見せた。


「目的のために手段を選ぶなと強要はしませんが、死んでは何も出来ないのもまた事実です。僕と未来に生きて行きませんか?」


「・・・ふふっ、ダリア君、それはプロポーズですか?」


「えっ?あれ?これってプロポーズになるんですか?」


「ダメですよ、女性にそんな甘い言葉を掛けては、みんな勘違いしてしまいますよ。ちなみに私は、私だけをいてくれないと嫌ですからね!」


 冗談目かして言う彼女は、どこか覚悟を決めたような表情をしていた。


「フリージア、 決めてくれたのだな?」


「・・・はい、少しでも皆さんの期待、希望が私にあると言うのなら、今は力及ばずとも未来に掛けてみようと思います!」


「フリージア様、良かった・・・」


「重荷を背負わせてすまないな・・・だが、このまま王国を力で統一されてしまうということは、今よりさらに厳格な階級社会となるであろう。お前にこの国の民の幸せと希望を託す」


「はい、頑張ります!」



 その後、細々したことをいくつか決めた。僕は一旦学園に戻ってメグと彼女のメイドを連れて戻ってくる。そして、フリージア様を攫い、教会裏に準備する馬車でもって国を出るということになる。追手については僕が守るので心配ないと安心させた。


 また、シャーロット様は各種交渉事や折衝など、今までスパイとして培った能力をフリージア様の為に役立てよと、枢機卿から同行を命じられていた。彼女は恭しく頭を下げながら、その命令に従っていた。彼女も僕と同い年だし、枢機卿としても子供が死ぬ姿を見たくなかったのかもしれない。


「1時間もあれば戻ってこれると思いますので、荷物など準備しておいてください」


「分かりました。シャーロットさんも必要最低限の物は教会が用意いたしますので、実家に一度戻りたいと思いますが、ご容赦してください」


「いえ、私は大丈夫です。ご用意いただきありがとうございます」


 僕には〈収納〉があるので、いくらでも荷物があっても大丈夫だと伝えておこうと思った。


「あ~、荷物はいくらでも大丈夫です。想い出の物もあると思いますし」


「いえ、あまり荷物があると移動の邪魔になりますので、気を遣っていただきありがとうございます」


シャーロット様は遠慮しているようだが、本当に大丈夫なので、少し実演して見せた。


「これは僕の【才能】なのですが・・・」


 魔法と言うと、本来みんなが知らない空間魔法を理解してくれるか分からなかったので、そう言いながら収納してある公国で購入した鍋型の魔具を取り出して見せた。


「えっ?今どこからそれを?」


「どうやって持っていたのですか?」


「ん~、なんと?どんな【才能】なのだね?」


3人とも驚いた表情で僕の取り出した鍋を凝視していた。


「こんな感じで僕は荷物を別空間に収納して持ち運べますので、本当に気にしなくて大丈夫ですよ!」


「・・・ダリア君、あなたはこれがどれほど凄いことか分かっていますか?」


「ええ、物を持たなくて良いので移動が楽なんですよ」


笑いながらそう答えると、椅子から立ち上がったフリージア様が力説してきた。


「いいえ、それはこの能力の真価を分かっていません!たった一人でどんな量の荷物でも運べるとしたら、王国は喉から手が出るほど欲しい人材です!軍事から見ても重い武器や鎧、食料などを簡単に運べることになります。それこそ、その【才能】だけで巨万の富を築けますし、栄達も思いのままなのですよ?」


「そうかもしれませんが、僕は栄達もお金も特に要りませんから。必要なのは楽しく過ごせる、ただそれだけで良いんです」


「・・・ダリア君。あなたはもしかして本当にーーー」


『ドゴンッ!!!』


言葉を続けようとした時、教会の外から大きな音が聞こえてきた。


「フリージア、今は時間がないようだ。騎士団が本格的に攻撃してきているのやもしれん。急がねばあの頑丈な門とて、いつまでも持ちこたえられるか分からん。今は一刻も早く準備しなさい」


枢機卿が外の状況を推察し、僕たちに行動を促してきた。


「では、僕は一旦学園に行きます。出来るだけ早く戻ってきますので、準備しておいてください」


「分かりました。道中気を付けてください」



 そうして僕は部屋をあとにし、鍛練も兼ねて連続で〈空間転移テレポート〉して学園に戻った。

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