第38話 学園生活 4

 マーガレット様について行き、寮の5階にある上級貴族用の豪華な部屋に通された。まだ大量の荷物が整頓されずに積みあがっているここは、もしかしたら彼女の部屋なのだろう。部屋にある小さめの丸テーブルに座ると、取り巻きの人達は扉付近で直立不動の姿勢で待機した。


「ダリア・タンジー殿、フロストル公国第一王女マーガレット・フロストルの名において貴方に感謝を」


静かに立ち上がり、凛とした表情で感謝を告げる彼女はまさに王女の風格があった。


「私も対価は頂いておりますので、過分なお言葉を頂き恐縮です」


「当時はあのようなお礼ですみません。また、事情がありまして私の立場を名乗る訳にもいかなかったものですから。一度ちゃんとお礼をしたいと思っていました」


そう言われて思い出すと、あの時は体格の良い騎士からしか名前を聞いていなかった。まさかあの魔法師がエルフの国の王女だったとは、それは名乗れないはずだなと納得できた。


「本当であれば恩人として公国を挙げて歓迎したいところですし、私としてはこんな差別的な王国よりも我が公国に来てはどうかと思っています」


「・・・いえ、エルフの国に人間が行くのは問題がありますので」


「そうですか?ダリア殿ほどの実力であれば皆納得すると思いますが。先にも言ったように、公国では実力のある者はそれに相応しい待遇を受けられます。血筋や才能に胡座あぐらをかいているこの国では生き難いのではないですか?」


そう指摘されると、実際に貴族から面倒事に巻き込まれているし、貴族の理不尽も今日の通行門で見ているので、彼女の言う通り平民にとってはこの国、この世界は生き難い。しかし———


「大変魅力的なお話ですが、私にもこの国で目的がありますので・・・申し訳ありません」


「そうですか。残念ですが、気が変われば何時でも歓迎します」


「ありがとうございます!」


「ところで、聞きたい事があるのですが・・・」


「魔力制御の事でしょうか?」


彼女がテストの際に美少女顔が台無しになるほどの顔をしていたので、印象に残っていた。


「そうです!自身の魔力をほとんど使わずにどうやって制御をしているのですか?やはり魔道媒体が特殊なのですか!?」


 エルフの国は魔法先進国と言われているので、魔法の事については気になってしまうのだろう。先程の凛とした表情から、興味津々といった子供のような表情になっている。エルフである彼女はきっと僕よりも何倍も生きているはずだが、このときばかりは僕と同じか幼い位にも感じられた。


ただ、正直に話しても良いものなのか若干の迷いがあった。以前師匠から受けていた鍛練を少し話した時にとても驚かれた事もあるので、鍛練1つ取ってみても、とても自分が一般的ではないというのは分かっている。


(まぁ、教えたところで真似出来ない事もあるしなぁ・・・)


【速度】の才能や類似する才能がなければどうしようもないので、魔道媒体の事について教えるということ自体は別に良かった。とはいえ、自分の才能の特性については教えるつもりは今のところない。


「実は師匠の教えで魔道媒体は使っていないのです」


「・・・えっ?・・・ダリア殿、秘密にしたい気持ちも分かります。ですが、どうか教えて頂けないでしょうか?」


「いえ、本当に魔道媒体は使っておりません。それに慣れてしまうと媒体の性能に依存することになると師匠に指導されまして」


「・・・本当に?」


「はい」


「本当に本当?」


「はい」


「・・・ちょっと脱いでくれますか?」


「は・・・いや、何故でしょうか?」


「本当に魔道媒体が無いか確認したいの」


反射的に「はい」と言いそうになったが、彼女は物凄い真面目な顔をしながら当然の要求とでも言いたげな口調で僕を見てくる。他国の王女の前で服を脱ぐわけにはいかないので、腕を捲って襟元をぐいっと下げて、アクセサリータイプの腕輪も指輪もネックレスも何もないアピールをした。


「どうでしょうか?なにもありません」


「ちょっとよろしい?」


立ち上がったマーガレット様が僕に近づき、胸元を覗き込んだり、身体をペタペタと触って魔道媒体が無いか確認してくる。女の人からこんなに触られたことはないし、彼女の大きく柔らかい胸が時折当たるので、恥ずかしさのあまり俯いてしまう。


(そういえば、エリーさんと出掛けるとたまに胸が当たってたんだよな・・・う~ん、エリーさんと同等の大きさだ)


「お、王女殿下。あまり異性の身体を触るのは・・・その・・・はしたないです」


そんな状況を見かねたのか、取り巻きの一人が彼女に注意してくれた。


「えっ?あっ!そ、そうよね!ゴメンなさい!」


他人に言われたことで自分の状況が認識できたのか、慌てて離れてくれた。


「い、いえ・・・」


「・・・た、確かに魔道媒体は身に付けていないようですね。ではそのまま魔力制御を見せてくれますか?」


「はい。では室内ですので第一位階水魔法の〈ウォーター〉でやりますね」


そう言って、見えやすいように彼女の目の前で生み出した水を完全な球体で維持してみせる。


「・・・凄い。水の揺らぎも無い完全な球体だわ。しかも、自分の魔力はほぼ使ってないわね」


僕の掌の上の水をじっと凝視していた彼女は顔を上げ、自らも同じ魔法で球体を作って見せた。しかし・・・


「やっぱり、完全には球体にならないわね」


彼女の作り出した水は少し波打つような不完全な球体だった。


「一番制御の簡単な第一位階でも完全な制御は難しい。自分の魔力だけで構築すれば可能かもしれないけど、そうではなかった・・・その年で魔力制御を極めたの!?」


 真剣な表情で言ってくれるけど、まだまだ魔力制御は半人前だと思っている。そもそも魔力制御は呼び水となる自分の魔力量が多ければ多いほど制御は簡単になるが、その分直ぐに魔力が枯渇してしまう。かといって少なければ制御が飛躍的に難しくなってしまうので、そのバランスが難しい。まだ僕は空間魔法による攻撃がどうしても制御が難しく、自分の意図しない空間まで切り取ってしまうので、そういった意味では魔力制御はまだまだ鍛練の途中なのだ。


「いえ、師匠と比べたらまだまだなんですが」


「えっ?これでまだまだって、ダリア殿の師匠はいったいどれほどなの!?」


「ある意味化け物ですかね。あの地獄のような鍛練をやり遂げたのは師匠の化け物じみた力があってこそだったので」


師匠は僕と同種の才能らしく、鍛練中も習得速度や回復速度を上げてくれていたらしい。


「地獄って・・・お、教えてもらってもいいかしら?」


「・・・例えば2日間ずっと魔力制御し続けるとか、魔力欠乏になるまで、魔法を連続行使するとかですかね」


「・・・え゛っ?」


彼女がその美少女然とした表情を崩して驚いているのは、2日間の方なのか、魔力欠乏の方なのか。ちなみに魔力制御に失敗すると師匠の魔法が飛んできて、焼かれたり、水責めされたり、風で切り裂かれたりと色々されたものだ。さらに魔力欠乏になると急激な虚脱感に襲われ、2、3日は寝込む羽目になる。当然の事ながら、どちらも師匠と自分の才能を合わせた力で数十分で回復して、また欠乏するまで魔法を行使し続ける。そして連続行使の鍛錬は繰り返すうちに、何度も何度も倒れたくないという思いから、如何に自分の魔力を使わずに制御するかという力が身に付いて行った。


「あまりお勧めはしませんが、良かったら試してみて下さい」


「そ、そう、ありがとう。・・・もし今後学園で困ったことがあれば言って下さい。私の祖母を救ってくれた感謝としてお助けしましょう」


「そうですか、あの素材が間に合ってよかったです。知り合いから貴族に気を付けろと言われてもいますので、困ったことがあれば殿下を頼ることもあるかもしれませんので、よろしくお願いいたします」


「ダリア殿は恩人ですので、マーガレットと呼ぶことを許しましょう」


「ありがとうございますマーガレット様。では私の事もダリアとだけお呼びください」


マーガレット様との話は終わり、一礼して部屋を後にした。



 翌日―――


 身体測定と健康診断をした僕は絶望していた。健康診断は体のどこにも異常はなく健康そのものだったのだが、大きな問題は身体測定にあった。


「ま、まさか・・・そんなバカな!」


両手両膝を地面につき絶望の深淵に引きずり込まれている僕の絶叫を周りのクラスメイト達は遠目に見ていた。そんな様子を見かねてなのか昨日声を掛けた2人が恐る恐る僕に近寄って来てくれていた。


「ど、どうした?」


「あ、あの、どうしましたか?」


「マシュー、シルヴィア・・・大変なんだ!」


2人の声に頭を勢いよく上げた。涙目になっているのか、2人の姿は若干滲んでいるようだった。


「身長が・・・伸びてない・・・」


身体測定の結果僕の身長は153cmだった。元々背が低いことは気にしていたのだが、成長期には1年で10~20cmも伸びると聞いていたので淡い希望を抱いていたのだが、王都に来てからの1年で僅か3cm程しか伸びていない事が発覚した。


「えっ、そ、そんなことだったのか?」


「そんなことだって!?良いよなマシューは身長高くて!僕なんて背が低いから女の子に間違われることもあるんだよ!せめて背が高ければそんなことないのに!」


「えっ、いや、そこか?」


「あ、あの、ダリア君はそのままでも可愛いですよ?」


フォローなのか微妙なシルヴィアの気遣いが心に痛い。僕は別に可愛く見られたいわけではないのだ。恨めし気に彼女を見ると、もじもじと俯きながら恥ずかし気に言ってくれていたので、彼女なりの精一杯の気遣いなのだろう。


「いや、それはフォローになってないぞ」


マシューが彼女の言葉を指摘していた。


「えっ?そ、そうですか?す、すみません!」


「いや、気を遣わせちゃってゴメン。ありがとう」


そう伝えた彼女を見ると僕と同じくらいの身長に少し心の中が黒く染まる。


(くっ、せめて同年の女の子より高くなりたい!)


そんなやり取りの中、周りの視線が集まってしまっていることに気付く。ただ、その視線は僕にというよりはシルヴィアに向けてだった。


「なんか注目集めてる?僕・・・というより・・・」


「あ、あぁ、そりゃシルヴィアが・・・まぁ、その・・・」


そう言ってマシューがシルヴィアの一部分をチラチラと見つめる。周りの男の子もその部分を見つめているようだった。注目を集めている本人はその視線に気付いているのか恥ずかしさのあまりその部分を隠す様に腕で覆い、身体を丸めてしまった。


(そうか、昨日はローブで分からなかったけど、今日は動きやすい服装だったから胸の大きさが皆を引き付けているのか!)


彼女は体の大きさに似合わない大きな胸をしていたので、それが男の子の視線を集めてしまったのだろう。どうやら彼女はその大きな胸がコンプレックスの様だ。羞恥に顔を染めていたので、先程僕を気遣ってくれたお礼として少し助け舟を出してあげる。


「イテッ!目にゴミが・・・」


「痛っ!お、俺もだ」


「なんだ?急に風が・・・」


そよ風のように調整した第三位階風魔法〈風操作ウィンド・オペレーション〉を使って細かい砂やほこりをシルヴィアの胸を凝視ししていた連中に浴びせた。


「2人とももう検査は終わったなら昼食に行こうか?」


「あ、あぁそうだな」


「う、うん。その前に着替えるね」


周りの視線が無くなったことで恥ずかしさが軽減したのか、顔を上げたシルヴィアは足早に寮の方へと歩いて行った。

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