第103話 復讐 16

 冒険者協会へ入ると、今の時間帯は結構混んでいるはずなのに、なぜか受付は閑散としていた。疑問に思いながら依頼票を見てみると、貼り出しているものはかなり少なく、護衛任務がほとんどだった。ちなみに、シルヴィアは初めて訪れる冒険者協会に興味津々といった感じで、辺りをキョロキョロとして落ち着きがなかった。


「あっ!ダリア君!!」


 冒険者協会内の様子をうかがっていた僕に、いつもの口調でエリーさんが声をかけてきた。その彼女のいつも通りな様子は、僕に安心感を与えてくれる。


「お久しぶりです、エリーさん」


「もぅ、たまには私に顔を見せにきてよ!お姉さんダリア君に合えないと寂しいんだから!」


「すみません。色々とごたごたしてたものですから」


「そっか、大変だったんだね!ねぇ、この後の時間空いてるなら・・・っ!?」


 エリーさんは言葉の途中で、僕から視線を外して隣にいる人物を凝視していた。僕とエリーさんが話し始めると、協会を見て回っていたシルヴィアが僕の腕に飛んでくるようにしがみついてきたのだ。そんなシルヴィアからは、まるでエリーさんを威嚇するような雰囲気を放っていた。


「・・・どうしたのシルヴィア?」


「え?何でもないよ?」


彼女はとびきりの笑顔で僕にそう言うと、まるで甘えるように肩に頭を乗せてきた。


「ちょ、ちょっとそこのあなた?うらやま・・じゃなくて、ここは公衆の場ですよ?そういった行動は控えた方が良いんじゃないかしら?」


そんなシルヴィアの行動に、エリーさんは頬を引きりながら忠告していた。


「そうですよね・・・、でも実は最近色々と怖いことがあって、彼から離れると不安なんです」


「へ、へぇ。でも、こんな所だとダリア君も迷惑なんじゃないかな?」


「・・・ダリア君、私って迷惑かな?」


 シルヴィアは潤んだような瞳で僕を見つめながら尋ねてきた。そんな表情で言われてしまうと、恥ずかしくはあるのだが、迷惑だなんて言えるはずはない。それに、彼女が誘拐され、怖い想いをしていたのも事実だ。そんな彼女が安心出来ると言うのなら、このままの方が良いのではないかとも思える。


「えっ、そ、そんなことないよ」


「ありがとうダリア君!・・・ですから、私の事は気にしないで下さいね」


「な、なにをーーーイタっ!!」



 シルヴィアとエリーさんのやり取りに割って入ってきたのは、マリアさんだった。毎度のように手に持っている分厚い本でエリーさんの後頭部を叩いていた。


「エリーさん、またですか?何度もあなたには注意しましたが、覚えていませんか?」


「しょ、書記長!い、いえ!大丈夫です!言われたことは全部記憶しています!」


「・・・とてもそうは見えなかったけど?」


「こ、これは・・ダリア君のお連れさんが女性として恥ずべき行動をしておりましたので、年長者として教育しておりました!ですのでこれは大人としての仕事なんです!」


一点の曇りの無い目をしながら報告するエリーさんを見ながら、マリアさんは頭を抱えながらため息を吐いた。


「あなたのその機転の効いた返答を、報告書の方にも活かせないのかしら・・・」


「あ、あははは・・・」


 そんないつものやり取りを僕がなごんで見ていると、急にマリアさんは真面目な表情をして僕を見詰めてきた。


「ダリア君、あなたが協会に顔を出したら伝言を伝えるよう、ギル会頭から言付ことづかっています」


「・・・分かりました、何でしょうか?」


「王都に戻り次第、至急教会へ顔を出して欲しいとの事です」


「伝言は確かに承りました。では、これから向かいますね」


「ダリア君・・・気を付けなさいね」


いつものマリアさんらしくない、心配した面持ちで僕を見送ってくれた。


「ダリア君!時間があったらいつでも来て良いからね!なんなら、夜に宿舎の私の部屋に来てもーーーイタっ!!」


 どんな時も変わらぬエリーさんの姿に頬を緩めながら、僕はシルヴィアと共に教会へ向かった。





 上級貴族街にある神殿の会議室の一室に僕とシルヴィアは通された。そこには、冒険者協会の会頭のギルさんと、教会の枢機卿が待っていた。


「やぁ、久しぶりだねダリア君!」


「お久しぶりですギルさん。今日はわざわざ教会でどうしたんですか?」


「まぁ、順を追って説明するから、まずは椅子にかけてくれ。そちらのお嬢さんもね」


「あ、は、はひっ!」


 急に話を振られたシルヴィアは、目の前にいる人達の肩書きに恐縮しているようで噛みながら返答していた。


「教会に呼び出してしまってすまなかったね。ここなら周りの目や耳を気にせず話すことが出来るから、話し合いは大抵ここでしているんだ」


「・・・それは教会派閥としての話し合いということですか?」


「その通りだ。私や軍務卿も教会派閥だね」


「あなた達はこの混乱に乗じて何か動きをなそうと言うことですか?」


「そんなに大それた事ではないけどね。ただ、我々は武力によらない言葉による力で国を変えたいと思っているんだ」


 ここだけ聞けば崇高な考えなんだろうとは思うが、父さんの話では言葉では国を変えることは出来なかったという話なので、どう変えていくというのだろうか。


「言葉で国は変わらないのでは?」


「その通りだ!国・・いや、王族や王派閥の人間の思考は変えられないだろう」


「つまり変えるのは国民の意識だと?」


「そうだ!」


 ギルさんとの会話の中に、今まで様子を見ていた枢機卿が会話に入ってきた。


「今回の改革派閥の盟主討伐がなされた今、彼らは教会派閥に吸収される形になる。派閥の勢力でいえば、王派閥の1.5倍の規模となる。これだけの勢力の言葉であれば王派閥とて無下にするわけにはいかんのだよ」


「そんなにすんなりと吸収は出来るものなのですか?」


「君の討伐した盟主とは密約を交わしておる」


「密約・・・ですか?」


「そうだ、いずれ派閥を統一したいと持ち掛けられてな。もちろん最初は半信半疑だったが、悪い条件では無かったのだよ。君の事も教えてくれてな、いずれ【速度】の才能を持った子供が王都を訪れた時には、その才能の事を王派閥に伏せておくことが我々にとっての利益になると」


「それだと、盟主が亡くなってしまった以上、派閥の統一は上手く行かないのでは?」


「そこはあの男の有能なところだな。自分の死さえも策に組み入れて考えておった」


 僕の父さんはどこまで先を見据えていたのだろうか。僕の将来の事を考えつつ、領地の事や派閥の事と、いったい父さんにはこの国の先に何を見ていたのだろう。そう考えていると、ギルさんが話を続ける。


「まぁ、そんな事情もあって、我々の勢力は急拡大するわけなんだが・・・」


「それを王派閥は警戒していて、この物々しい雰囲気というわけですか?」


「そう。君も戻ってからの様子を見て疑問に思ったかもしれないが、教会派閥と元革命派閥の本格的な合流を警戒して監視しているのさ」


「それほど警戒されているということは、何か大々的な動きをするつもりなのですか?」


「断っておくけど、別に暴動でも起こすということじゃないよ?せいぜい演説をするくらいかな」


「演説?」


「そうだ。我々の考えの正当性と、それが本来あるべき人の姿なのだとな」


 枢機卿が興奮したような口調で僕を見据えて伝えてきた。そんな見られたところで、僕には教会派閥に入る意思はない。なので、警戒するように聞いた。


「そんな事を聞かせて僕にどうしろと言うんですか?」


「どうもしないさ。そうだね、強いて言うなら君は我々の行動をどう思う?」


「・・・どう、とは?」


「例えば、人の能力は【才能】だけではないという考えや、血筋によらず本人の努力や結果も考慮すべきだとか。民の意見も広く王政に反映すべきとか、貴族や平民間の不公平は取り払うべきだとか色々さ」


「そうですね・・・主張としては正しいと思います。ただ・・・」


「ただ?」


「人物を実力で評価するというのは、結局のところ持って生まれた【才能】に依存します。貴族であればあるほどそれは優遇されてしまう結果となります。つまり、この世界はそのシステムから抜け出せないように出来ていると思うんです」


「なるほど、随分深い物の考え方をするようになったね。つまり、我々の行動は無意味だと?」


「そうは思いませんよ。平民は裁かれ、貴族は裁かれ難いなんて不公平は看過できませんし、平民が搾取されるだけのような存在になっているのも不満ですから、そういった部分は変わって欲しいなと思います」


「そうか。では、少なくとも我々と君は敵同士ではないということだね」


 ギルさんが本当に確認したかったことはこの事なのだろう。その為に回りくどいながらも、教会派閥の考えと、僕の考えを擦り合わせていたようだ。


「そうですね。きっと僕は、自分がそうしたいから動くという凄く単純な考えなんです。だから、自分や友人に害がなければ敵対することはないですよ」


「そうか・・・ありがとう。我々の行動は一応君にとっても住みやすい国にしようとする結果となるだろう。もし、気が変わったら我々の派閥に入って欲しい。君なら大歓迎だよ」


「ははは、考えておきます。ところで、演説といいましたが、枢機卿がされるのですか?」


「いや、私ではない。私のような老いぼれが話したところで、民衆を引き付けることは出来ないからな」


「では、ギルさんがですか?」


「まさか!私にはそんな人の心を打つような話術なんて無いよ」


「???では誰が?」


「この場に居ない私の孫だよ」


「えっ?フリージア様ですか?でも、彼女は王子の婚約者で・・言ってみれば将来は王派閥の一員になるんじゃないですか?」


「まぁ、そこは策略ということだ。もしかすれば、王子は婚約破棄を申し出てくるかもしれんがな・・・」


そう言う枢機卿の眼差しは、孫娘を心配するごく普通の祖父のような表情だった。


「フリージア様はこれまでの動きを全て知っているのですか?」


「いや、あの子には派閥に関する裏の策略や取引などとは無縁にしてきた。何故だか分かるかね?」


「・・・・・・」


 そう言われても、僕にはよく分からなかった。彼女が演説をするのであれば、色々なことを知っていた方が言いと思うのだが、知らない方が良いことなんてあるのだろうか。


「分からんか?汚い事を知らなければあの子は清廉潔白の聖女としていられるのだ。そして、それは言葉に説得力を持たせる。真にたみの事を思う汚れなき聖女の言葉に民衆は心を打たれるであろう」


 なるほど。知らないことで一点の曇りの無い想いでの主張が出来るというわけだ。事実として彼女は汚いことに一切の関わりが無かったのだろう。だからこそ、自分の主張は至極真っ当な、自信に満ちた演説になるということか。


「教会派閥の考えは分かりました。僕も敵対する気はないですから、安心してください」


「呼びつけてすまなかったね。そうだ、実は本題は別なんだけど、君の帰還を宰相に伝えるから、おそらく数日もしないうちに王城へ来るように連絡があるはずだ。そこで今回の改革派閥の盟主討伐の報奨があるはずだから、忘れないようにね」


「分かりました、ありがとうございます。では僕達はこれで失礼します」


「ああ。もう大丈夫だとは思うが、そこのお嬢さんの事も大事にね!」


「はい。もう今回のようなことは二度とさせません」



 そう言い残して僕達はこの部屋を後にした。シルヴィアは終始緊張していて一言も言葉を発していなかったが、僕を見る目がなんだか尊敬の眼差しになっている。もしかすると、あんな肩書きの人達と堂々と渡り合っていたからかもしれないが、理由を聞くのはなんとなく恥ずかしいし、尊敬されるのは悪いことではないと特に気にすることはなかった。



「じゃあ、学園に帰ろっか」


「うん!」


 そうしてシルヴィアと2人学園へ帰り、事の顛末を学園長に報告するのだった。

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