第13話 冒険者生活 3

side ゼスト


 冒険者協会の書記長をしているマリアさんからの依頼で冒険者志望の子供の試験官をすることになった。正直プラチナランクの俺が子供相手に模擬戦でなんてしたら怪我させてしまうが、どうもマリアさんはそれも折り込み済みのようだった。


「マリアさんの話じゃ相手は金持ちのボンボンか・・・ちょっと世の中の厳しさを教えてやるか」


 その時の俺はそんな軽い気持ちと、ここで協会からの点数を上げておけばダイヤランクに近付けるかもという思惑もあった。

そもそも浮浪児が冒険者になる時には形式的な試験をするだけだ。何故なら彼らにしてみればそうしなければ生きていけないし、最悪犯罪を犯すしかなくなるからだ。逆に身分がしっかりした者をすんなり登録してしまうと、後で実家から苦情が来ることもある。なので今回のことは協会にとっては非常に気を遣う試験なのだ。


 木剣を肩に担ぎながら訓練場に入ると、そこには見た目女の子のような小柄な子が、高そうな銀色のローブを装備してキョロキョロ辺りを見回していた。


(身長は150cm無い位か。よごれの無い女の子の様な綺麗なあの顔。なによりあの装備・・・なるほど、マリアさんの言うようにボンボンだろうな)


訓練場で待つ男の子に片手を上げながら近づき、自己紹介をする。


「やあ!俺はゼスト、君の模擬戦の相手をする試験官だ!よろしく!」


「はい!ダリアと言います!よろしくお願いします!」


ダリアと名乗った子供は俺に気付くとしっかりと腰を折って挨拶をした。目上に対する対応もしっかりしてるし、言葉遣いも問題ない。やはりどこぞの貴族の子供と言われても違和感が無い。


「では早速だが模擬戦を行う。君の得物はなんだ?木剣だが長剣でも双剣でもここにはどんな種類でもあるし、魔法主体なら訓練用の杖もあるぞ!」


この子はローブを装備しているのでおそらくは魔法主体の戦闘スタイルだと予想したが、その返答は全く違っていた。


「では普通の剣をお願いします!」


「ん?剣なのか?・・・ちょっと待ってろ。おーいマリアさん、木剣を頼む!」


入り口付近に控えていたマリアさんに木剣を持ってきて貰うようにお願いした。


「そのローブは脱いでおかなくて良いのか?剣でやるには動き難いだろ?」


「・・・そうですね、ちょっと隅に置いてきます」


ダリア君はそう言うとローブを置きに行った。その間にマリアさんが得物を持ってきた。


「はい、あの子のね。一応骨折までなら私が居ますから心置きなくさせてあげて下さい」


「あいよ!まぁすぐ終わるからあの子のフォローはそっちに任すぞ」


「えぇ、エリーがあの子を気に入ってたから彼女にさせます」


「丸投げかよ!ってかあのエリーちゃん年下好きなの?そりゃ誰も相手にされなかった訳か・・・」


「はぁ、頼みましたよ」


エリーちゃんの好みをポロっとこぼしたマリアさんは、ため息を吐きながら壁際に下がっていった。


あの子も戻ってきたので得物を投げ渡すと危なげなくダリア君は受け取った。


「さぁ構えろ!俺の攻撃を一撃受けきったら合格だ!」


「はい!お願いします!」


「よし、行くぞ!」


さっさと終わらせるべく、常人には視認できない踏み込みで、木剣を横に構えて受ける体勢をとっているいるダリア君に上段からの袈裟斬りで襲いかかる。



 訓練場で待っていると、ゼストと名乗る壮年の男性が試験官だと言われた。実力としては以前森で出会ったエルフの騎士のカインさんより少し上といった感じだ。


(これが冒険者としての平均的な力量なのかな?)


 得物を選べと言われたので、相手に合わせて剣を選択した。何故か驚いたような表情をされたが気にはしなかった。装備していたローブを指摘されたので、おそれらく魔法師だと思われたのかもしれない。そう言えば師匠は一度も持たせてくれなかったが、魔法師は杖を使って魔法を発動すると、魔法制御の補助をしてくれるので魔法を楽に使えるらしい。ただ、杖での制御に慣れてしまうと、杖を失った時の魔法発動が上手くいかず暴発することもあるらしく、杖は使うなと言われていた。

 

ローブは別に邪魔になるわけではないが、隅に置いてきて戻るとゼストさんが木剣を投げてきた。『一撃受けきったら合格』と言われたので、木剣を横に倒し水平に構え頭上に掲げて受ける体勢をとった。ついでに反射速度を10倍程にしておく。

すると掛け声と共に思ったよりも早い踏み込みで袈裟斬りを放ってきた。


(受けきるって事は反撃はダメだろうな・・・)


 木剣を受けるだけなら試験官に勝つ必要は無いだろうと考え、袈裟斬りの角度に合わせわずかに水平にしていた木剣を右に下げ、斬撃の威力が外に逃げていくように操りゼストさんのバランスを崩すが、これで一撃受け切ったと考えバックステップで距離を取った。

木剣の切っ先を地面に向けたまま袈裟斬りを撃ち終わった姿勢のままゼストさんはしばらく動かなかった。


「これでいいですか?」


試験の合否を聞くためゼストさんに問いかけると、目を丸くしながら僕に質問してきた。


「君は何者だ?ただの子供に俺の一撃をいなす事なんて出来るわけがない。剣士の才能を持っているのか?」


「えっ?一撃受け切れば合格って言われたので・・・剣士の才能は持っていませんよ」


「そ、そんなわけないだろ!どんな才能だ!?剣術系か武術系か?」


木刀を投げ捨て何かに取りかれたように僕の両肩を揺さぶりながら眼前まで顔まで近づけてきた。


「落ち着きなさいゼスト!」


興奮するゼストさんを見かねたのか壁際で試験を見ていたマリアさんが大きな声を上げてこちらに歩いてきた。


「マ、マリアさん・・・すまんな少年、ちょっと驚いちまって」


マリアさんの声に急に熱が引いたようにゼストさんは僕から離れて謝ってきた。


「はぁ、別に構いませんが。それより試験はどうなりましたか?」


「・・・合格とします!ただ少し確認したいことがあるので、ちょっと着いてきてください。ゼストさん、あなたも」




 マリアさんにそう言われ、ゼストさんと一緒に僕達が通された部屋は奥の窓際に大きな机があり、その手前に接客用のソファーが備えられていた。


「こちらに座ってください」


ソファーを指差して着席をうながしてきたので指示に従って座ると、対面にゼストさんと奥の机の引き出しから何かを持ってきたマリアさんが腰かけた。


「ではダリア君、まずはこれに唾液をつけてくれる?」


そう言って差し出されたのは個人認証板パーソナル・プレートだった。言われた通りに指を口に入れ唾液の着いた指でプレートに触る。するとぼんやりと文字が表示されてきた。マリアさんはそのプレートを手に取り読み上げた。


「ダリア・タンジー、14歳、才能【速度】、称号[ガ#£エ@の弟子]か・・・やはり称号が上手く表示されないのね。それに最初に見せて貰ったプレートも他人の物ではなく本物・・・」


「ちょっと俺にも見せてくれ。・・・才能が【速度】だけ!?なんだこりゃ!聞いたこと無いぞ」


2人ともプレートを見ながらブツブツと呟いていて、なんだか疑われているような空気が感じ取れた。


「あの、何か問題があるんですか?」


おずおずと2人に聞くとゼストさんが口を開く。


「いやまぁ、問題ないのが問題ってーか、こんな才能であの戦闘能力の理由が分からねぇ。この文字化けしてる師匠がとんでもないのかもしれないが・・・」


「そうですね。ダリア君自体は実力も人となりも問題ないので、協会としては冒険者として登録します。」


「あ、ありがとうございます」


「ただ君には知っておいて欲しい事があります。それは今回の試験官のゼストはプラチナランクの冒険者なの。つまり君の実力からすればその辺の冒険者に絡まれても軽く蹴散けちらせるでしょう。それは今後君に近寄る者もいれば、遠ざかる者もいる。この言葉の意味を忘れないように」


「はい!」


勢いよく返事したものの、僕にはまだこの時のマリアさんの言葉の意味を理解できていなかった。


「よろしい。では冒険者の細かい説明は先程窓口で君が話していたエリーにさせますのでロビーで待っていなさい」


「分かりました。どうもありがとうございます。それでは失礼します」


お辞儀と共に部屋を退出してロビーへと向かった。



side マリア


ダリア君が退出するとすぐにゼストが話し掛けてきた。


「しかしマリアさん、全然言ってたことと違うじゃないか。とんでもない新人だぞ!」


「・・・あなたの感想は?」


「・・・やり合った感じじゃまだまだ力を隠してる気がするな。俺があなどってたとはいえ一太刀入れた時に力をらされ、バランスを崩した瞬間に一撃かませるとこをわざと何もせず距離を取ってたからな」


「たまたまでは無いの?」


「たまたまで隙を晒してたら俺はプラチナランクになってねぇよ」


「そう、あの子の力は本物と言うことね・・・」


となると頭の痛い問題が押し寄せてきそうだ。あの見た目であの装備、銀ランクでくすぶっているたちの悪い冒険者達が絡まないわけがない。


「はぁ、一応全体には注意喚起しておきましょう。下手に絡むと返り討ちにあうと」


「ははは、そんな注意に意味がないことはマリアさんだって知ってるだろ?」


「勿論よ。これはあの子から協会が悪印象を持たれないようにする処置よ」


「腹黒いね~。さすが冷血の女帝様だ!」


彼が一部で囁かれている私の二つ名を言ってくるが気にせず彼に確認する。


「そんなことより、あの子の家名に心当たりはある?」


「タンジーだったか?マリアさんが知らないなら俺が知るわけ無いよ」


「そう、分かったわ。じゃあ時々で良いからあの子を気に掛けてくれる?」


「・・・チームに入れた方が良いか?」


「いえ、そこまでしてしまうと協会が過剰に肩入れしている印象を他に持たれてしまう。協会とは公平でなければならないわ。気になることがあれば報告して欲しいの」


「まぁ俺も忙しいからな、そのくらいなら構わない」


「ありがとう。頼みます」

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