第102話 復讐 15

 シルヴィアの意識が戻ってから2日が経過した。心配していた心が壊れているあいだの記憶については、本人いわくほとんど無いそうだ。それが、口に出したくないだけなのか、本当に覚えていないのかは分からないが、彼女の言葉を信じるしかなかった。


 意識が戻ってからは、無理のない範囲でゆっくりと王都へ移動しようと思っていたのだが、囚われていたシルヴィアの体力が結構落ちてしまっていた。光魔法では体力は戻らないので、肉体的な体調も整えるために2日を費やしたのだった。


 その間、シルヴィアは時々顔を真っ赤にしてうずくまることもあり、僕となかなか目を合わせようともしないので、本当は記憶があるのではないかと何度も聞いたのだが、そのたびに声を大にして「違うから!忘れて!」と凄まれてしまっていた。彼女のその真剣な眼差しに、僕はただ頷くしかなかった。ただ、ぶつぶつと「見られた・・・」「ムリムリ・・・」という呟きを聞くと、とても心配になってしまっていた。




side シルヴィア・ルイーズ


「ムリムリムリ・・・・」


 ダリア君に助けられ、意識を取り戻してから私はずっと彼の目を見れていない。


 確かに、意識を失くす直前まで彼に助けて欲しい、こんな状況でも彼なら私の事を助けてくれると信じていた。そして、それは現実になって、目覚めた私の目の前には、彼の素敵な笑顔があった。私を優しく抱き締めてくれる彼に、本当に心配してくれて探してくれていたんだと、嬉しくて胸が熱くなった。それは、私が抱いている彼の事が好きという感情が押さえられないまでに。


 物語の王子様のように、何度も私を窮地から助け出してくれた彼に、こんな状況で告白するのもどうかと思ったけど、今しかないと意気込んで伝えようとしたのだが、自分のお腹の音で失敗に終わってしまった。後で聞けば、私は3日間眠り続けていたらしく、お腹が空いても仕方ないねと彼から笑って言われたのはとても恥ずかしかった。



 そこまでは別に良かった、正直告白しても異性を好きになるという感情が分からないと言っていた彼が、私の気持ちに応えてくれないだろうとは分かっていたし、ライバルがいない今のうちに一歩リードしておきたかっただけということでもある。


 でも、看過かんかできない現実を私はその後に知ってしまった。最初に気付いたのは寝ていたベッドから起き上がろうとしたとき、少しふらつく身体に力を入れながら上半身を起こすと、自分が見たこともない服を着ていたのだ。さらに、彼の視線が外れているうちに自分の下着を確認すると、下の下着も見たことのない物で、上に至っては着けてさえいなかった。


 おそるおそる彼に聞くと、下着は彼の物だということ、さらに私が身に付けていた服や下着は汚れてしまったので綺麗にしているというとんでもない言葉が帰ってきた。彼は、『汚れていたから綺麗にするのは当然でしょ』というような表情だったが、私にとっては一大事だ。


(汚れって、もしかして・・・)


 土や泥の汚れなら全然いい。汗だったとしてもまだ許容できる。でも、もしその汚れが私の・・・だったとしたらもう無理だ。いったい記憶の無い時に何があったんだと叫びそうだった。


 彼に私の身体を見られるのはまだ良い、いや、良くはないけど状況的にまだ納得できる。本当は彼が私を求めてくれれば、恥ずかしいけどいくらでも求めに応じたい。なんならその先も・・・。


でも、あれを見られるのだけは絶対に嫌だ。しかも、見られただけじゃなく、彼が綺麗にしたという事実が私をもだえさせた。


(うぅぅ・・・死にたいよう・・・好きな人にあれを見られただけじゃなく、それを拭かせたなんて・・・)


 そう分かってから、彼とどうしても視線を合わせられないのだ。彼は何て事無い表情だけど、もし『臭かった』とか、『汚いなぁ』なんて思われていたのなら耐えられない。女の子として致命的で取り返しがつかない大失態だ。でも、ずっとくよくよして塞ぎ混んでいると、ある考えに行き着いた。


(こんな私もう誰もめとってくれないよ・・・汚れちゃったもん。・・・っ!?待って、汚れた姿を見たのはダリア君だけだよね・・・じゃあ、もう責任とって彼が私の事貰ってくれれば良いんだ!そうだ!それしかない!)


 行き着いた考えは、彼に責任を取って貰って私を娶って貰うことだった。そう決意すると一気に嬉しくなったが、いざ彼を目の前にしてそう伝えようかと思うと。


(って、待って!助けて貰ったのに、私これじゃ嫌な女の子だよね?ダリア君幻滅するかな・・・?でも、そう考えでもしないともう本当に無理だし・・・でも・・・)


 結局私の考えはずっとループしてしまい、彼に伝えることはなかった。でも、今以上に積極的に彼にアプローチをしようと決めた。だって・・・


(もう私の恥ずかしいものは全部見られているんだ。とことんアタックして私を異性として好きになってもらうんだ!)


 そう決意した翌日、早速私の想いを実行に移す事の出来るシチュエーションがきたのだった。




 王都へ凱旋する予定日まで4日となった日の早朝。シルヴィアの体調も良くなったので、移動をすることを彼女に告げた。彼女は二つ返事で了承してくれたが、僕が直前まで悩んでいたのは移動方法だった。


 ここから馬車を使っては10日も掛かってしまうので、時間的にも大変だし、病み上がりのシルヴィアにも負担になってしまう。となると、召喚したフェンリルの背に乗っていこうかとも考えたが、走っていく背にしがみつくのは結構負担になるので、これも却下した。残った選択肢として、魔道バイクに乗っていくということにした。


 ただ、そう決めたは良いが、急にあんな大きな物が目の前に現れたら驚くだろうなとも考えた。しかし、急ごしらえの魔法で作った家の家具も収納していかなくてはならないので、この際シルヴィアには僕が魔法で収納出来てしまうことを明かした。勿論みんなには内緒だとお願いして。


「じゃあシルヴィア、これから王都に帰るけど、このバイクと言う乗り物で帰るからね」


「えっ?何これ?どうやって動くの?」


 収納から取り出した魔道バイクを見た彼女は、驚きのあまり目を丸くしていた。先ほどから空間魔法の収納を見せる度に驚いているので、そろそろ顎が外れてしまうんじゃないかと心配するほどだ。


「魔法を動力として動くんだけど、公国で手に入れたものなんだ。結構速度が出るんだ」


「そうなんだ・・・これで私を探してくれたの?」


「これだけじゃなくて、色々な手段でだったけどね」


「本当にありがとうね、ダリア君」


「もう何度もお礼は言って貰ったから、気にしなくて良いよ」


そう言って先に魔道バイクにまたがると、後ろを振り向きながら彼女に促す。


「さぁ、僕の後ろに乗ってしっかり掴まってね」


 彼女は恐る恐ると言った感じで魔道バイクに跨がり、僕の腰にぎゅっとしがみついてきた。あまりにも密着してくるので、彼女の吐息や胸の柔らかさがダイレクトに伝わってきた。


「シ、シルヴィア?そんなに力を込めてしがみつかなくても大丈夫だよ?それに結構長い時間移動することになるから、疲れちゃうよ?」


「分かった。でも大丈夫だよ?こうやってダリア君の背中にくっついていると、すごく安心するの!」


「そ、そうなの?じゃ、じゃあ疲れたら休憩するから言ってね」


「は~い!」


 そして僕たちは王都に向けて街道をひた走っていった。



 初日は彼女も魔道バイクに対する恐怖があったのか、あまり喋らずにしがみついていたが、2日目以降ともなれば、少しづつ移動中に話しも出来るようになった。


 会話の内容は、あまり今回の誘拐についての事は触れない方が良いと思ったので、世間話に終始して、料理の話や公国で気に入った服の話しなんかをした。彼女は被服店の子供だったので、服の話しにはすごく食いついてきてくれた。


休憩の時に購入した服を見せると、まじまじと観察し、デザインや縫合なんかを真剣に見ていた。やがて、満足したのか服を僕に返すと、「いつか私が作った服を着てね!」と言ってきたので、僕は「もちろん喜んで!」と笑顔で伝えた。



 夜営の時には、土魔法で簡易の家を作るのだが、最初こそ驚いていたそれにも慣れ、次第に彼女にとって驚く様な事をすると、「ダリア君なら当然だね」と言われるようになっていった。その時の表情は尊敬しているような、諦めたような、達観したような、そんな複雑な感情が感じ取れた。



 また、移動中はあまりに密着している彼女の感触を意識しないようにするため、進化した【才能】の使い方について考えるようにしていた。そうでもしないと、自分の心臓の鼓動が彼女に聞こえるくらい大きくなりそうで恥ずかしかったのだ。


 その甲斐あってか、ひとつ考え付いた【才能】の使い方があったので、あとで試してみようと考えた。



 道中そんないろんな事があって、移動から4日目の夕方にはようやく王都へと帰ってきたのだった。ミーシャさんが言っていた、今日はちょうど10日目に当たるので、冒険者協会によってから学園に戻ることにした。


 魔道バイクは王都の外壁手前で収納しており、歩きながら門に近づくと、今まで良く見た門番だけではなく、騎士団の騎士達も結構な人数がいた。


(そういえば、まだ反乱は収まっていないのか?結構緊迫した空気だな)


 そんなことを考えながら、身分証を提示して門をくぐると、王都内も物々しいような雰囲気で、騎士や衛兵以外の人が極端に少なく感じた。


(冒険者協会はどうなっているんだろう?)


 今まで感じたことの無い雰囲気に驚きながらも、冒険者協会へ足を踏み入れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る