第96話 復讐 9

 夜のとばりが落ちてきた頃、僕のローブを雨が濡らす中、フリューゲン辺境伯領の領主の館を正面から見つめていた。


 シルヴィアは僕の土魔法で安全な場所に残してきているので、心配はない。あとは僕のやるべき事、やりたいことをするだけだ。目の前には頑丈そうな鉄柵に囲われた館の門に、2人の門番がこちらを警戒するように立っていた。今はまだ少し離れた場所にいるので、もう少し近づけば警告されるだろう。


(5歳の頃から、まるで僕はいないかのように扱われた場所か・・・これで心は晴れるのかな?)


 復讐を終えた後の事を少し考えながら、僕は正面から堂々と屋敷へ入り、復讐を果たそうと決めていた。暗殺するようにいつのまにか侵入し、本人が誰に殺されたとも分からないうちに死んでいくのは、僕にとって復讐の意味がなかったのだ。僕がお前に手を下したのだと、そう相手に理解させ、手も足も出ないほどの圧倒的な力でもって、絶望の内に死んでいってくれるのが僕の考える理想の復讐だった。


(さぁ、始めよう!)


 未だわずかにくすぶる心の中の葛藤を振り払い、止めていた足を一歩踏み出した。するとーーー



「止まれ!ここはこの領地のあるじの館である!許可無きものは立ち去れ!」


 門番の2人は装備している槍と剣の切っ先を僕へと向けながら、周りにも聞こえるように大きな声で威嚇してきた。きっと、他の屋敷を警備している者達にも気付かせることが目的なのだろう。これでこの領主の館は警戒体制に入ったはずだ。


「許可ですか・・・無いこともないと思いますよ。僕はこの家で生まれ育った領主の子供ですから」


「はぁ?何をたわけたことを!レオン様なら既に奥様と共にこの屋敷を離れている。領主様の息子をたばかるなど不届き千万!斬られたとしても文句は言えんぞ!」


僕の言葉に、門番は激昂したような口調で捲し立ててきた。


「そう言えば、おおやけには僕は死んだことになっているんだっけ?僕はライラック・フリューゲンの長男、ダリア・フリューゲンだよ」


僕は捨てられてから初めて父親の名前と、捨てた家名を口に出した。少し思うところもあったが、今は無視する。


「ダリア・・・だと?ありえん!5年前に死んで葬儀も執り行われたはずだ!偽物め!これ以上は聞く耳持たぬわ!」


 門番の1人がそう叫ぶと、2人が一斉に僕に襲いかかってくる。領主の館の門番だけあって中々の腕前のようだ。剣士が勢いよく踏み込み、槍使いが僕が剣を避けたり、受けた瞬間に死角から攻撃が仕掛けられるように用意している。連携のとれた良い攻撃なのだろう。だが、この程度の相手に手こずるわけがない。


「シッ!」


瞬時に聖剣グレンを作り出し、上段から自分の胸の辺りまで振り下ろす。


「はっーーー」


 襲い掛かってきていた相手は、間の抜けたような声を漏らしたが、その時には既に上半身が無くなり、残った膝から下が地面に崩れた。その後ろに槍使いが見えたので、ちょうど最初の討ち終わりを正眼に構えるような体制にしていて、そのまま突きを放つ。


「な、なんーーー」


彼の驚きが言葉になるより前に、こちらに構えていた槍ごと彼はこの世から消えてなくなった。そして、門からゆっくりと敷地内へ入ると、「カンカンカン」と、金属を叩くような警報音が鳴り響いた。


「さぁ、1人残らず掛かってこい。まとめて消してやる」



 音が鳴り響いて少しすると、門から続いている庭にゾロゾロと僕を迎え撃つ為の人達が武装して出てきた。その数はざっと150人ほどはいるようだ。この屋敷の中に常時そんな人数が居るのかと不思議に考えたが、今は彼らが起こした反乱中の非常時なので、いつ襲撃が来てもいいように準備していたのかもしれない。


 迎撃に出てきた人達は様々な種類の武器を構えていた。オーソドックスな剣や、少し短めの双剣、肩に担ぐほどの大剣、レイピア、槍等と武器の性質や本人の力量も合わさり間合いも様々だろう。この人たちは重要な拠点を守る者のはずなので、改革派閥の中でも指折りの実力者なんだろうと思う。しかし、この人数に囲まれて相対しているというのに、僕は彼らからまったく脅威を感じなかった。


(何となく実力差が分かる・・・相手の重心、動作、視線・・・目を閉じていても勝てそうだ)


 この程度なのかと、がっかりしたような思いになってしまう。復讐を果たそうと一生懸命鍛練をしてきたというのに、その力の片鱗をほとんど出すことなく終わってしまいそうだったからだ。そんな落胆する僕の耳に聞いたことのある声が聞こえてきた。


「あっ!あいつは!」


「あのやろう、女攫さらって逃げたはずだったのに、何しに来やがった!?」


シルヴィアを攫った生き残りの2人が、僕のことを指差しながら驚愕の表情をしていた。


「これからお前達を消す。何故なんて考えなくてもいい、僕がそうしたいからだ。抗うなら全力で歯向かってみろ!」


 彼らに向けてそう宣言すると、一瞬の静寂の後に辺りに笑い声が響いた。


「こいつ頭イカレてんぜ!俺らを消すってよ!?」


「あいつは数の数え方が分かってねぇんだよ!帰ってママに教えてもらいな!」


「ちょうど暇してたんだ、あいつで遊ぼうぜ!色々とな!」


 彼らは口々に僕を罵ってくる。確かに普通に考えてみれば、こんな子供1人が150人を相手に戦ったところで瞬殺されると思っているのだろう。その考えは正しいが、ことこの場においては間違っている。そんな喧騒の中、あの2人がおそらくこの集団のリーダー格なのだろう、筋骨粒々きんこつりゅうりゅうの男に何か耳打ちをしていた。


「ほう、あの小娘みたいなガキが・・・お前ら!あいつであっちの楽しみは諦めろ!やつは俺らの第一目標だった人物をかっさらったやつだ!必ず殺せ!それはもう・・・殺してくれと懇願するような殺し方でな!」


その男はニヤリと口角をつり上げ、僕を見据えながら帯剣している剣を抜き放つと、威嚇のつもりなのか、おもむろに刃を舐めた。


(なんだ?あれになんか意味でもあるのか?)


その行動は理解できなかったが、何となく僕を怖がらせたいという思惑があったような気がする。僕が無表情で眺めていると、苛立ったように声を掛けてきた。


「おいっ、カギ!女はどこに居る?」


「それを言うとでも?」


「はっ!大層な度胸だな。だがよ、手足ぶった斬られて同じセリフが言えるか?」


「・・・・・・」


彼の言葉を聞いても表情に変化の無い僕に、更に激昂する。


「けっ!おいっお前ら!あいつを半殺しにして、口を割らすぞ!やれっ!!」


「「「おお~~!!!」」」


 リーダー格と思われる男の掛け声と共に、後方に居る魔法師から一斉に火魔法が飛んできた。それは雨が降りしきる、この暗い空をまるで昼のように照らすほどの熱量だった。


 僕は展開していた聖剣ダリアを消し、銀翼の羽々斬はばきりを取り出して、迫り来る魔法に剣を振るうと、あっという間に火魔法を吸収し、辺りはまた暗くなり、静寂が支配した。


「な、お、おい、ありゃどお言う事だよ!?」


「い、言ったじゃないですか!やつは何故か魔法が効かないって!」


「そんな話信じられる訳ないだろ!」


「でも、今その目で見たじゃないですか!?」


「うるせぇ!おい、お前ら!接近戦だ!」


そう号令が出ると、接近系の武器を携えた者達が僕に向かってくるが、その瞳は得体えたいのしれないものを見るような視線だった。


 僕はそんな彼らを既に空間認識で標準を付け、あの2人以外に空間魔法を発動する。


「〈次元斬ディメンジョン・スラッシュ〉」


 標準から外していた2人以外のこの場に居る全員の上半身と下半身が左右にずれ、次の瞬間庭に赤い雨が降り注ぐ。以前、〈空間断絶ディスコネクト〉を使った時に思い付いた使用方法だ。


「「「ぐあー!!」」」


「「「助けてくれ!」」」


「「「いてーよー!」」」


こんな状態でも人間は直ぐには死ねないのか、阿鼻叫喚の地獄絵図になっている。ただ、1分もするとくぐもった声が散発的に聞こえるようになってきて、まもなくして静まり返った。


「は?え?なんだこれ?」


「何がどうなってんだ?」


 その2人は、上下に分かれて転がっている仲間の亡骸を見ながら自分の目が信じられないと、動揺しながら屋敷の方へと後ずさりをしている。しかも、腰が抜けているのか、尻餅を着きながらだ。


そんな2人に、僕は殊更ことさら恐怖を煽るようにゆっくりと近づいていく。


「な、なんで俺達を殺さなかった?」


「た、助けてくれるのか?」


 150人程の死体が転がる中、自分達だけが無事な理由を聞きたがるのは当然だろう。1人はまったく見当違いな質問をしてきているが。


「何故、という質問ですが、答えは簡単ですよ。あなた達が攫った女の子は僕の親しい友人なんだ。他の3人はあっさり殺しちゃったけど、君達はしっかり後悔しながら死んで貰おうと思ってね」


僕は笑顔で言っているつもりなのだが、他人からはどう見えているのだろう。目の前の2人からは絶望の顔しか見て取れない。


 瞬間、尻餅を着いて見当違いな言葉を吐いた奴を身体強化して踏みつけ、とっさに僕に差し出した手を捻り上げる。


「ぐあっ!や、止めてくれ~!」


「うるさい!」


言いながら、捻り上げた腕をねじ切る。


「ガ、ギ、ギャー!!!」


耳につんざくような悲鳴を上げてのたうちまわろうとするが、踏みつけている僕がそうさせない。


「まったく、腕の一本で叫び過ぎだよ。これからその残った腕と両足も無くなるんだよ?」


「ひ、ひぐっ!な、んで・・・ごんな、ごと?」


「何で?君は彼女のあの姿を見なかったのか?どれ程の辛い想いをしたと思っている!?」


「そ、ぞんな、俺はただ命令ざれただげで・・・」


「だから許せと?自分は悪くないと?ふざけるなよ!された本人にとって指示を出した奴なんて関係ないだろ!やった奴が全てなんだから!」


 その男の言い訳を聞くたびにイライラして、怒りの感情が僕を支配していく。そのせいで、踏みつけていた足の力加減を誤ってしまったようだ。足元から『バキバキ』という音が聞こえたかと思うと、踏まれている男が「グえ、お゛ゴ」と、言葉にすらなっていない声が聞こえていた。


そしてーーー


「ぴギャっーーー」


どうやらうっかり踏み潰してしまったようだ。


「ひっ!」


 その様子に、隣で見ていたもう1人がガタガタと震えながら漏らしていた。


「あんた臭いよ。心配しなくても、今度は失敗しないよ。ちゃんと両手足引き千切ってから、心臓をえぐり出して殺してあげるよ」


「ま、まて、待ってくれ!何でもする!何でも言うことを聞くから、た、助けてくれ!」


「あんたはシルヴィアを助けたのか?」


「は?え?シルヴィア?だ、誰でーーー」


不快なその男の言葉を聞いて、怒りに一瞬我を忘れてしまう。


「〈剛毅抜手ごうきぬきて〉!」


男に抜手を放ち、心臓を鷲掴みにする。


「あ゛、が、だ、だずげ・・・」


それがこの男の最後の言葉だった。直後、心臓を抉り出し、まだ脈動する心臓を手のひらで見つめながら呟く。


「気持ち悪っ」


そして、握り潰した心臓を地面に投げ捨てた。


 庭を真っ赤に染める彼らの血は、激しさを増した雨が洗い流しているようだった。


「次はあなただよ・・・」


ぼそりと呟く僕の言葉は、激しい雨音にかき消された。

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