第169話 ヨルムンガンド討伐 7
どれだけの時間、攻防を繰り広げたのだろうか。もしかしたらまだ数秒しか経っていないのかもしれないが、体感的には何時間も戦闘を繰り広げている感じがする。それほどヨルムンガンドとの戦闘は、時間の感覚が分からなくなる程に、極度の集中を必要とした。
幾度かの攻防では、時々手や足などの四肢を失いながらも、【時空間】の才能で受けた傷を無かったことにして戦い続け、少しづつでも相手に
また、一度ヨルムンガンドは火魔法を放ってきたが、僕が即座に銀翼の羽々斬で吸収して見せると、それ以上魔法は打ってこなかった。ただし、ブレスは放ってきているので、吸収できない可能性が高いと考え、ブレスは避け続けていた。
(このままじゃあジリ貧だな・・・)
既に戦闘は均衡状態になってきているが、無尽蔵に暴れられるように思われるヨルムンガンドに対して、こちらは体力的には問題ないが、精神的にきつくなってきている。極度の集中状態が続き過ぎているというのが問題だった。
(何か手を打たないと、いずれやられる・・・)
戦闘を繰り広げながら、頭の片隅で起死回生の一撃を考える。ヨルムンガンドに魔法は効かない。武術も攻撃した分の威力が自分に跳ね返ってきてしまうので、生身での攻撃は自殺行為に等しい。剣術は武器の性能によっては効果があると思われる。現状僕が攻撃の要にしているのは、自然現象から発生する電撃。ヨルムンガンドとの攻防で得られたこれらの情報から、最適な攻撃手段を見出だすしかない。
(上手く出来るかどうか分からないが、やってみるか!)
一旦、天叢雲を解除して銀翼の羽々斬を取り出す。そして、自分の魔法を極限まで吸収させて、切れ味を限界まで高めてみる。天叢雲を銀翼の羽々斬に重ねるように発現させると、猛烈な勢いで魔法が剣に吸収されていく。その間にもヨルムンガンドの攻撃を躱さなければならないので、今まで以上の集中が要求される。まるで精神が擦り切れるような感覚に囚われながらも、魔力を回復してはどんどん魔法を吸収させた。
(まだ、まだだ。もっと、もっと・・・)
集中が続く限界まで魔法を込めていくと、次第に剣の形と輝きが変わっていく。刀身は少し短くなり、元々の銀色が更に艶を増し、剣自ら輝きだした。
(ぐっ、そろそろ限界だ・・・)
これ以上集中が続かなくなりそうなところで、攻勢に転じる。一つ大きく息を吐き出し、意識を切り替える。そして、連続〈
ここだという瞬間に、第三位階光魔法の〈
(当たれーーー!!!)
ヨルムンガンドの死角となる後頭部付近に転移して、首筋に狙いをつけた一撃を放つ。
『ズパンッ!!』
「・・・・・・」
最大限に切れ味を高めた銀翼の羽々斬はヨルムンガンドの鱗ごと、その肉を切り裂いた。斬撃はそれで収まらず、その先の大地までも大きく切り裂いた。ただ、残念ながら斬った場所はヨルムンガンドの尻尾の先だった。
(くそっ!何て反応速度だよ!この巨体で早すぎだろ!)
最大限に速度を上げているのに、ヨルムンガンドは僕と同等の速度で動いている。この巨体から考えればあり得ないことだった。小細工を労した渾身の一撃も、躱す速度に追い付けず、尻尾の先端を斬り飛ばすのがやっとだった。しかも、その一撃に切れ味を集中した銀翼の羽々斬は、既に吸収した魔法の全てを使いきったようで、元に戻っていた。
(同じ攻撃はもう通じないだろう。振り出しに戻っちゃったな)
苦虫を噛み潰した様な思いで、次の攻防を考えていると、尻尾を切られたヨルムンガンドが突如大きな咆哮を上げた。
『GyaaGyaaGyaa!!』
その咆哮は今まで聞いたような恐怖を沸き立たせるようなものではなく、何となく喜びの感情を表しているような声に聞こえた気がした。
(なんだ?なんだ?)
今までと比べ、あまりにも違うヨルムンガンドのその様子に、僕は困惑するばかりだった。すると突然、ヨルムンガンドの体表が眩い光で輝きだし、その光景に目を細めて事の推移を見つめる。
しばらくして光が収まると、眼前に一人の人物が立っていた。背丈は僕より少し高いくらいで、光輝く金髪が特徴的だ。その容姿は整っているが、男性か女性か判断つかない中性的な見た目だった。純白の布を巻いただけの衣服に身を包むその人物は輝く深紅の目でニヤケながら僕を見据えていた。
「な、何者だ?」
「クカカカッ!何者とは
異様な雰囲気を漂わすその人物に声を掛ける。発せられるその声からも、性別を窺うことは出来なかった。
「まさか、ヨルムンガンドなのか?」
「クカカカッ!いかにも、いかにも!我は幾万年の時を生きる存在。お前達人からはヨルムンガンドと言われておる!時代に生まれし強者との戦いを楽しむものだ!」
「戦いを・・・楽しむ?」
もう色々な事がいっぺんに起こり過ぎて、ヨルムンガンドが人に変身したことへの衝撃も、言葉を交わしている驚きも感じなくなっていた。
「左様!幾万年を生きる我にとっての最大の敵は暇なのだ!そこで、数百年から数千年に一人出現するこの世界最強の生物と戦うことが我の楽しみなのだ。我の体を斬られたのは500年振りくらいか」
ヨルムンガンドは実に楽しそうにそんなことを語っている。こちらとしては、こんな化け物と戦うことは願い下げなのだが、そうは言っても戦いを止めてくれはしないだろう。
「その数百年に一人の人物は僕だと思うけど、なぜ関係ない場所を襲ったんだ?」
「ん?あぁ、準備運動がてら国を一つか二つ襲ったが、案ずるな、根絶やしにしなければ人はすぐに増える。ほんの千年もすればそれまで以上に増えているぞ?」
ヨルムンガンドの時間的な感覚は人とは掛け離れているようで、千年というとてつもない期間も、奴にとっては一瞬みたいな感覚なのだろう。それは、何万年も生きている存在ならではの感覚だろうと思えた。
「それで、これからどうしようというんだ?」
「竜形態よりも、人形態の方が楽しめそうだったのでな。まぁ、我が尻尾を斬ったのは見事だったが、武器の性能に依存しすぎておる。もう少し成長してもらわんと我が楽しめんで、助言のために人の姿をとったのだ。光栄に思うがいい、この姿を見れた者は片手で数えるしかおらん」
わざわざ変身までしたのは、僕を成長させて自分が楽しもうという腹積もりだったらしい。傲慢な物言いだが、そう言えるだけの強さはある。先ほどまでは、あの巨体だったからこそ隙があり、なんとか均衡した攻防だったが、もし人の形態で戦闘能力は変わらないということになれば、正直言って勝てるイメージが湧かなかった。
「僕を成長させるって、稽古でもつけてくれるのかな?」
「クカカカ!そんな面倒はせん!人というのは窮地に立てば、おのずと成長するものだ!」
そう高らかに笑い声を上げながら、自らの指先を切って血を地面に数滴たらし、声高に叫んだ。
「眷属召喚!!」
すると、地面にが紫色に発光したかと思うと、見たこともないような記号が魔方陣のように広がり、一気に大きく広がった。
「な、なんだ?何したんだ?」
「案ずるな。我が眷属を呼び寄せるだけだ」
視界に映る地面一杯に魔方陣が広がると、地面から染み出すように靄が上空へ向かって何百という筋となって立ち上っていく。そしてーーー
「「「ギュルルルル!!」」」
「「「ガーーー!!」」」
島の空を埋め尽くすほどのドラゴンが現れた。その種類は様々で、下級種のヒュドラやワイバーン、中級種のバハムートなどが、数えるのも嫌になるくらいの量の出現だった。
「・・・まさか、これ全部相手にしろって?」
「クカカカ!それぐらい出来んと我の足元にも及ばんからな。とはいえ、もっと追い詰めんと急速な成長は見込めんしな・・・一週間後にこの眷属達に大陸中を襲わせる。守りたい者がおれば、更に成長するだろう。せいぜい足掻いて、我の足元まで這い上がってこい!」
そう僕に宣告するヨルムンガンドは、完全に遊んでいるといった口調だった。本当にこの行動は自分の暇潰しの退屈しのぎでしかないと。その為なら、相手を成長させることも平気で行うという傲慢さだった。
「・・・それで、僕が成長してあなたを倒しても構わないんだな?」
「クカカカ!もちろんだ!もっとも今まで我の事を倒せたものなど存在しないがな。ただ、我を十分楽しませてくれた者には、褒美として一つ願いを叶えていやっている」
「願いを・・・叶える?」
ヨルムンガンドの唐突な言葉に、思わず聞き返してしまった。
「そうだ!まぁ、何でもというわけにはいかんが、簡単に言えば力を授けてやるのだ。過去には我の使った魔法を得たいという者や、長寿の命を願う者や、資源が欲しいと魔獣を願った者もいたな」
そんなこともあったなというような、何でもない事をしたように言っているが、当然そんなことが本当に出来るのかは疑問だった。
「信じられないな・・・」
「別に信じろと言っているわけではない。ただの事実だからな。そもそもこの世界には剣術や武術はあったが魔法などなかったのだ。人間は居たが、エルフなどという種族は居なかった。全て我が願いを叶えてやった結果だ」
スケールの大き過ぎる話に困惑を隠せない。ヨルムンガンドの話が本当なのだとすれば、そんなことが可能な存在など一つしかないだろう。
「あなたは・・・神なのか?」
「クカカカ!神とは大それた表現だな!お前達人にとってみればそう思うのかもしれんが、我は気まぐれに世界を弄る【
今までの世界の有り様すら変えることが出来る存在。そんな存在にどうしたら勝てるのか。先の攻防では拮抗していたが、相手にとっては自分が楽しむに足る存在かを確認しているだけの単なる作業だったのではないか。ヨルムンガンドの言葉に、そんな疑念が思い浮かぶと同時に、心が折れそうな思いになる。
「クカカカ!どうした?そんな絶望したような顔をしては詰まらぬぞ?この世界には我も知らぬ技術があって、それを学ぶのは楽しかったのだ。絶望から生み出る技術もあるようなのでな、折れてしまっては困る。では、少し稽古をつけてやろう。先程よりも力を解放していくから集中を途切れさせるでないぞ?」
そう言いながらヨルムンガンドは特に構えるでもなく、両手をぶらんと下げながらこちらをニヤリと見据えた瞬間、目の前から消えたーーー。
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