第95話 復讐 8


side ライラック・フリューゲン


 わざわざ高い金を払って雇っていたプラチナランク冒険者からもたらされた報告は、私が考えていた中ではあまりかんばしくない報告だった。第一目標としていた人物を奪取されたのだ、計画を大幅に修正していく必要があるだろう。


「まったく、物事は本当に予定通りに行かないものだな・・・」



 とりあえずは、ミスを犯したとしてもプラチナランクの実力は貴重だ。払った金額相応の働きはして貰わねばならない。その為、彼らは準備が完了次第、部隊を編成し、劣勢となっている地域へと派遣することが決まった。


 そんな彼らからの報告にあったこちらの目標を奪取した人物、聞く限りのその容姿と実力・・・それが可能な人物はおそらく私の知る限り1人しか居ない。


「プラチナランク程度では歯牙しがにも掛けないか・・・」


私が想像する以上の成長に驚きを隠せない。あの時から比べるとすると、たったの5年で驚くべき成長速度だ。


「やはり、あの時の国の判断はここまでの力を得るということを知っていてか・・・王はあの【才能】についてどこまで知っているというんだ?」


 あの【才能】の驚くべき可能性をこの国の王は知っていたのだろう。その可能性や有用性と、それとは真逆の脅威と恐怖、そんな2つの可能性を天秤に掛けたときに、この王国の統治者は後者の考えに囚われてしまったのだろう。だからこその処置と言うわけだ。それは国の指導者にとっては正しい選択だったのかもしれない。国に混乱をもたらす原因になる可能性があるからだ。だからこそ、その原因になりそうなものは排除する。


 だが、そんな理屈は分かっていても、当事者にとっては関係の無いことだ。だからこそ、我が子を捨てると決めた時から私の計画は動き出したのだ。


 そんな過去の想い出に浸りそうになるが、今は眼前の問題に対処せねばなるまい。どうやら、第一目標はあの子の知り合いであった可能性が高いのだ。それをあんな状態にしたとなれば怒りも沸いて来るだろう。


「妻と子供を移しておいて正解だったな。間違いなくあの子はここに来るだろう・・・私を殺しに・・・」


 座っていた椅子から立ち上がり、窓から見える空を見上げながら、そっと目を閉じ、やがて来るその時の事を頭に思い浮かべる。


そして静かに目を開けると、厚い雲に覆われた空を見ながら1人呟いた。


「準備はしている・・・いつでも来るがいい」



 まだ夕方のはずの空は、その厚い雲のせいで夜のような暗闇になっていた。やがて、空が涙するようにぽつぽつと雨が降り始めた。それはまるで、これから起こるであろう事を予言しているような空模様だった。




 フリューゲン領を一旦離れ、シルヴィアの状態を確認する。彼女の様子は見つけた時から相も変わらずといった感じだ。よく見ると、服がまた汚れてしまっていたので、水魔法で綺麗にして着替えさせ、食事を摂らせようと考えた。


 彼女は僕が収納から取り出したサンドイッチや調理済みのファング・ボアの肉を見るやいなや、とたんに手掴みで食べ始めた。どうやらかなりお腹が減ってしまっていたらしい。


(奴らを追跡することに専念し過ぎて食事するのを忘れてた・・・ゴメンね、シルヴィア)


 コップに水を出して差し出すと、それも奪うように口に運んで咀嚼そしゃくしていた食べ物を飲み込んでいた。どうやら心が壊れていても、食事をするという生存本能のようなものは残っていてくれたようだった。もし、食事さえ自分では出来ないのだとしたら、無理やりにでも食べさせるしかなかったところだ。



 僕もこれから起こす行動の前に腹ごしらえをしておこうと、シルヴィアと並んで食事をすることにした。普段なら友人と食べるご飯は美味しいはずが、この後の事を考えると、どうしたことかこの時ばかりはまるで味のしない固形物を食べているような、そんな気がしていた。



 そんな中、ふと隣で食事をしている彼女を見ていて重要な事に気付いた。


(シルヴィアはどうしよう?)


 復讐を果たす際にシルヴィアを連れていくとなると、彼女に危険が及ぶ可能性があるかもしれない。もちろん、絶対に守り通す自信はあるが、もし心が壊れていても見た事の記憶が残っていたとしたら、僕が人を殺す姿も覚えてしまっているということだ。友人に僕のそんな姿を見せてしまうということには、とても忌避感を覚えてしまう。


 かといって、こんな場所に彼女を1人で残そうものなら、今の彼女の状態から、わけも分からずどこかに消えてしまう心配があった。どうすべきか悩んでいると、1つの考えが浮かんだ。



(そうだ!公国で見た、石で出来た家を作って待っていてもらおう)


 誰にも壊されないように、特に魔力を圧縮して作っておけば、僕並みの実力者でもなければどうにもすることも出来ないハズだ。


(ベッドについては、僕が森に暮らしていた頃の物が収納したままだから、それに寝ていてもらおう)


ただ、今の状態のシルヴィアがどんな行動をするのかは分からないので、申し訳ないが出入口は塞ぐしかない。



 シルヴィアの事はそう決めて、残っている食事を口に運ぶと、これからの作戦を考える。やはり味の感じられない食事を、強引に喉に流し込み、お腹だけは膨れさせた。これから復讐を果たそうというのに、それはとても味気ない晩餐になってしまった。


(なんだろうこの気持ち・・・捨てられた頃からずっと目的としていたのに、いざその時が迫るとなんでこんな・・・)


 屋敷で会話を聞いていた時には、僕の父親は直ぐにでも殺すべき最低の人間だとそう息巻いていた。でも、復讐の準備の為に屋敷を離れて、こうして少し冷静に思い出してみると、あの父親の目はただの狂った思想家や、自分の欲に取り憑かれたような考えの人間には思えなかった。何か明確な、確固とした決意の元に行動している、そんな意志の強さを感じさせる目だった。


 だからこそだろう、そんな意志の強さをしている人間が発する言葉に、僕や報告をしていたあの2人は飲まれてしまっていたのだと理解した。


(意志の強さが違うっていうのか!?子供が捨てられる事はよくあることで、その程度の事の復讐心と、国を変えようとする決意は次元が違うっていうのか!?)


 認めがたい、認めたくない現実がそこにあるような気がした。


 でも、僕のこの復讐の感情を否定してしまったら、ここに居る僕は何のために今まで生きてきたというのだ。苦しい鍛練の日々に耐えて、目的を果たすために人を殺してみて、その感情の機微を見たりもした。


情報も集めたり、復讐が果たされた後の生活についてもいろいろ検討し、その後の生き方を考えてもいた。今ここで、僕の復讐が父親と比べると、ちっぽけなものだと認めてしまうのは、僕のこの5年間を否定するように感じてしまったのだ。


(違う!僕は間違ってない!僕はあの父親に捨てられた、だからその復讐をす!これは当然の考えだ!)


 握った拳に力を込めながら、自分の復讐の意志を今一度見直す。でも、どんなに見直したところで、された過去は消えるわけではない。捨てられたという事実と、シルヴィアの心を壊すように命じていたという事実、その2つの事実が僕の揺らいでいた復讐心に再度火をともした。


(意志の強さの格なんて関係ない!僕が、シルヴィアが、あいつからされたことを許せるのか?いや、許せない!)



 空を見上げると、曇天どんてんの空模様から、ぽつりぽつりと雨が落ちて、僕の頬を濡らした。そして僕は、心の中のくらい炎に身を焦がして動き始める。

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